43;最初の作戦
二日後・・・
「届きました・・・指令書です」
「ありがとうございます」
私は指令書を手に取り玉成を無視して黙々と読み始めた。書かれている内容は、玉成では捜索が不可能である酒羅丸の懐に踏み入り更に情報を伝達するようにとのことであった。その他には、権左兵平からかけられている呪いがどの様な類いで解呪は可能かどうかなどを問いただす内容であった。これらに対しては現時点で詳細に報告できるほどの情報を持ち合わせていなかった。
「返事は如何なさいましょう?」
「そうですね・・・まだこれを返事が得きるほど酒羅丸の懐に入れたわけではありません・・・次の夜行後・・・恐らく私の番でしょうし・・・殺し合いか情交か・・・はたまた両方か・・・」
「・・・」
私の発言に気圧されたのか、気を遣ったのか分からないが・・・何と返事をして良いものか分からず、言葉を紡いだ玉成であった。
「何ですか?その顔は?私は大丈夫です。それに、あの鬼には弱点があります」
「弱点ですか?」
「そうです」
「え?それは何ですか?」
「貴方には言えません。というか・・・まだ確証したわけではありません。疑っている段階です。その段階で話すほど愚かではありません。第一・・・貴方が脅されてこの切り札を鬼から引き出される・・・なんてあってもいけませんし」
「そんな・・・」
「まだ、陰陽頭にも報告する段階では無いということです。これも次で必ず確証してみせます。その後に報告致します」
「分かりました・・・」
「取りあえず、まだ報告すべきことは無いので、調査後追って連絡すると伝えて頂けませんか?」
「分かりました」
そして、その三日後の夜行の後、私は酒羅丸から呼び出された。私は、憎くい敵を目の前にしても心は不自然に落ち着いていた・・・むしろこれで、この憎き鬼を殲滅できる準備を整うのだと、願うほどであった。今日の私の体調・・・恐らく子を授かるには一番確率が高い。私は躊躇無く酒羅丸との情交を選んだ。この呪われた我が子が、私の呪いと共に子が親を打倒するその瞬間のみを考えながら、心を鬼にして一夜を明かした。
確かに酒羅丸の根城では、権左兵平の術は全て解除され術は使い放題であった。私は、即座にやらなければならないことがあった。身籠った子が、鬼へと化さないように・・・人間として育つように・・・私は打って付けの術を所有している。それは結界術「追憶の域」であった。私は、それを自身の体内・・・子宮に追憶の域を発動。その効果は、術の封印と鬼の能力の遮断・・・そして陽光に当てられたかのような暖かい完全次空間結界である。子宮その物を結界で支配し、鬼としての心を一から遮断して身体のみ育てていくのが私の切り札であった。
勿論、それは賭けであった。酒羅丸の根城から出てしまうと、いかに体内に隠した術であろうと呪いが発動してしまうのでは無いかと・・・正に、根城から出なければどうなるか分からない出たとこ勝負でもあった。しかし、私も明確な根拠があった。そうで無ければこの様な大きな賭に出ることはない。子宮という臓器は一部では神聖化までされている考えもあり、母親の子を守る・・という強い想いが込められている。それは、謂わば呪いに近い・・・それ程に強力な思いである。その為、陰陽寮の調査ではあるが、病はあれど過去に胎児が呪われるといった類いの霊的な事例は今まで報告が無かったのだ。そして、以前に芽衣子と麻衣子から教わっていた、酒羅丸の索敵術は、人間の体内まで関知できないといった情報が決定打であった。
そして、それは私の思い通り、体内に術を残した状態で、根城から出ても何ら問題は無かったのである。恐らく、これを体外へ出してしまうと一瞬で呪いが発動するだろう。まさか、自身の体内に結界を張るなど権左兵平も思ってもみない盲点であろう。結果、私は追憶の域発動によりいつでも意識を子宮の中に向けることができた。
そして、瞬時に感じとれた。この中に新しい命が芽生えたことを・・・私は、このまま鬼の能力を封じたまま成長させ、暗示をかけ続けることとした。それは、この子が暴走しないための保険のためではあったが、「私の命に背くな」「お前は人間だ。何があっても人は殺すな」と呪いをかけるように、暗示をし続けたのだ。
