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未到の懲悪  作者: 弥万記
零章 外道丸
30/61

27;悪童

 私の名は外道丸。周りからは男児ながら輝くばかりの美しさと言われ、それはもう・・・両親からたいそう可愛がられて育ってきた。しかし、その両親の愛情と反するように幼少期の私は、乱暴者で手が付けられない子どもに育っていた。少し気にくわなければ癇癪を起こし暴力を振るい、時に大人であっても力負けせずに叩きのめしてしまう程であった。同年代の子ども達からは勿論、周りの大人達からも完全に恐れられ私は常に一人であった。


 周りの村人からは、何故あの様な優しい両親から、この様な異端が産まれたのか・・・何度も後ろ指を刺されてきた。鬼の子・・・などと呼ばれる事もあった。そして、親の躾けが悪い、放任する親の責任だ・・・など、自分の言動にも関わらず、何故両親が悪く言われるのか・・・それが理解できなかった。そして、気付いたときには自分の拳を赤く染めていた。私は自分で自分が完全に抑止ができないでいた。感情のままに行動し暴力で全てを解決させ、何度も両親を困らせ泣かせてきた。


 子どもながらこのままでは駄目だと感じた。本心では村人や同年代の子どもと仲良くしたい。しかし、そうするまでの心が全く成長していなかった。自慢できる事と言えば、大人顔負けの力と暴力・・・こんな私でも何か世の役には立てまいかと考えていた。


 そんな答えの見つからない考えに、途方に暮れていた私は、一切れの注意書きを目にした。それは集落周囲に出没する夜盗への注意喚起と懸賞額であった。それをみて私はふと村人達が、その夜盗集団を怖がっていたのを思い出した。ここで、私がこの夜盗を退治してしまえば、村人の自分に対する目が変わり感謝され、そして懸賞金で両親も楽をさせることができる。一石二鳥ではあるが、正に安直な考えであった。


 善は急げと早速情報を集めた。夜盗は全員で九名。食料が無くなり次第、周囲の村に出没し強盗の限りを尽くしていた。つい先日、隣の集落が襲われたばかりで暫くは根城に籠もっているだろうとのことであった。居場所は、隣山・・・通称人喰い山の西側中腹に根城を構えている。人喰い山とは周囲の集落に伝わる異名で、常に薄暗く草木は生い茂り、毎月この山で遭難者がでており、しかもその遭難者は誰一人見つかっていないと噂されている不気味な山であった。悪さをした子どもに、「人喰い山へ連れて行くよ!」と叱れば瞬く間に子ども達は言うことを聞いてしまう程であった。村人は足を踏み入れず、夜盗にとって姿を隠す為の格好の環境であった。


 勿論、私は人喰い山など恐れておらず、噂も信じていなかったため、躊躇なく山に足を踏み入れた。これから登山と夜盗相手に一戦を交えに行くのだ。さすがに手ぶらでは心許ない。私は、父親の鎌を片手に山に足を踏み入れた。生い茂る草木を鎌で狩りとしながら、山の西側を目指していった。私は村で暴れていただけあって登山もそう苦ではなかった。 

    

 そして、暫くすると動物の血の臭いや、周囲の木々も切り倒され、徐々に自然の物とは言いがたい光景を目にするようになってきた。夜盗の根城は近い・・・私は気を引き締めた。気配を消し、周囲を警戒・・・五感を最大限に活用し少しずつ根城と思われる方向へ足を進めた。そして、徐々に人間の生活臭が強くなり、遂に夜盗の根城へ行き着いたのだ。


 私は木陰に姿を隠し、周囲の状況を確認した。そこには山の木々で造り上げた、如何にも粗雑で小屋・・・とも言えない組み木のような根城が三棟あった。雨が降った時は、どの様に対処しているのだろうと、その時の素直な感想であった。さすがの私も無鉄砲に突入する・・・なんてことはしなかった。相手は何の躊躇いも無く人間を殺す集団・・・しかも九名もいるのだ。正攻法では到底勝ち目が無い。後ろから一人ずつ倒していくことにした。


 見張りは一人・・・しかも完全に油断している。そして他の者は都合良く、昼間から酒に明け暮れたのか、三人程酔い潰れて外で寝ていた。他の五名は・・・根城の中か・・・ここでは確認できなかった。これは好機だと感じた。先ずは見張りの男を背後から切り落とし、そのまま寝ている男共を斬り殺してやろう。恐らく、他の者は根城だろう・・・踏み入って一人ずつ殺せば良いのだ。何だ・・・簡単では無いか・・・しくじるなよ外道丸・・・そう自分に言い聞かし抜き足で少しずつ足を踏み入れた。


