44;つながり
そこから約半年が経過した(鬼ヶ島上陸から約一年)。威波羅は、人間としての本質を保ちながら順調に成長していった。しかし、それでも今はまだ威波羅を見放し、直ぐさま第二子へというわけにはいかない。まだ継続して威波羅の成長経過を追っていかなくてはならない。この成長段階でいつ性格変異が起こってもおかしくない身体。
第二子計画も威波羅の成長が確定してからの遂行となる。そして、それと同時に第二子作戦に対して準備を整えていく必要もある。限られた時間ではあるが、それでも焦らず時間をかけて作戦の成功率を高めるために準備を行っていくことにした。
そしてその頃、霊媒師の清子が妻として鬼ヶ島へ上陸した。清子は、自身の田舎へ帰省の際に夜行と遭遇し、能力者故に連れ去られてきたのだ。霊媒師は、基本的に戦闘能力は低く、彼女自身の性格も神経質で臆病であった。妖怪退治を生業としていないため、上陸後も常に自分の命優先に考えており、私や流李子とは距離を置いていた。そして、特に鬼の子を産んだ得体の知れない私に対しては警戒心を強めていた。流李子に至っては相変わらず何を考えているか分からない。
そして、その頃・・・遂に滋岳家と幻彩家・・・両家の調査報告書が全て揃ったのであった。酒羅丸が出現したこの五十年間の両家の家系図、両家が行ってきた任務報告書など、多くの書類が送られてきたのであった。これに至っては、数ヶ月間をかけハヤテが何往復も行き来をしてくれたお陰でもあった。私は玉成と一緒にその書類が贈られてくる毎に調査を行っていた。そして、書類一式に目を通していくと明らかに不可解な点が浮かび上がってきた。
「妃姫さん・・・これ、どういうことでしょう・・・」
「なに?何か見つけたの?」
主に私が、滋岳家の書類を、玉成が幻彩家の書類を見ていた。そしてその不可解な点に玉成が気付いた。いや、誰でも気付くだろうあからさまな改ざんであった。
「はい。ここの家系図・・・明らかに後から抹消されています」
「本当だ・・・どういうこと?」
私は、幻彩家の家系図は見せて貰ったことはあった。その時とは明らかに異なる箇所があった。私の祖母には兄弟はいないはずであった。しかし、そこには祖母の名前の横に・・・姉か兄であろうか・・・先に産まれたであろう者が記されていた痕跡が残っていたのだ。
「私も分かりませんが・・・一応、その年代の任務報告書も目を通しましたが、その任務遂行者の名前も抹消されているのです」
玉成は、その違和感を更に確定的にするため、既に他の資料も把握した上で発言していた。
「成る程・・・破門された者だな・・・しかも、ただの破門ではここまであからさまな改ざんは普通行わない・・・相当なことやらかしているわ」
「えぇ・・・その様ですね」
「ちょっと、見せて」
私は、滋岳家の資料を置き、幻彩家の資料に目を通すことにした。そして、暫く目を通していくと私は更に不可解な点を見つけた。
「え?霊具・温羅の手足・・・保管責任者?どういうこと?幻彩家にはそんな物・・・保管されてないわよ・・・お父様に何度も本家へ連れて行ってもらったけどそんな物どこにも・・・祖父母からもそんなことは聞かされていない・・・え?この保管管理書が・・・途中で止まっている・・・」
「どういうことです?」
「その抹消された人物と、温羅の手足の保管管理所が無くなった時期が同じなの」
「それは・・・まさか・・・」
「そう・・・恐らくその者は、それを無断で持ち出した・・・」
「何のために?」
「知らないわよ!」
「す・・・すみません・・・」
「そして、幻彩家が陰陽寮に所属したのも、その頃・・・」
「そして、酒羅丸誕生もその時・・・これは、関係がありますね」
「えぇ・・・恐らく陰陽寮と幻彩家で密約が交わされた・・・幻彩家の全てを陰陽寮に捧げる代わりにこの失態を隠蔽すると・・・」
「これは、詳しくそこを調査すべきですね・・・おや?」