そして、私の疑問は確証へと変化した。やはり、酒羅丸は大きな弱点を抱えていると。それはやはり呪いの類い・・・そう確信した。そして何故、この様なことになっているのか、調べる必要がある。酒羅丸の弱点と起源を知ることが、酒羅丸殲滅の確率を上げるような気がした。そして、それと直結するのが権左兵平のあの言葉・・・「あの女の血族ですぞ」という言葉だ。何故、私は連れてこられたのだ?血縁?私を連れてこなくてはならない理由があったのか?ならば、それを逆手に取ることも・・・そう考えた。調べる必要がある。私の血縁を。滋岳家と鬼の関係を・・・いや、滋岳家だけでは無い・・・父の旧姓・・・幻彩家のことも・・・私は早速、玉成に依頼し陰陽寮に両家の調査を依頼した。
一ヶ月が経過した。私のお腹はそれにしては非常に大きく、一般的に妊娠中期~後期と同等の大きさであった。お腹の子は、おおよそ・・・人間の成長速度の六~七倍の早さで成長していた。鬼の能力は封じていたが、鬼としての生態までは封じることはできない様であった。急激な速度で成長しているが、しかし一般的な人間が成長するような過程を踏み順調に進んでいるように感じた。それは、その子にとって人間として成長するという本能がそうさせており、結界の効果と暗示が効いている証拠でもあった。
この効果は、私の予想通りであった。しかし、それにしてもこの成長速度は予想外で、嬉しい誤算であった。このまま順調にいけば、あと半月もあれば出産まで持ち込める・・・そう確信していた。そうなれば、おおよその計画も立てやすい。約六倍の早さで、成長する・・・つまりは約三年で体格が全盛(人間でいう十八歳程度)になると予想できる。そこからの成長の過程は未知数ではあるが、三年を目処に計画を立てていけば良い。もしくは、不明確なこの一人目で全ての勝負を仕掛けなくても良いのではと・・・心の余裕もできた。産まれた瞬間に体が爆発的に成長し鬼として全盛となる・・・ということも想定はできるが、急激に法則を崩してしまうことは考えられなかった。確実に私の血・・・人間の血も半分受け継いでいるのだ。
そして、急激に腹が大きくなったことで、その異常は直ぐさま玉成に気付かれてしまった。
「・・・どうされたのです?そのお腹・・・」
「このお腹には鬼の子を宿しています。そして、私はこの子こそ鬼殲滅の鍵になると考えています」
「何を考えているのですか!貴女は!」
玉成は血相を変えて、初めて私に声を荒げてきた。この男は、何故赤の他人に対しここまで激高するのだろうと不思議でならなかった。私達がしているのは遊戯では無いのだ。命を掛けてここまで来ているのだ・・・手段を選んでいられない。何を甘いことをと想いため息をついた。その態度に反応するかのように、物悲しそうに玉成は続けた。
「鬼との子を産むなど・・・」
「何ですか?貴方には関係ありません」
「ですが!」
「私は、鬼の子を産むわけではありません。この子は確実に陰陽寮にとって強力な力となります。私が、陰陽師として育ててみせます」
「・・・鬼灯を使って避妊するのが定石です・・・」
「普通では鬼退治などできません」
「その子が・・・人間を殺したらどうするのですか?」
「それはありません。ですが・・・そうなる前に、私が命と引き換えにこの子を殺します」
「・・・分かりました」
私の冷たくあしらう様な態度と、自分には力が無く言い返す資格が無いと玉成は黙って受け入れるしか無かった。
「しかし、確かにどうなるか私自身分からないこともあります。しかし、このことが立証されれば、鬼の内部に陰陽師を潜伏させることもできる。実験的な段階ではありますが、この子で色々試さない手はありません。危険と分かれば即、私が処理します」
「・・・試してみる価値はあるのですね」
「賭けではありますが、この子が産まれを鬼にみせる必要があります。本当は隠したいのですが、今の段階では、まだ私が無力で従順さを装わなくてはなりません・・・何か企んでいると怪しまれることが、作戦の失敗なのです」
「本当に賭けですね・・・」
「ええ。ですがもし成功すれば、鬼の内部に強力な協力者ができるのです」
「分かりました・・・あくまで、貴女自身の考え・・・ということですね?」
