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未到の懲悪  作者: 弥万記
零章 外道丸
37/61

34;希望の先に

 一年半後・・・介護尽くしたが、父親が亡くなった。介護を続けた一年半・・・心の準備・・・父と別れる心持ちはできていたし、十分に家族の時間を過ごすことができたと感じていた。病気発症と同時に亡くなっていれば、それこそ私の心は持たなかっただろう。この一年半で父とも十分に話ができたし、少なかった家族に時間を十分に埋めてくれた。私は穏やかに父と別れることができた。


 母と同じ墓に埋葬し、あの世でまた二人で会って恋をして欲しい・・・そう願って送り出した。そして私は、家に入り扉を再び固く閉ざした。


 生きていく理由が無くなったのだ。いつ死んでも良いそんな気分であった。しかし、まだ家には酒が残っておりそれを飲み干すまでは・・・貯金もそれが尽きるまではと、ダラダラと半年間も生き延びてしまったのだ。生きる理由も見いだせぬまま、ただ現実から目を背けるために酒に浸っていた。


 美代姫の手紙は・・・変わらず二年間毎日欠かすこと無く届いていた。最初の半年は私の家に毎日訪れて居てくれていたのだが、徐々に回数も減り一年を過ぎた頃には全く姿を見せなくなり手紙のみ送られてきた。仕事で忙しいのか・・・そう思っており、会うつもりは毛頭無かったので、正直安堵した。しかし、手紙は送られて来るため、変わらず暖炉へ投げ入れる次第であった。


 そして、遂に貯金も尽きようとしていた。一条家の任務で十分に稼いでいたお金を殆ど使い果たし・・・計算すると節約をすれば何とか数ヶ月は食いしのげる程度であった。しかし、唯一の生きる希望であった酒が底を尽きてしまった。それを買い込める程の余裕と気力はもう失っていた。


 私は、もう、生きる意味は無いと判断し死を決意した。屋根の梁に紐を括り付け、このまま首を吊って死ぬことにした。そして、屋根裏に昇り頸に輪をかけ飛び降りようとしたとき・・・何かが足に当たり床に落ちた。その落ちた物は妖刀柳鬼であった。


 私は一旦、頸から輪を外し落とした柳鬼を拾い上げに屋根裏から降りた。少し懐かしく思い、久しぶりにその刀身を拝むことにした。すると、柳鬼はかなり錆ついており鞘からなかなか引き出すことができなかった。やっとの思いで引き出したが、その刀身は以前のような美しさは無く、剣士としてあり得ない状態であった。せめて、死ぬ前に柳鬼を研いで・・・何度も命を救われた感謝の気持ちを込めながら、再び刀としての輝きを取り戻すことにした。


 体力が落ち、刀を研ぐのさえも重労働であり、その疲労感からか呼吸も困難となり何度も咽せ込んだが、一日かけて何とか研ぐことができた。流石、鬼神の血で創られた鋼・・・柳鬼は見事に蘇った。その輝きに当てられ、私は久方ぶりに刀を振ってみた。しかし、これ程、刀が重いとは・・・細くなった両腕、浮き上がった肋骨・・・体力も筋力も心肺機能も落ちて少し動けば息が切れ、その柳鬼の重さだけで容易に体がふらついた。


 それでも私は、再び刀と対話をした。今のこの体でふらつかないようにすればどうすれば良いのかと。何度も何度も自問自答するように、刀に問いただすように振り続けた。さながら初めて刀を握ったときのように、少年の時のように、失った物を嘆くよりも、再び得る実感の方が、新鮮で懐かしく心地よかった。


 今まで、憎悪と憎しみに犯され使命感に駆られ仕方なく刀を振り続けていた。しかし、今はそれが無い。単純に刀を振ることが楽しかった。そして、僅かではあるが新たな境地に気付いた。刀の振り方を・・・改めて振れなくなったからこそ、初めて気付くことのできる境地であった。


 私は、つい楽しく刀に没頭し体が動かなくなるまで、倒れるまで振り続けていた。気付けば眠り込んでおり、夜が明けていた。死ぬ覚悟はできていたのだが、よもや生き延びてしまった。しかし、この楽しみを思い出したからには、再び試したくなる。死ぬのは明日に・・・翌日にはまた明日に・・・と伸びてゆき、遂に三ヶ月が経過した。


