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未到の懲悪  作者: 弥万記
零章 外道丸
31/61

28;人の心

「こ・・・これを君一人でやったのか?」

 役所に何度も夜盗を討伐したと言っても信じてくれなかったので、役人を連れてその隠れ家まで連れてきたのだった。しかし、一向に信じてくれなかったので、根城の位置や野党の攻勢や人相など詳しく説明しようやく信じてくれたのだった。そして、この惨状を見るやいなや、役人は顔を真っ青にして答えたのであった。


「うん。そうだよ。俺なんかで勝てたぞ。こいつら弱かったよ?」


「そ・・・そうかね・・・」

 その惨状を見るに耐えれず思わず目を逸らし、嗚咽を必須で我慢をしていた。


「で、どうなの?お金・・・くれるの?」


「あ・・・あぁ懸賞金は君の物だ。さあ・・・下山するよ」

 役人はそそくさとその場を離れようとした。


(ん?あの餓鬼は・・・やっぱり居ないな・・・逃げたか。それが良いな。折角生かしてやったんだ。強く生きるのだぞ)その様に辺りを見渡しながら、その現場を後にした。


「では、手続きがある・・・十日後に、また役場に来るように」


「えー!そんなに、かかるの?」


「額が額だからね。ちゃんと準備をするから大人しく待っているのだよ」


「へーい」


「・・・正直あの現場には驚いたが・・・今まで大人でも手を焼いていた集団を倒してくれて感謝している。しかし、今後は無茶をしないように。君はまだ子どもだ。今回はたまたま上手くいったのかも知れない・・・自分の命を軽く見ないように。分かったね?」


「・・・分かったよ」

 自分の行いを大人から褒められたことは初めてで、素直に嬉しかった。しかし、それをどう表現して良いのか分からず、態度で表すことができなかった。それに、今まで自分は子どもであるにも関わらず鬼などと呼ばれてきたのだ。単純に大人から身を案じてくれるような叱咤が、嬉しく暖かい感じがしたのだった。


 そして、夜盗討伐の噂は瞬く間に村中に広まった。私は皆から褒められる、必要とされる、認められると鼻高々であった。いつ声がかかるか待ち遠しかったが、遂にこの日を境に村人が完全に私を避けるようになっていた。


 何故誰も話しかけてくれないのだ?何故避ける?あれから暴力など振るってはいないぞ?私は答えが見つからないまま一人寂しく村を徘徊し帰路についていた。それもその筈、大人でも対処できなかった夜盗を無傷であっさりと倒してきたのだ。それにあの現場・・・噂話というのは事実より何倍にも膨れ上がるものである。村で噂されていた内容はとても人間の所業では無い悲惨な現場であったと噂されていた。死体を百以上切り刻み、死肉を食い荒らしながら鼻高々に笑いながら殺していた・・・などと言われていた。


 そんな根も葉もない噂・・・元々、鬼と比喩されていたのだ・・・当然と言えば当然だ。しかし、野党を惨殺したのは事実だ・・・言い逃れようも無い。そして、村人から私は本当の鬼であったと・・・断定されたのであった。そうなれば、村人は近づいてくる筈も無い。近づいては何をされるか分からない、何があっても逆らってはいけないと恐怖が刻み込まれていた。


 私は、そんな村人の態度に更に腹を立て向かっていこうとしたが、今までと対応が打って変わっていたのだ。今までのように罵るかと思いきや、命を乞いながら泣いて詫びてきたのだ。それも一人二人ではなく・・・村人の殆どが・・・その反応を見て、私は腕からスッと力が抜けた。もう、私を罵る者も反抗する者も居なくなった・・・そして、私は遂に・・・完全に孤立した。


「おかえりなさい」

 誰にも相手にされず、何もすることも無く、無意識のうちに家に帰り着いた私に母はいつもの様に声を掛けてくれた。


「・・・」

 私はその言葉に返事ができなかった。顔色一つ変えず、私を迎えてくれた母を私に驚いたからだ。いや、驚いたというより疑いに近かった。この騒動を知らないはずは無い・・・であれば、母も私のことを恐れて何も聞き返せないのでは無いかと思ってしまった。


「何故・・・何も言わないんだ?」


「何を?」


「何をって・・・村人は皆知っているんだぞ?あんたが知らないはずは無いだろう?」


「あぁ・・・そのことか・・・あんたは、良かれと思ってやったことなんだろう?その正義を私は疑わないわよ」


「けど、人を殺したんだぞ?怖く・・・無いのか?」


「どこに自分の子を怖がる親がいるもんか」


「・・・」


「言っておくけどね。あんたは何も罪を犯してはいないよ。噂なんてね、殆どが大げさに表現されるもんだよ。あんたが、噂通りの男では無いのは母さんが一番分かってるわ」

 母は笑いながらそう答えてくれた。


「・・・」

 私は、その眩しすぎる母の笑顔に再び言葉を失っていた。


「人様のために、悪党を懲らしめてきたんだ。ほら、そんなところに突っ立てないで早く家に入りなさい。ご飯できてるわよ」


「うん・・・」

 私は、今にも涙を溢しそうな声で返事をした。母の優しさに触れ、今までずっと受けていた愛情を、この時初めて身をもって感じた瞬間であった。私は、今までの人生を後悔した。気にくわなければ癇癪を起こし、手が付けられない悪童である自覚はあった。そんな、悪童に対しても今でも変わらぬ愛情を注いでくれる母という存在の偉大さに気付かされた瞬間であった。


