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未到の懲悪  作者: 弥万記
零章 外道丸
33/61

30;初陣

 そして見張りを続けて二日後の夜であった。遂に夜盗の存在を捕らえたのであった。


「美代姫!来たぞ!」

 その存在を確認したのは年江であった。


「遂に来ましたか・・・あの積み荷が・・・そうですね。作戦通りに、まず三人が正面から奇襲を、私が後方から行き積み荷に対処します」


「はい。ですが、所作を見る限りあの程度の夜盗であれば私一人で十分です。能力者では無いのでしょう?」


「おお!頼もしいねぇ。なら私達は罠が無いか周りに注意しておく」


「外道丸さん。油断は禁物ですよ?」


「はい。私は闘いにおいて油断など決してしません。冷静に戦力を分析・再現しての結果です。奴らの剣は私には届かない」

 私は夜盗を視認すると同時に、その骨格や所作などから筋力や癖を見抜き何度も戦闘再現を行っていた。そしてそこから導き出した答えを冷静に述べたまでであった。


「分かりました。ですが、相手は五名です・・・ご武運を」


「ありがとうございます」

 そして、夜盗が丘の真下に着いた瞬間に結界から飛び出し作戦通りに奇襲をかけた。私は、再現通りに次々と夜盗を切り倒していった。その手際に、年江と万柚も呆気にとられているような表情であった。正に瞬殺・・・的確にそして素早く相手の急所に一撃を入れていった。しかし、それでも私は今の所作に全く納得はいっていなかった。ともあれ順調に作戦を遂行できたことに対しては達成感はあった。


 そして、それと同時に美代姫は積み荷に乗り移り、慎重に呪物に対して封印の処置を施していた。


「良くやった!」


「外道丸やるね。見直しちゃった」

 年江と万柚に労いの言葉を貰った後、二人は美代姫を手伝うと言って積み荷の方へ歩みを寄せていった。私はその場で待機命令であった。霊力を持たない者がこれに近づくと忽ちに呪われてしまうから・・・とのことであった。二人が積み荷に近づくのと入れ替わりに美代姫が一つめの封印を追えてこちらに近づいてきた。


「まず、一つめです・・・」

 そう言いながら、霊験灼かな札が何枚も貼られている箱の中に丁寧に収めた。


「外道丸さんはこの箱をしっかり見張っていて下さいね。手間ですが、少し距離を置いておかないと何かあったとき、この封印も解かれちゃいますから」

 私は興味からどの様に封印されているのか、その箱の中をのぞき込んだ。すると、赤と黄色の中間色のような美しい宝石がその箱に置かれていた。


「あっ・・・これは薫陸ですよ。お香にする前はこの様な綺麗な宝石なんです。宝石では妖怪を撃退するお守りともされているので封印には打って付けなんです」


「へぇ~・・・あっ・・・失礼しました」

 国上寺で文学は精通したつもりではいたが、まだまだ分からない事もありつい素が出てしまい失礼をはたらいてしまった。そんな私の表情をみて美代姫は微笑んでくれた。


「では、どんどん持ってきますね」

 しかし、美代姫がそう言い振り向いた直後、悲劇が起こった。その積み荷が何の前触れもなく爆発してしまったのだ。突然の出来事に私は一瞬何が起きたのか理解できなかった。その爆風で辺りには積み荷の荷物が散乱し私の足下にも、呪物や残骸が転がり落ちてきた。


「年江・・・!万柚さん!」

 美代姫は取り乱していた。そして、その爆発で燃えさかる炎へ飛び込もうとしていた。しかし、私は咄嗟に美代姫の手と引きそれを抑制した。


「駄目です!行ってはなりません!」

 私も取り乱していたのだろう。その時は思考が纏まっていなかった。しかし明らかに危険であると判断したのであった。決してその爆炎に臆した訳では無い。その炎の中から感じる唯ならぬ気配と殺気に緊張感を感じずには居られなかったからだ。


「きたきたきたきたぁ~遂に・・・得物が掛かったぞ・・・」

 炎の中から不気味な声が響いてきた。


「貴様、何者だ?」

 美代姫はまだ取り乱していた。いや先程より更に取り乱しているのだが、どこか様子が違った・・・恐怖に支配されているようなそんな感じであった。その不気味な声を聞いた瞬間に・・・


