40;襲来
「何が起こった!」
酒羅丸と権左兵平はこの異常事態を一瞬で察知した。しかし、天道の淵が破壊されるなど考えられない事実・・・しかし、城郭の外を見ると明らかに陽光が差し、そのあり得ない現実にそう叫ぶより他無かった。
「酒羅様!天道の淵が・・・消滅しました!」
城郭付近で待機していた仞が、陽光を逃れながら命からがら即座に報告をしにきた。
「くそ!」
酒羅丸は陽光など顧みず、一気に山頂へ移動し、再び天道の淵を発動した。そして、再び鬼ヶ島は結界が張られ、陽光が遮断された。
(・・・鬼の数は・・・五十一体・・・この一瞬の陽光で半数近い鬼が消滅してしまったか・・・くそ・・・やはり、杞憂していた通りだ・・・ここ数年の為体で、下位の奴らの弱体化が激しいな・・・しかし、こんな芸当ができるのは陰陽師しかおるまい・・・くそ・・・奴らめ、この様な切り札を隠し持っていたとは・・・しかし、人間の位置が確認できぬ・・・結界か?であれば、対応が早すぎる・・・認識阻害の術でも使っている?奴らは一体何名で攻めてきたのか?索敵が使えぬ以上・・・目視で確認するほかあるまい)
「酒羅様・・・」
権左兵平が心配そうにこの奇襲戦法の損害を訪ねてきた。
「半数がやられた。人間達の仕業だろう・・・恐らく、大隊規模の侵攻とみた・・・ふふふ・・・ハーハハハハハ!良かろう!久方ぶりの戦だ!」
「・・・損害は、かなり大きいですが、これくらいで消滅する奴らなどこれからの闘いについて行かれませんな・・・では、この戦は・・・我らが妖の頂点に立つ戦の前章戦に致しましょうか」
「そうだな!こちらも、全身全霊で応えてやろうでは無いか!攻城戦か?ふふふ・・・今すぐ、出向いてやりたいが、ここは奴らの形式に乗っ取ってやろう!下の者達にも出番を残してやらねばな・・・我らはここを拠点とし籠城だ!ここまで来れば褒美に我が直々に相手をしてやろう・・・それまでは、我は再び結界を破壊されぬ様、死守しといてやる。存分に暴れるが良い!」
酒羅丸は、この発言を拈華微笑の術で生き残った全鬼に通達して鬼の士気を一気に高めたのであった。自身はさながら遊戯を楽しむかのように、人間の戦の真似事をして、籠城作戦を指揮したのであった。下位の鬼、二十八体は城郭の外を・・・中位の鬼十体には城郭の周囲を、上位七体は城郭内各所を、そして、若頭の芭浪に一番奥の山頂へ続く扉を守らせた。その全てを突破したときこそ権左兵平と酒羅丸が鎮座している山頂となり、挑戦権が得られるのだ。
山頂を玉座と選んだ理由は二つある。それは、頂点に立つ者として相応しい場所であることと、先程のように天道の淵を展開し続けないといけない理由があったからだ。人間達が天道の淵を破壊する術を持っている以上、酒羅丸はここを動くわけにはいかない・・・かといってそれを無視して特攻を決めれば、再び結界を破壊され鬼達は弱体化して全滅・・・陽光でまともに動ける鬼は、威波羅を失った今、酒羅丸だけなのだ。
一見、遊戯のように気分とノリで発案した籠城作戦のようではあるが、一番理にかなっている戦法でもあり、これ以上無い布陣であった。そして、この山頂は全ての情報が集まる場所である。よって、全ての戦況を見渡せ千里眼を通じて監視できる打って付けの場所である。大将として正に高みの見物・・・酒でも呑みながらこの戦を見届けるつもりでいたのだ。
酒羅丸は使い魔を召喚した。蝙蝠のような形状で、酒羅丸曰く妖怪になりきれなかった動物の成れの果てのような存在とのことであった。酒羅丸はそれを、意のままに操ることができる便利な道具として使用していた。それに、千里眼を通して偵察に向かおうとさせた。
「のう?権よ・・・貴様、確か水晶玉持っておったな?」
「はぁ・・・ありますがそれをどうされるので?」
「なに・・・我らは高みの見物よ!できるだけ巨大なのを出してくれ」