玉成は任務報告書をみていたが、そこに書いてある名前をみて思わず声をあげた。
「どうしたの?」
「いや・・・確か、更にこの頃でしたよね・・・史実では藤原家が失脚し闇に落ちたのは・・・」
「藤原家?」
「そう。貴女が討った藤原保孝の先祖です」
「知っているの?」
「陰陽寮の情報を全国に広めているのも私ですから。私に知らないことはありません」
「・・・で、藤原家がどうしたの?」
「藤原家が失脚した原因はなんだか知っていますか?」
「五十年も前の事件よ・・・知らないわよ」
「そうですよね・・・その原因となったのが一条家門下生惨殺事件の主犯と認定され、そこから調査が入り朝敵と繋がりがあった為に失脚しています。ここに興味深い名前が記されています・・・『朝敵、木曾忠仲、一条家門下生外道丸により打倒・・・』この名です」
「外道丸?誰?」
「私は、この名を知っています。今でこそ、一条家の事件は藤原によるものと認定されていますが、今でもそれは違うと断固拒否をしている人間が居るのです。それは一条家当主、一条光義です。彼は、この主犯は外道丸だと訴え続けています。前当主光家は、頑なに外道丸は死んだと言い張っており証言は食い違いますが・・・外道丸は門下生・・・そして、今でこそ当主の光義もこの当時は門下生では無いでしょうか?」
「確かに・・・光義の証言の方が信憑性はある・・・」
「そうなんです。ですので、私は興味本位でこの事件を少し調べたことがあるのです」
「それで、何か分かったの?」
「いや・・・結局、私もこれは藤原家が主犯だと認めざるを得ない証拠が山ほどありましたので・・・しかし、分かったこともあります。この外道丸という男・・・能力者ではないのです」
「侍でしょ?それは、当然・・・え?嘘・・・」
「気付かれました?・・・そう。当時の特級指名犯、木曾忠仲を討っているのです」
「え?あり得ない・・・本当に能力者では無いの?」
「ええ・・・私も気になり入念に調べましたが、彼が能力を使っていたという記録は何処にもありません。それと、彼は妖刀を扱っていたそうです」
「・・・それは、本当なの?」
「陰陽寮の機密資料です。確実かと・・・私も能力者では無い人間が妖刀を扱えている時点で意味が分かりませんが・・・彼が形容されていた言葉を聞いて納得しました。彼は、鬼の様に強かったと・・・」
「鬼・・・か・・・」
「そして、更によく見て下さい。この外道丸・・・生死不明となっています」
「この男・・・益々、怪しいわね・・・」
「はい。そして、最初に戻ります。この任務報告書・・・外道丸の横・・・上手く隠蔽されていますが、改ざん隠蔽された後がありますね」
「・・・これは・・・」
「更に調べてみる価値がありますね」
「そうね・・・けど何でこんなに詳しいの?」
「私は情報家ですからね・・・先ずは敵を知ること・・・それが味方の勝利の鍵となるのです。ですので、いつ如何なる時にどんな情報を要求されても瞬時に答えられるようにしているのです。流石に限界はありますが・・・しかしそれが、力の無い私の闘いなんです」
「・・・見直したわ・・・」
私は玉成に聞こえないよう呟いた。
「え?」
「何でも無い!」
当然、それを聞き返してくる玉成に、強い言葉で・・・初めて玉成の存在を頼もしいと思ってしまった心を悟られないように言い放った。
私達は、陰陽頭に外道丸とこの抹消された存在についての調査依頼を再度依頼した。そして、帰ってきた返答は「この内容は口外しないこと」を条件に特別に教えて頂くことができた。そして、私達は事の真相を全て知った。改ざんされてあったところに書かれていた名前は・・・幻彩美代姫。滋岳妃姫の祖母の姉のあたる人物であった。美代姫と外道丸の関係は、謂わば仕事の仲間、共に魑魅魍魎や朝敵を相手にする相棒といえる存在であった。しかし、次第に相棒という枠を超える感情が芽生えてしまったのだ。