「久しぶりですねぇ・・・幻彩美代姫・・・」

 その男は私の質問には目もくれず、話を続けた。


「美代姫様、奴は何者ですか?」


「あ・・・あいつは、特級指名手配犯・・・木曾忠仲(きそただなか)・・・この国の敵です・・・」


「やっと会えましたねぇ・・・待っていましたよ」


「待っていた?」


「そう・・・ここで夜盗を金で雇い、呪物の密輸でも堂々とやっていれば、きっと貴女は会いに来てくれると信じていましてね・・・ふふふ」


「美代姫様・・・あいつから命を狙われているのですか?」

 美代姫は頷いた。


「何度か殺されそうになりましたが、その都度何とか逃げ延びてきたのです・・・詰めが甘いというか隙があるというか・・・けど・・恐ろしく強いです・・・」


「聞こえましたよ。私の目的は貴女を殺すことではないのです・・・貴女になることです・・・」


「・・・」

 私はその発言に正直引いて言葉が出なかった。


「幻彩家の敷居を跨ぐには貴女になるのが一番ですからねぇ・・・」


「貴様!何処で知った!」

 美代姫は、木曾のその発言を聞いて血相を変えた。


「それは、言えませんが・・・貴女の家の『手足』に用があるのです。その為に・・・貴女の体・・・乗っ取りまぁ~す」


「・・・外道丸さん・・・逃げますよ・・・」


「え?また逃げるのですかぁ?あの二人・・・折角生かしているのに・・・殺しちゃおうか・・・」


「・・・」

 美代姫は言葉にはしなかったが、怒りに満ちた表情で木曾を睨み付けていた。


「ふふふ・・・そう怒らないで綺麗な顔が台無しですよ。それに、もう逃がしませんよ?二日もここに留まってくれてありがとう・・・逃がさないよう結界を張っています・・・ふふふ・・・」

 正に私達は、絶対絶命。今までの行動全てが奴の掌で踊らされていたということであった。二日の待機は奴が私達に気付かれない、かなりの広範囲に及ぶ結界構築・・・それを終えた直後に、夜盗投入・・・人質と言わんばかりに、年江と万柚への攻撃・・・今に至るまでの手の込み様・・・ここまでは完全に私達の完敗であった。


「先ずは、その場違いな方から退場を願いましょうか・・・いつまで寝ているのです!さっさと掃除しなさい!」

 木曾は振り替えりながら声を荒げて何者かにそう言った。霊力が存在しない人間が大量の呪物に近づくだけで呪われる・・・そう、夜盗は既に呪われおり人間では無く、木曾の操る傀儡と成り果てていた。そして、その傀儡が徐々に立ち上がり、明らかに人間の生気が感じられない様子で・・・一気に私に襲いかかってきた。


 しかし私は、そのような常軌を逸する状況でも、先程倒した時とそう対して強さに変化が無いように感じた。今度は、再び動き出しても動けないよう、四肢を胴から切り離すよう立ち振る舞うこととした。夜盗の最初の攻撃をかわして・・・


「外道丸さん!駄目!」

 美代姫の鬼気迫る咄嗟の声が聞こえた。それと同時に、死を直感する圧力が私を襲った。その瞬間私は、反射的に身を守る行動に徹していた。私の胴を目掛けてくる強力な斬撃を刀で防御しつつ、それと同時に後ろへ飛び回避したのだ。その反応もあり、刀もろとも体が真っ二つになるのを危機一髪で防いだのであった。それでもその風圧で私は吹き飛ばされ、その斬撃を受けた刀は粉々に砕け散っていた。私は、そのまま呪物が入っていると思われる木箱の上に飛ばされ、木箱が粉々に砕けになると同時に、美代姫の足下に転がった。


「外道丸さん!逃げて下さい。私が少しでも食い止めます!霊力の無い貴方なら恐らく奴の結界を素通りできるでしょう!そして幻彩家に行きこの顛末を伝えて下さい。そして、私が来ても家に通さず殲滅しろと!」


「・・・」

 私は、その美代姫の提案は聞き入れられないと言わんばかりに、その言葉が全く頭に入ってこなかった。それより、その倒れた先の背中に何かあると感じ・・・手を伸ばしていた。


