24;夜行を終えて・・・
「労働力がたりませぬ!」
その悲痛な叫びは鬼ヶ島中に響き渡りそうな程であった。それは、前回の襲撃を受けた夜行から十日程経過したある日のことであった。他の鬼達は事件など何も無かったかのように、ただ思うがまま行動し、暇を持て余していた。しかし、権左兵平は違った。寝転びながら酒を飲んでいる酒羅丸の顔を上からのぞき込むように、ふてくされながらその悲痛の叫びを訴えていたのだった。
「またそれか・・・」
最近の権左兵平は酒羅丸の顔を見る度に、怨言を垂れるか、先程のように訴えるばかりであった。その言動に大きくため息をつきながらあしらった。
「一大事ですぞ、明らかに人間達が疲弊しています。単純に仕事量が倍になりましたからの・・・」
一見、落ち着いているように思われるが、権左兵平の本領はここからであった。
「儂の身の回りの世話まで手が回らず・・・人間共にやらすのがよいが・・・掃除、洗濯、着物の手入れ、身支度、今は我慢しておる故・・・自身でやってはおるが性に合わぬ・・・それに何故、仕事のできる年配者から喰い殺してしもうたのじゃ・・・来るのは美沙などという、大雑把で気性が荒い小娘・・・何度、儂の工芸品を馬鹿にしたら気が済むのじゃ。労働力は殺されぬと高をくくって、いい気になりおって・・・今度舐めた態度をとったら呪い殺してやろうか・・・全く手際も分かっておらぬし、奴が片付けたであろう後に、何故儂がまた片付けなくてはならぬ?あれでは来ぬ方が良いのでは?何故来ている?儂への嫌がらせか?であれば・・・呪うか?・・・」
権左兵平は酒羅丸に、お構いなしに怨言を垂れているのであった。全く、老爺の癇癪など勘弁して欲しいものであった。権左兵平は酒羅丸以外にも、会う鬼会う鬼に対しこの調子であった。
「あの時、人間達を喰わせるように動いたのは、全て権であろう?我の責任ではなかろう・・・」
「また!屁理屈を!」
酒羅丸はあしらうため適当に受け答えをしていた。しかし、それは火に油を注ぐような発言であり、言った後に後悔をしてしまった。
「そうだな・・・次の夜行は人間・・・最低二十名は連れてこようか」
何とか、権左兵平の心労と癇癪を落ち着かせる為に・・・あとから言い寄られるのも面倒であったため、ここはすんなりと権左兵平の要望を叶える形で手を打った酒羅丸であった。
「いえ!二十五体で!・・・しかし・・・次の夜行は大丈夫なので?」
その発言で、少し落ち着きを取り戻した権左兵平であり、自身の要求も訴えた。そして、次回からの夜行についても言及してきた。
「恐らくな・・・念のため出発時から姿を消していくとするか・・・」
「しかし、この前の騒動・・・酒羅様はどうみます?」
「そうだな・・・まずは、あの男・・・何だ?あの結界・・・」
「徹空徹後ですか?」
「そう。それを使っていた奴・・・奴の顔をみて思い出したわ。顔というか傷であるな・・・あれは我の爪痕だ。記憶を辿れば、妃姫を連れてきたときに我に無謀にも突進してきた阿呆だ。今回の我らの足止め作戦は、妃姫を逃がすための時間稼ぎ・・・であろうな」
「あぁ・・・あの時の奴で?妃姫に対し相当思い入れが無ければ、あの様な無謀はなかろうて・・・」
権左兵平も当時のことを思い出しながら酒羅丸の推理に納得していた。興味の無いことは、直ぐに忘れてしまう酒羅丸であったが、自身の付けた爪痕は忘れる筈は無かったのだ。それに、陰陽師襲撃の折と、妃姫が脱出した折が合致していたという事実から、それ以外に考えられる事実は無かった。不可解な襲撃事件の辻褄もこれで完全に繋がったのだった。
「しかし、肝心の妃姫は鬼ヶ島からの脱出は失敗に終わり、奴らの限界が先に来てしまったのであろう。我が、琥羽琥を置いていったのが計算外であっただろうな・・・琥羽琥は失ったが、奴は良い仕事をしたものだ。あの女も術を封じられたままでは、流石の奴でも相当苦戦したのであろうな・・・深手を負い動けなくなったか・・・」
