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未到の懲悪  作者: 弥万記
七章 結界の真実
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42;臆病が故の

「・・・気を落とされないで下さい」

 次の朝、給仕係の男からそう声を掛けられた。それは、どういう意味だ?理解できなかった。私が落ち込んでいるように見えたのか?確かに二人の死は私にとって衝撃であった。心揺るぐほどに。しかし、それはもう解決した。であれば、やはり鬼の子は作るべきでは無いということを思い知らされて絶望している?いや、確かに、それは一理ある。しかし、それでも私はやらねばならないのだ。決意をしている。もし人を喰らう鬼を産んでしまったのであれば、私が命を持って処理しよう・・・理論上、私の力があればそれを人間の子として誕生させることもできると確実な自信があった。そう、私はもう落ち込んではいない。この給仕係の男は、何を気にかけているのだろうか・・・そう思っていた。


「お気遣いありがとうございます」

 まぁこの男からしてみれば、今まで一緒にいた人間が目の前で死んだのだ。それは、確かに気を落とすのは当たり前のことである。私がもう気持ちを切り替えていることなど、一般人からは理解はできないだろう。そう思い、適当にお礼を言って流すことにした。


「流李子様は今、いらっしゃいませんね?」


「その様ですね。あの方は、気まぐれな方のようですし・・・」


「暫く戻っては来られないですね?」


「さぁ・・・私には・・・」


「では、妃姫様、如何でしょう?」


(何だ?今日のこの男は・・・嫌に話しかけてくるな・・・そんなに私が落ち込んでいるように見えるのか?鬱陶しい・・・)


「今日も、結構なお点前で・・・」

 私は、料理の味を聞かれたと思い、そう・・・確かにその料理は絶品であった。滋岳家の給仕係以上の腕前で、この様な寂れた集落でこの様な絶品を食すことができるとは思ってもみなかった。


「いえいえ・・・そうでは無く・・・」


(何だ?何を聞きたいのだ?)

「何ですか?」

 私は、ため息をつきながら、これ以上私に話しかけるなと言わんばかりに苛ついた態度を見せながら返答をした。


「い・・・いえ・・・にに・・・任務の事ででですが・・・」

 その私の態度に酷く怯えた給仕係は、吃音させながら怯えるように答えた。


(ん?任務?何を言っているのだ?この男は・・・こいつは、確か玉成とか言ったな・・・私に最初に話しかけてきた村の人間だ。名字は何だったか・・・そう、大津だ。大津玉成そう名乗っていたな・・・こいつは・・・ん?大津?んん?)


「も・・・もしかして、貴方が・・・陰陽寮の大津様ですか?」


「は・・・はい・・・お、陰陽寮、と特殊ぶ・・・部隊・・・じょ・・・情報班隊長、大津玉成と申します・・・」

 私は、顔色を変えて即座に頭を下げてその非礼を詫びた。


「も・・・申し訳ありません!大津様!」

 しかも、肩書きは・・・隊長だ・・・失礼にも程がある。穴があれば入りたい気分であった。


「い・・・いえ、気になさらないで下さい。私もふ・・・普段村の皆から玉成としか呼ばれていませんので」

 玉成は平民を装う為に村人には姓を名乗っていなかった。その為、大津ではこの鬼ヶ島にいる人間には全く認知できない名であった。確かに、私に初めて名乗った時、姓名を名乗った・・・平民は姓を名乗れない・・・それが、彼なりの合図であった。常に、妻達とは同じ空間を過ごし、特に流李子はまだ得体が知れない・・・目立った行動は取れないのだ。そんな彼なりの合図を、あろうことか聞き逃し(まさかこれ程までに平凡な男とは思いもせず)ていたとは・・・失態にも程がある。痺れを切らした玉成が流李子の居ない今こそ好機と判断したに違いない。


「し・・・しかし、完璧な偽装・・・全く見抜けませんでした。流石です・・・霊力の欠片さえ感じさせないほどの・・・その村人に完全になりすました演技力・・・鬼を欺くわけだ・・・感服致しました」

