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未到の懲悪  作者: 弥万記
五章 結界の事実
41/61

38;敗北

「・・・ん?終わったか・・・」

 目を開けたときには、角、牙が生え酒羅丸に戻っていた。そして、ゆっくり立ち上がった。


「くそ・・・外道丸め・・・折角楽しんでいたのに・・・あんな約束するのでは無かったな」


「自業自得ですぞ」

 権左兵平が生首のまま酒羅丸の後ろから声をかけた。


「その時がきても押さえ込めると高をくくっておったが・・・この空間のせいだな・・・我の支配力が弱まったのは・・・」


「まぁ・・・勝ったので一安心ですぞ」

 権左兵平はホッと一息つきながらそう答えた。


「貴様・・・我のままでは、勝たなかったと申すか?」


「め、滅相もございません!」

 少し慌てながら返答をした。酒羅丸がたまたま読心術を使っていようものなら、その本当の心内を見破られていたからだ・・・ここが術を使えない空間で本当に良かったと少し安堵する権左兵平であった。


「ふん!まぁ良いわ」

 酒羅丸はそう言うと方向をかえた。傷を抑えながら威波羅の根城らしき建物へ再び移動する。そして、その右腕に握られたままの柳鬼で、城郭を斜め半分に斬り倒した。根城は崖淵に建てられている為、その斬られた上半分は滑り落ちるように海に落ちていった。その柳鬼の切れ味は、外道丸が扱ったときの比では無く破壊力が圧倒的であった。自身の血で造られた刀だけあり、その血に反応したのか、本来の所有者へ戻ったと言わんばかりの破壊力であった。そして、その割れた城郭の中に女と乳呑み児が隠れていた。


「貴様か、呪璃の阿呆が連れてきた子持ち人間というのは・・・全く・・・貴様のせいで此奴らの結界が吐露してしまったのだぞ。いや、まぁ・・・貴様に同情して結界に招いた奴の責任か・・・どうして、人間は目先の利益より感情を優先させるか・・・餓鬼など捨てて自分の身を守れば良かろうが・・・全く」

 酒羅丸は、独り言を言うかのようにブツブツとため息をつきながら、その女に歩みを一歩ずつ寄せていった。


「やめて!来ないで!」

 女は当然、声を荒げ拒絶する。人間からしたら・・・今から何が起こるのか容易に想像できる。決して想像したくない未来であるが・・・


「やかましい。その餓鬼をよこせ。ほう・・・男児か・・・滋養に良いと聞く・・・喰うか」

 酒羅丸が女から子どもを取り上げる。


「やめて、その子に触らないで!返して!」

 女は必死に抵抗し、子どもを取り戻そうとする。


「五月蠅い!貴様は村へ返してやるから少し黙らぬか」

 あしらいながら、その女の思いとは裏腹にその男児を柳鬼で串刺しにした。その瞬間、今までの倍以上の女の悲鳴が結界中に鳴り響いた。


「やめて!やめて!その子は関係ない!やめて!返して!」

 その女は、あろうことか酒羅丸に攻撃をしかけ何が何でも子どもを取り返そうとする。もう串刺しになって・・・助かる見込みが無いにも関わらず。酒羅丸はこれが、人間の母親なのかと、理解できないその感情を鬱陶しく感じ、その女を払いのけながら串刺しにした男児を喰い千切ろうと大きな口を開けた。


「やめなさいって言っているでしょう!」

 その瞬間、女の声質が一変し、それはまるで鬼気迫るものであった。今までの弱々しさから殺気が溢れ、更に大きい声で酒羅丸に言い放った。そして、それを聞いた酒羅丸は動きを止めた。今にも男児を食い千切りそうな、大きな口を開けたまま制止している。そして、何か考えている。そのまま暫くして、その顔の角度のまま目だけが女の方を向いた。


 その瞬間、酒羅丸は不気味でだらしない笑みを浮かべた。口は唾液で垂れ、その男児のことはそっちのけであった。そして、刀で串刺しにしている男児を強引に引き抜いた。その斬撃で男児の体は分断、断崖の方へ飛ばされ、その鬼ヶ島の鋭い岸壁を転げながらバラバラになりながら海に捨てられてしまったのだ。その光景を見ながら女は、また声を甲高くし悲鳴を上げる。そして、酒羅丸はゆっくり女の元に近づいていった。


