39;束の間の・・・
時は二年半の月日が流れた。鬼ヶ島にはいつもの平穏な日常があった。鬼の数も酒羅丸の神通力の強さに引き寄せられるかのように増え、この二年半で倍以上の八十三体まで増えていた。この調子でいけば、念願の百鬼夜行も時間の問題であった。鬼達の力が急激に強まったのは、やはり滋岳妃姫率いる鬼専門の特殊部隊が解散したことが切っ掛けとして考えられる。その為この二年半、殆ど能力者達との戦闘は行っておらず、仲間を失わずに平和な日々を送っていた。
そして、これだけ規模が大きな集団となってしまっては行動範囲も広げざるを得なかった。夜行の箇所を徒歩圏内では無く空間転移しなければならない遠方まで引き延ばし、鬼の言い伝えの少ない場所にでさえその爪痕を残し、日本全国を恐怖に落としていたのであった。奴隷の数も増え、奪った金品財宝も山のように積み上げた。行動範囲を全国に広げざるを得なかった要因の一つは、鬼ヶ島周囲の村はほぼ壊滅的となったためであった。周囲では鬼の噂が絶えず行き交い・・・正に千年前の鬼の城を思い返す様な勢力となっていた。また、三大妖怪の勢力図をも書き換える勢いであった。
しかし、これで黙っている人間達では無い・・・酒羅丸は、この現状を楽観視していなかった。噂話では陰陽師の一家、安倍家で歴代最強の天才児が産まれた・・・などという話も耳に入っていた。鬼専門の部隊は解散したが、奴らは目的のためであればどんな犠牲も厭わない集団・・・それに、数年前より能力者一派が徒党を組み始めたとの情報を得ている。
そう、ここ数年の静けさは、水面下で何かが起こることを予期している・・・この事態に酒羅丸は冷静に思考を凝らしていた。しかし、他の鬼達はこの現実に唯々酔いしれていた。この功績は自分自身の物だと言わんばかりに・・・常に酒に溺れ、ただ堕落し、不必要な暴力を振るい手が付けられない無法者の集団と成り果てていた。
「酒羅様・・・そろそろ・・・」
「あぁ・・・そうだな。敵が居ない・・・というのも考えようだな・・・」
「ですな。大所帯となるが故の弊害ではありますが、これでは千年前の方が、緊張感と締まりがありましたわい・・・」
「どうだ?玉藻の前・・・奴らと接触してみるか?」
「全く・・・貴方は美女にしか興味無いのですか・・・」
「良いでは無いか!天狗の爺より、やはり絶世の美女とされている玉藻前に興味が出るのは当然であろう?我も・・・最近暴れたいところでな・・・奴らを落とし、妻に娶る・・・最高では無いか!」
「全く・・・妻など・・・あの妃姫という人間で懲りたのでは?・・・まぁ・・・敵としては十分ですな。しかし、それこそ妖怪大戦争規模の戦ですぞ・・・人間が黙ってはいまい・・・」
「妃姫か・・・懐かしいな。我の最後の女だ・・・あれは、良い女であったな!」
「・・・しかし、この堕落した鬼共を引き締めるには、良い薬ですな・・・」
「あぁ・・・やはり、敵が必要だ」
「人間達は・・・?」
「今は、奴らはそれ程怖くは無い・・・恐らく、二十年後・・・奴らは急激に力を上げて来るであろう・・・その時に我らが墜ちぬ様、今から勢力拡大と、下位の底上げだ」
「その為には、この二十年で酒羅様が三大妖怪の頂点に立たれるということですな?」
「あぁ・・・そうだな。この鬼ヶ島も再び一枚岩と化そうでは無いか」
昼下がりの鬼の根城で、この様に酒羅丸と権左兵平が今後の展望について話している最中であった。首脳会談が開催され立ち入る空気では無い城郭を敬遠しながら、他の鬼達は各々の時間を過ごしていた。三大妖怪の頂点を狙うなどという恐ろしい会話が成されているとはつゆ知らず・・・いつものように穏やかで不気味な空気が漂っていた。
しかし、それは突然の出来事であった・・・何の前触れも無く突如、鬼ヶ島の生命線とも言える結界・・・天道の淵が消滅してしまったのだ。今までの鬼達の積み重ねた歴史を嘲笑うかのように・・・今から惨劇が引き起こされるなど、この時・・・酒羅丸は想像さえしなかった。




