26;そして運命は動き出す
そして、八日の時が流れた。鬼ヶ島は相変わらず、冗長な時間が経過していた。酒羅丸は時間つぶしの威波羅の襲撃が無いことを少し寂しく感じていた頃合いであった。する事もなく、城郭で酒を呑みながら暇を弄んでいた。
すると、矴が城郭に表れ、辺りを見渡しながら彷徨っていた。酒羅丸はその様子に違和感を抱きながらも横目で酒を呑みながら、若い鬼達の会話に聞き耳を立てていた。
「矴よ・・・珍しいな。お前が城郭に姿を見せるとは・・・」
側に居た天下六が声をかけた。そう、矴は基本的に自身の根城から姿を出さないで引きこもる性質であった。夜行や酒羅丸の号令が無い以外で城郭に足を運んでくるのは珍しい事であった。
「いや・・・」
それでも、辺りを見渡している矴であった。
「どうだ?久方ぶりに酒でも呑まぬか?」
「・・・」
それでも、遠くを見渡す矴であった。問いかけに応じないほど集中して何かを探していた。
「どうした?何か探しているのか?」
「いや、威波羅は見なかったか?」
「はぁ?」
天下六は呆れたような面持ちで聞き返した。そして周りに居た苦鳴や呪璃がそれを聞いて吹きながら馬鹿笑いをしだした。
「お前、何を言っているのだ!おかしな奴だ!」
腹を抱え笑いながら答える苦鳴であった。
「苦鳴ちゃん、笑っちゃ駄目だよ!矴あの時居なかったもん!」
「お前もそう言って笑っているではないか」
「これは、笑わずにはいられないよ」
「そうだな!矴、お前どれだけ周りに興味が無いのだ?」
鬼女に馬鹿にされ続けている矴であったが、いつものことであったので特に気にしてなかった。しかし、それをやや不憫に思ったためか天下六は落ち着いて事の真相を話していった。
「矴よ。以前、陰陽師に数日間閉じ込められた夜行の日があったな」
「あぁ」
「あの時、酒羅丸様の空間転移で帰島した際、お前はそそくさと根城へ帰ったが、そこから一悶着あってな。仞さんと威波羅が一騎打ちになったのだ。しかし、酒羅丸様によって、あの陰陽師の一連の騒ぎが威波羅であると容疑がかけられたのだ。それで、逃げた人間を殺せば、容疑も晴れると促され人間を殺して事は終わったのだ」
「おぉ・・・そうなのか?それは知らなかった。それで、威波羅は今どこに?それは二個前の夜行のことであろう?」
その発言に、周りは更に呆れたような態度をみせていた。
「お主・・・本当に周りに興味が無いのだな・・・前回の夜行で威波羅は居なかったでは無いか。その事件後、威波羅は鬼ヶ島から姿を消しておるのだよ」
「え?」
天下六のその発言に大きな違和感を抱き、驚く矴であった。そして、その違和感の原因を探るように皆に答えた。
「確かに・・・威波羅を見かけないなとは思っておったぞ。しかし、いつものように奴は別行動して、俺が見落としていただけ思っておったのだ。奴は前回の夜行に参加していたのではないのか?」
「ん?どういうことだ?」
今まで、呆れ果てた態度をみせていた鬼達であったが、この発言で、一体矴は何を見てどう考えているのか興味が深まって聞き入ってしまっている。
「前回夜行の後、威波羅が連れていた人間・・・あれは夜行で連れてきた人間ではないのか?俺は、てっきり・・・」
「矴!それはどういうことだ!」
その話を聞いていた酒羅丸が血相を変えて、その話に割り込んできた。
「貴様・・・前回の夜行の後、威波羅を見たのか?」
「え?あっ・・・はい・・・」
矴は、突然の酒羅丸の割り込みに、途惑い困惑していた。
「どういうことだ?その時の詳細を話せ」
その問いかけに、直ぐ話が纏まるほど頭の回転が早くない矴であったが、大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻し、冷静に事の顛末を酒羅丸に話しだした。
「俺は・・・あの日・・・いつものように宝を持って・・・いち早く根城へ向かっておりました。そして、威波羅の根城近くに差し掛かった時、人間の男を連れた威波羅を発見しました。俺は威波羅が夜行で連れ帰った人間かと勘違いをし、俺も宝を持っていたので気付かれたく無かったので・・・気配と姿を消してそこを通過しました。しかし・・・その人間の頭蓋・・・実に美しい造形をしており、もし威波羅がそいつを喰っていたなら頭蓋を分けて貰おうかと・・・探していた次第です」
