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未到の懲悪  作者: 弥万記
七章 結界の真実
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41;再確認

「さて・・・大津様を探さなければ・・・」

 私、滋岳妃姫は酒羅丸との戦闘に敗れ、鬼ヶ島へ連れ去られるという形で潜入に成功した。今、鬼ヶ島の地形・環境を粗方把握した後、ため息をつくように独り言を呟いた。体は権左兵平の呪いのためか術を封じる呪いが掛かっていた為、いつもより重く感じた。ただでさえ体躯に恵まれていない私は身体能力のみでは、鬼ヶ島の足場の悪い岩肌の登り降りは困難を要した。


 まず、ここに来て私が第一に行わなければならないことが、大津との接触であった。私は、大津という陰陽師の実力は計り知れない強大な力・もしくは自身が理解しがたい力を秘めているに違いないと考えていた。その理由は、鬼ヶ島に自力での潜入を成功させていること。そして、鬼に見つかること無く半年もの間、能力を行使し陰陽寮へ情報伝達をしていた功績があったからだ。権左兵平に、能力を見抜かれ・封じられず、如何にしてそれを隠すことができたのかが、理解できなかった。私自身が知り得ない術もしくは、人間と見分けがつかない程の高度の式神か・・・考えるだけで未知の能力者であり、私の弱点を補ってくれる・・・そう考えられる最高の相方となるに違いないと確信していた。


 そして、以前より練っていた本命の作戦。先に述べたが大津が相方となり、酒羅丸との戦闘で共闘すれば、あるいは勝機を見いだせるかも知れないが、それは優先されるべきでは無い。理想や期待だけでは決して鬼には勝てないのだ・・・これが本命の作戦だ・・・これを遂行するために私は、鬼ヶ島潜入を心に決めたのだ。しかし、大津に頼ればもしかするとこの作戦をしなくても良いかも・・・などという私の心の弱さが一瞬露呈してしまった。私は、死に場所を探している。鬼を殲滅するためなら死んでも構わない。私が生き延びることで、周りの人間が次々に不幸になっていくのだ。何を甘えているのかと・・・その一瞬の心の揺らぎに、私は私に嫌気がさした。


「心を鬼にして・・・」

 そう呟き、私は鬼ヶ島に来た本来の作戦を遂行する。私と酒羅丸との戦闘における大きな差は、正に今露呈している体躯の差であった。私は、自身の術・・・追憶の域の力で相手の能力を完全に封じることができるのであった。しかし、それは自分自身にも対象であり、それは否応にも力と力の勝負を余儀なくされる。体躯で差がある私にとって、それはあり得ない選択であった。その為、未知の力を有している大津の存在は理想的で、追憶の域が完全に発揮される瞬間でもあると感じていた。しかし、それは、大津の能力次第による。大津が私のように術主体する戦術であれば、それは、意味を成さない。


 そして、もう一つ酒羅丸との大きな差は体力の違いであった。酒羅丸を消滅させるには、霊力を一定期間最高出力に保ち続けなくてはならない。つい先程闘った戦闘が正にその典型。酒羅丸を完全消滅に至るまで削り落とす体力・霊力が不足しているのだ。現段階において身体・技は全盛と言える。技の精度は向上しても、これ以上の大幅な身体的な成長は見込めないと考えている。


 そう、私と酒羅丸の差は単純に、体の差であった。術に関しては確実に自身に分があると確信していた。私の術は確実に酒羅丸を圧倒していた。しかし、体のつくりは努力で何とかなるもではない。努力でどうにかなるのであれば、いくらでもその代償を払ってでも手に入れるだろう。決して努力で埋めることのできない、身体の差・・・神に与えられたこの弱い体が憎くて憎くて仕方が無かった。


 そして、私は結論付けた。初めて酒羅丸に遭遇し打ちひしがれた時から考えに考え抜いたこの答え。どう考察に至っても私の力のみでは酒羅丸を打倒できる算段が見つからない。先程の酒羅丸との戦闘も、想定通り殲滅には至らなかった。であれば、他に協力者も・・・追憶の域にさえ引きずり込むことができれば・・・酒羅丸と同等の身体能力を持った人間が居れば・・・勝算はある。しかし、術全盛のこの時代にその様な人間に出会えるとは考えられない。私が酒羅丸の体を持っていれば・・・しかしそれは、不可能・・・であれば、作れば良い。酒羅丸の体躯・体力・回復能力を持ち、私の術全てを受け継いだ「人間」を作れば良い・・・つまりは、鬼と人間の子を・・・能力を分かち合う者を作りだし、自身がそれを一から鍛えることで、酒羅丸の打倒を果たすことを。