「何をしているのです?貴方は刀も折れています。これは命令です!」


「刀は、ここにあります。それに、私の命は貴女の盾になること・・・足止めは私の役目です」

 私は、その砕けた木箱の中に刀が入っているのだと気が付いた。下敷きにしている刀を手に取り、それを折れた刀と代用して闘おうとした。


「何を言っているのです?」

 その刀が見えていないのか美代姫は私が言っていることが理解できない様子であった。


「申し訳ありません。先程の私は闘いにおいて油断というものをしてしまいました。厳罰に値する恥ずべき行為です。しかし、霊力というのは本当に恐ろしいものなのですね・・・初めて身をもって実感致しました。先程の斬撃の威力・速度・・・桁違いでした・・・門下生から一気に師範になったくらいの違いですね」

 私は美代姫に笑って答えた。


「何を・・・笑っているのです?その師範が五名もいるのですよ?早く逃げ下さい!」


「美代姫様・・・残念ながら・・・師範五名程度では私は止められません」


「え?」

 そう言うと私は、つい先程拾った刀の鞘を抜いた。


「貴様・・・分不相応な物を持つのではありませんよ・・・」

 先程まで、声高々に話していた木曾の声色が変わった。それに気付いた美代姫も顔色を変えた。


「止めなさい!外道丸さん!それが何か分かっているのですか!」


「まぁ・・・死にたいのならそのまま握って死ねばいいですよ・・・そして貴方の魂を喰った後に私に返して頂きます」


「木曾が言うようにその刀は妖刀です!貴方・・・呪われて死にますよ!」

 私は二人が言うことをまるで無視するように、刀の感触に没頭していた。そう、まるで初めて刀を握ったときのように・・・今までの刀とは次元が違う・・・自身に霊力がない分、この刀自身が漂わせる霊力を・・・いやこれは妖力と言うべきか・・・体の中に直に入ってくる感覚を、感じ取ることができた。


 妖刀とは・・・千年前の鬼神、温羅が吉備の国で鬼の城を拠点に、自身の血を原料とした多くの鉄製の武器を製造した。温羅封印と共に、鬼の力は衰退・・・鬼の城も人間の手へと渡り、そこに残った鉄を打ち直して作られた刀のことである。それ故に、強力な妖力が残っており、霊力を持たない人間が妖刀を手にすると、その妖力にあてられ悲惨な死を迎えるとされている。その危険性故、妖刀の数多くは封印されているのであった。外道丸が体の中に入ってくる感覚を味わったのが正にその前兆であった。よって、能力者が妖刀を扱う際は、自身を霊力で囲い、自身の身体へそれが流れ込むことを阻止しながら刀を扱わなければならなかった。その為、妖刀の妖力と自身の霊力が反発し妖刀の力が十分に引き出せていないのだった。能力者によれば妖刀は、ただ切れ味の良い、鬼を殺せる刀という認識でしか無かったのだ。


 そう・・・私はその妖力を感じ取ってしまった・・・このまま妖力に犯され死に至ってしまう・・・しかし、私はその妖力を全身に巡回させた後に再び刀に戻したのだ。それを繰り返し、体の中にその妖力が留まらないように徹底した。私は、それを息をするように、こなせたため簡単に延べたが、一般的にそれは不可能な事象であるらしい。私の刀に対しての扱い方・向き合い方が、それを可能にさせたのであった。


 私は、刀を自身の体の一部と同じ様に・・・感覚を剣先まで延長させることがでるのであった。例えば・・・閉眼で刀身に何かが触れれば、それが何であるか言い当てることがでる程に。そして、刀自身の特性を瞬時に理解する力と、試行錯誤しながら、その刀の本来の切れ味を引き出す力(私はそれを刀との会話と呼ぶ)があった。


 その力で私は、妖刀の扱い方を瞬時に理解し、呪いを回避。更に、どの様に扱えば切れ味が増すか・・・僅か数回の振りでそれに至っていた。そう・・・妖刀は、能力を持たない剣士が持ってこそ、最大の力を発揮することができる刀なのであった。 

 

 世の中は外道丸以外・・・誰もその境地には至っていなかった。その為、何故外道丸が妖刀を扱えているか説明できる者が居なく(それは当の本人も・・・感覚では分かっていても原理が全く分かっていなかった)、それ故に忌み嫌われながら、最強の座(本人はその自覚が無い)に君臨していた。そして遂に、妖刀を扱える侍は、それが如何に非現実的な手法であるが故、外道丸の死後、五十年以上・・・その境地に達する剣士は現れないのであった。