「あぁ・・・左様でございますか」
権左兵平はその言葉で察し、術を唱え水晶玉を召喚させ、更に術を重ね、その水晶玉を巨大にした。その後、酒羅丸は自身の目をくり抜き、その水晶玉にその目を差し込み、酒羅丸の千里眼で見えている視野をその水晶玉に投射したのだ。本来であれば、権左兵平の趣味とも言える悪霊を占う道具として使用している水晶玉であるが、この様な使われ方をするのは多少抵抗があった権左兵平であった。
「索敵で探れぬなら直接見るまで・・・さて、どの様な奴が侵入してきたか・・・見物だな・・・時間的に、上陸した頃か?」
「でしょうな・・・であれば、海岸から行かれますか?」
「おぉ!船があったぞ!・・・何?一隻?大隊規模では無いのか?まさか・・・少数精鋭での侵攻?・・・確かに、であればあの奇襲は納得できるな・・・精鋭か・・・下位で大丈夫か?」
「・・・まぁ、少数であれば黒陽と白陰の前に為す術無いでしょう・・・黒陽は術の耐性が異常に強く儂の術でさえ通じぬ故・・・力で押さねば倒せませんし・・・白陰はその逆・・・そして知能が低いからこそ、その門を守るということのみに徹底されると・・・為す術はありません・・・正に最強の防御を誇る門番ですからのぉ」
「確かにな!どれ、まだそれ程遠くへは行ってないだろう。その姿拝ませて貰おうか・・・」
使い魔の方向を旋回させ、門の方へ進行を取った。そして、暫くすると人影を映したのであった。
「酒羅様!」
「あぁ・・・居たな・・・まだ門へは・・・着いていないな・・・何やら数体影が見えるな・・・よし、顔を拝んでやろう」
使い魔は距離を取りつつ鬼ヶ島に乗り込んで来た者達の正面へ回った。そして、その者達の姿が晒された。中心の男は腰には刀を差し武人の様な格好をしていた。そして、あろうことかその男以外人間は一人もおらず、犬と猿と雉を引き連れこの鬼ヶ島へ上陸していたのであった。
「ふふふ・・・ふふ・・・・ハーハハハハハ!なんだ!此奴らは!この鬼ヶ島に猿回し・・・いや大道芸でもしに来たのか!よもや、犬猿雉を連れて来るとは!滑稽だな!」
「酒羅様・・・この動物たち・・・」
「権がいつか悟っておったのぉ・・・此奴らに恨まれたらどうするかと・・・何だ?その仕返しか?」
「ほほほ・・・そうみたいですのぉ・・・よもや本当に恨みを返しに来るとは・・・」
「確かに、この男は多少やるみたいだが・・・それにしても、我らに鬼に対し戦を挑む面子ではなかろう・・・」
この時、水晶玉の映像にはその男の顔がはっきりと分かるように映し出されていた。その顔を見た権左兵平はふと呟く。
「おや・・・?この顔・・・」
「ん?どうした?」
「いや・・・何でもありませぬ・・・」
権左兵平は、何か違和感があったが確証が持てなかったため発言を控えることにした。
「そうか・・・まぁ此奴らがどの様にして、黒陽と白陰にやられるか・・・見物だな」
酒羅丸はまるで余興を楽しむかのように、水晶玉に映し出される映像を肴に気分高々に話していた。そして、遂にその侵入者一行は、鬼ヶ島最強の門番の元へと到達して相まみえたのであった。
「さて・・・見物だな・・・」
酒羅丸は、だらしない笑みを浮かべながら観戦していた。まず動いたのは、武人の男・・・天道の淵を打ち破った張本人である。その腰にある刀にゆっくり手をかけた瞬間に明らかに空気が変貌した。それは映像越しでもはっきりと分かる程に。そして、次の瞬間には・・・黒陽の頭は、その体から離れて消滅し始めていた。
「・・・権・・・見えたか?」
「い・・・いえ・・・」
その男のあまりに早い太刀筋は酒羅丸でさえ目で追えなかった。映像越しの斬撃・・・見えにくくて当然ではあるが、その居合の型はどこかで見たことがある・・・そんな気さえしていた。しかし、黒陽が瞬殺されるという、目を疑いたくなるような光景にその場が凍り付き、言葉を失っていた。