「貴様の言うとおり止めてやったぞ。感謝するのだ。そして、その礼に貴様を喰ってやろう」

 そう言うと否応なしに、その女を喰い殺したのであった。


「ハーッハハハハハ!先程まで勝負を預けられ気分が悪かったが、こんな愉快な事はあるまい!不問とするぞ!全てはこの結界のお陰だ!のう権よ!」


「はい。その様でございますな」


「さて・・・もう全ての用事は済んだ・・・まだ食い足りぬ!そうだ権よ!あれは我の所有物だからよいな!」


「えぇ・・・村の人間達とは処遇が違います故・・・お好きなように」


「よし!今からあの女共を残さず喰ってやろう!闘いながら、まぐわいながら・・・どの様にして喰うてやろうか・・・権!結界から出るぞ!」


「はい、仰せのままに・・・」

 酒羅丸は、声高々に笑いながら、柳鬼を投げ捨て権左兵平の頸と胴体を担ぎ結界の外に出た。


「先ずは、お互いこの無様な体を修復させるか・・・」

 結界から出た後は、自然に治癒していく双方の体であった。術を使えば更に早く完治するが、酒羅丸は、その場に座り込みその自然治癒能力の恩恵を今一度噛みしめながら完全治癒を待っていた。しかし、やはり妖刀での斬撃・・・完治には多少時間を要した。そして、完全に治癒が終え、村へ行こうと立ち上がった。


「よし・・・行く・・・ッ!」

 その瞬間、寒気と同時に、悍ましい殺気のような感覚が酒羅丸を襲った。天道の淵が自然に反応したような・・・何か鬼にとって良くない物が出現した様な・・・その様な違和感であった。


「何だ?これは!」

 鬼ヶ島でこの様な反応が得られるのは初めての出来事で、酒羅丸はやや困惑し何が起こったのか理解できなかった。


「酒羅様も気付かれましたか?この鬼ヶ島内で人間の術が発動されました!この反応は・・・恐らく式神!」


「何だと!場所はどこだ!」


「・・・集落です・・・」

 権左兵平は普段から入念に集落を管理し、前回の逃亡劇以降は更に入念な管理態勢を取っていた。その為、この不吉な違和感の詳細や位置情報をいち早く察知できていた。


「くそ!行くぞ!」

 酒羅丸と権左兵平は一瞬で集落まで飛び、村の正面にたどり着いた。その式神が発動されたと思われる箇所は一目瞭然であった。そう、酒羅丸の妻達が根城から大きな炎と煙が舞い上がっていたのだ。


「くそ!やはりか!権は村を捜索せよ!他に仲間や妻達が狙っているかも知れぬ。我は、あの中にいる首謀者を殺してくる」

 酒羅丸はその根城へ足を踏み入れた。そこには燃えさかる炎の中、一人の隻腕の男が立っていた。


「貴様は!」


「お久しぶりです。酒羅丸・・・私は、陰陽寮、特別部隊・・・大津玉成。特命を受け、貴方の奥様方は逃がしました。ご了承を」

 玉成はゆっくり振り替えしながら淡々とした口調で丁寧に答えた。今までの様な、恐怖に支配された精神症状は出現してはいなかった。


「貴様は・・・あの五月蠅い臆病者か・・・」

 酒羅丸も、玉成のその変貌にやや戸惑いを見せていた。そして、興味からか玉成の心を読むこととした。しかし、そこから読み取れたものは、恐怖に支配される心では無く『覚悟』であった。


「臆病を舐めたらいけませんよ。そのお陰で貴方に心を読まれませんでしたから」

 玉成は、微笑みながらそう答えた。


「その腕・・・そうか・・・あの腕は死の偽造か・・・」

 そう、妃姫の死体と共に放置されていた腕は、玉成のもので間違いは無かった。玉成自身の死を偽装するために・・・しかし、そうまでした理由を酒羅丸は考察したが答えが導き出せない。


「えぇ・・・そうでもしなければ、貴方の目は欺けませんからね。その為なら腕の一本など安いものです」


「なるほど・・・まんまと騙されたという訳か・・・しかし、貴様何故ここにおるのだ?先程の式神の反応・・・その式神が空間転移を使ったのであろうが・・・自らを転移できぬとは、まだまだ未熟だな・・・貴様、それで我に勝つつもりか?」


「いえ、勝てません。しかし、負けもしません。言ったでしょう・・・私の任務は先程のものです。私の使命は終わりましたから」

 絶体絶命の状況下でいるにも関わらず、玉成は清々しい笑顔であった。まるで、全てを察するかの如く、達成感に満ち溢れていた。いや、達成感というより・・・先程酒羅丸が読み取った『覚悟』であった。自身が死ぬ覚悟、命を賭して遂行する覚悟、そして、その先にあるやるべきこと・・・今まで『死』は玉成にとって恐怖でしか無かった。心身が恐怖で打ちひしがれ身動きが取れなくなるほどに・・・何が、彼をそこまで変えてしまったのだろうか。いや、それは明確だ。彼自身にこれから訪れる使命が、今から起こる自身の顛末を納得させたのであった。


