52;再会
私は、一言一言噛みしめるように詠唱した。その言葉を増やす毎に霊力が膨れ上がり、それと同時に権左兵平の呪いも具現化され且つ強力で悍ましい姿になってゆく。その呪いを押さえ込むために皆もまた命を賭けている。皆は霊力が使用できる限界のところで、呪いを押さえ込んでいた。優秀な術者四人がかりで・・・しかし、それ以上に追憶の域は術としては、破格の階級であり、四人がかりであっても苦難を要した。
「皆!もう大丈夫!これだけ押さえ込めば半日はいける!もう止めて!」
「いや・・・駄目だ!あと、一日分!」
しかし、美来は私の言葉を無視して皆に言葉を投げかけ術の解除をしようとしなかった。
「え?どうしたの?皆!止めなさい!」
「駄目だ・・・お前には・・・まだやって貰うことがある・・・」
「何を言っているの?見なさい!貴方達も術の使用制限を超えて呪いが襲ってくるわよ!何をしているの!これは命令よ!」
「命令だ・・・!今この指揮は私に一任されている!命を賭けて、あと一日分の呪いを除去しろ!」
千子が声を荒げ、苦しみながらも四人に命令を出した。
「了解!」
私は、訳が分からなかった・・・私のすべきこと?それはこの術の展開と酒羅丸に死を確認させることだ・・・あと一日半?鬼が帰ってくるぞ?鬼を何匹か殲滅させられるのか?いや・・・三善達に丸二日も術を展開させ続けるのか?いやいや・・・それでは何を私にさせたいのだ?この様なことが脳裏に浮かび、皆の行動が理解できなかった。
そして、呪いが出現しない範囲で霊力の出力を最大に保持したまま、一刻(約三十分)の時が経過した。そして皆が疲弊し霊力を出し尽くしたところで術の展開は終了した。そう・・・無事に一日半分の呪いの遅延に成功したのであった。
「私達の・・・全勢力を・・・振り絞れば・・・半日では無く、一日半の時を過ごすことが・・・できると計算していました。本来であれば・・・完全に呪いを消し去りたいところでしたが・・・それには至らず・・・力不足です・・・」
千子が息を切らせながら、倒れ込むような姿勢で答えている。本当に心身共に限界がきているのだろう。清子、瑠璃子は力を使い果たしたようで倒れ込んで声すら発声できない様子であったが、美来は一人立ち上がっており、膝に手を当てて疲弊している程度であった。
「何故こんなことしたの?私に何をさせたいの?」
私は唯一まともに喋れそうな美来に話しかけた。本当は千子に問いただしたかったが仕方ない。
「・・・ふぅ・・・そうだな、私達はある人から依頼を受けてここに来た」
「誰?玉成なんでしょう?」
「まぁ・・・話は最後まで聞けよ・・・最初に玉成の成果が、私達術士が纏まる切っ掛けになった・・・では、誰が動いたからそれは世に広まったと思う?」
「何を言っているの?それは天川様が上層部を統一させたからでしょう?」
「そう・・・それもある。天川様の指揮が無ければ上層部は纏まることは無かった。しかし、その上層部が陰陽寮に与する切っ掛けとなったのは、私達下の者の思想が一気に変わり形成が逆転したからだ。では、その時・・・玉成の成果を持って我々現役の術士達を纏め上げ上層部に掛け合った人物は誰か知っているか?」
「知らないわよ・・・そんなの・・・誰なの?」
「やっぱり知らなかったか・・・私はその人から直々に頼まれた。何とか話ができる時間を設けてはくれないかと。そして、あんたの部隊にも二日足止めをするよう依頼すると三善様も喜んで引き受けてくれたよ」
「私の隊まで巻き込んで・・・誰だって言うのよ!」
「滋岳・・・沙姫だ」
