29;そして、運命の出会い
そして、長く短かった修行も終わりを迎え、私は十八歳となった。僧侶となりそのまま仏道を極めることも考えたが、住職がそれには反対をした。私には他にあった道があると言ってくれたのだ。その道とは、侍となり剣で生きる道であった。私は、修行の空き時間があれば、木剣を振っていたのだ。木剣を振っているときはそれに没頭でき、厳しい修行の息抜きとして、何より楽しい時間であった。住職はその剣の実力を見込んでくれていたのだ。そして公家に仕え、家政・警護を担当する侍となり、その力を守るために使いなさいと、道を指し示してくれたのであった。
長年、公家に仕え朝廷からも一目置かれている武家の名家、一条家の門下生として生きることとなった。初めて職が与えられ、これから世のため人のために働いていくことが、誇りでならなかった。その事を直ぐに父に報告しにいくと、父もたいそう喜んでくれ、自慢の息子だと何度も褒めてくれた。再び親元を離れる為、新居で家族と暮らしていくという時間はあまりなかったが、父は「この家が外道丸の帰ってくる場所だ。確かに、ゆっくりと親子の時間は過ごすことはできなかったが、どんどん成長する息子を見ていると、誇らしく私も負けてられないと思うようになってきたぞ。この家は俺に任せて、お前は、男としていけるところまで突き進め。たまの息抜きしたいときはいつでも帰ってこい。俺と母さんがいつでも迎えてやる。俺たち三人の心が繋がっている限り、家族の時間は永遠に続いていくよ」と言ってくれた。私にとって宝のような言葉だった。一条家の門下生となるからには、何よりその名家の規律に従い最優先させていかなくてはならない。例え、実家に何か起きようとも、優先すべき事項はそちらでは無いのだ。しかし、私は父の言葉を胸に、自身の責務を全うし、父が誇れる男になると心に決めたのだ。その時の私は、清々しい思いに溢れていた・・・この時は、何も・・・あの様な悲惨な事件が起こるなど・・・疑いもしなかった。
私は、高鳴る鼓動と共に、一条家の門を潜った。約五十名いる門下生の末弟として剣の稽古に励み、常に刀と共にある日々を送り続けた。私は一条家の役に立つため日々鍛錬を怠らなかった。そして、独学では無い剣の知識、基本の型を一から学び、初めて剣を握ったときの理想の型の体現を理想としていた。今までは独学で刀を振ってきたが、周りの門下生は何十年も刀を握っていた人材ばかり・・・この高い水準の環境に身を投じれば自ずとその型を会得できると信じていた。しかし、その型を会得する前に・・・入門して僅か二ヶ月で、私の剣に・・・門下生は誰一人とついて来られる者は居なくなり、実質門下生の頂点に立ってしまうのであった。
それから程なくして私は、当主一条光家に呼び出された。そこは入りたての末端門下生が跨げる敷居では無く、私は足が震えたが、主人からの呼び出しであれば・・・といち早く駆けつけるしかなかった。私は、襖を開ける前から深々と頭を下げて挨拶をし、入室の許可が得られたため、恐る恐る部屋へ一歩足を踏み入れた。そこには光家が座っており、その横には長男の光義が私を睨みつけていた。私は、その重々しい空気と立場の違いに頭が上げられないでいた。
「外道丸よ、貴様・・・どこの流派だったのだ?」
光家が私に声をかけてきた。
「私は、我流にございます・・・」
私は、頭を下げたまま答えた。
「どうも門下生からも不穏な声が届いている」
「それはどういうことでしょう?」
「そうだな、単刀直入に言おう。我流にしては貴様の剣は強すぎる。周りからも貴様が朝敵からの犬では無いかと疑う者も居る」
朝敵とは天皇及び朝廷に敵対する勢力を意味する総称である。そんな存在の内通者であると疑われていたのであった。
「そんな・・・」
「わかっておる。叡彗(国上寺の住職)からの推薦だ。貴様が敵の犬では無いのは知っておるよ。そこでだ、貴様には早速稽古では無く実践の任務に就いて貰おうと思っておる」
「父上!しかし・・・」