そして、そのあり得ぬ現状を理解できず混乱している白陰。そして、やっと黒陽が殺されたという事実を遅れて察知し、その男に襲いかかった。男は、白陰が突進してくるにも関わらず背を向け、歩き出した。
その男に呼応する様に周りの動物たちがそれに反して動き出した。あろうことか、その動物たちは先程の愛着ある可愛らしい姿から、勇猛な姿へと変貌させ、人間の言葉を有し、強力な霊力を纏っていた。そして三匹が陣形を整え、三位一体の術を発動・・・その直後、一瞬で白陰を消し去ってしまったのであった。
鬼ヶ島が誇る最強の門番達が瞬殺されたのだ。もう、酒羅丸の顔からは余裕の表情は消え去っていた。確かに、黒陽と白陰の油断はあった・・・しかし、それを差し引いても有り余る実力差であった。
「霊獣・・・か・・・」
「・・・その様・・・ですな・・・」
「それは、伝説では無かったのか?」
「いやしかし・・・今ここに実在しております・・・」
霊獣とは、命ある者(主に動物)と血の契約を結び、その命と引き換えに霊力が与えられ絶大な力を得たものをいう。契約者(この場合は、侵入してきた男)とは一蓮托生の身となり、運命を共にすると言われている。言わば、式札を必要としない生きた式神のことである。命と引き換えにしているため、その者とはそれ程まで利害を一致させなければならなく、故に強力であり、式札による式神召喚が主流なこの時勢では、貴重で滅多にお目にかかれない代物であるとされていた。その男が連れていたのは、犬神・狛・・・狒々王・俄・・・霊鳥・颰という霊獣であった。
「・・・裏鬼門か・・・我は偶然にも相性が最悪な奴らの恨みを買ったわけだな・・・ふふふ・・・」
「これは・・・此奴らの力・・・考え方その物を改めなければなりませんな・・・」
そして、鬼ヶ島の巨大な門さえも軽々こじ開けて、その男はゆっくりと島の中に足を踏み入れていった。集落を越え、城郭の付近でその男は立ち止まり言い放つ。
「我は、吉備の国から馳せ参じた桃太郎!今ここに貴様らを退治しに来た!」
その声は拡声の術も相まってか鬼ヶ島中に響き渡った。そう・・・宣戦布告だ。直後、城郭の外で待機していた鬼達が一斉に桃太郎に襲いかかった。しかし、桃太郎と霊獣たちはそれをものともしない。下位の鬼達では実力差は明らかであった。
初手で襲いかかった鬼達は瞬殺され、それを見ていた鬼達は、実力差を察し戦法を変えた。徒党を組み、姿を消して、術主体で島中に拡散し、罠を張りながら迎え撃った。鬼達が戦法を変えたことによって、桃太郎も攻め方を変え無くてはならなく、思いのほか長期戦となった。しかし、それでも桃太郎は一体から数体ずつ着実に鬼達を殲滅していき、下位の鬼・・・二十八体は、桃太郎の一行によりたった半日で全て・・・殲滅させられてしまったのだ。
「もうよい!我が出よう!もう日没だ・・・結界の消失も怖くは無い!」
そう・・・半日で鬼ヶ島は壊滅状態・・・八十三体いた鬼が残り二十体まで減っていたのだ。下位の鬼とは言え・・・主力の二十体が残っているとは言え・・・この戦の初戦は明らかな敗北であった。妖怪の頂点を目指そうと話していた矢先に・・・こんな為体では、良い笑いものになるのが落ちである。これ以上の損害は許せず、酒羅丸が動くより他無い状況であった。
酒羅丸は一気に飛び出し、桃太郎が最後に立っていた場所に到着した。しかし、いくら当たりを見渡しても桃太郎の姿は無く、千里眼を駆使して島中をくまなく捜索するが、その男がいる痕跡すら掴めなかったのであった。
「・・・結界にでも籠もっているのだろう・・・相当な術だ」
(何だ?この感じは・・・この様なこと以前にも無かったか?記憶が曖昧だ・・・いや記憶か?というより何故か集中力に欠けるというか・・・気が逸れるというか・・・本当に我はくまなく島中を捜索したのか・・・?)