 最愛の親や仲間、友・・・師をも奪った憎き鬼と交わり、最強の体躯をもった陰陽師を育てることを考えついたのだ。常軌を逸している鬼達を倒すには、こちらも常軌を逸しなければならない。自身の命が助かるなどという見込みを考えてはならない。それ程までに、酒羅丸という鬼は強く、そして・・・凶悪である。その凶悪に触れ、私の思考は正常では無くなっていた。いや・・・冷静であった・・・鬼を如何にして殲滅させるか・・・それに関して冷静さと冷徹にまでに判断した結果であった。それしか道は無いのだ。怒りと憎しみが、膨れに膨れ上がり、どんな手段も厭わない、我が身を省みず、私の心は鬼と化していた。


 しかし、ともあれ今は鬼ヶ島に来たばかり。先ずは情報収集とその作戦を遂行するにあたって確実な計画を練らなくてはならない。決して行き当たりばったりでは為し得ない。その為に大津との接触は最優先であった。大津と接触し陰陽頭に潜入を報告。そこから鬼ヶ島の情報を開示しながら作戦の遂行を、この島内で連携を取っていかなくてはならない。


 私は、一刻も早く陰陽寮と連絡が取りたかった。それは調査を依頼したいことがあるからだ。僅かでも良い・・・鬼の弱点となる情報が欲しく、その切っ掛けとなる違和感に気付いたからである。そして、大津からこの鬼ヶ島で術を使用する方法・・・もしくは完全な擬態が可能な式神術を教授して頂き、作戦成功の確率を少しでも上げておきたかった。


 酒羅丸の弱点・・・それを利用すれば最大の効果は発揮できるが、多用はできない。相手がそれを警戒し対応してくれば打つ手が無い。その弱点自体は、酒羅丸の生死に関係する程のものでは無い。しかし、こちらが大いに優位に立てるのは間違い。恐らくその弱点は呪いの類いではあり、上手く隠してはいるが、私の目からはそれは疑問でしか無かった。そう、あの時・・・


 私は、その様に一人考え込みながら、鬼ヶ島に漂っている瘴気を回避しながら、比較的それが薄い場所や身を隠せそうな場所を入念に捜索した。私であれば、その様な箇所に結界を張って身を隠すからである。何日もかけて鬼ヶ島の死角を探して、この弱い体を駆使して島中を捜索し尽くした。しかし、十日が過ぎてもそれらしい箇所は見当たらず、大津と接触することはできなかったのである。私は、大津は結界の中に隠れていない・・・であれば、人間の集落に紛れている・・・そう確信した。


 まず、鬼ヶ島に上陸して優先すべきは、島の捜索ではなく集落の人間の調査であっただろう。しかし、私が遠回りしてまで島の捜索にあたっていたのは、それはまだ早いと考えていたからだ。島の人間とも関係が築けていない上に、唯でさえ酒羅丸の妻は好待遇で雑用などは任されていないのだ。私が、初めて集落の人間と関わって感じた冷たい視線・・・疎まれているに違いない。その様な状態で、集落の内部まで踏み込み大津を探すなどという、目立った行動は取れない。権左兵平に脅され、私が何か良からぬ行動を取っていると内通されることも大いに予想できた。


 その為、外部から捜索し、集落との人間達とは徐々に関係を築いていき、捜索していく手はずであった。まだ鬼ヶ島に上陸して十日・・・私の給仕当番の男やその他数人であれば、名前と顔も覚えている・・・その程度の関わりであった。目立った行動は起こせない。そして、大津はこれだけ上手く集落の人間達の中に違和感無く潜入しているのだ(と考えている)。私が詮索しすぎてしまえばそれこそ、大津の任務の足を引っ張ってしまう。それだけは許されない行為である。私は、その様にこの動けない現状をもどかしく思い・・・それを察して、大津から私に接触してはくれまいかと、感じてしまうほど手詰まりな状況であった。


 動くに動けず行き場の無い焦りが襲ってくるが、地道に行動を移すしか手は残されていない。大津も相当慎重な人間なのだろう・・・そう言い聞かし私は、内部に目を向けることにした。そう、先ずは・・・関係を築くべき相手・・・いや、先ずは探るべき相手と言うべきか・・・私と同じように酒羅丸の妻として捉えられている三名の女性から話を聞くべきだろう。今、捕らえられているのが祈祷師の流李子と、未所属の双子の術士・・・芽衣子(めいこ)麻衣子(まいこ)であった。