横から光義が口を割ってきた。それもその筈、何十年も下隅と稽古を続けてやっと得られる実務。門下を卒業し一条十衆と呼ばれる上位十名のみが与えられる役割であった。光義は門下生の中でも実力は上位に値する者であったが、どこの馬の骨か分からない者に、あっさり抜かれ、実の息子でさえ与えられていない称号を目の前で渡されることは耐え難いことであった。
「光義!少し黙らぬか・・・」
光家は光義の言葉を遮断する様に強い口調で言った。
「・・・申し訳ありません・・・」
その迫力に、光義は圧倒され言葉を紡いだ。私は、ピクリとも反応はせずそのまま頭を下げたままでいる。
「勿論、十衆への昇格へというわけでは無い。それでも異例の人事ではあるのだが貴様の強さがあれば問題なかろう。実践任務に就き朝敵を倒し実績をあげてくるのだ。さすれば、貴様の評判は上がり、もう犬であると噂されることは無いだろう。この悪しき噂を自らの行動で晴らせてみせよ」
「承知致しました。我が主君光家様の命とあれば、私がその朝敵とやらを一人残らず成敗して参ります」
私には願っても無い申し出であった。正直、門下生相手では物足りなく、研鑽をするには不足であった。ここで舞い降りた実践任務で私はまた実力を伸ばすことができる。そう確信した。
「よく言ってくれた。では、早速任務がきておる。とは言え初陣だ・・・難易度はそこまで高くない物から熟していくが良い」
「お心使いありがとうございます」
「貴様に行って貰うのは、護衛任務だ。朝廷御用達である術士の娘を守って貰う。幻彩美代姫という娘だ。奴らは、基本的に戦闘能力は高いのだが、近接戦闘における術を持ち合わせておらぬのだ。そこで我々が近接の護衛として良く派遣されるのだ」
「承知致しました」
「今、情勢は落ち着いているがな・・・戦もいつ起こるか分からぬ世の中だ。見識を深め経験を積み強くなるのだぞ。戦となれば門下生も何も関係なくかり出される」
「はい。ありがたきお言葉感謝致します」
私は、光家のもとを後にし、任務の内容を確認し準備を整えることとした。世の中には霊的な力を行使し魑魅魍魎にさえ引けを取らない者達も存在することは、国上寺で学んでいた。生憎、私にはその才はなく、魑魅魍魎に対しては為す術を持ち合わせていなかった。あくまで私の能力は対人戦闘のみに限られる。しかし、能力者は魑魅魍魎にも対人に対してもその強さは遺憾なく発揮される。その為、この時代は侍より能力者の方が、位が高く重宝される存在であった。しかし、能力者は、人口に対し圧倒的に少ない。その為、圧倒的に数で勝ることと、鍛え抜かれた身体能力とその剣技で、戦が絶えないこの世の中では、侍もまた存在感を保っていた。しかし、戦闘となると圧倒的に術者の方が強く、能力を持たない侍百人分の強さと比喩されていた。それもその筈、剣も届かぬ遠方から術を掛けられては・・・為す術も無いのだ。その強さと地位の差により、長年侍は術者から虐げられているのも事実であった。
幻彩美代姫は、年は十五歳で私よりも年下。一条十衆の者達は、二十代後半から四十代と剣において全盛とも言える年代の男たちである。この任務が私に回ってきたのも納得だった。十衆はこの様な小娘に虐げられ命を掛けて護衛するなど耐えられぬのであろう。しかし朝廷からの依頼、そして術士の官位は光家よりも上・・・依頼は受けざるを得ないのだ。そこで年も近くある程度実力も示した私が適任・・・そう判断されたのだろう。
しかし、今の環境に行き詰まっている私にとってはまたとない好機。十衆以上の実力者との対峙や、術士と言われる未知の相手との戦闘に単純に興味があった。この私がどの様に立ち振る舞えるか、死と隣り合わせの境地を脱した時、どの様に自身の力となり得るのか・・・興味は完全に自身の強さの探究しか無かった。それに、仕事を選んでいられる立場では無い為、喜んで受け入れた。そして、この幻彩美代姫との出会いが私の運命を大きく狂わせることとなる。
そして、任務当日となった。
「幻彩美代姫様。私は一条光家の臣下、外道丸と申します。此度、皆様のためにこの命尽きるまで闘わせて頂きます」
私は、片膝をつき頭を下げながら挨拶をした。
