03;帰還
その時既に村は半壊しており、鬼達も空腹を満たし総攻も落ち着いていた。その村の状況をみると鬼の力が、いかに凄まじいかを物語っていた。
三箇条で全壊はしないよう述べられてはいるが、鬼は基本的に人間をみると本能が抑えられず襲ってしまうことも多々ある。ましてや、人間の血に興奮しない鬼はおらず、限られた夜行で本能を抑えることは不可能であった。
ではなぜ、半壊で済んでいるのかと言えば、鬼は一人ずつ捕らえては食事をするのだ。それは、やはり、先にも述べたように鬼は人を殺すためでは無く、生きるために食べているからなのである。
趣向は様々であるが、確実に食べることは怠らないのだ。欲をかき人間を多く捕らえていると横取りをされる・逃げられるということが多々あるのだ。捕らえたら確実に食すということを徹底していた。そこは人間の命に対してせめてもの尊厳があった。
その為、人間側には逃げる猶予が残されていた。誰かが自分の代わりに喰われてるのを横目に必死で逃げるしか無い。中には立ち向かう者、命を投げ出す者、隠れて動かない者もいるのだが・・・それでも、最優先は逃げるしかない。
では、どこに逃げるのかといえば、人間の集落には必ず社がある。その社には霊験であるお札が結界を張り、魑魅魍魎から守られているのであった。その社まで逃げさえすれば人間は鬼から襲われることはないのだ。
鬼をはじめ魑魅魍魎を封じる霊験の本体が奉られている神社は全国で八カ所ある。千年前にいた当時最強の鬼が倒され、その鬼の頭・心臓・脊髄・胴体・右腕・左腕・右足・左足が封印され、それが長い年月をかけて神格化し霊験となった。そこで作成された霊験の札が全国各地の社へ配られていた。札の効力はその社の土地周囲までの結界効果しかないが、その霊験の本体(その鬼の各部位)が奉られた神社の効力は、町その物を結界化し守ることができるまで強大な力を持っていた。また、その町の繁栄にも役立っていた。頭が奉られている箇所では吉凶を占う存在となり、脊髄は万病に効く特効薬となり、心臓はそれから湧き出る血から鉄の採掘が栄え、胴体は安産の祈願となり、手足は人の願いを聞き入れた。その為、人間の様々な願い・祈りから神格化し霊験となったのだ。
その結界は、鬼の頭領、酒羅丸であっても破ることは出来ない鉄壁の守りとなっている。その為、鬼達は自分の食事を確実に行うため霊体化までし陣形を整えた上で、しかも奇襲という形を取らざるを得ないのだ。
鬼達は空腹が満たされたためか、金品財宝に手をかけている者、社へ逃げ逸れた人間を捕らえ連れ帰り労働力や非常食にする者等様々であった。今宵は確かに陰陽師の襲撃は無いようで、鬼達の被害は無く無事に夜行を終えることが出来た。
「帰路を考慮しここまでとする。月が出ている内に帰還するぞ」
再び村中に酒羅丸の咆哮が響く。その咆哮が他の鬼達の行動を規律させる。夜行は鬼ヶ島に到着するまで終わらない。まだ、気は抜けない。
月明かりの夜・・・それは、鬼が一番力を発揮できる時である。鬼の所業と存在を人間に知らしめる時でもある。鬼の悪行の限りを言伝え、そこから生まれた憎悪が、「鬼」という存在をより強力にさせるのであった。その強さを自ら誇示するかのように、鬼達は、捕らえた人間をつるし上げ、金品財宝も身につけ堂々とした夜行を見せつけるのであった。
列は、酒羅丸を筆頭に、権左兵平、芭浪が続き、力の序列通りに練り歩いている。力を誇示するのであれば、一番効果がある隊列であるが、実はもう一つ意味がある。万が一に備える為の隊列でもあるのだ。その為、実力者が、一番危険な列の先頭を導いているのだ。