 私は、刀との対話で僅かながら妖刀の感触を掴んだ。そして、強化された夜盗の元へ再び突っ込んでいった。


「止めなさい!その刀は、妖刀ではありますが、ただの刀です!使ったからといって・・・決して・・・強く・・・なれ・・・る・・・わけ・・・で・・・は・・・」

 美代姫は、私の突進に抑制をかけるよう大声で言い放った。しかし、あり得ぬ光景を目の当たりにして言おうとした、結果言う必要の無い言葉が、口から勝手にこぼれ落ちる様であった。それに、美代姫が言うように、いくら妖刀が扱えたからといって、急激な剣術の向上などはあり得ない。並外れ鍛え抜かれた身体能力と、絶え間ぬ努力・・・掌全体が豆になりそれが肥厚し、一切豆などできなくなるほど振り込んだ基礎剣術があってこそ発揮されるものであった。妖刀はただの刀・・・その通りであった。しかし、その物を正しく使用することこそ、本来のその道具が持つ真価が発揮されるのである。


「もう、終わりか?」

 私は、最初に対峙したときよりも早く夜盗達を瞬殺した。そして流石妖刀・・・木曾の術の効果さえも断ち切ってしまい、夜盗は傀儡から離脱し、人間としてもう動くことが不可能であった。


「嘘・・・」


「・・・」

 美代姫と木曾は呆気に取られ目の前の現状をただ呆然と眺めていた。


「やっぱり初めての刀は上手くいかないな・・・いや、上手くいったことなど無いのだけれど・・・妖力の循環?それに気を取られすぎだ・・・不細工にも程がある・・・入れなくてもいい斬撃が三つもあったぞ・・・いや、しかし感触は悪くなかった・・・いやいやいや・・・これは刀の性能だ・・・自惚れるなよ外道丸よ・・・しかし、これを極めれば・・・」

 私は、いつものように刀に向かって自問自答するかのように独り言をブツブツと言っていた。美代姫と木曾のことなどまるで居ないかのようにそれに没頭していた。


 幸い二人はまだ目の前で起きたことの理解が追いついていなかった。何故、霊力を持たない者が妖刀を扱えているのか・・・それに木曾に至っては、その妖刀は、何故自身が扱った時よりも遙か数段に切れ味が増していたのか・・・決して答えの出ない難問に頭を捻らせていた。


「今度は、おっさん・・・相手してもらうぞ。あいつらじゃ試し斬りにもならん・・・」


「・・・何だというのですか?貴様は?」


「さぁ・・・ただの侍だ」


「ただの侍が、その刀を扱えるわけが無いでしょう・・・どうやったのです?」


「さぁ・・・こんなの普通じゃねぇのか?」


「なるほど・・・天才・・・という訳か・・・」


「外道丸さん。私も協力します。一緒に奴を倒しましょう」


「いや・・・一人でやる。あんたは、年江と万柚の二人の確認を」


「しかし!」


「試してみたいことがあるんだ。邪魔をするな・・・」

 私はもう、木曾との戦闘にしか頭になかった。次にどう立ち回るか、どの様な攻撃が来るのか・・・そう、相手は剣士では無いのだ。術も得物も何を使ってくるか分からない。術で近づくことさえできないかも知れない。美代姫の援護があった方が勝利できる確率は確実に上がるだろう。何もかもが初めての経験であった。しかし、何故か明確な攻撃手順が次々に湧いてくるのであった。


「そうですか・・・分かりました・・・死なないで下さいね・・・」

 美代姫は、すんなり身を引き二人の安否確認と応急処置へ向かった。


「確かに・・・剣での勝負となればかなり分が悪そうですね・・・ですが!それだけで私に勝てると思っているのか!実に不愉快だ!貴様を生きたまま臓物を引きずり出してくれるわ!」

 口調が変わり、声質も更に高く、それは怒りに満ち溢れた言葉であった。そして、今度は更に低く呪われるかの様な声で詠唱を唱え、術を発動したのだった。


「全てを溶かして骨を啜れ・・・土蜘蛛髑髏(つちぐもどくろ)・・・」

 木曾の奥義ともいえる、悪行罰示式神が召喚された。土蜘蛛髑髏は全長約二十六尺(約八㍍)、高さ約十尺(約三㍍)の巨大な化け物で、頭部は人間の頭部の頭蓋で、その体も肉は所々腐っており骨がむき出しになっている、見るからに悍ましい化け物であった。木曾曰く、通常の妖怪土蜘蛛の成れの果てとのことで、その土蜘蛛とはまた違った特性を持っているらしい。