「ちょっと、何よ!今回の護衛の侍はこの餓鬼一人なの?」
美代姫の側近の術士、年江が強い口調で、開口一番で罵ってきた。
「年江さん!失礼ですよ」
そして、その後ろから強く、優しい声が聞こえた。それと同時に、品の良いお香の香りも漂ってきた。少し、この香りの心地よさに酔いながら、頭は下げたままであったが、視線をこの香りと優しい声の主をみあげた。その姿をみた瞬間思わず見惚れてしまう程であった・・・背はやや小柄であるが、十五の年下とは思えない上品さと佇まい。戦地に向かうための装束でさえ着物として着こなし、女性としての美しさと気品さを持ち合わせている女性・・・幻彩美代姫であった。
「年江ちゃん・・・よく見るとこいつ・・・かなり美男子ですよ?」
そして、もう一人の側近、万柚が私の顔を覗くように見てきた。
「何!・・・本当だ・・・いつもおじさんばっかりで清々してたんだよなぁ」
「こら!二人とも失礼ですよ。外道丸さんごめんなさい」
美代姫が二人の悪ふざけを抑制し私に気をかけてくれた。
「いえ、私の事はお気になさらないで下さい」
私は頭を下げたまま、その姿勢を変えていなかった。
「外道丸さん、良いですよ。そんなに畏まらないで下さい。こんな年下の私に気を遣っては息が詰まるでしょう?」
「いえ、その様なわけには・・・」
幻彩家は術士の中でも名家。その当主の官位は、我が主君光家より上・・・その様に提案があっても、流石に受け入れることはできなかった。明らかな身分の違い・・・無礼などあってはならないことだった。年下とはいえ目の前に居る女性は、田舎から出てきた餓鬼大将の私とは住む世界が違うのだ。
「そうですか・・・まぁ初代面ですし、直になれて下さいね。仲良くしましょう」
「はい、お心使いありがとうございます」
「さて・・・本題に入ります。まずは、何故私達が、侍の皆様に力を借りているかです。私達は呪術などを得意とする一派で朝廷の命により主に反国家勢力・・・所謂朝敵を倒す為に闘っています。しかし、私達一派の特性上、近接戦闘員がどうしても少なくて・・・だから、毎回侍の方々に来て貰って前方支援をお願いしているのです」
「はい。それは主から伺っております」
「では、今回の任務です。最近、夜盗に不穏な動きがあるとの情報が入っています。本来の家業を二の次とし、噂では・・・何か良くない物を運搬しているのでは無いかと・・・」
「良くない物?」
「そうですね・・・所謂、呪われた物です」
「そんな物を何故、夜盗が?」
「犯罪術士がよく使う方法です。霊力を持たない者を金で釣り運び屋として使っているのでしょう・・・それなら失敗しても足もつきにくいですし使い捨てれば良い訳です。ですが、易々と見逃すわけにもいきません。私達はその運搬途中の夜盗を襲撃し、その積み荷を奪い取ることが任務なのです」
「なるほど・・・それで、侍の出番なのですね」
「お察しが良い・・・外道丸さんにはその夜盗の討伐をお願いします。私達は主に遠隔術士・・・能力者でなくても武装した人物から距離を詰められると後手に回ってしまいます。年江さんが少し近接戦も可能ですので外道丸さんの援護を。万柚さんがその後ろから術で広範囲援護を致します。この陣形を崩さず前衛で敵を食い止めて欲しいのです」
「はい。畏まりました」
「そして、私はその積み荷が何であるのかを判断し、処理致します。その様な危険な物を素人で粗雑な夜盗に運搬させるとは・・・いつ呪いが爆発してもおかしくありません。まぁ・・・それも黒幕の思う内の一つなのでしょうが・・・」
「お言葉ですが、少しよろしいでしょうか?」
「はい。どうぞ」
「その様な危険な任務・・・十代半ばの女性ばかりの少数での編成には意図が?」
「・・・痛いところを突かれちゃいましたね・・・」
美代姫、年江、万柚三人が顔を合せて苦笑いした。そしてそのまま、美代姫が続けて答えた。
「力があるものは年齢性別関係なく使え・・・それが我が一派の方針なんです。・・・それに対しては、理解しているのですが、我が一派は人的資源が少なく、外道丸さんのように霊的な力の無い侍の方々に力を借りている状況です。私、個人の意見ですが、そろそろ陰陽師と結託し共闘すべきなのだと思っています」