 私は、今までの非礼を打ち消すかのように言い訳がましく言った。


「い・・・いえ、あ、謝らないで下さい・・・わ、私など・・・そのような・・・」

 玉成は、言葉を詰まらせながら、小さな声で言っているが、私がそれを被せるように質問をした。


「しかし、大津様・・・如何にして術を封印されているのです?その感じでは、全ての霊力を封じておられますね!継承の儀を行ったのですか?しかし、能力を行使しているということは、継承した能力を式札にして持ち歩いている?いや、しかし、それでは式札から霊力が溢れますね・・・では、空間遮断の結界との併用?極限まで結界を小さくして、持ち運んでいる?いやいやいや・・・この体こそ精巧にできた偽物・・・式神ですか?・・・であれば、私の式神理論上あり得ないほどの精巧さです!如何にしてここまでの物を?」

 私は目を輝かせ触れ出てくる未知の力に目を輝かせるように質問をした。継承の儀とは、霊力や術を次の代に継承する儀式のことを言う。対象となる人間にその継承の儀を行えば、術者は全ての力を失う代わりに、そのまま力が引き継がれるのだ。対象者がいなければ式札にも同様に、能力を召喚するという形で引き継がせる事はできるが、その場合は能力を行使すると式札は消えてしまうため、一度発動してしまうと式札と共に消滅してしまうのだ。


「まま・・・待って下さい・・・!わ、私はその様な・・・」

 玉成は、私の勢いに押され、焦りながら否定し、どう言葉を発して良いか訳が分からなくなっていた。そして、困惑している玉成の肩に窓から入ってきた一羽の雉がとまった。


「はっ!ま・・・まさか・・・貴方は霊獣使い!実在している人がいるとは・・・」


「い。いえ・・・これは唯の雉です。な・・・名前はハヤテ・・・私の大切な相棒です・・・私が霊獣など扱えるわけがありません」

 玉成は、ハヤテが肩に乗ったことで少し安堵するような素振りを見せた。そして、ハヤテを撫でながら徐々に心を落ち着かせ吃音症状も徐々に減り落ち着いて喋れるようになっていった。


「またまた!ご謙遜を!」


「妃姫様・・・何か勘違いをされている様で・・・」


「勘違い・・・ですか?」


「そ・・・そもそも・・・私に霊力などありません」


「・・・?」


「いえ、封印したわけでは無いです。私には霊力の才が元々ないのです」


「・・・またまた!ご謙遜を」


「謙遜ではありません。事実です」


「・・・どういうことですか?」


「そのままの意味です。私は、貴女が思っているような屈強な男ではありません。霊力など無縁のごく一般の平民です」


「え?で・・・ですが・・・隊長?陰陽寮?」


「えぇ・・・陰陽寮で唯一、能力を持たない者です」


「どういうことですか?」


「貴女は、陰陽寮の在籍しながら、私の存在など知らなかったでしょう?いや、陰陽寮の人間全て、私の事など気にもしないほどの、実力も無ければ影も薄い、居ても居なくても変わらない人間なのです。大津なんて名も、陰陽寮から与えられた肩書きのようなもの・・・現に貴女が、私と初日で対面したにも関わらず気に留めなかったのはその為です」


「弱い・・・からこそ、無視される?」


「そう・・・察しが良いですね。そう。無なのです。害が無い・・・であれば、人は気にも留めない。そして、私は『死』ということに対し異常なまでの恐怖心があります。その性格のせいか・・・死や危険を察知する能力が極端で・・・死線を回避できる能力が身についてしまったのです。そこに目を付けたのが陰陽頭、刀岐天川様です。幼少期の私を・・・自分一人の力では生きていけず物乞いの様な生活をしていた私を拾い上げてくれたのです。そして・・・教育を数年受けた後、あろうことか、天川様は私を、戦地のど真ん中に放りだしたのです」


「何故です?」


「天川様が命じたのは、一つだけ。最前線で死なぬ箇所を見つけ戦況を常に報告せよ・・・その一言でした。本当・・・あれは、死ぬかと思いました・・・私には、害が無い・・・特に動物たちに特に好かれて、物心ついたときから動物たちに囲まれて育っていました。そしてもう一つ身についたのが、動物たちと心を通わせ会話がでる能力です。そこで、鳥を使い最新の戦況を本陣へ報告。その連絡係として私が一任されていたのです。戦などの混乱時に情報が必要な時に、必要な人に必要な内容が最速で伝達できるのです。情報伝達は、拈華微笑の術・・・もありますが、ご存じの通り戦ではそれは御法度です。それは敵陣から盗聴の危険大ですからね。情報の漏洩はもはや敗北です」