 真っ直ぐ最短距離で・・・決して音を立てずに・・・そう思い近づいて行ったが、私は急遽進路を変えた。そう、私の目に映ったのは、こんな芝刈り用の鎌などとは、格段に殺傷能力が高いであろう刀が無造作に置かれていたのだ。恐らく夜盗の物であろう。私は寄り道をし、その刀に手を伸ばした。そして、手に持った瞬間、その重さについ声を漏らしそうになった。重さとは重量では無い・・・これが人を殺すために造られた物なのかと驚愕したのだ。


 そして、その場で鞘を抜き刀身を眺めた。鎌などとは刃物の次元がまるで違う・・・そして、両手で柄を握り構えた瞬間に、まるで雷に打たれたかのような衝撃・・・いや・・・一切の光の無い闇に突如、太陽の光が差し込んできた様な・・・強い衝撃に似た知識と空想に襲われたのだった。私は刀など握ったことが無い。にも関わらず、どの様にしたらこれが扱え、どの様にしたら殺傷力が高まるか、どの様にしたら勝てるのか・・・そう・・・まるで刀が教えてくれたかのように、剣士としての理想の型を瞬時に作りだしてしまったのだ。私はその瞬間、人を殺す罪悪感より好奇心に駆られてしまったのだ。これで、この空想通りに人を斬ったらどうなるのか・・・この空想は正しいのかどうなのか試したくなった。


 相手は、殺生の限りを尽くした罪人・・・それを斬ろうと何の問題は無い・・・むしろ懸賞金が貰えるのだ。やるしか無い。そう、やれ!斬って斬って斬り尽くしてやる。私の鼓動は高鳴るばかりであった。退屈な村に産まれ、誰も私に勝てず、力を持て余し・・・そして最高の舞台がここにあった。もう既に私は周りの音が一切聞こえなくなっていた。聞こえるのは、自分の鼓動のみであった。そしてそのまま、更に足を進めた。


 そして、遂に見張りの男の首が私の間合いへ入った。私はできるだけ音を立てず、少しずつ刀を振りかざした。しかし、興奮のあまりつい呼吸が荒くなった。その呼吸と振りかざした時の着物が擦れる音に見張りの男は、遂にこちらを振り向いた。


「んん?頭か・・・」

 見張りの男は座っていたため、その目線は私の膝元周囲を確認しており即座に侵入者だとは気付いていなかった。私は咄嗟に刀を振りかぶった、その瞬間、私は男と目が合った。


「誰だ!きさ・・・ま・・・」

 その男の怒号が突如、途切れた。そう、私はその振りかぶった刀を振り下ろしたのだ。そして、その男の首が宙を舞っていた。一撃による斬首など、如何に熟練の侍であってもそうたやすくできるものではないだろう。しかし、刀など初めて握った素人の私が、それをやってのけた。先程の空想通りに刀を振り下ろしただけだった。振り下ろし方、刃の角度、切り込む部位・・・空想が教えてくれた通りだった。私は剣の才に溢れていたのだろうか・・・普通であれば何十年と取得するであろう技術を、瞬時に体得した。いや・・・これから起こる惨劇を思い返せば、剣の才では無い・・・私は、人を殺す才に長けていたのだろう。


 このことの顛末を敢えて先に述べてしまおう。これは、私が初めて刀を握り戦闘を仕掛けたにも関わらず、それ以降は歯が立たず命からがら逃げ延びた・・・なんて可愛い話では無い。刀を初めて握った子どもによる一方的な惨殺であった。


 私は、見張りの男を斬首した後、それでも尚、空想通りの斬撃に至っていないことに気付いた。思っていた刃の方向・角度・切り込んだ箇所、そして振り抜く力・・・この素晴らしい得物を手にした瞬間に描いた「理想の型」を全く体現できていないように感じた。しかし、それは単純に実力不足・・・初めて刀を握ったにしては上出来だと自分に言い聞かせた。そして、その刀を振りながら理想の型を連想し、試し切りをとばかりに、酔い潰れている夜盗三人に躊躇無く切り込んでいった。