「しかし、儂の術をどうやって破ったか・・・不思議でならん・・・他の女達の呪いは解かれていなかったからのぉ」
「それは権の呪いが弱かっただけだろう」
酒羅丸は笑いながら答え、権左兵平はそれにやや苛ついた表情を浮かべていた。
「しかし、威波羅は鬼ヶ島から逃げ出すとはのぉ・・・自身の母を殺し、やっと鬼らしくなったと思ったのだが・・・」
「威波羅は本当に妃姫を殺したので?」
「あぁ、威波羅を行かせた後、念のため調べてみたが妃姫はまだ生きておったよ。あれは確実に奴が殺している。威波羅がどう変わったか・・・見てみたかったが・・・まぁ良い・・・鬼ヶ島から出て我の枷から外れ、敵ばかりの世間に出てみるのだ。それが更に奴を強くするだろう・・・そして、次は我の敵となって現れるかのぉ・・・楽しみであるな権!」
「それが、楽しみなのは貴方だけですぞ」
「まぁ、どちらにせよ、鬼ヶ島からの情報は確かに漏れていたからの・・・雉が関係していたのは確かであろう。妃姫が雉を使って仲間を呼び寄せ脱出の機会を伺っていたのは確かであろうな」
「ですな・・・では、それ以前の三つの失敗も奴らの仕業と言うことですか?」
「それなのだ、解せぬのは・・・」
酒羅丸はやや冷静になり、低い声で返した。そう、それは以前でも話していた内容であった。前回の夜行でこの三つの失敗の原因も浮き彫りになってくるであろうと判断していた酒羅丸であったが、逆に更に謎めいた事件となってしまっていたのだ。
「と言いますと?」
「前回の、戦法は見事な物であった。失敗には終わったが緻密に計画が練られ連携で生れた脱出作戦であったのだろう。しかし、過去三つの失敗はそれが感じられぬ。素人感がしてならぬのだ」
「それでは、その二つは全く別の目的と首謀者が?」
「かもしれぬが・・・」
全く答えが出せない酒羅丸であった。今回の件は、折り合いが良すぎる・・・いや悪すぎるのであった。妃姫が脱出作戦を考えていたのであれば、それは突如敢行することで成功率は格段に上がる筈であった。現に、その三度の失敗が原因で琥羽琥を鬼ヶ島に残し、それが原因で作戦が失敗しているからだ。我々も三度失敗すれば、今回のように必ず対応する。そうなれば、妃姫達の作戦に支障が出てくる筈であった。その様な無謀な賭けにでる妃姫である筈が無い。あるいは、決行せざるを得なかった特殊な理由があるか、三度の失敗を含めて妃姫の作戦であるのか・・・全く分からないでいた。
「では、もしそうであれば、次の夜行も失敗する可能性も?」
「いや、大丈夫であろう。その辺りも次の夜行で確認しながら考えるわ」
しかし、何となくではあったが、酒羅丸は前回三度の失敗は妃姫達の介入は無く別物であると決めていた。それはやはり手際の悪さ。妃姫の介入にしては、粗雑過ぎたからだ。であるなら、成功率はそこまで高くも無く、次回更に注意を払えば対応可能と考えていた。
「また、楽観的な・・・根拠はあるので?」
「勘であるよ」
そう説明するのも段々と面倒になってきた為、あしらう酒羅丸であった。
「酒羅様の勘は程頼りになるものは無いですが、今回はやや信用なりませんな・・・」
この重大な出来事に、その投げやりな対応に呆れながらも、やはり全幅の信頼を置いている酒羅丸ならではの考えがあると信じて、権左兵平はその場を後にし、人間達の集落へ移動した。
やはり、人間達の管理者として今の仕事は明らかに過剰努力であり改善させなくてはならなかった。それに対する援助と、自身の要求を伝えずには、いられなかった。集落へ足を運ぶと、巧己が出迎え対応した。
「おぉ、巧己よ・・・もう美沙に儂の根城へ来るなと伝えては貰えぬか?」
「はい。承知しました」
先ずは、自身の要求を早急に言い述べた。
「やはり、古強者が抜けて・・・仕事が回らぬであろう?負担は貴様に来るが、しっかり指導を頼むぞ」
「はい・・・」
その対応から、流石の巧己も疲弊はしていた様子であった。
「恐れながら、権左兵平様・・・よろしいでしょうか?残された皆の者からやや不満の声が・・・」