「へぇ・・・そんな事もできるんだ・・・」


「私にこれを出させたのだ・・・貴様・・・ただでは死なせんぞ・・・」


「俺も化け物相手は初めての経験だ・・・色々試させて貰うぞ」


「その、得意そうな面・・・今すぐ引き裂いてくれよう!」

 木曾のその怒号と共に、土蜘蛛髑髏は突進をかけてきた。私は、目を凝らし土蜘蛛髑髏から目を背けず分析を続けていた。


(見るからに不気味な妖怪・・・奴の吐く息や・・・体液・・・触れては危険だ・・・足は八本、恐らくそれによる攻撃が主体・・・隙を突いて何か大きな術がくる)


 私はその様に分析した。その見立て通り、土蜘蛛髑髏の特性は毒と溶解であった。近づく全てを溶かしてしまい、更に周囲に毒の追加発動・・・そして八本ある足からの連撃が最大の特徴であった。そしてその後方では木曾が常に睨みをきかし、土蜘蛛髑髏を徹底援護・・・その様に完璧な連携と、術者本人に近づくことさえも許されない状況・・・そう認知しながら私は、一人向かっていった。


 完璧な勝算が有ったわけでは無い、確実に成功させる自信が有ったわけでは無い。先程、夜盗を倒した時にただ何となく感じた違和感を試さずにはいられなかった。その時感じた『ただ何となく』・・・命を掛けるにしては勝算が低すぎるが、それでも私は、その様な状況下でも心震わせ楽しんでおり、それを試さずには居られなかった。


 土蜘蛛髑髏は、真っ直ぐに突進してくる私に合せるかのように、反撃の溶解液を大量に口から嘔吐させた。私の四方に飛び散る溶解液・・・もう、この状況で逃げる術は無い・・・私はその溶解液を全身に浴びて溶けるまでであった・・・後ろの木曾も、勝利を確信し私を見下すように嘲笑していた「口ほどでもない」と言わんばかりであった。


 何故だろうか、時が止まったように周りの状況が見える・・・死ぬ瞬間というのはこういうものだと誰かが言っていた気がした。その様な雑念まで出現していた。しかし、それは、走馬灯でも何ものでも無く、単純に集中力が研ぎ澄まされており、正にそれは、明鏡止水その物であった。この状況こそ私が待ち望んだ瞬間であった。


 私は、目の前の溶解液に一太刀入れた・・・すると、その溶解液がその太刀筋にあわせて真っ二つに割れ、そのまま溶解液が蒸発するように溶けて無くなったのだ。


「何!?」

 勝ったと思った瞬間のそのあり得ない光景に、木曾が泡を食って言い放った。


「やっぱりな・・・」

 私の想定は思った通りであった。先程、夜盗を斬った際に肉体以外にも術の繋がりのような物を斬ったような感覚に至ったのであった。今までの手応えとは全く違う感触が・・・この刀は物理的斬撃以外にも、術その物を斬る力があるのでは・・・そう考察に至った。しかし、それを突然実践で試してみるとは、冷静に後から振り返ってみても馬鹿げた行為であったことは自覚している。しかし、その覚悟があってこその、また新たな境地に至ったのであった。


 私はそのまま土蜘蛛髑髏の頭蓋に一太刀入れた。土蜘蛛髑髏は断末魔のような悍ましい叫び声でのたうち回っている。普段は斬撃など、物理的な損傷は瞬く間に回復できる土蜘蛛髑髏であったが、やはり、妖刀での斬撃・・・そう簡単には傷は癒えない。私はその隙を突き、息を止め上空へ飛び、土蜘蛛髑髏の周囲を覆う毒を斬り消し、その毒が噴射されているであろう箇所を見極め、その箇所を斬り潰していった。


「土蜘蛛!飛べ!」

 そのまま足を切り落としていこうと考えていたが、その声に合わせて土蜘蛛髑髏は上空へ飛び跳ねた。そして、その声の方向へ目をやるが誰も居なく、背後から気配を感じ咄嗟に距離を取りながら身構えた。