 酒は完全に断ち、落ちていた筋力も再び全盛と同等までに回復していた。そして、私は遂に・・・あの時・・・初めて刀を握ったときに襲ってきた衝撃・・・理想の型・・・それを何と呼ぼう・・・未到の域と呼ぶべきだろう・・・剣技の最終型を習得することができたのであった。今までいくら研鑽を重ねても到達し得なかった領域・・・一度失ったからこそ、死を覚悟したからこそ、再び刀と向きあったからこそ体現できたのだと感じた。思い通りに刀が踊る。自身の間合いに入る物なら全て・・・死角からでも問題なく斬り伏せることができそうであった。


 私は再び生きる希望が再び生れた。これを・・・誰かに伝授しなければ、世に伝えなくては、また誰かに必要にされたい。私の生きた道を世に残したい・・・そう思った。そして今の自分であれば、美代姫と対応に・・・横に居てふさわしい実力がある。世に蔓延る悪と一緒に立ち向かえる。そして世界を一緒に回れる・・・希望がわいてきた。


 そして、私は行動を開始した。高鳴る希望を胸に・・・身支度を整え一歩外へ踏み出した。その途端・・・目の前が真っ暗になった。私は、激しい喀血と共に胸痛に襲われその場で倒れ込んでしまった。


 家の前で半日意識を失ったまま倒れていたが、その場をたまたま通りかかった者が医師を呼んでくれ、私は気付けば家の中で寝かされていた。そして、その医師から、胸の病と診断された。感染症であったが、どういうわけか村の住人には全く感染していなかった。一人で引きこもっていたことが、幸いにも周囲に感染を拡大させなく済んだのであろうか。そう言えば・・・父の死に際も咳き込んでいたとふと思っていた。どうやら父の病状を貰ったらしい。私は今後も医師から極力、人とは関わらずに過ごすよう言い渡された。胸の病・・・その病は不治の病とされている。つまりは・・・余命宣告であった・・・医師もその場に長居してはと、痛み止めや苦痛を和らげるための薬のみをおいてその場から立ち去った。


 私は、生きる希望を抱いた途端・・・再び地獄へ突き落とされた。何故、今になって・・・未到の域に達した途端に・・・私は生きる希望さえも与えられないのか。いつも・・・いつもそうだ。希望を抱いた途端に悉く突き落とされる。神は何を私に望まれているのだ。私は何のために生れてきたのだ?何故、私は生れてきたのだ?


 私は、人生に失望していた。持っている妖刀で自身の頸をいつ斬首してもおかしくない精神状態であった。そんな中、いつもの様に美代姫からの手紙が空間転移の術で送られてきた。喪失感の中、私はその手紙を手に取った。今まで一度も開けることも無かったその手紙・・・最後に、この手紙を読んでから死のう・・・そう思い、手紙の封を開けた。


 最後は、自身が愛する女性の・・・最愛の言葉と共に死ねるのならそれはそれでいい・・・そう思っていた・・・しかし、その書面は恋文と呼ぶには不気味で、術士では無い私が呼んでも何と書いてあるか全く読めなかった。そう・・・その手紙はいつしか恋文では無く呪いの手紙となっていた。私はそれを、封を開ける前に焼き払っていたので無自覚にも呪いに対し対処していたのだが、遂にそれを開封してしまい、呪いを発動させてしまったのだった。


 美代姫もまた、病に冒されていた。恋という名の病に・・・呪ってまで、愛する男性を我が物にしようとするまでに・・・狂ったほどの愛情と憎しみと呪いを込めて私に毎日手紙を送り続けていたのだ。そして、それはただの呪いでは無かった。なんと美代姫は自宅にある温羅の手足を盗みだし、それを所持したまま温羅の頭が祀られている社で、温羅の血である妖刀柳鬼を持った私を呪い、そして我が物にするように願ったのであった。


 手紙を開封した途端、今まで焼き払ってきた手紙の煤が部屋中に舞い上がり私の体を取り囲んだのであった。文字という物は、それを書いた者の魂が宿る・・・今まで私に恋文を送ってきてくれた女性・・・書いてくれているときは何度も何度も書き直し魂を込めて書いたに違いない・・・それに対し私は何の返事もしないまま焼き払っていたのだ・・・それは美代姫も同じ事・・・美代姫の呪いと女性の成就されなかった恋の恨みが相まり、膨大な量の負の力が一点に集まった。