「当たり前です」
私は、この様に玉成に伝え、人間として足を踏み外したともいえるこの作戦を・・・陰陽寮としての利用価値を説き納得させたのであった。そして、玉成はこのことを陰陽頭に報告した。陰陽頭も私の策であればと・・・蛇の道は蛇を、鬼を殲滅するには鬼の血が必要であると。私の考えに理解を示してくれた。
しかし、陰陽頭にも構想している考えがあり、それを同時進行させることが条件でもあった。彼が考えているのは、鬼ヶ島に追憶の域を展開させることであった。それを展開させることができれば、勝算はあると考えているらしい。勿論、術が使用できないことは理解できている。長期的な計画を打診され、権左兵平の呪いを解呪することを命じられた。
勿論、私もただ権左兵平の呪いにかかり続けているつもりでは無い。徐々にではあるがこの難解な術を一ずつ紐解くように解呪を試みていたのだ。だが、それは途方も無い作業であり、数万もの絡まった鉄の糸を手作業で解く様な作業であった。しかし、それでも確実に解いているのは事実。術を極め、理解を高めている私ならではの所業であった。私が抜擢されたのもそこが理由の一つである。
陰陽頭から提示されたのは五年以内に・・・とのことであった。私がここで五年も生きながらえる保証は無いが、それは妥当であり私自身も呪いの解呪には数年浪費すると考えていたからだ。しかし、私もその条件は想定の範囲。ここまで我が儘を通している身であれば、私の寿命をあと五年延ばさなくてはならない。
私は・・・この二つの作戦をもって鬼を殲滅することにした。お腹の子どもに希望を託し、陰陽寮さえも利用し全てを・・・私の私怨を晴らすための踏み台としたのだ。
そして、半月が経過し出産の日となった。村の人間の手を借りながら、権左兵平も監視もある中、私は鬼と人間の子を産んだ。鬼達にはこれで私は服従を誓っている・・・そう印象付けることもできた。酒羅丸も初めて自分の実験が成功したかのように酒を盛り気分を高揚させていた。その子どもが、どんな細工を施されているかも知らずに・・・しかし、一つ誤算があった。鬼の監視下の中ある程度の体躯になるまで私が育て上げていくものだと思っていた。
しかし、あろうことか酒羅丸自ら、一番手が掛かるであろう乳呑み児の段階で、その子を引き取り「最強の遊び相手にする」と連れ去ってしまったのだ。
私は既に暗示の類いは完了させていたが、物心つくまでは念には念を込めてその暗示を継続させるつもりでいた。酒羅丸がこれ程までに子どもに興味を示すなど予想していなかった。子どもに何か思い入れがあるような・・・前世の後悔のような・・・それは鬼の本質では無い無自覚な行動であったようにも感じた。酒羅丸という鬼にあてられ、鬼としての本能が開花してしまうのでは無いかと危惧した。それに・・・名前・・・名前を酒羅丸に委ねてしまったのが、痛恨の極みであった。名前というのはその者の存在を証明する物。鬼の名を付けられるのは明らかであった。私は半ば、最悪の事態を覚悟する必要があった。息子を殺す覚悟を・・・
案の定、威波羅という鬼の名を付けられ、酒羅丸という最強の鬼より・・・鬼としての英才教育を受けたのだった。しかし、心と本質は『人間』ということは拭いきれず、それにより如何にも中途半端な存在が誕生してしまった。威波羅は酒羅丸に育てられたため、自身が鬼であると豪語はしていたが、鬼の常識を嫌い、人間を殺すことを嫌がり、自分以外の命に対し尊厳を保つという世にも珍しい自称『鬼』が誕生した。しかし、人間を喰わねば自身も死んでしまうため、死体を喰うという形で生きながらえていた。やはり、胎盤で直接繋がれていた母からの呪いともいえる暗示がより強烈に作用した物といえる。その点については私も安堵した。これで、鬼の体を持った人間を作ることができると確証された・・・実験は成功したのだ。そして同時に鬼の軍勢に我らの内通者を作ることができた。着実に環境を整えつつある。そう、本番は次だ・・・酒羅丸が子どもに対し執着する事実がここで知れて良かった。次が、本番だ・・・第二子こそ、誰にも悟られずに身籠り・・・私の手で陰陽師としての英才教育を施すと誓ったのであった。