「その様ですな・・・はて?何かお考えで?」
「いや・・・何でも無い・・・それにしても、ことが奴らの良いように傾きすぎているな・・・奴は相当な策士だ・・・」
「これは・・・恐らく猿の知恵かと・・・」
奇襲と思われた、天道の淵の消滅は、酒羅丸の動きを止める為の戦法であった。初手でこれを見せておけば、酒羅丸は天道の淵を守り続けなければならない。酒羅丸の動きを封じ下位の鬼から徐々に削いでいき、日没になると結界で姿をくらまし夜を超し再び作戦開始・・・そして、最終的に酒羅丸との一騎打ちで勝負を完結させる作戦であると推測できた。
敵に籠城作戦を持ち込ませ、自分たちに有利に働くよう・・・鬼の特性を理解した最高の作戦であった。この作戦を考案したのが霊獣・俄であった。俄は知恵と狒々の能力・・・鬼の能力を見破る力を・・・狛は、仁徳と邪気を打ち払い、魔除けの能力を・・・颰は勇気と霊術などの不思議な術を与え、その存在が幸運をもたらしていた。
「・・・まぁ良い・・・明朝奴らも攻めてくるだろう。こうなれば、こちらも全勢力を挙げて迎え撃たなければなるまい・・・」
「酒羅様・・・確かにあの霊獣達はかなり強力で厄介な存在です・・・」
「分かっておる!しかし、それを操る、あの桃太郎という男の方が厄介だ・・・それに奴の剣術と・・・あれは、妖刀だろう・・・」
「はい。そのようですが・・・奴の顔・・・どこかで見覚えがありませぬか?」
「顔?そうだな・・・初めて見る顔ではあるが・・・そうだな、どことなく威波羅のような・・・そんな雰囲気の男だな・・・奴を人間にしたようなそんな感じか?・・・それがどうかしたか?」
「いえ・・・杞憂でした・・・儂もまだ直接奴の顔を見たわけでは無いですし・・・気になさらないで下さい・・・」
「そうか・・・では、明日に備えるか・・・しかし、この我まで引きずり出す様なことがあれば・・・ふふふ・・・それはそれで・・・ふふふふふふ・・・」
酒羅丸は不適な笑みを浮かべながら、さながらこの状況を、強者の出現を楽しむかのように笑った。もしかしたら、桃太郎は自身の全力を出せる器なのではと・・・
次の日、酒羅丸の予想通り、桃太郎は日の出と共に再び出現し城郭に攻め込んできた。そして、中位の鬼十体も軽々突破し、残るは、上位七体と芭浪、権左兵平・・・酒羅丸の三体・・・もう既に、桃太郎は城郭の中に侵入してきており、上位の鬼達と相対している。室内であれば問題ないと酒羅丸は山頂から降りて、ここで初めて桃太郎と相まみえた。
このまま十体の鬼で大混戦かと思われたが、酒羅丸は如何なる理由があっても共闘はしない主義であることと、このまま芭浪、権左兵平・・・酒羅丸の三鬼が同時に暴れるとなると、上位の鬼であっても巻き添えにあうことは必須であった。その為、七体で混戦させ三鬼はそれを眺めていた。
「ここで、もしこいつらがやられれば、我と権爺が出る・・・」
芭浪が、その闘いを眺めながら後ろに座っている酒羅丸に問いかけた。
「ほほ・・・そうじゃの、共闘であれば儂と芭浪の方が相性が良かろうて・・・」
その返答を待つ前に権左兵平もそれに同調した。
「しかし、この男もここからが本番だろう。ここに居る奴らは格(核)が違う」
「そうじゃのう・・・そこに至るか否かで、鬼としての壁を一歩越えてくるのじゃが・・・」
全ての鬼が「核」と呼ばれる急所が存在する。下位から中位の鬼達は(特に下位が)、再生速度が遅い。その再生速度が追いつけない程の致命傷を与えてしまえば、核もろとも消滅してしまうのであった。しかし、上位の鬼は、より多くの人間を喰らい魂を吸うことによって、様々な能力が向上し、核を破壊しなければ消滅には至らないのであった。その境地に至って初めて鬼としての格が付くのである。
「お頭は最後の砦だ。まぁ、ここで終わらすがな・・・」
「あぁ、分かった。思う存分やるが良い」
酒羅丸は、もう自分個人だけの問題では無いことを・・・鬼ヶ島の大将としての立ち振る舞いをしなくてはならないことも理解していた。
「酒羅様・・・奴の顔を見て・・・本当に何か思い当たる節はありませんか?」
「いや?・・・昨日からどうしたというのだ?」
酒羅丸は権左兵平の問いかけに否定はしながらも、何か思い当たる面持ちを見せながら考え込んでいた。その様子を権左兵平は察し・・・そして、最語に思う・・・
(酒羅様・・・本当に気付いておられませぬか?・・・昨日話したように確かに桃太郎なる男は威波羅の面影はある・・・しかし、それは、威波羅以上に・・・あの顔・・・あれは正しく、あの女と・・・瓜二つですぞ・・・滋岳妃姫に・・・)