 わたしは、その時ふと思い出した・・・何故、美代姫はこの村に訪れたのかを。彼女は、この村に良くないものが集まっている気場があると言っていた・・・成る程・・・それは私の家であったと納得した。手紙を読まずに焼き払ったことでもう既に良くないもののたまり場になっていたのだ。村人には感染症はうつらず、父と私だけ感染したのも・・・その良くないものが、良くない病気をも引き寄せたのだ・・・となると、父を殺してしまったのも私が原因だ・・・


 そして、その良くないものを栄養源とするかのように、食い尽くすかのように温羅の手足と頭と血を媒体として、ついに温羅の意識を復活させてしまった。そして、煤に取り囲まれながら私は千年前の鬼神の声を聞いた。


「ほう・・・貴様が、我の体となる者か・・・成る程・・・良い素質があるぞ」


「何だお前は?」


「態度がでかいぞ人間・・・我は千年前の鬼神、温羅であるぞ・・・分をわきまえよ」


「その、鬼神が私に何の用だ?」


「貴様の死後、その体を貰い受けるぞ・・・これは提案では無く決定事項だ。鬼神温羅ここに復活だ・・・ふふふ・・・ハーッハハハハハ」


「成る程・・・しかし、何故死ぬまで待つのだ?」


「・・・どういう意味だ?」


「死ぬまで待つことは無かろう、今すぐ乗っ取れば良いでは無いか」


「そうしたいところではあるが、貴様の自我が有る限り完全に乗っ取るのは不可能なのだ。鬼というものは腐った人間の死体から徐々に生れてくるのでな」


「私に、自我などはもうないよ・・・」


「どういうことだ?」


「今すぐこんな体で良ければくれてやるというのだ」


「なに?」


「体躯も技も全盛・・・腐った死体など乗っ取ってもても面白くなかろう?・・・まさか、それはできぬと言うのか?」


「・・・面白い!まさか、この我を受け入れるというのか?よく言った!それでこそ我が選んだ体だ!」


「・・・病があるが・・・それでも良いか?」


「鬼に病は関係ない!それに貴様ら人間は、病は鬼が起こす物と言っておるでは無いか!そんな物、我にとっては栄養源でしか無いわ」


「成る程・・・あと、一つ条件がある・・・それを受け入れてくれるのであれば、この身貴様に授けよう」


「何だ?言ってみるが良い!我は今、非常に気分が良いぞ!何でも言うが良い」


「もし、これから私の力と同等かそれ以上の侍と対峙するようなことがあれば、一度で良い・・・その時は私と変わってはくれぬか?」


「なんだ?そんな事で良いのか?良いぞ!一度で良いならその時は変わってやろう!」


「これは、縛りとしてこの柳鬼は常に腰に差しておくのだぞ」


「良かろう・・・貴様、名はなんと申すか?」


「私の名は外道丸」


「そうか、外道丸・・・では、貴様の体・・・貰い受けるぞ・・・」


 私を取り囲んだ煤が全て地に落ちたとき、もう私は私で無くなった。最強の鬼神・・・温羅の復活であった。


「よい!良いぞ!これが生きたままの体か!正に全盛を生きる者の体・・・これは、以前より更に強い力が出せる!」

 温羅は外道丸の体の感覚を確かめるように見渡し、そして動きその感触を確かめていた。


「ほほ・・・待っていましたぞ温羅様・・・」

 突如、後ろから不気味な声がして温羅は振り返った。


「誰だ?」

 しかし、温羅はその姿には見覚えは無かった。自分自身の事を知っており待っていた様子であったが・・・思い出せなかった。


「何と・・・この儂を忘れたと申すか?」


「んん?・・・貴様・・・権か?」

 温羅はその言葉の言い回しから、僅かばかりの希望をかけて権左兵平では無いかと問いかけてみた。


「左様でございます」


「ハーッハハハ・・・何だその老いぼれた姿は!以前の面影は無いではないか!」

 そう、人のことは言えないが千年前の姿とは変わり果てていたのであった。温羅が封印されて権左兵平もその力を失い実態は消失・・・ほぼ呪いという形で自我を維持させていた。実に千年もの間、人間に取り憑き温羅復活のみを試みていた。