私は、口を覆い一瞬で涙が溢れ出てきた。今、一番声が聞きたい人物だった。それはもう叶わないと思っていたからだ。そして、彼女は私を恨み続けていると思っていた。いや、そう仕向けたのは私だ・・・そうであって欲しかった。だが、そうでは無かった。矛盾しているが、そうで無かったことが、私の行動が結果として結びついていないことが、ここまで心を晴れやかにするのは初めての経験であった。私は愛されていたと実感できた。唯一血の繋がった愛すべき家族なのだ。私が沙姫を思っていたように、沙姫も私のことを思い続けてくれていた・・・これ程嬉しいことは他には無かった。
「沙姫からの伝言だ『私の命知らずで無鉄砲な姉のために、私はここでずっと追憶の域を発動して待っています。どうせ、一人よがりで死に急いでいるみたいだから最後に私から説教があります』とのことだ・・・あの詠唱聞いて理解したよ。精神で繋がっているんだろう?であれば、別の場所でも双方が術を展開し中に入れば、拈華微笑の術のように会話ができる・・・そうだろう?・・・麻希は暫く私達が見といてやる・・・行ってこいよ」
私は、まだ感情の整理ができていなかったが、それでも自然に足は結界に向かって歩いていた。引き寄せられるかのように・・・その中に沙姫がいる・・・そんな双子ならではの感覚が私を引き寄せた。私は、結界の中に入った。そこは暖かな日差しと、一面花畑の空間が広がっていた・・・そう・・・この結界は術者の精神面が具現化する。私の精神はここで止まっているのだろうか・・・こことは、麻美と私の秘密の場所・・・見事なまでに体現していたのであった。その光景を見て再び泣き出しそうであったが、その前に私を呼ぶ声がした。
「妃姫・・・待ってたわよ」
そう・・・沙姫の声だった。懐かしかった、優しく全てを受け入れてくれる・・・いつもの沙姫の声だった。姿は無い・・・しかし、そこに居るかのような感覚だった。この結界を沙姫も発動させ、この空間内にいるときのみこの様に会話が可能であったのだ。
「・・・沙姫・・・」
「何なの?その情けない声は・・・本当に妃姫?何があったの?話してみな」
私は仲間の配慮と、もう叶うことの無いと思っていた沙姫との会話・・・そしてこの環境・・・全てが合わさり言葉にならない感情が溢れ出ていた。それを察知し沙姫はゆっくり話を聞いてくれた。今まであったことを全て沙姫に話した。どれくらい時間が経ったかも分からない・・・それでも話は止まらなかった。
「そう・・・良い仲間に出会えたのね。良かった・・・また一人よがりで死地に向かい破滅に向かっていたのかと思ってた・・・」
「まぁ・・・最初はその様な感じだったけど・・・」
「けど、そうはならなかった。だって最初ここに入ってきたとき・・・姿は見えないからさ、覆う雰囲気で察知するしかないじゃん?本当、誰かと思ったわよ」
「本当?そんなに違う?」
「うん。別人!全く・・・妃姫をここまで変えたのは何処の誰だ!全く・・・私でも変えれなかったのに・・・」
「え?そ・・・そんな人は居ないよ?」
「大津様でしょ!」
「・・・」
「図星か、全く・・・あの報告書・・・読む度に妃姫のことばかり!本当、あれは愛が無いとできないわ」
「・・・」
「本当・・・命を賭けた鬼ヶ島で何、色恋してんの・・・清貞が泣くわ!」
「ごめんなさい・・・」
「・・・それにもっと早く私に対しても謝罪の気持ちを言ってくれても良かったのになー」
「うぅ・・・それは・・・ごめん・・・あの時の私はどうかしてたわ・・・あの時の私に、もう少し人を頼る力があれば・・・」
「ふふふ・・・冗談よ。妃姫も恋してるんだ。良かった!あとでゆっくり話聞かせなさいよ!それに、あの時の妃姫の気持ち・・・痛いほど分かってる・・・けど、分かっているからこそ悔しかった・・・自分の力の無さが悔しかった・・・絶対、見返して何が何でも横に立ってやる!って思ったわよ」
「そうなの?私は絶縁されたと思ったわ・・・」