「それができないのは?」
「上の方針だからです・・・一派の歴史的存続と威厳の維持しか考えていないのでしょう・・・朝廷から直々に任務を下さるのは名誉あることですが、それを他には渡せないのでしょう。何度か陰陽師から統合のお誘いもあったのですが、当主がそれを頑なに拒んでいるのです・・・」
「そうなんだよ・・・上の爺共は本当に頭が硬い・・・そろそろ限界なんだよ・・・」
年江が私に聞こえるか聞こえないかくらいの声で、ため息をつくように答えた。その発言に美代姫と万柚が顔を見合わせて如何にもといわんばかりに苦笑いをした。
「それでも・・・我々のみでやらなくてはならないのですね?」
その私の問いに美代姫は深く頷いた。そして、行動を開始した。
先ずは、その周囲の聞き込みから開始した。夜盗が出現する頻度、通る箇所、根城の位置・・・一日かけて多くの情報を村人達から募った。そして、遂に夜盗が通るであろう通行経路を導き出すことができた。流石に、確実な日程までは導き出せなかった為、その経路を見渡せ且つ存在に気付かれにくい丘の上で見張りと待ち伏せをすることとした。
「では、今日からここに野営を張って見張っていきましょう」
そう言うと美代姫は、お香を取り出し、火を灯した。お香の煙が辺りに充満すると同時に、美代姫は詠唱を唱え、術を発動した。術が発動し終わるとその煙はそこから広がらずある一定の範囲内で保ち消えずにいた。
「ん?この香りは・・・」
私は煙の不規則な動きに疑問を感じたが、それよりこの香りに反応した。木を燃やしたような独特な香りであったが、これは美代姫と出会ったときに僅かに香った臭いであった。
「あっ・・・臭かったですか?」
「いえ、心地よい香りです」
「そうですか。良かった」
「これは何です?」
「このお香は、薫陸といいます。独特な香りですが、私もこの香りが好きで・・・一般的な効果は害虫除けになるんですが、魔除けの効果もあり私の結界と相まれば、この煙の範囲内に居れば私達以外は誰からも認識できません。なので、出ないよう気をつけて下さいね」
美代姫は優しい笑顔で答えてくれた。薫陸は噂では聞いたことがあった。貴族の間で流行っているお香であると・・・やはり幻彩家はかなり地位の高い名家であることが想像できた。その様な名家のお嬢様が、この様な私などに丁寧に優しく接してくれていることが不思議でならなかった。しかし、折角のご厚意を疑うのは失礼であり、この恩義は仕事の成果で返すことを誓ったのであった。
「凄いですね・・・これが術というやつですか・・・」
「そーよ。美代姫の術は凄いんだから、あんたはしっかり盾になりなさいよ」
年江が横から声をかけてきた。
「はい。そのつもりです」
私は、笑顔で答えた。
「おっ・・・おぉ、分かっていればそれでいい」
何故かたじろぐ年江であった。
「あら?年江ちゃん、顔赤くなってない?」
万柚がからかう様に年江を突っつく。
「なってねーよ!」
そのやりとりをみて美代姫も笑いながら談笑している。昼間の緊張感は何処へやら・・・と思ったが、これもこの結界が安全だという証拠なのだと感じ、私も一気に緊張の糸が解けたようであった。
「何か、眠くなってきた・・・」
「はい。薫陸の効果は不安や不眠等にも効果があります。特に外道丸さんは遠方から来て頂き特にお疲れでしょう。ゆっくり休まれて下さい。見張りは先ずは私から行います。年江さん、万柚さん、外道丸さんの順で見張りは交代しましょう」
「お心使いありがとうございます・・・ですが、それは私の役目では・・・」
「良いのです。これは全員での任務です。休んで体力を回復させるのも立派な任務のうちです」
「・・・分かりました。では・・・お言葉に甘えて・・・ですが、四刻(約二時間)で構いません。それだけ休ませて貰えば、あとは私が引き受けます」
「ふふ・・・無理はしないで下さいね」
美代姫は笑顔でそう答えてくれた。