「・・・噂では、聞いたことがあります。陰陽寮には姿を見せない情報運搬者がいると・・・」


「そんな大層な・・・私は、危険では無く且つ戦況が間近で見届けることができる位置で、身を隠していただけに過ぎません」


「しかし、その力が、今までの陰陽寮の戦歴の証では無いでしょうか?」


「私は、切っ掛けに過ぎません。皆様の命を賭けた闘いがあったからこそです。私は、命を賭けられず隠れてみていた臆病者です」


「そんなご自身を悲観されないで下さい・・・では何故、鬼ヶ島へ?」


「それが・・・恥ずかしい話・・・影の薄さを利用した身を隠す術は私の得意分野・・・いつものように任務で戦地に赴き情報を得ていたのですが、戦が終わっても私に撤退命令がでず・・・帰って良いのか分からず待機していたのです・・・何と一ヶ月も・・・忘れ去られていたのです」


「と・・・得意の伝達の力で動物を使役し撤退指令を聞かれたら良かったのでは?」


「そ・・・そうなんですが・・・これも任務かと・・・そしたら背後から、死を直感する寒気がしまして・・・そうです・・・酒羅丸の夜行に遭遇してしまったのです。もう、死ぬかと思いました。恐怖で気を失うかと思いました・・・鬼相手に逃げる力も無い・・・何とか生き延びる方法は無いかと見渡すと、死線が見えない箇所があり・・・そこには捕らえられている人が居て・・・その周囲の鬼達も腹を膨らませていたようで・・・そこに紛れて連れてこられたのです」


「そ・・・それで、鬼ヶ島へ入れたと?」


「はい・・・すんなりと・・・」


「・・・」

 私は呆れて言葉を失った。


「私は直ぐに、鬼ヶ島まで追いかけてくれたハヤテを使って陰陽頭に伝令を出し・・・今に至るというわけです」


「けど、貴方・・・術は使えないのでしょう?鬼は心を読んできますよ?」


「はい・・・そうなんですが。鬼と対面したら怖くて・・・死を直感します。思考なんか飛び精神は恐怖以外あり得ません。ですので、それは大丈夫でした」


「はぁ~」

 私は、あからさまに大きくため息をついた。


「す・・・すみません・・・」

 その態度に、玉成は思わず謝る。


「何で謝るんですか?全く・・・期待をすれば・・・そんな事か・・・」

 私は、幸運すぎるとも言える玉成の行動に、今までの自身の努力や執念が嘲笑われているかの様に感じた。そして、妄想まで至った大津の力も蓋を開ければ何ら使い道も無い・・・いや、外部と連絡を取る手段はある。使い道があるのはこれだけであった。大津の力に勝手に期待した自分が馬鹿だったのだ。それでもやはり愚痴は溢れる。玉成には聞こえないように、呟くように言い放った。


「・・・」

 その態度に何かを察した玉成であった。


「大丈夫です。貴方は死なせません」


「はい?」


「私が死なせませんから。全て守ってみせます。ですので、余計なことはされないように。私の命令以外で勝手なことはしないで下さいね」


「・・・はい・・・」

 私は、この玉成という男に対して線を引いた。そう、決して仲間などでは無いと。集落に居る人間と何ら変わらないと。一瞬ではあるが結託して酒羅丸を討つなどという、期待をしていたということ忘れてしまうほどに、冷め切った感情で玉成のことを突き放したのだ。それを察してか、玉成はそれ以上、何も言わなかった。


「その、伝達能力それだけは使わせて頂きます」


「はい・・・」


「伝達の時間は?」


「約一日です。返答が帰ってくるまでは二日はかかると思って下さい」


「十分です。では、私が鬼ヶ島へ潜入した旨は伝えていますね?」


「はい」


「では、無事に私達が接触できたことを報告して下さい。作戦はそこから遂行されます」


「・・・分かりました」

 ここから始まったのだ。この玉成とで出会いから、私の鬼ヶ島での本当の闘いが始まった。

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