ゆっくり言葉を選びながら、事の真相全てを聞き出せた訳では無かったが、粗方把握した酒羅丸であった。
「・・・それは、真か?」
「はい・・・」
(権・・・今すぐ来い!城郭だ・・・)
酒羅丸は拈華微笑の術で直ぐさま権左兵平を呼び出た。そして、慌てた様子で権左兵平が城郭まで飛んできて、この事を説明した。
「つまり、今、威波羅はこの鬼ヶ島におるということですな?」
「そういうことになる」
「しかし、それであるならば、酒羅様の天道の淵で確認が・・・あっ」
「そうだ、結界があれば・・・あるいは回避できる」
「そして、威波羅が連れていた人間というのは?」
「恐らく・・・結界構築の張本人。術士であろうな・・・」
「・・・確かに、それしか考えられまい・・・女達は、儂の呪いに掛かっておるし・・・それに・・・」
「そう。唯一の可能性がある、妃姫も死んでおる」
「え?死んでたら駄目なんすか?」
呪璃が、酒羅丸と権左兵平の間に割って入る。その大胆な行動をみて他の若い鬼達は、肝を冷やしている。
「そうじゃ、結界や式神などは、術士の死後は消失してしまう物なのじゃよ。儂のような呪いなどは術士の死後、更に増強する様な事もあるがの」
しかし、権左兵平は意外に優しく、自身のその言葉を確認するかのように、冷静に返答をした。
「権爺・・・もしかしたら、あの女死んでないんじゃ無いの?」
「それは、あり得ぬよ・・・」
権左兵平は酒羅丸の方を見て返答をした。
「我と、権が確認しておるのだ。あの女は、確実に死んでおるよ。もし、仮に・・・あれが擬態だとするならば、それはもうこの世の理を越えておる」
呪璃が、酒羅丸の言葉を理解できないと呆けている。その態度を見て苦鳴が(あんな精巧な死体を作り上げるなんて、神でも無い限り不可能だって事!)と耳打ちをする。それで呪璃はやっと納得した。そして、話は続く。
「権・・・あの時、貴様は入念に人間の数を確認したな?」
「はい・・・」
「そして、人数は正しかった・・・矴は帰島直後に、別行動しておる。恐らく、矴が威波羅とその人間を発見したのは・・・権が、人間を数えている頃であろう。我は嫌々ながらも直ぐ、権に連れられ天道の淵で最終確認をしている」
「つまり・・・儂が集落で人間を数えている最中から酒羅様が天道の淵をかける僅かな時間で・・・結界を構築し姿を消し、天道の淵から逃れた・・・と?」
酒羅丸は深く頷いた。
「威波羅にその様な能力は無い。その人間が結界の構築者で間違いない。鬼ヶ島の侵入は・・・威波羅の手引きであろう・・・奴なら人間を担ぎ、夜行から帰島の際、結界消失に折り合いを合わせて裏から侵入させる事もできる・・・その気になれば千里眼も使える・・・」
「此度は、逃亡者では無く侵入者を許すとは・・・」
権左兵平は、今回こそ完璧な管理ができていたと自信は有っただけに、肩を落とした。
「決して、舐めて掛かるなよ。我の天道の淵でさえ遮る程の術を扱う者だ」
「御意・・・では全勢力でそこに向かいましょう」
「いや、そんな事をして、もしその結界に我らを一網打尽にできる効果があったら?対処可能であろう我らだけで行くぞ。勿論・・・確認のため動いては貰うがの・・・」
「しかし、それこそ儂らをつり出す為の罠なのでは?その様な実力者が矴に姿を見られるなど失態を犯しますかの?」
「いや、矴だからこそである。此奴は隠形鬼であろう?そして、此奴の性格・・・邪魔者が居たと判断すれば全力で姿・存在・気配を消すはずだ。そうなれば我であっても見つけ出すのは困難だ」
矴は酒羅丸の言葉にただ頷くのみの反応であった。
「ふむ・・・確かに・・・」
その発言に、権左兵平も納得する。
「ふふふ・・・威波羅め・・・この様な形で我に牙を向けるとは・・・」
事態は、鬼ヶ島史上、最大の事件であるが、酒羅丸はそれでさえ自身の愉悦に浸っていた。すでにどう解決しようか、どう術士と対峙しようかなど頭の中で妄想と戦略を何通りと同時に思考していた。
「酒羅様、また楽しんでおられぬか?」