「駄目だな・・・やはり、何度斬ってもあの雷のように降り注いできたあれには到底及ばないな・・・」

 私はぶつぶつと自問自答するかのように刀に話しかけては振り、話しかけては振りを繰り返していた。


「後ろから斬る・・・寝ている奴を斬る・・・で、これだ・・・こりゃ動く相手ではもっと酷いぞ・・・」

 死体が四体転がっているその場で稽古の如く、刀を振り続けていた。ここが夜盗の根城であるということも忘れ去っていた。そして、物音がすると根城から一人男が出てきた。


「な・・・なんだこれは!誰だ!貴様は!」


「あ・・・しまった・・・」

 無我夢中で刀を振り続けており、その声で我に返る。


「これは貴様がやったのか?」


「だったらどうする?」


「それが分からぬ年でも無かろう・・・」


「今度は、おっさんが相手してくれるのか?」

 次は動く相手に対し思ったところに刃が届くか試してみたかった。既に殺される恐怖心など微塵も無く、好奇心という感情しか沸いてこなかった。


「おい!出てこい!敵襲だ!」

 倒れている仲間の飛び散った血肉をみて、如何に相手が子どもであっても容赦できないと判断した夜盗は仲間を集めた。数々の死線を乗り越えてきたであろう夜盗の目にも映ったのであろう・・・目の前のそれは異常であると。


 しかし、私は囲まれるわけにはいかなかった。というより流石に対多数での戦闘までは想定できなかった。その為、できるだけ早く、且つ一人ずつ倒していく必要がある。私は、何も咄嗟に行動に移し一気にその男まで間合いを詰めた。まだ、仲間達は根城から出てきていない。


 私の襲撃に男も得物を抜く。そして、私の動きに合せて刀を振り下ろそうとした。その瞬間、私は相手の刀がどの様な角度でどこを切ってくるか見えたのだ。いや、見えたというより感じた・・・察知した・・・という方が正しいだろうか。とにかく、刀の軌道が読めたのだ。読めたのであれば、避ければ良いだけのこと。刃は自分の体の一部に落ちてくる・・・それならばそこに体が無ければ良い。そして、振り下ろした後は無防備になっているため、最短且つ最速で相手の頸に自分の刀を置くように・・・


 時が止まっているかのような感覚であった。どの様に行動したのか説明しろと言われても不可能だった。自分でも何が起こったのか分からす後ろを振り向くと、夜盗の男が血しぶきを立て、一気に崩れ落ちていた。私はその時確信した。私は戦えると、先程時が止まったように感じた思考は正しかったのだと。


 男が崩れたのと同時に武装した仲間が根城から三人・・・男が二人と女が一人出てきた。そして、私はまた一人でぶつぶつと自問自答していた。


「やはり動く相手では更に精度が下がる・・・何だ今のは・・・どうやったか説明できないじゃないか・・・たまたま勝てたが次はそうはいかないな・・・やはり今のこの体ではこれは扱えていないのか?いや、この体でも扱える方法が・・・」


「頭!おい!嘘だろ!」


「え・・・あんた?」

 そう、今斬ったこの男こそ、夜盗の頭であった。女はその妻か?関係は興味なかったが少し落胆した。先程斬ったのがこの集団の長であるなら、今出てきた此奴らはそれより強いはずが無い・・・そうであるならば、また新たなことを試したくなった。


「あんたら、いっぺんにかかって来いよ」

 今度は、複数人を同時に相手にするとどの様な世界が見えるのか試したくなった。人を殺す恐怖心など皆無となり、好奇心のみの・・・さながら新しい玩具を与えられた子どものようであった。


「舐めるなよ!小童が!」

 夜盗は今起きている惨状、そしてその犯人からの舐められた言動で完全に頭に血が昇っていた。冷静さはとうに掛けており力任せの短絡的な突進。攻撃は直線的で目を閉じていても見抜けてしまいそうで・・・私はため息をついた。


(遅い・・・折角これでは複数で攻める意味が無いじゃないか・・・先ずは、右側の男の太刀がくる。その後ろに男か・・・女は遅いな。先ずは右の奴は俺の胴を目掛けて・・・次は刀で受け流してみようか・・・間違えても受けるなよ・・・)


 男の斬劇がその予想通りに私の体に向かってきた。くると分かっていればその位置に予め刀を置いておけば良い。そして、大人と子ども体躯の差・・・さすがに斬撃を直接受ければ、力負けすることは明白であった。私は好奇心に駆られながらも至って冷静で、一瞬で状況を判断することができた。そして、目論み通りその斬撃を受け流し軌道を逸らすことができた。


(くそ!やっぱり、違うな・・・思っていたところで受けきれず刃が欠けた・・・けど、そのまま片手でいってみよう)