「万象を燃やして無に還せ・・・森羅、滅却・・・」

 木曾の最大で最強の攻撃力を誇る術が発動された。見るからに悍ましい黒い炎のような圧縮された何かが私の方へ放たれた。私は咄嗟に剣を構えその何かに合せる様に斬り付けた。しかし、刀を振り下ろしたが、そこには何も無いが・・・確実に何かを斬る手応えを感じた。その黒い炎の様な何かは、明らかに私の斬撃で二つに分断され、私の後方二カ所は空間ごと削り取られたかのように、黒い炎で燃え尽きていた。


「す・・・すげぇ・・・」

 私は木曾のその術の威力を素直に賞賛した。術その物の恐ろしさより、興味や関心が再び先立ってしまったのだ。木曾に至ってはその術で確実に私を消し去ろうとしていたのだろう。自身の渾身の術が悉く完封されているのだ。胸中は全く穏やかでは無かった。


「妖刀に・・・その様な力があるとは聞いていませんよ・・・」

 そう、妖刀は今まで術者が扱っていた物。術者では決して見出すことのできない妖刀の使い方であった。霊力が使えない人間であるからこそ為し得ることのできる境地であった。術への斬撃・・・物質の分解・・・完全にそれらを無効化できるその力は、否応なしに近接戦闘を余儀なくされる。後方から術で攻撃をされることを嫌がる、近接戦闘をなにより好む鬼神・・・温羅の性格が・・・いや、恩恵がこの様な形で反映されていたのだ。


「戦い方を変えるか・・・」

 木曾は再び冷静さを取り戻し落ち着いて言った。流石に自身の渾身の術を破られた程度で取り乱すほど甘い相手では無かった。逆に、そのことが、木曾に強敵であると認識をされ、冷静さを引き戻させてしまったのだ。正に百戦錬磨。闘いにおいては私より遙か数段高みに到達していた。


 相手は格上・・・私は更に気を引き締めた。そして木曾は土蜘蛛髑髏を呼び戻し、身体強化の術を土蜘蛛髑髏と自身に発動。今後は、土蜘蛛髑髏による近接戦闘が開始された。先程の斬撃で土蜘蛛髑髏に付けた傷はまだ癒えてはおらず、溶解液や毒の噴射口も潰している為、一時はそれらに注意は祓わず、近接戦闘に集中できた。そして、木曾も先程のように後方に構えているだけ無く、土蜘蛛髑髏の死角に入りつつ隙があれば自身も近接戦へと参加してきたのであった。


 そこからは正に力と力の勝負であった。こうなれば、今まで培ってきた剣術・・・自分自身の土俵に持ち込んだと言える。しかし相手は巨大な化け物と何をしてくるか分からない格上の術士・・・今までの単純な剣術だけでは勝算は極めて低い。だが、私自身が使えるのは剣術のみ。そうなれば圧倒的な剣術で押し倒すそれしか無かった。


 先程見せた極限までの集中力の全てを、洞察力に置き換えた。それで八つの手足の猛攻と、木曾の急所を狙ってくる死角からの攻撃全て見切ったのであった。私は洞察力には自信が有り、相手の僅かな挙動でどの様な攻撃が来るのか瞬時に見抜き躱すことができた。その洞察眼で相手の動きを先読みしそれに合わせて刃を入れる・・・それが私の戦闘における常套句。そして、溶解液と毒の噴射口が回復すればそれぞれに一撃を・・足を一本ずつそぎ落としながら冷静な状況判断を心掛けた。


 木曾は隙をみつけ、死角から攻撃を転じてくるが、それも全て見切ることができた。それに、木曾が攻めてきやすい様にわざと隙を見せ、そこに攻撃を誘導もさせることまでできた。現段階でこの近接戦闘は完全に私が支配していた。木曾も術に転じたいところではあったが、効かないと分かっている敵に無闇に術を打ち込んでくるほど馬鹿ではない。


 そして、徐々に土蜘蛛髑髏の手足が削れていく始末であり、木曾は焦り感じていた。明らかに相手は剣の達人・・・反撃を得意とする剣士であり、身体強化した自身の動きより速く、先読みしてくるのだ。近接戦闘は明らかに分が悪い。しかし、現状の打開策は見当たらず、自身の近接戦闘は諦め、削れていく土蜘蛛髑髏を何とか術で援護するより他なかった。


 それでも木曾は攻撃に転じなければならないと術を主体に攻撃を仕掛けた。術は妖刀で切り落とされるのは確実ではあったが、それでも僅かな隙は生れれば儲けもの・・・もしくは、数打てば当たるの精神で、最速の霊弓(れいきゅう)を五射程放ったのであった。


