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未到の懲悪  作者: 弥万記
零章 外道丸
34/61

31;想うが故の・・・

「本当に、申し訳ございませんでした」

 私は両手と頭を地にこすりつける勢いで美代姫に謝っていた。


「・・・何に対してですか?」

 美代姫はため息をつきながら、淡々と述べた。


「ま・・・先ずは、美代姫様に対して数々の失礼な言動、そして命令違反・・・数えると・・・きりが無いです」


「そうですね。あれが上官である私に対しての態度ですか・・・全く・・・」


「返す言葉もありません。刀を握った瞬間、その扱い方や理想の型が思い溢れ・・・なんか、初めて刀を握ったときのような感覚になり・・・つい楽しくて」


「言い訳は聞きたくありません。何ですかあの言葉使いは・・・まるで子どもではありませんか!侍としての心得は忘れたのですか?」


「・・・おっしゃるとおりです・・・」


「それに、私が怒っているのはそこではありません」


「な・・・何でしょう?」


「なんですか?あの勝ち方は、私が居ないと勝てなかったでしょう?それを一人で倒しましたみたいな感じで・・・しかも『邪魔はするな』とか格好つけておいて私の援護がありきの行動・・・何なんですか?」


「・・・」

 至極全う。そのまま触れて欲しく無かった言動を改めて言い聞かされ・・・私は、羞恥心からそのまま頭を地面に潜り込ませてしまいたい程であった。


「ふふふ・・・冗談です!」


「え?」


「からかってみただけです」

 美代姫は笑いながら、私の反応を楽しむかのような無邪気な笑顔で言った。そして笑い終わると一呼吸置いて続けた。


「けど、まぁ・・・最後の攻撃は私を信じてくれていたんですよね?最初は少し外道丸さんじゃないような感じがして・・・妖刀に取り憑かれたんじゃないかって思ったけど・・・最後は、いつもの優しい雰囲気が出てましたし」

 美代姫は少し言葉を選びながら言う。


「国上寺で鍛えた心が・・・台無しになってしまいました・・・私もまだまだ修行が足りません・・・」


「そう悲観しないで下さい。外道丸さんがいないと私達は死んでいました」


「滅相もありません・・・私こそ美代姫様が居なければ死んでおりました・・・」


「・・・私・・・木曾の姿が見えたとき・・・心の底から恐怖をしていました。強がって貴方に逃げろと言いましたが・・・本当は恐怖以外何も無かったのです・・・打ちひしがれている私の側を離れずに、私の盾になると言ってくれた・・・それがどれ程心強かったことか・・・」

 私にとってはただ、敵と対峙するための行動であったが、流石にその命令は聞くことはできなかった。美代姫が恐怖で震えているのは手に取るように分かっていたからだ。それを分かっていながらその場を離れるなど考えられなかった。


「それに・・・」


「それに?」


「・・・格好良かったです・・・」

 美代姫は私には聞こえない声でボソリと呟くように言った。そう、美代姫が初めて男性に対し好意を抱いた瞬間でもあった。美代姫の周りの男性は、仲間達の命より、自分達の保身や尊厳ばかり・・・外道丸以前に派遣されていた侍も霊力での戦闘となればそそくさと撤退する有様で、美代姫達が守りながら闘いをしのいでいたのであった。その為、幼少期より男性に対し大きな失望感を抱いていた。ただ、感情も抱かず任務の為・・・ただそれだけの感情でしか無かった。しかし、明らかに敵わないと感じている強大な敵に対し、臆さず立ち向かい側に命を擲って守ってくれ・・・窮地により自身の隠された力を開花させ、その強大な敵(美代姫自身にとっての精神的苦痛とも言える敵)を打ち破ったこと・・・美代姫にとって、光り輝く存在であったに違いない。


「はい?」

 私は聞こえなかったため聞き直した。


「聞こえてないならそれでいいです!」

 美代姫は少し頬を照らしながら、そっぽを向いた。


「そう言えば・・・あの二人は?」

 その場の空気に耐えきれず私は話を変えた。


「応急処置は終え、命に別状はありませんでした。頑丈な二人ですからね」


「これは・・・?」

 私は、妖刀を手にしてこの刀の所在をどうするべきか問うた。


「それは、私のではありません。それに・・・持ち主は誰が良いのか・・・その刀は既に決めている様ですよ?あとは、貴方次第です」


「そうですか・・・では、改めて・・・我が・・・妖刀『柳鬼(りゅうき)』よろしく頼むぞ」


「ふふ・・・頼もしいですね。貴方が持ってこそです」


「はい!ありがとうございます」

 私は、新たな玩具を与えられた子どものように、刀を眺めそして手に取り感触を確かめていた。


「しかし・・・妖刀に呪われない人が居るなんて・・・こんなことは初めてです。恐らく、この世で妖刀を正しく扱えるのは外道丸さんだけですよ」


「そうなのですか?しかし・・・木曾のあの見えない攻撃・・・あれには全く対応できませんでした・・・」


「そうですね・・・私、外道丸さんが柳鬼を手にしたとき、妖力が体に入っているのを視認できました。その時『死んだ・・・』っと思いましたけど、その妖力を体に循環させましたよね?あんなこと能力者にはできませんよ?どうやったんですか?」