美代姫の・・・一途で我が儘でそして、純愛を通しても報われない恋の行方が呪いに変わり・・・温羅の手足に願ったのだ。そして、外道丸の生い立ちや報われない人生と・・・その呪いによって酒羅丸が誕生したであろう経緯も。私は、悲劇としか言いようのない登場人物の物語を知って、様々な感情が行き交った。
私はやはり女性である美代姫に対し感情移入してしまった。しかしそこには、同情や怒りという感情は一切沸かなかった。彼女の純粋で無垢な行動は、何か一つの作品・・・紫式部の作品でも読んでいるような感覚になり思わず声を溢した。
「すて・・・」
「あり得ませんね!」
私が、この感想を言おうとしたが、それに被せるように玉成が大きな声を挙げて叱咤した。
「え?あっ・・・あぁ、そうね・・・」
私は咄嗟にそれに同調した。今私が発言しようとした感情は間違っていたものなのだろうか・・・そう思いながら、その思いを飲み込んだ。
「彼女の身勝手で鬼が生まれたようなものでは無いですか!」
そう。玉成のこの発言は全くその通りである。最初にこの感情が沸いてこなかったのは鬼殲滅の専属部隊としては失格だ。父がこの部隊を設立した理由も、鬼退治に唯ならぬ責任を感じているのも理解できた。身内の責任・・・祖父母からそう言い聞かされて育ってきたのだろう。全く・・・代々から鬼に対して縁の深い一家であった。
「しかし・・・これにはやはり側近の・・・奴が絡んできている・・・」
私は、酒羅丸の誕生は美代姫が原因であると理解はしていたが、それでも権左兵平の介入が大きい。彼女の叶わぬ恋に狂う感情が、負の感情を漂わせ、鬼を・・・偶然にも権左兵平を引き寄せたのだ。奴が美代姫を唆さなければ・・・いや、やはりその隙を与えた美代姫が悪いか・・・
「それでもですが、彼女はどこまで嫉妬深いのですか・・・全く・・・後世の私達の身にもなって頂きたいものです」
「・・・嫉妬か・・・確かにそれだ・・・」
「え?」
玉成は私が同調するかと思ったが、そうでは無く諭す様に発言したため予想外な反応に驚いた。
「酒羅丸の弱点・・・何故あんな呪いが掛かっているか理解したわ。これなら・・・奴はこの呪いを解くことはできない・・・呪いをかけた張本人の血縁が欲しかったのね。それで私をどうにかして殺すか喰うかして解こうとしたけど・・・いや、威波羅はその為に?」
「ちょっと~一人で話さないで下さいよ。まだ、その弱点教えてくれないんですか?」
「ふふふ・・・」
私は、笑顔で少し意地の悪い笑いをしてあしらった。
「分かりましたよ!」
玉成は少し顔を膨らませそっぽを向いた。
「冗談よ。貴方にもいずれ教えてあげるわ。まぁ、貴方には意味の無い弱点だけどね」
私は、玉成にはこの弱点を話すつもりは無かった。玉成がこの弱点を知ったところで何の意味も無いのだ。力の有無に関係なく物理的に・・・いや、法則的に玉成は対象では無いのだ。それより、彼には最初に言ったが、易々と喋ってしまい、権左兵平らが彼から情報を引き出そうとしたときにこれが漏れてしまうことが危険である。やはり、喋れない。
「分かりました・・・単純に疑問なんですが・・・この美代姫さんはどうなったんですか?」
「・・・人を呪わば穴二つ」
「・・・不本意とは言え、相手を鬼に変えてしまう呪いを発動させる切っ掛けとなった・・・」
「そういうこと」
「そう考えると、やっぱり少し切ないですね」
「そうね・・・」
それに対しては玉成とは意見が合った。私は美代姫に感情移入したのだ。相手を呪うほどに恋に落ちるとはどういうことであろうか・・・同じ女として自分には未経験の感情・・・しかし、その恋心は素直に「素敵」と思ったのだ。それ程まで想える相手が居る。全てを擲って恋をしている・・・そんな心情を想像すると切なくなり、決して報われることのない男女が破滅の道を歩んでしまい、姿を変えても尚お互い引きつけあっている姿を目の当たりにしたのだ。私は・・・私の敵の『裏』にあるそれすらも救いたいと思ってしまったのだ。