夜行に成功したこの時こそが、落ち度となりやすいのだ。陰陽師達の中には、平気で村を囮にし、気を許した瞬間に襲いかかってくる戦法をとる集団も居る。この戦法で何度か奇襲に遭い仲間を失い、捕らえた獲物を逃がすという失態を犯した経験があるからだ。襲ってきた部隊は殲滅したが、夜行の面目も丸潰れの苦い経験であった。
その為、堂々としつつも先陣の隊は気が抜けない。いつ奇襲があり、奪った物の奪還、仇討ちに合う可能性があるかもしれない。そんな緊張感ある中、コソコソと列の後方の集団から声がする。
「お前達、今回は何を持って帰る?」
矴という鬼の声だ。この列は・・・所謂、今回の遠征における若手だ。鬼の中では戦闘力がやや劣る集団で、隊列では主に戦利品や荷物の運搬を任されている。呪璃、矴、天下六、苦鳴、そして威波羅の五鬼である。しかし威波羅は、若手ながら実力はかなり上位で、後列の長として最も危険な最後尾の陣形を任されていた。
その後列集団が、今回の戦利品の見せ合いをしていた。
「アタシは、宝石かな・・・あまり金持ちがいる家は無かったけど、どう?綺麗でしょ?」
呪璃が自慢げに、水晶や瑠璃、珊瑚等を無理矢理紐で通し首に掛けている宝石を見せびらかしながら言った。
「趣味が悪いわ」
苦鳴という鬼女が冷静に否定した。
「えー苦鳴ちゃん酷い」
「それは、私も同意見だ」
天下六が冷静に苦鳴に同意した。
「六くんも酷いなぁ・・・だって綺麗じゃない?綺麗に綺麗が重なって綺麗だよ?」
呪璃は皆に否定され、もはや反論の余地が無いがそれでも自分の意見を通そうとした。
「それが、趣味が悪いと言ってんの。色に色を重ねて折角の宝石の良さが台無しになっているではないか。その水晶も瑠璃も珊瑚も単体で美しい。それを引き立てるための配列を何故しない?」
苦鳴が顎を引き上げ、呪璃を見下しながら小馬鹿にした。
「大体、酒羅様も趣味が悪いわ。あんなに着物を着重ねて折角の柄が台無しではないか・・・」
苦鳴は呪璃を小馬鹿にした後、今度は大きくため息をつきながら言う。
「それも、私は同意見だ」
再び、天下六が同意した。この二鬼は、鬼の中でも珍しく美意識が高かった。鬼特有の粗雑さ下劣さ不浄さが許せなかった。
「酒羅様のあの美しい容姿、そしてあの無慈悲な強さ残酷さ・・・とにかく美しい・・・にも関わらず、あの様に下品な服装をされてしまってはその美しさが、劣ってしまう・・・あぁ私が取繕って差し上げたい・・・」
苦鳴は酒羅丸に対し強い崇拝心を持っているが、どうしても許せない思いを打ち明けてしまった。今まで内に秘めていた思いであり、発言の後にやや動揺したが、天下六が大きく頷いたことにややホッとした。
「内緒にしておいてあげる。その代わり、そんなに私の宝石を否定するなら、後で苦鳴ちゃんが綺麗に仕立ててね。そんな苦鳴ちゃんは何を持って帰るの?」
呪璃が、苦鳴の表情をからかいながら、話を戻した。
「私か?私は、この着物だ。寂れた村ではあったが、これは中々の一品だ。帰って私が仕立てて更に美しくしてやろう・・・あと、男の子どもを一人生け捕ったわ」
「ええー、子ども捕まえたの?良いなぁ・・・私、今回子ども喰えなかった・・・」
呪璃が大声で驚き、今回の夜行での食事が上手くいかなかったことを後悔し俯きながら小声でつぶやいた。
「ふふ・・・お前とは美的感覚は全く合わぬが、食に関する趣味は気が合うな」