「いや・・・刀が教えてくれたというか・・・柳鬼を握った瞬間にこうすべきだと感じたのです」


「なるほど・・・刀に愛された天才・・・ということですか・・・」


「いえ!滅相も無い・・・私など・・・」


「ふふふ・・・謙遜しないで下さい。では今度は、その循環を上体だけで無く、顔や目にも行き渡る様にさせてみて下さい。恐らくそれで見えない攻撃にも対処できると思いますよ」


「本当ですか?」


「ええ!恐らく。鍛錬は必要でしょうけど。私で良ければ手伝いますよ」


「是非、ご教授下さい」

 私は美代姫の手を取り懇願した。その思わぬ行動に美代姫は頬を赤く染めさせた。そして、少し息を飲み込んで覚悟するような形で延べ始めた。


「もし・・・外道丸さんが、宜しければ・・・私達の一門に・・・入って私と一緒に・・・任務をして頂けませんか?」


「ありがたいお言葉ですが・・・私は一条家の人間です。私だけの一存では・・・」

 嬉しい誘いではあったが、私はそっとその手を離して断った。


「そう・・・ですよね・・・」

 美代姫はあからさまに気を落とし、寂しそうな態度をとった。しっかりはしているが、やはり十五歳の少女なのだとその時感じた。そして、その少女に対し明らかに態度を変えさせた自分の言動を悔やみ咄嗟に返答をした。


「で・・・ですが!任務であれば、私が必ず駆けつけます。また、私を呼んで下さい」


「はい!」

 美代姫は、曇っていた表情が一気に明るくなり、そして続けた。


「また、会えますよね?」

 美代姫は、少したじろぎながら言った。


「はい。勿論です」

私は、笑顔で答えた。


「約束・・・ですよ?」

 私の表情を確認しながら言葉を絞り出す美代姫であった。


「はい。いつでも呼んで下さい」

 私はその美代姫の幼気で愛しい表情にたまらず、彼女の頭に手を置き、頭を撫でながら笑顔でそう答えた。しかし、直ぐさま上官である美代姫に対し失礼極まりない行動であったと咄嗟に手をのけた。しかし、美代姫はこの上ないほど幸せそうな笑顔で頷いて私と約束をした。その笑顔に私はつい見惚れてしまいそうで、目を背けるしかできなかった。


こうして、私の初の単独任務は幕を閉じた。


 今回の功績は朝廷御用達である幻彩家から優秀な侍を派遣し、幻彩家一派の命と任務の貢献に大きく関わったとして褒美が贈られた。また、朝敵で特級指名手配犯の木曾忠仲を討ち取ったとして朝廷直々に一条家へ賛美が贈られ、一条家の名は大きく世に知れ渡ることとなった。


 それは勿論、当主光家からも大いに称えられ、私を取り巻く環境・待遇が一変するのであった。流石に、十衆への昇格は無かったが、それでも幻彩家の単独任務は私に優先され、それを熟していく中、僅か半年後に十衆へ任命された。まさに異例の出世を遂げたのであった。もう、私の事を朝敵の犬であるという噂は一切立たなくなった。その代わり、私は一条家では一人となった。当主光家からの特別待遇、僅か半年での十衆襲名、妖刀を扱えるという不気味さ、そして、侍としての格と強さ・・・一般的な剣道場は何十年と地道に努力を続けてもなお門下生ままなどざらである。一条家も例外では無い。その門下生を嘲笑うかの様に、私が功績を挙げれば挙げるほど、それを・・・彼らの努力や才能を否定してしまうのだ。光家からも気にするなと言われたが、仲間からの妬み・嫉妬からくる距離感・・・私は、また一人となった。


 しかし、それでも私は唯一自身の居場所とも言える場所を確立した。それは、幻彩家が依頼してくる任務であり、美代姫は常に私を指名してきたのであった。美代姫と共に任務へ赴き、数々の武功を上げていった。仲間として、お互い持ち合わせていない能力同士であり、それが型にはまり効果は絶大であった。特に、私の特異性は術士にとって・・・特に刃を向けられている朝敵にとって最大の脅威でしかなく、瞬く間にその界隈に私達、二人組の名は知れ渡っていくのであった。