 私は既に土蜘蛛髑髏の手足を十本ほど潰し、動きが相当鈍くなってきており、勝機が見えた瞬間でもあった。その時、突如左下腿と右大腿、腹部に二カ所、左上腕に激痛がはしったのであった。その気配も無い攻撃に私は怯んでしまった。それは、戦場では命を落としかねない行為であったが、土蜘蛛髑髏もほぼ動けず、木曾もそれに気付いた様子では無かった為、一旦そこから退いた。


 木曾は、あと一歩のところで土蜘蛛髑髏が倒される・・・と覚悟した瞬間に、何故か攻撃の手が止まり、敵が退いたことが不思議でならなかったが、私の現状をみて、不気味な笑みを溢しながら、その事実に歓喜し勝機を見出していた。


 数打てば・・・最悪一本でも当たれば儲けもの・・・その程度で放った霊弓は、全て命中していたのであった。その瞬間、木曾は大きな勘違いをしていることに気付いた。敵は妖刀の力で霊術を授かったのではないと・・・霊力を・・・術を断ち切る力のみ与えられたのだと気付いた。そう・・・美代姫が言ったように妖刀は相手を劇的に強くさせることのできる武器では無い。特性が付与された、ただの刀でしか無かったのだ。可視化できる程の強力な術・・・先程のような森羅滅却ではなく、可視化できない弱く素早い術、霊弓の様な術であれば、相手は対応できない。非能力者をいたぶる様に為す術無く倒す事ができる・・・勝利への道筋を確信した木曾であったが、それでも決して焦らず、確実に勝てる算段を立てていた。決して目の前の敵を侮らない・・・それは私に対する最大の賛辞でもあった。


 私は、突如現れた激痛に理解ができなかった。弓でも放たれたかのような・・・その激痛の箇所に矢が刺さっている・・・そんな感覚であった。そして、何かが刺さったままのような違和感は続いた為、その激痛周囲(矢があるであろう位置)を刀でなぎ払ってみた。すると、何か刺さっているような感覚と激痛は消え、そこからじわじわと出血しだしたのであった。私は、木曾の術だと理解した。見える術であれば対応できるが、見えない術は対応できない・・・恐らく木曾はこの事に気付き、次からは見えない攻撃を仕掛けてくるだろう・・・見えていた勝機が完全に薄れてしまった。しかし、だからと言って逃げる訳にもいかない。敵は待ってはくれない。


 私に考える隙を与えない為か、既に戦力とは言いがたい土蜘蛛髑髏が突進してきた。そう・・・あれは捨て駒・・・あれを相手にしているうちに見えない攻撃を仕掛けてくるだろう・・・しかし、とは言え土蜘蛛髑髏は無視できない。相手をせざるを得なかった。


 木曾は、最大数の霊弓を上空へ三十射ほど投射した。その瞬間、私は土蜘蛛髑髏を引き離し即座にその場から離脱した。そう・・・何かが大量に飛んでくる・・・そんな気がした。見えないが・・・木曾の最大級の殺意が、私の第六感を刺激したのであった。


 何かが降り注いでくる・・・無様に逃げるしか無かった、そして運良く、私に命中したのは左下腿と左前腕の二射のみであった。致命傷は避けたが、その瞬間、激しい目眩と嘔吐が襲いかかってきた。


 木曾は、今度は矢に神経毒の様なものを仕込んでいた。毒を大量に投入し術を強力にすると気付かれる可能性が大きくなる。そう考えた木曾は、気付かれにくく、且つ効果が発揮される量を最短で調合し、霊弓に複合させた。その為、致死率は低いが、この戦闘に至っては絶大な効果が得られた。


 いかに私であってもこの矢を頭から大量に降り注げば、即死であっただろう。自身の命の危機を回避すべく働いた第六感・・・所謂・・・直感が即死を防いでくれた。しかし、木曾はその私の回避を想定した上で次の一手を打っていたのであった。私を強者と信じて、相手が全く視認さえできない霊弓の最大投射を回避してくる・・・それ程までの強者だと。その為の毒の付与であり、それを見越して麻痺して動けない私を先回りして追撃してきたのだ。