「けど・・・もうこの村にいるのは居心地悪いよ」

 私は食事を取りながら思いの内を打ち明けた。人生で初めて弱音を吐いた瞬間でもあった。


「そうだねぇ・・・父さんが出稼ぎに出てくれてるから何とかやっていけてるけど・・・うちには引っ越す余裕なんて・・・」


「そうだ!今度、懸賞金が貰えるんだ!それで皆で引っ越そうよ!」


「いいのかい?それは、あんたのお金でしょう?」


「いいのいいの。元々皆を楽にさせるためにやったことだから」


「そうなの?あんたも・・・自分以外のために動くこともあるんだね」


「それりゃぁ俺だって」


「あんたのお金だから好きに使うと良いよ」


「いいの?なら皆でこの村出ようよ」


「そうだね。あんたが暮らしやすいのが一番だし・・・父さんには私から言っておくわ」


「やった!」


「けどね・・・外道丸!もう・・・危ないことはしたら駄目だよ。母さんはあんたのことが一番心配なんだから」


「うん・・・分かった。もう、しない」


「約束だよ」

 母は再び笑顔で答えてくれたが、本当に我が身を心配してくれているのを察し、この様な危険なことはもうしないと心に誓ったのであった。


 十日後、待ちに待った懸賞金受け取りの日となった。父への引っ越しの了承も母があっさり取り次いでくれた。もう、こんな村からは出て家族で新しい生活を送るのだと心が弾んでいた。そして、一目散に役場へと急いだ。


「おーい!おっさん!来たぞ」


「おお!早いな。待たせたな。これが、約束の懸賞金だ」


「おおー待ってました」


「これで、ご両親を楽させるんだって?」


「うん・・・そうだったけど、これで引っ越して家族でゆっくり暮らしていくんだ」


「そうか、それもいい。ご両親のことはこれからも大切にするんだぞ」


「当たり前!」

 私は得意げにそう答え、大金を受け取った。そして一目散に役場を後にして、自宅へと急いだ。帰路の途中で様々な妄想をした。引っ越しても余る大金・・・これで暫くは家族三人での時を過ごすことができること。新しい村では人間関係の構築に努力して・・・初めて友達ができるかもしれないこと。様々な希望がよぎり思わずにやけずにはいられなかった。


 しかし、事件は自分の思いと反するところで起き、幸せなど一瞬で崩れ去るものだと実感した。因果応報・・・自分がしてきたことがそのまま返ってきたのだ。嬉しくて堪らない帰路であったが、家に着いた途端絶句した。家が・・・燃えていたのだ。そして、その家の前には・・・血のりがついた包丁を持った子どもが立っていた。


「え?な・・・なんで、燃えてんだ?母さん?母さんは、もちろん家には居ないよな・・・いくらどんくさい母さんでも、火がついたら逃げることくらいはできるだろう!ハハ・・・そうだ!母さんは逃げてる・・・おーい!母さん!どこだ?」

 父は今朝、仕事に行くと言って私と一緒に出かけていたから心配はいらない。消火の依頼に行ったのか?辺りを見渡すも母の存在は確認できなかった。


「おい!私の事は無視かよ」

 その声かけに、私は目を背けていた事実と再び直面するしか無かった。辺りを見渡しても居ない母。そして、血塗られた包丁・・・その包丁を持っているのは、夜盗の生き残りの娘であったのだった。その姿を見た瞬間、私は頭の中で最悪な現実がよぎったが、一瞬でその思考を拒んでいた。そんなはずは無い・・・母は殺されてなど居ない・・・あれは母の血では無い・・・では誰の血だ?しかし、奴には・・・それをする理由が・・・ある・・・


「なんで・・・お前がここにいるんだ?」


「はぁ?おまえ馬鹿かよ・・・いや、大好きな母様が殺されたんだ・・・考えたくも無いか・・・」


「は?何言っているんだ?」


「何って?お前の大好きな母さんがあの中にいるの!」


「何言ってんだ?居るわけがないだろ?」


「居るよ?けど、もう死んでるけどな。お前がしたように気付かれない様に後ろから突き刺してやったよ。お前、これが見えないのか?」

 夜盗の娘は、右手に持っている血塗られた包丁を大げさに見せつけた。私は、ついに見て見ぬ振りをしていた現実を突き詰められた。最悪の想定を自ら逃避し自己防衛していたのが一気に崩れ落ちたのだ。