苦鳴はやや誇らしげになり、笑いながら言った。子どもは最優先で守られる対象である為、鬼にとっては非常に貴重な存在でもあったのだ。
「ねぇねぇ・・・私のお宝あげるからさ、あの子喰わせてよ」
「駄目だ」
苦鳴は、やや食い気味に返事をした。
「ケチ・・・」
呪璃は肩を落とし落胆した。鬼ヶ島内にも鉄則があり、獲物の横取りは厳禁なのである。無法者とも言える全国の癖のある鬼達を纏める為の、酒羅丸が作り出した呪いでもある。その約束を破った者は、鬼ヶ島から永久追放となるのだ。
つまり、野良の鬼となれば常に太陽と陰陽師に怯えながら、暮らしていくこととなるのだ。その環境を考えると、鬼ヶ島の環境は鬼にとって非常に心地よい環境であった。酒羅丸という絶対的な頭領の元で好き勝手できることは、自身の存続も守ることができ、多少の不自由はあれ、そこにはそれ以上の自由があった。酒羅丸も来る者拒まず、去る者追わずの方針で、鬼の標語でもある自由を心情としていた。
「私は、今回も喰った人間の血を持って帰るぞ」
突如天下六が、聞いても無いのに自ら自慢げに答えだした。
「お前とは美的感覚は気が合うけど、食に関する意識は理解できないわ」
苦鳴がやや、白けて言う。
「私が吸血鬼であるのがそんなに珍しいか?美しいであろう?」
空気が読めないためか、苦鳴の態度に気付かなかったか、天下六は自慢気に自らの属性を鼻高々に誇りだした。
「やはり、美的感覚も気が合わないわ」
苦鳴は、更に白けながらため息をつき答えた。
「やっぱり、六くんって変わってて面白いね」
呪璃がまたも場を和ませるように明るく言うが、全員、お前には言われたくないと言葉には出さず、心で思い大きなため息をついた。
「ところで、何でこんな話してるんだっけ?」
呪璃のこの投げかけに、苦鳴・天下六が矴の方を向いた。
「えー諸君・・・」
矴は待っていましたとばかりに自慢げに自ら答えだした。
「貴様ら聞いて驚くなよ、俺は子持ちの人間を捕らえたのだ」
やや甲高い声で、興奮しながらそう言うと全員がその発言に驚いた。
「それは、真か?矴よ」
天下六が、食い入るように矴に問いただす。
「いつの間に捕らえたのだ?」
苦鳴も興味津々に聞く。
「それが、その女・・・数珠も何も持っていなくてな。家の地下の隠し扉に隠れておったのだ」
矴は、だらしのない笑みを浮かべ、その時を思い出しながら答えた。
「それで、私達を欺けると思ったのか・・・馬鹿馬鹿しい・・・」
苦鳴は、舌打ちをしながら自分が見つけられなかった事を悔やんでいた。
夜行の際、妊婦は最優先で守られる対象であり、その期間は、社から怪隠れの数珠を手渡され社に最も近い場所に居住することが許されている。その為、捕らえることが非常に困難で鬼にとって最も稀少であった。
それに、産まれたばかりの子どもは鬼にとって栄養価も高く、力を増幅させ何より美味と知られている格別の馳走でもあった。腹の中では、その効果は得られず、産まれてから一月以内であり、その為、妊婦は連れ去られる最優先の対象なのである。
「どーせ、その人間が太ってるだけだよ」
呪璃が顔を膨らませながら嫌みを言う。その言葉に初めて一同が呪璃の言葉に納得する。そんな雑談を交えながらの帰路は、敵の襲来も無く平和な夜行となった。気がつけば、一行は森を抜け、海を渡っていた。しかし、鬼の若い衆はそんな事も気付かず、呑気に喋っていた。
「おい、お前達。そろそろ着くぞ」
痺れを切らした威波羅がそう言うと、他の鬼達は静かになった。