 私もまた、毒の効果を自覚した瞬間に追撃がくると確信していたが、体が思うように動かない・・・目眩が激しく思考が回らないまま私は、自身の左下腿に妖刀を突き刺していた。それが、正しい対処法であったどうかは明確では無かったが、今できることはこれしか無かった。自身の体内に入った毒の血抜きと妖刀による毒の分解を行ったのだ。その甲斐あり、僅かではあるが、目眩と吐き気は少し緩和され毒が中和されていくのが分かった。そして、左前腕にも妖刀を突き立てようとした。その瞬間に木曾は、背後まで迫っており、木曾の間合いに入っていた。木曾の最後の攻撃は、霊弓で徐々に体力を削るのでは無く、確実に私の頸を落とす為、霊刀を武装し、且つ身体強化の術を纏った一撃を振りかざしていた。


「ここまで手こずらせたのは、初めてですよ・・・」

 背後からこの様な声が聞こえた気がした。しかし、私は左上腕の毒を中和するための血抜きを止めようとはしなかった。私は、右手のみで刀を握れば、何とかその木曾の一撃を受け止めることはできていただろう・・・しかし、それは最後の足掻き、いや無駄な足掻きと言うべき、後の結果は変わらない、それは意味の無い行動である。その為、そのような行動には移らず、淡々と血抜きに徹した。勿論、だからといって木曾は攻撃を止めるはずもなく、もう既に刃は私の頸に迫っていた。もう、どうあがいても、ここから頸を守る行動はできない・・・死ぬならせめて・・・・毒でも抜いてから・・・その様な考えなどは、毛頭無かった。


 私の頸に木曾の刃が入る瞬間・・・木曾が何かに激突した様な形で静止したのであった。木曾は、一瞬何が起こったのか理解できなかったが、その声を聞いて理解した。


「霊具・・・百八十縫之(ももあまりやそぬいの)白盾(しらたて)・・・」


「お・・・おのれ・・・美代姫!」


「貴方こそ、能力者なら目に見える物以外にも気をつけなさい・・・外道丸さんの力ならその盾ごといけるでしょう。そのまま・・・斬りなさい」

 美代姫は、自身の防御壁を霊力で極限まで見えなくして私の背後に設置していたのであった。それに気付かず木曾は激突し動きが止まっていた。その時私は、完全に毒が中和し終え、鞘に刀を収めていた。私は美代姫の援護を期待していた訳では無かった。しかし、そこに暖かい何かがある・・・そう感じていたのであった。その暖かさは美代姫の結界のようなそんな感じであった。そこに、美代姫の援護があると信じ、わたしは居合いの態勢に入っていた。


 私は居合いを得意とする侍では無かった。どちらかと言えば剣劇と後の先を得意とする侍であった。私の居合いは、溜に時間を要し隙が生じやすい・・・実践では明らかに使用できず、根本的に向いてはいなかった。しかし、そこから放たれる一刀の破壊力は絶大であった。


 今求められるのは、最大の一撃・・・溜に生じる隙は美代姫が守ってくれている。私は、安心して居合い切りを繰り出すことができた。そして、美代姫の盾ごと木曾の体を斬った。さすが、百戦錬磨の術士・・・木曾はその僅かな時間で全神経を削いで回避行動を取っていた。私の間合いから僅かに外れ、傷が浅い・・・一撃で仕留めることができなかった。それでも致命傷ではあるが、私と木曾は攻撃の手を止めなかった。私はそのまま、木曾の頸に向かって二の太刀を入れるよう態勢を整えた。木曾は最後の力を振り絞り、土蜘蛛髑髏を引き寄せ私を食い殺そうとさせていた。肉を切らせて骨を断つ・・・木曾は自身の斬首は覚悟していた。であるならば、自身の頸が飛んだと同時に土蜘蛛髑髏に私を仕留めるよう仕向けていた。私の存在は今後、木曾ら朝敵の、大きな壁となる・・・そう判断したのだろう。自身の命と引き換えにして私を討ち取ろうとしてきた。しかし、それでも私は照準を変えず、ただ木曾の頸に目掛けて二の太刀を入れ、木曾を討ち取った。もう、私の背中は預けている。安心して目の前の敵に集中できた。


「封縛陣・・・滅」

 美代姫も二撃目を発動していた。土蜘蛛髑髏が、私を喰う寸田のところで動きが止まり、巨大なその体がみるみるうちに圧縮されるように、小さく折り畳められながら何かに吸い込まれるように上空で一つの肉塊と化し、消滅してしまったのであった。遂に私達は特級指名手配犯、木曾忠仲を討ち取ったのだった。

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