「・・・貴方を復活させるべく千年・・・恩人に対するそれが言い様ですか?」


「ハハハ・・・すまぬ!フフ・・・まぁ・・・貴様のお陰だ。助かったぞ権」


「ありがたきお言葉・・・」


「貴様が、あの女をそそのかし、この外道丸なる人間に我を引き合わせたな?」


「はい。負の感情漂わせ、貴方の手足を持っておりました。けどやはり・・・恋心を抱く女は簡単でしたな。儂の言葉に疑いも無く事が進む・・・けど、しかし能力者故・・・慎重に、徐々に心を乱してやりました。それにしても、その男・・・生きたまま体を引き渡すとは・・・」


「ああ・・・我も少し驚いたぞ。しかし、生きた体は凄いのだな・・・力が溢れかえってくるようだ」


「何ぞ・・・厄介な呪いも引き継いでますがの・・・」

 権左兵平は、楽観視できない重大な事実を問題視していない温羅にやれやれとため息をつきながら答えた。


「あぁ・・・これか・・・まあ良い。それを差し引いても釣りがくるわ」

 弱点があるということも温羅にとっては興に過ぎなかった。しかし、それより今はこの湧いてくる力の大きさの方が気になって仕方なかった。


「その呪い・・・弱点にならなければ良いですがの・・・」


「時に、権よ。その女とやらはどうなったのだ?」


「人を呪ったのです・・・人を呪わば穴二つ・・・ですな」


「あぁ・・・」

 温羅はニヤリと笑って応えた。


「では、温羅様如何なさいますか?」


「・・・もう、温羅を名乗る訳にもいくまい・・・今となっては、温羅とは全く別次元の鬼となってしまった・・・名前は重要だ・・・このまま温羅を名乗れば、再び温羅並みの力まで劣化するぞ・・・」


「では、お好きな名を名乗ってみては如何ですか?」


「そうだな・・・やはり、この力を最大に発揮できる名は・・・『酒羅丸』・・・我も外道丸も酒好きだからの・・・そして温羅の羅、外道丸の丸で酒羅丸だ」


「それは、安易にござらんか?」


「良いのだ。名前などそんなものだ」


「・・・では、酒羅丸様・・・如何なさいますか?」


「そうだな・・・先ずは、腹ごしらえをして・・・暴れたい気分だな。この体試してみたい」


「左様でございますか。ではまず、この村を襲いましょうか・・・その後は、現代の鬼共を屈服させに行く・・・なんていうのは如何でしょう?」


「おお!それは良いな!」


「酒羅丸様の力を見せしめ、全て配下に収めましょう・・・そして、再び鬼の国を作り上げましょう」


「今、世の中は・・・現代の鬼達はどうなのだ?強いのか?」


「それが・・・温羅様が封印されて以降・・・鬼の力は衰退し・・・今、この世の中は人間共が蔓延っております・・・力はある者はおるのですが、何より絶対数が少なく・・・立場としては危ういです」


「成る程・・・面倒ではあるが、我がそやつらを纏め上げる必要があるな・・・先ずは、鬼の拠点作りからだな」


「畏まりました。では、参りましょう。ここから東の地に芭浪という鬼が拠点を構え、少数ではありますが、鬼共を纏めております。言うなれば、奴は現代の・・・鬼の頂点になる者です」


「成る程・・・では、新旧の鬼の戦だな・・・面白い!」


「では・・・先ずは・・・祝杯といきましょうか」


「うむ!」


「では、酒羅丸様・・・杯を・・・」

 権左兵平は、酒羅丸に杯を手渡し、それに溢れんばかりの酒が注がれた。


「おっと!」

 こぼれ落ちる酒さえも勿体ないと感じ慎重に酒を注いで貰った。


「では、酒羅様・・・久々口上をお願いできますかの?」


「我、千年の時を超えこの地に蘇る。さぁ・・・欲望満たすまで楽しもう!我が名は・・・酒羅丸!」

 その口上と共に権左兵平の術で人間達が引き寄せられるかのように飛んでくるのであった、酒羅丸は並々入った酒を一気に飲み干し、その村の人間を全て・・・権左兵平と共に食い尽くしたのであった。


 鬼神 酒羅丸・・・ここに誕生する。

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