しかし、巧己はこの事を聞かずにはいられなかった。巧己の目的は、皆を無事に五年後に帰還させることであった。その為に苦痛も励まし合いながら耐え、敵うはずの無い敵に刃向かわぬ様管理し、帰れる希望を保ち続けさせていた。決して希望だけは失わせてはならなかったのだ。
「新たに来るはずであった二十六名・・・来なかったのは伝染病にかかっていたためここに来る前に対応したとおっしゃっていましたが・・・」
勿論、伝染病に掛かっていたなどその場しのぎの嘘であった。権左兵平からしても今回の対処は、そうせざるを得ない最悪な事態であったからだ。本来であれば、五年の期間が過ぎれば、本当に人間を帰還させるのであった。その度に殺してしまっては、捕らえられている者達は絶望しか無く、島に連れ帰っても自殺や逃亡による溺死・結界死など引き起こしてしまい、労働力が無くなり鬼自身が困ってしまうからであった。
何年か後に鬼ヶ島から帰還してきた人間が居る。その様な噂を広めておき維持をしておく必要もあり、もし捕らえられても耐え抜けば生き残れるという希望こそが原動力なのだ。そこを利用しての人間達の奴隷制度であった。
「本当に・・・先に帰った者達は・・・無事に帰り着いたのでしょうか?」
そして、今回のこの巧己の質問は確信を突いてきた。一番人間達に与えてはならないのは、頑張ったところで結局殺される、という感情を与えてはならないのだ。今回はその一歩手前まできていた。
「ん?それはどういう意味じゃ?」
権左兵平はあたかも、何を聞かれているのか分からないといった面持ちで返答をした。
「いえ、無事に帰っているなら良いのです。それが心配で・・・しかし、中には突然帰っても良いと言われるのは不自然だと・・・殺されてしまったのでは無いかという声もあがっています」
「それは、何という事じゃ・・・貴様らには本当にいらぬ心配をかけたの・・・そやつらは、ちゃんと帰したぞ・・・心配するな。儂らは言ったことは必ず守るから安心されよ」
権左兵平は惚けながらも優しい声でそう答えた。そう・・・権左兵平は嘘は言っていなかった。権左兵平は確かに、人間達に鬼ヶ島から帰って良いと促したのであった。しかし、この鬼の群衆を抜ける事ができればの話ではあったが・・・あくまで、酒羅丸と権左兵平以外の鬼達が、勝手にした行動でありそれに対し責任は無い。それが権左兵平の言い分であり、嘘を言っていなかった。
「では、伝染病が流行り増員できないのであれば、連れ戻さなかったのは、何故ですか?」
またも、確信を突いてくる巧己であった。
「連れ戻そうにもな・・・帰って良いと命じたにも関わらず、また戻ってくれは我ら鬼の・・・酒羅様の面目に泥を塗るようなものである。一度言ったからには致し方有るまい」
鬼の尊厳と特質・・・それと酒羅丸の名前。それを出してしまえば、巧己も納得せざるを得なかった。そう・・・嘘では無いからだ。
「では・・・その伝染病の方達はどうされたのですか?」
これは単純に興味からくる質問であった。
「はて?貴様、それに興味あるのか?我らは鬼であるぞ?」
「い・・・いえ!」
それ以降の返答を拒否する巧己であった。権左兵平は巧己を抑えることが、現状の人間達の統率を取るのに必要不可欠な事柄であった。
「巧己・・・今回は心配をかけたが、貴様らが思っているようなことは無いと・・・他の人間達にもそう言ってやってはくれぬか?」
「はい。承知しました」
「しかし・・・玉成の様に逃げたり・・・妃姫のように逆らったりすると・・・どうなるか分かっただろう?我らは約束を守るのだ・・・そこさえ守れば、儂も酒羅様も貴様らに危害は加えんよ・・・分かったの?」
「はい・・・承知しております・・・」
「では、巧己任せたぞ」
そう言い残し権左兵平は集落を後にした。そして、何とか次の夜行で人数を増やし、肉体的に負担を減らしてやれば、この騒動も落ち着いてくるだろう・・・そう考える権左兵平であった。