「ああ・・・ぁぁ・・・・・・・・・・!」

 私は、膝から崩れ落ちた。そして、言葉すら出ずに力なくその場に手を地面に着き頭を抱え込み絶望するしか無かった。


「っははは・・・いい気味だよ!これで私の気持ちが分かったか?」


「・・・殺してやる!」

 私は、表情無く呟いた。


「私を殺すのか?けど良いのか?お前の母さん、もしかしたらまだ生きてるかもよ?ハハハハハ!」


「くッ!」

 私は、その言葉に言われるがまま家の方向へと歩みを変えた。そう、もしかしたら私を脅すための嘘かもしれない。家には誰も居なく火を付けただけかも・・・僅かな希望に賭けて、決死の覚悟で燃えさかる火に中に飛び込もうとした。その直後・・・


「外道丸!よせ!」

 父の声が後ろから聞こえた。仕事に出ていたが、そう遠くには出稼ぎには行っておらず、火事の知らせがあり急いで帰ってきたのであった。その声を聞いて私は一歩足を踏みとどまった。


「ちッ!」

 夜盗の娘の舌打ちが聞こえた。


「父さん!母さんが・・・中に・・・」


「分かっている」

 よく見ると父は、ずぶ濡れで、更に大きく濡れた布を持っていた。それを体と頭に巻き付け危険を顧みず、家の中に飛び込んでいった。そして、暫くして、母の遺体を担いで出てきたのであった。


「このまま、母親と仲良く焼け死ねば良かったものを・・・」

 夜盗の娘は、私が準備の無いまま火に飛び込み、そのまま焼死させるつもりでいたのだった。


「この餓鬼が・・・」


「分かってるよ。私じゃ、お前みたいな鬼に敵うはず無い。呑気で馬鹿な女を後ろから刺し殺すくらいしかできないよ。けど、お前に私と同じ悲しみを与えられて、そんな弱いお前の姿が見れて私は満足だ・・・もう、この世に未練は無い・・・」

 そう言うと、夜盗の娘は自ら頸を掻き切り自害したのだ。私はその返り血を浴びながら、唯々、彼女が倒れ逝く姿を見届けるしかなかった。そして、同時に理解した。全て自分のせいだと・・・自分がしてきたことが、我が身に返ってきたのだと・・・母の亡骸を必死に蘇生させようとする父を横目に、私は唯々・・・立ち尽くすしか無かった。


 私は初めて理解した。命というものの重さに、その重大さに。そして何より母を愛していたことに。最初は夜盗の娘への憎悪が湧き出ていたが、夜盗とはいえ年端もいかぬ娘をあそこまで追い込んでしまったのは、自分自身であると気付いた。それに気付いてしまえば、もう憎しみは消え失せていた。自分の未熟と愚かさに自暴自棄にもなっていた。


 そんな私をみて父は、「生きるぞ外道丸・・・俺たちは母さんの分まで生きなくてはならない。それが私達の使命だ」そう言葉を掛けてくれた。その言葉は、私に生きる力を与えてくれた。私は、両親から大きな愛情を受けている。それを無下にすることはできない。もう・・・愛する人を失いたくは無い。父が誇れる息子でありたいと強く思ったのだ。


「父さん・・・愚かな自分を変えたい・・・」


「そう言えば、外道丸・・・皆で村を出たいと言っていたな?」


「うん・・・」


「父さんもそれには賛成だ。新しい土地でやり直そう・・・勿論、母さんも一緒にだ」

 父は母の遺骨に目をやりながら答えてくれた。


「そこで、母さんのお墓も作ろう」


「そうだな・・・外道丸、自分を変えたいといっていたが何かしたいことはあるのか?」


「あれから、ずっと考えていた。俺は力ばかり強くてその使い方が分かっていない。だから、しっかり学問を学びたい・・・そして人の命の大きさを、大切さ、尊さを学びたい」


「そうか。よく考えたな・・・立派だ。強くなったのだな・・・」

 父は、優しくそして力強い眼差しで見てくれた。この様な視線を送ってくれたのは初めてであった。期待されるということがこれ程嬉しいものなのだと実感した。そして、父はいち早く行動を開始した。先ずは、新居を探し、そこに母を埋葬。三人で引っ越すという目標を現実としてくれた。そして、私の決意を叶えてくれるために、父は私に寺で修行をすることを提案してくれた。


 私は、父と離れることは正直、寂しかったが願っても無い申し出であった。善は急げと直ぐさま行動を起こし、私は国上山(くにがみやま)国上寺(こくじょうじ)で五年間修行をすることとなった。そこで、仏道修行と学問を学び自分は何のために産まれてきたのか、世の役にたつことはできないのか、自分と向き合うこととしたのだ。


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