 流李子は、つかみ所が無く飄々としており、他人を否定も肯定もせず、興味のあることと無いことの反応の差が激しい性格をしていた。祈祷師としての能力は優秀であるのだが、常に流れに身を任せ敵でも味方でもない・・・そういった感じがした。祈祷の依頼があった先で鬼に襲われ連れてこられたが、この妻という現状を受け入れてしまっている。流石に鬼の子は産めないと鬼灯を使って避妊はしている様子であった。自身の力では状況は打破できず、妻でいる以上は殺されないと思っており、人間が勝つか鬼が勝つか・・・ただ眺めていたいと傍観している様子である。


 双子の術士である芽衣子と麻衣子は、正義感が強く積極的に酒羅丸の情報を収集し、弱点を探っていた。術士としての実力は並である。その為、派閥には所属せず仕事の大小関係なく自由に依頼を受け生計を立てていた。しかし、双子ならではの連携術は強力であり、大きな仕事も任せられるほどであった。私より一回り程年上で二年もこの鬼ヶ島に潜入して酒羅丸の弱点を探しては勝負を挑み続けている。勿論、二人共鬼灯で避妊をしており、断固として鬼の血は絶やすべきだと強い信念がある。


 私は、双子の術士・・・という点でも親しみが持ちやすく、芽衣子と麻衣子に連携の協定を取ることにした。すると二人はあっさりそれを快諾してくれ、非常に面倒見が良く私を妹のように可愛がってくれた。どこか・・・時世のようなそんな暖かさを感じた。流李子はその性格上、良くも悪くも全く接点がなく、鬼側の人間という疑問も拭いきれなかったため距離を保つままにした。


 芽衣子と麻衣子の二人は私に色々教えてくれた。鬼の種類や外見と能力(特性や性質、能力の効果の有無や回避の方法など)、そして、その勢力図など・・・酒羅丸を筆頭に、側近には権左兵平と琥羽琥の二鬼・・・主に人間を纏めているのが、権左兵平で彼の目からは何としても逃れなくてはならないこと。琥羽琥は、妻達が根城へ呼ばれた際は、いつも殺気をむき出しにし、何故か(名前の由来であろう)魔除けの宝石、琥珀を大事に装備している・・・それを媒体として封印術も可能であること。若頭の芭浪が若手の鬼達を纏めているため、彼との戦闘は極力避けなければならないこと。刃射場という鬼がいつも混乱を招き、混乱に乗じるならそこを突くべきこと。若手の鬼達は、力はあるが、思慮が浅い点が多く苦鳴という鬼さえ抑えてしまえば、何とかなることなど・・・これから計画を立てていくために必要な情報を与えてくれた。


 しかし、その二人であっても大津という男の情報は得られず、彼の捜索は難題を極めた。私は、大津の捜索は続けつつ芽衣子と麻衣子と連携を取りながら、私自身の計画を遂行するために着実に準備を続けた。そして、三ヶ月の月日が流れ遂に事件が起こってしまった。


 なんと、姉の芽衣子が酒羅丸との情交を得て妊娠をしてしまったのだ。鬼灯は避妊に適役とはいえ万能では無いのだ。そして、二人は決意していたのだ。もし、この身に鬼の子を宿してしまったときは、その命を持って償うと・・・二人は術士の禁術である相殺の術を発動し酒羅丸もろとも道連れに命を絶ってしまったのだ。勿論、いかに酒羅丸であってもこの命を犠牲にする禁術に掛かっては、体が原型を留めず粉々に吹き飛んでしまったが、それでもそこから再生し生還したのであった。


 また・・・私と仲良くなった者が命を落とした・・・そして関わりの無かった流李子が生きているのが良い証拠だ。心を許す相手を作るべきでは無い・・・そう誓っているにも関わらず、何度も同じ過ちを犯すとは・・・何度こんな気持ちを味わうのだ・・・本当に進歩の無い人間であると、更に自分に嫌気が差した。私は馴れ合いにここに来たのでは無い。死に場所を探しにここまで来たのだ。これは私一人で、解決する。私の力で作戦を完遂させ、その時にこの鬼ヶ島の人間全てを助け出すのだ。それまで、誰が死のうが関係ない。それは、私と関係の無い他人なのだ。今も、どこかで人は亡くなっている。それと同じだ。関係を持つから悲しくなるのだ・・・弱くなるのだ。私一人で・・・もう誰にも心を許さない・・・


 そして、それと同時に、二人の死をもって教えられたような気がした。人間であるのなら、鬼との子どもなど産むべきでは無いと。身ごもった時点でそれは死を持って処理をすべきだと・・・もし・・・もし、その産んだ子が、人間を喰えばどうなるか・・・そうなる前に腹の鬼を殺せ・・・最後、死ぬ間際の二人のその見透かしたかのような目は、私にそう訴えているかのように聞こえた。

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