「妃姫はそのつもりだったでしょうけど、私は絶対諦めなかった。私も妃姫に似て頑固だから・・・上手く気持ちを口に出すのは苦手だったの・・・まぁ、あの時はお互いまだまだお子様だったわね」
「そうね。けど、沙姫結婚して陰陽師を引退したんじゃ・・・」
「逆よ!引退というより修習生を自主退学して、暫くして結婚したの。あの時は妃姫に追いつく一心だったから、研修生ではこれ以上の成長は見込めないと思い、手段を問わずに呪術師や祈祷師など様々な知識や技を得るために修行に出たの。流石にそれをするなら、陰陽寮からも脱退しなくてはならなかったけど・・・」
「そんなことやってたの・・・あっ・・・だから、呪術師の繋がりがあったの?」
「そう。そして陰陽寮とその他の一派の架け橋となるよう、命じて頂いたのが天川様なんだ」
「そっか・・・それで・・・。で、結婚は?」
「旅先で知り合った、呪術師の方と・・・そして、天川様から滋岳家本家の跡継ぎとなるよう命じられたわ」
「うん。それが良い。私に、当主は向いていない」
「そして、結局私は妃姫追い付けなかった・・・だから、息子の川人に私の全てを託したの。いずれ、貴女を超える男になると・・・」
「全て?」
「うん。私はこの追憶の域以外の術全て、川人に譲渡したの。私も夢を息子に託したの・・・」
「そっか・・・」
「だから、私は現役を引退したの・・・けど、この私でもまだやれることはあるの。それは川人でも他の人でも無い・・・私にしかできないことがあるの」
「沙姫にはもう十分すぎるくらいのことをやってもらったよ?」
「私にしかできないこと・・・妃姫ももう分かっているんでしょ?これが無いと勝算が低くなることを」
「え?でも・・・私のこの作戦でも・・・十分に・・・」
「誤魔化したって駄目!私はもう、覚悟はできている」
「・・・駄目・・・」
「駄目じゃない。妃姫だけ・・・仇を討つのは許さない。一緒にお父様とお母様の・・・仇を討とう。私だって悔しいの!」
「・・・」
「妃姫のその子の母親の役目は私が代わりに引き受ける!そして、この追憶の域を完全な形にして鬼にすら感じ取れない完璧な結界を完成させてみせる!」
「手伝って・・・くれるの?」
「だから、最初から言ってんじゃん」
「・・・うん・・・本当にありがとう・・・」
「初めてだね。一緒に命を賭けて戦うのは。やっと、私もそこに立てるわ」
「けど・・・滋岳家や子どもは?」
「旦那には反対されたけどね。それでも彼も術者・・・私にしかできないことだと理解はしてくれたわ。それに川人も・・・もう私なんかより十分に強い・・・もう心配はいらないし、次期当主は彼に頼むわ。そして・・・鬼ヶ島への潜入方法は妃姫が提示したとおりの方法よ。私はもう能力を川人に預けているし、後はこの追憶の域のみ・・・出発直前にこの術も式札に継承させ体内に隠し妊婦と非能力者を装って鬼に捕まることにするわ」
「準備は整っているのね」
「えぇ・・・私達で終わらせよう・・・お父様とお母様の仇を私達で討つの」
「うん・・・」
「さぁ・・・堅い話はここまで!大津様とのこと・・・根掘り葉掘り聞かせて貰うわよ」
私は時間と立場を忘れて、沙姫と半日以上話し続けていた。ただ意味の無い、世間話を雑談と談笑を・・・こんなに笑ったのは、いつぶりであろうか。子どもの時以来では無いだろうか・・・この地獄の地で最愛の妹と家族の時間を過ごすことができたのだ。これ以上のご褒美は無かった。長年の悔いが今ここで晴らすことができたのだ。
そして、最後に再び任務の話をした。この空間であれば呪いも無効化でき酒羅丸の弱点も伝えることができた。そして、沙姫の覚悟を信じ、最後の・・・もしもの時のための作戦も伝授した。この作戦は沙姫にとって命を迫られる作戦で、あってはならない事態を備えてのことであったが、沙姫はそれを迷うこと無く快諾した。