その姿に、呆れる権左兵平ではあったが、この状態の酒羅丸こそ頼りになるものはなかった。普段はだらしなく、面倒くさがり屋であるが、事の解決を必ず導き出す為の思考・集中力が最大限に引き出される瞬間でもあったのだ。
「そうか?」
酒羅丸はまるで遊戯を楽しむかのような笑顔で返事をし、座り込んでその思考を継続させていた。酒羅丸は凄まじい集中力であった、一瞬で酔いなど覚まし、呼吸をするのも忘れるほどに没頭をしていた。そして、時は一刻(三十分)が過ぎた頃であろうか・・・辺りの鬼達は既に解散しており、そこには権左兵平のみが残っていた。
「さて、行動開始するか・・・その結界内から鬼が出るか蛇が出るか楽しみだのぉ」
「全く・・・鬼の貴方がそれを言いますか?」
権左兵平も笑顔でそれに答える。そして、いざ出陣しようとした時、再び呪璃が空気を読まず声を掛けてきた。
「ねぇ・・・権爺・・・大事な時に悪いんだけど・・・今、私が捕まえてた子持ち人間、居なくなっちゃった・・・」
「なんじゃと!」
侵入者を許した上に、逃亡の疑いまで出てきたとは・・・これ以上の問題は勘弁願いたいところであった。
「・・・どこか、散策でも行ったのでは無いか?」
「そうだと思って、村の人間に聞いたんだけどさぁ・・・皆、そいつのことうっかり忘れてたみたいで、知らぬ間に居なくなっていたって言ってた。腹から出て来るのは十日くらいって聞いてたからさー」
それを聞いて権左兵平は頭を抱え混んでいたが、酒羅丸は笑みを浮かべた。
「ふふふ・・・丁度良い・・・」
このやりとりを聞いて、この様な事態も即座に利用できると判断できる程、今の酒羅丸の思考は頂点に達していた。
「呪璃、天下、苦鳴・・・貴様らはこの場で一時待機しておけ」
そう指示を出し、拈華微笑の術で鬼ヶ島中の鬼達に命令した。
(鬼ヶ島に居る全鬼に通達する・・・退屈を持て余している貴様らに良い遊びがあるぞ。人間が一人逃げ出した・・・鬼ヶ島中を探して、我の元へ連れてこい・・・そうだな・・・一刻すれば、全員捜索を止め、城郭へ集まるのだ。捕まえてきた者には褒美をやろう。その人間に本物の鬼駆けを味あわせてやれ!)
「何故、この様に命令を?」
権左兵平はその命令にやや疑問を呈した。
「ここで、全てを奴らに話し術士や結界を捜索させたらどうなる?」
「殺気立つでしょうな・・・」
「そう。その殺気で、敵に異変を察知させてしまうであろう。遊戯感覚で捜索させれば良いのだ。恐らく・・・その子持ち人間を逃がしたのは、奴らの手引きであろう・・・つくづく・・・人間は甘い・・・我らに逃がした事を知られても問題ない・・・そう思っているのであろう」
権左兵平は、頷き納得しながら聞いている。
「人間一人逃がしても、結界を見破られない自信があるのだ。でなければ、子どもであろうが何だろうが切り捨てるだろう。あの女なら、赤子でも何でも喜んで切り捨てる・・・勿論自分の命でもだ・・・」
妃姫の話を、少し思い出したかのようにする酒羅丸であった。しかし、彼女の異常なまでの執念を少し懐かしくとも思っていた。
「張られた結界は相当高度で簡単には見分けが付かないのだろうな・・・逃げた人間を捜索させる・・という体で、捜索させれば、変な緊張感も発生せず自然に鬼ヶ島を捜索できる。此奴らは、この事実を知ってしまっているからのぉ・・・だからここで待機なのだ。その状態で島を捜索させ、帰ってきた奴らに問いたいことがある。それを聞けば・・・我が結界の場所の特定と打破をしてやろう」
その言葉に権左兵平は大きく安心した。やはり自身が使えてきた酒羅丸は別格であると思わんばかりであった。そして、一刻が過ぎ、鬼達が次々に城郭へ帰還してきた。
「貴様ら・・・ご苦労であったな・・・残念なことに人間を捕らえて帰ってきた者はおらぬ・・・残念ながら褒美は無しだ・・・」
「ちなみに褒美は何だったので?」
何も知らない仞が、残念そうに問いただしてきた。
「ん?そうだな・・・そのままその人間を喰う権利をやろうかと・・・」
その言葉を聞いて鬼達は大きくため息をついて大層残念がっていた。
「あっ!それ私の!」
呪璃が、大きな声を挙げて他の鬼達を威嚇しながら牽制していた。
「まぁ良い。そうであろうと思っていた・・・ここからが、本題だ。貴様ら・・・威波羅の根城周囲には捜索に行ったか?」