「なるほど・・・我妻達を逃がすために妃姫の死をも利用した・・・というわけか・・・貴様・・・今から貴様がどうなるか理解しておるのか?」


「はい。私はここで貴方に殺されます。あの人の元に逝くのです。一人には・・・させません」

 玉成は全て悟ったかのように答えている。


「何を訳の分からぬことを言っておるのだ!」

 酒羅丸は、玉成の言動を全く理解できなかった。玉成が何を望み、何を使命としているのか。そして、自身の現状を理解しているにも関わらず、笑顔で落ち着いて淡々としているのが不気味でならなかった。


「貴方なんかに理解できる訳がないでしょう。私は、今から地獄へ行かなければならないのです。そう、私の使命はまたこれから始まるのです」


「では・・・望み通り、地獄でも何でも連れて行ってやろう!」

 酒羅丸は両腕に力を込めながら、また一歩と玉成に近づいていく。そして、玉成が何かを思い出したかの様に声をあげた。


「あぁ!そうだ!これを貴方に返します」

 そう言うと、玉成は酒羅丸に何かを投げ渡した。


「何だ?これは?」


「琥珀でできた首飾りです。その宝石に、貴方の愛しくて可愛い鬼が封印されています」


「琥羽琥か・・・?」


「まぁ・・・貴方には一生解けない封印だと思いますので、返しますね」


「貴様・・・舐めるのも大概にしろよ・・・」

 酒羅丸は腸が煮えくりかえるような気持ちであった。この様な力も無い弱い人間に、今この空間を完全に支配されているからだ。そして、酒羅丸はゆっくりと玉成の元へ近づき右腕を大きく振りかぶった。


「・・・待ってて下さい。今、行きます・・・」

 玉成は、絶命の直前にそう言い残した。その時の表情は、清々しく微笑みを浮かべながら、その使命に向かっていくために・・・そして一瞬で命を落とした。酒羅丸は何の手応えも感じなかった。本当に陰陽寮の人間かと疑う程に弱かった・・・しかし、何故か釈然としない。以前、玉成と相対したとき、あれは確かに玉成その者であった。鬼に恐怖し怯えていた・・・演技では無く本心であった。使命よりも恐怖心が打ち勝つ弱い人間であったのだ。その変貌ぶりが理解できず、そして、勝ったにも関わらず何の感情も沸いてこなかったのだ。


 酒羅丸は、終え盛る炎の中からゆっくりと出てきた。すると、権左兵平が辺りを見渡し終え、現状を報告しに来た。


「酒羅様、やはり周囲には術士なる存在は確認できませんでした・・・如何なさいますか?」

 権左兵平は、妻達やその首謀者等見当たらなかったため、次の指示を仰いだ。


「初めてだ」

 酒羅丸は、表情を変えず、目線は一定のまま答えた。


「は?」

 権左兵平は聞き取れてはいたが、その発言の意図が理解できずそのまま聞き返した。


「初めて、人を殺した」


「はい?」

 何を当たり前のことをと・・・と思い聞き返す権左兵平であった。しかし、権左兵平は長年付き添ってきたにもかかわらず初めて見せるその態度・・・恐怖しているのか、悔やんでいるのか、憤怒しているのか、悲しんでいるのか・・・理解できなかった。そして、その何をしでかすか分からない酒羅丸の精神状態、表情、言動、その分からなさに唯々恐怖していた。


「喰わずに、ただ殺したのだ・・・ふふふ、ハーッハハハハハ・・・愉快だ実に愉快だな!」

 酒羅丸は最後の、玉成の表情が鮮烈であり脳裏から離れないでいた。人間を殺す際、あんな表情をされたのは初めてであったのだ。まるで勝ち誇ったかのように清々しく死んだのだ。生き残ったのは酒羅丸であったが、勝った気など毛ほどに感じず、唯々、悶々とした『敗北感』に襲われていた。


 先程、発言した「初めて」とは・・・酒羅丸にとって初めての経験・・・それが『敗北感』であった。大津玉成は、人間で初めて鬼神に『敗北感』を与えた唯一の人間であった。


 人間を殺すなど鬼にとっては当たり前のことである。しかし、酒羅丸はただ、玉成を殺したのであった。そう・・・喰わなかったのだ。殺さなければと、それ程までに玉成の存在が不気味で、それに恐怖をしていたのだろうか・・・それ故に、酒羅丸に与えた『敗北感』というのは、相当なものであったのだ。

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