 美代姫は私の新たな剣技の修行にも付き合ってくれ、様々なことを教えてくれた。


 私が、霊力の力を習いたいと申し出たときは・・・

「外道丸さんは、霊力を取得する必要は無いです。霊力を使わないからこそ妖刀の力を最大限に引き出しているのです。それに一朝一夕で取得できる物でもありませんし・・・外道丸さんは柳鬼の扱い方をより精度を上げていくことに時間を費やした方が良いと思います」


 見えない攻撃には対処できる様になったが、それ以外にも危険な術は無いかと問えば・・・

「そうですね・・・やはり呪い系の攻撃でしょうか。こればかりは、私達術士も対応できないときはありますが・・・外道丸さんも気をつけなければなりませんね。けど・・・呪いの発動は必ず条件があります。冷静に考えて安易に相手の条件をのまないことです。そして、例え発動したとしても呪いに即効性のある物はありません。呪いの解呪方法は、条件を満たすこと、除霊師に頼むこと・・・そして術者を倒す事のどれかです。なので、その場合は焦らず確実に術者を倒して下さい」


 私が、刀を持っていないときに術を発動されたらどうなるか問うと・・・

「はい。術に気付かず即死です。ですので、外道丸さんは、金輪際柳鬼を手放さないで下さい。外道丸さんの存在は術士の中で既にザワつかれている存在になっています。特に、刃を向けられている朝敵にとって貴方は天敵でしか無いです・・・」


 流石に刀を四六時中は難しく、それでもどうしようも無いときは問うと・・・

「そうですね・・・少し危険ですが、手順を間違わなければ大丈夫でしょう・・・以前言ったように体内に妖力を残しておくのは危険ですが、短時間で且つ、中枢部では無く抹消部であれば、一時的な妖力の身体への残留は可能でしょう。それに、もう既に柳鬼は外道丸さんの体に馴染んでいると見受けます。危険は無いでしょう・・・ですので、その妖力を目と手に集中させそこに留まらせてから柳鬼を手放して下さい。そうすれば、一時的ではありますが、術にも対応できるでしょう。けど!柳鬼は手放さないで下さいね!」


 そこまで、するのかと難色を示すと・・・

「外道丸さんはこの界隈の恐ろしさが分かっていないです!前倒した木曾の発言覚えていませんか?彼は、私に化けると言いましたよ?貴方はもう、いつ誰から命を狙われるか分からないのです。気を許した誰かに化けて後ろから気付かず殺されるなんて普通なんですから。ですので、近づく人間は全て敵だと思って下さい。この私でさえ!信用してはいけませんよ。なので・・・変化の術を見破る時は、さっき言ったように手に妖力を集中して対象者に触れて下さい。そうすれば、見破れますから。私の場合もですよ!いつ誰が何処で入れ替わるか分かりません!だから、私と会ったときは・・・直ぐに・・・私に触れて下さい・・・頭・・・なんかを・・・触ってくれると・・・よろこ・・・いえ、術を見破れます・・・」


 そこまで、警戒する必要は無いのではと問うと・・・

「駄目です!常に疑って下さい。気を許したら・・・殺されますよ?けど・・・あれです!頭を触るのは!私にだけ有効な効果なのですから・・・私以外には・・・しないで下さいね?それで、私だと確信できたときは、思う存分私の事を信頼して下さい。私は、何があっても貴方の味方です」


 美代姫の教えもあり、私は術者としての心得がまだまだ足りないと痛感し、甘く考えていた部分を見直し徹底することができた。美代姫との仲も益々深まっていき、最初に会った時の印象とは大分変わっていた。最初は、高貴な御淑やかな印象だったが、今は喜怒哀楽を自由に表出し、良く喋り、人懐こく、笑顔が素敵な印象がそれに追加された。


 美代姫との仲は一層深まっていったが、別段恋仲となった訳では無い。双方、男女として意識はしていたのであったが、美代姫には許嫁がおり、私はそれ以上の関係に踏み込むことはしかった。美代姫曰く「親同士が決めた勝手な結婚」と全く気にしていない様子であり、美代姫は積極的に、ことある毎に私に触れ、私がたじろぐと・・・それなら頭を撫でて欲しいと要求してくるのであった。私もまたそれが愛しく拒否はしなかった。しかし双方、それ以上踏み込むことはしなかった。


 私は美代姫とは立場も身分も違う・・・私のような下民では釣り合わない・・・それに何より、美代姫はああ言っていたが、許嫁の相手のことを思うと略奪愛など到底する気が起きなかったのだ。そう心に誓い、任務を熟す仕事相手として割り切った。

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