酒羅丸の質問に皆顔を見合わせながら呆然としていた。そして、全員が口を揃えて「行こうと思っていたが、忘れていた」という返答であった。その他にも各要所を同じように質問して、忘れられている箇所が五カ所有ったのだ。
酒羅丸は、この広い鬼ヶ島で疑われる箇所をこの短時間で五カ所に絞り込んでしまったのだ。恐らく、その五カ所全てに結界が張られている。このやりとりで酒羅丸は、記憶や意識にも介入してくる強い結界であると結論付けた。鬼達が結界に意識を向けて鬼ヶ島を捜索していれば、威波羅の根城周囲の捜索を忘れていたということも忘れてしまっていただろう。結界ではなく、人間を捜索していた鬼達であったからこそ導き出せた手掛かりであった。酒羅丸の勘は冴え渡っていた。瞬時に結界の特性までを見抜き、鬼達に指示をだした。最善且つ最短の方法で結界攻略の糸口を見つけ出したのであった。
酒羅丸は芭浪、天下六、苦鳴、仞に他四カ所の結界へ向かわせた。そして、出した指示は、何があってもその場所へ行くことを忘れるな・・・であった。本来であれば先程、捜索をしていない呪璃と矴が赴く役回りであるが、この二鬼にはやや荷が重かったため、芭浪と仞が代わりに行くこととなった。
「お頭、敵の結界の特性は記憶や意識を操作する物であろう?「忘れるな」だけでは、効果が無いのでは無いか?」
芭浪が、その最もな疑問に対し質問を入れた。
「その心配は無い。これが結界の外である以上、記憶を完全に消したり意識を完全に遮断させることは不可能だ。ただ、忘れやすい・意識しにくいだけである。ただ、その精度が桁違いであるがな」
「なるほど・・・」
「心配するな。先ずは、我がここで常に命令を出してやる。それであれば大丈夫であろう。そして皆が結界を消失させた後、我と権が威波羅の根城周囲へ行けば良い」
その酒羅丸の言うとおり先ずは、四カ所の攻略から入った。酒羅丸は常時、拈華微笑の術で鬼達に語りかけながら、皆が忘れないように指示を出し続けた。
「到着したぞ」
最初に到着したのは、芭浪であった。
「芭浪、目を凝らせ・・・必ず式札が有るはずだ・・・」
「いや・・・それらしい物は・・・」
「必ずある。擬態しているかも知れぬ・・・辺りを一斉に潰してみても良いぞ」
「承知した」
芭浪は持っている金棒で辺り一面を耕し始めた。そしていくら耕しても、潰れない花がそこにあった。
「お頭、有ったぞ・・・」
「やはりな・・・他の者も到着したら同様に耕せ。不自然さを感じたらそれが式札だ。我も行動開始する。皆同時に破壊する為、芭浪はそのまま待機をしておれ」
「承知した」
もし、酒羅丸が一人で威波羅の根城周囲へ赴いていれば、空間転移も併せ持つ結界であれば、他の結界へ逃げられ、永遠の鼬ごっこであったに違いない。そして、酒羅丸と権左兵平は腰を上げ、城郭から一気に威波羅の根城周囲へ飛んだのであった。
「やはり・・・非常に強い結界であるな・・・我でさえ何故ここに立っているのか忘れてしまいそうになる・・・」
その地に着くなり、強い結界の効果に当てられ、早くもその強力な特性を体感する酒羅丸であった。恐らく、注意を分散、そして転換させ、そこから再び目的へ注意を引き戻す事が困難な付加価値が有るのであろう。何か他のことに一瞬でも気を取られると、即座にそれにしか意識が向けられない・・・そんな気分であった。しかし、今の酒羅丸は耳に触る虫の羽音、一歩踏み出す毎になる足音、風音、獣の鳴き声、そして自身の呼吸さえ忘れ、全身全霊で集中力を一点に研ぎ澄ます事ができていた。
「ですな・・・」
それは、権左兵平も同様であった。今は、酒羅丸の後を唯々付いていくより他なかった。
「しかし、やはりここが正解だな。他四カ所は模造、もしくは移動用であろう」
「おぉ・・・そろそろ結界内に入りますぞ」
「皆の者、その式札を破壊せよ」
その号令で他四カ所の式札は破壊され、結界は消失した。そして、それと同時に、酒羅丸と権左兵平は結界内へ侵入しようとした。その瞬間、何かが結界内から出てきて酒羅丸と権左兵平を突き飛ばした。双方は突然の出来事に何が起きたのか理解できなかったが、その突き飛ばした者の顔を見ると理解した。
そう、そこから飛び出してきた者は威波羅であった。