 刀を受け流し私は完全に男の懐に入り込んでいた。そして、そのまま片手で刀を持ち、男の頸に一太刀いれた。


(やっぱり、全然思った通りにいかない・・・難しいなこれ・・・浅いし・・・まだ生きてるし、さすがに片手で頸は落とせないか)


 男の返り血を全身に浴びていたがそれでも私は冷静でいた。男は頸を半分切り落とされ、吹き出す血を抑えながらそこから息が漏れ出していた。倒れ込んでこそいないが、俯き斬られた気管に血が入り込み窒息しかけ悶え苦しんでいた。もう、この男は動けない、そう判断すると再びその男の懐に潜り込み、介錯などせず、自分の刃こぼれした刀を取り替えるため男の刀を奪い取った。


(じゃあ・・・次はその後ろの男だな・・・この辺・・・かな?)


 奪った刀は一旦その場に置き、その藻掻いている男の腹部に再び刃を突き刺した。精一杯の力を込めて突き刺し、男の背部から刃が貫通したと同時に、その男を刃が突き刺さったまま後方へ突き飛ばした。その方向には、追撃をしてきた男がいた。その男は、刃が仲間の体から貫通し、且つそれが自分に飛んでくるなど思ってもいなかった。その為、男は対応できず、その刃に突き刺してしまったのだ。


(浅いけど、これは上手くいった。足止めはできるぞ・・・置いといて次!)

 そして直ぐさま、その場に置いた刀を拾い上げ女の一撃に備えようとした。その時体が勝手に反応し、女の太刀をいなし一太刀入れていた。


(あれ、今のどうやった?)


 無自覚の反射的な一撃であった。記憶に無いが、それこそ先程の理想が体現できた瞬間なのではと感じた。そして直ぐに、もう一人の男に止めを刺すべく突進していった。そして、その場に立っている者は私一人だけになった。


「もう、終わり?」

 返り血を浴び、刀から血がしたたり落ち、楽しかった遊びが突然終わったかのような空虚感に襲われていた。


「あれ?そういや、こいつら九人って言ってなかったか?一、二、三・・・八人しかいないぞ?」

 辺りを見渡しても、根城の中をみても誰もいなかった。諦めて帰ろうとしたとき、物陰から気配を感じた。


「そこに隠れているな、悪党め!俺が成敗してやる!」

 私はさながら正義の使者であるかのような口調でその気配の方に近づいた。そしてのぞき込むと、そこには、自分より年下であろう子どもが泣きながら蹲っていた。


「おい、お前・・・こいつらの仲間か?」


「来るな!鬼!」

 泣きべそをかきながらも強がるその子は、見た目は男児のようであったが、まだ年端もいかぬ娘であった。


「ははは、俺は鬼の様に強かったか?」


「よくも!父と母を殺したな!」


「あぁ・・・あれが、お前の父と母か・・・やっぱり仲間だな」


「お前を殺してやる!」


「生憎・・・お前に殺されるほど、弱くは無いぞ」

 私は笑いながら答えた。


「うるさい!」


「貴様らも同じように多くの人間を殺してきたのだろう?それを自分達がされただけでは無いか」


「・・・」

 女児は唇を噛みしめるように悔しそうに何も言い返してこなかった。


「さすがに、俺も子どもを殺したりはしねーよ。それにお前今まで誰も殺して無さそうだし」


「・・・」


「じゃーな!これから全うに生きるんだぞ!」


「・・・許さない・・・必ず、殺しに行くからな・・・」


「はは!お前じゃ俺は殺せねーよ!」

 その様に捨て台詞を吐き笑いながらその地を去った。その帰りは初めて刀を扱った感触、人を斬った感触が忘れられず何度も再現しながら帰路についていた。


「それにしても俺って凄くないか?大人達が困り果てていた夜盗を一人で成敗したんだ!」


「刀楽しかったなぁ・・・」

「けど、難しかったな・・・全然思い通りにいかないし・・・」

「まだまだ、剣の道では下の下だろうな・・・」

「よし!これから剣の道に生きてみるか?」

「あぁ・・・刀持って帰ればよかったな・・・」

「そうだ!この懸賞金、少し分けて貰って刀を買おう!」

「もう一回闘いたいな・・・」

「これで、帰ったら皆喜んで、俺の見る目が変わるだろうな」


 そんな独り言をブツブツと言いながら、途中の川で返り血を落として先ずは役所に向かって夜盗討伐の報告に向かったのだった。

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