21;決別
私は、鬼殲滅十一体という功績を称えられた。違う・・・私は規律違反者だ。隊を崩さなければ篤麻呂も時世も死ぬことは無かった筈だ。あの二人は私が殺したようなものだ。
母が最後に残した言葉・・・心からそう思う。普通では無い奴らを殲滅するには、もはや普通であってはならないのだ。如何に鬼才などという言葉で持て囃されても、鬼の様な実力があっても・・・心が普通の人間では到底叶わない。麻美の言葉の通りだった。心を鬼にして・・・自身を鬼と化して何事にも動じない強い心を持たなくてはならなかった。
そして、十五歳となり一人前の陰陽師としての幕が開けた。本来であれば・・・晴れ晴れとした舞台なのであるが・・・私は、闇を纏い死の淵へ引きずられるように父の部隊へと入団を決めたのだった。今、その部隊長は当時、次席であった三善是一が隊長代理として纏めてくれていた。そして、父の部隊入団は当然沙姫から反対される。
「何も妃姫が全てを背負う必要は無い!」
「何でそんなに死に急ぐの?」
「私と同じ隊へ行くんじゃ無かったの?」
黙っている私に対し、沙姫は続けざまに言葉をぶつけてくる。
「もう・・・沙姫を待てない」
そう、沙姫が陰陽師となるまであと五年あるのだ。それに沙姫と同じ隊なんて考えられない。
「どういう意味よ!」
「沙姫と同じ部隊で働くなんて考えられない」
そう・・・私は呪われている。死神のように・・・私と同じ所に居ては駄目なのだ。私は、側に居た大切な人、皆命を落としている。だから・・・駄目なんだ
「私が弱すぎるから?妃姫はいつもそう!私を弱者にして」
いっその事、沙姫から嫌われてしまった方が楽であった。本心は語らず、しかし沙姫には突き刺さる言葉を送り続けた。
「そう。貴女は弱い。いつまで待っても私の隣には来てくれない。だから、私は先に行き続ける」
「私が、居なければ追憶の域も完成しないでしょう!」
「いや、あれから私は独自で研鑽を重ね、私一人でも実践で使用できるほどになった」
「そう!それなら私はもう必要ないってことね!」
「私、一人でもやっていける」
そう発すると沙姫は、言葉を掛けて来ることは無かった。十五歳という年齢も関係しているが、今まで沙姫が感じていた双子であるにも関わらず実力が伴わない、自分に対する劣弱意識による・・・溜めに溜めた心労がここで一気に破裂した。関係が修復できないまでに・・・沙姫の姿を見たのはそれが最後であった。
これで良かったのだ。これで、私にはもう・・特別な人は居なくなった。風の噂で、沙姫は修習生を自主退学し結婚。滋岳家分家として新たな生活を始めたのだった。私は一人になった。怖い物など何も無くなった。これで、父の部隊で何も考えず・・・鬼を唯殲滅する事のみであった。
主に陰陽頭からの依頼で鬼出没の情報を元に任務地へ移動した。私は新人であったが最前線でとにかく任務を熟していった。その内容有無を問わず、傀儡のように何も思わず、動じず、感じずに。そして成績を伸ばしていった。
時には国からの指令で、その部隊の特性上人間の暗殺も依頼されることもあった。国への敵対勢力や霊力を駆使する犯罪者等・・・正義の名の下に遂行した。何も考えず、ただ殺していった。鬼も人間も同様に。心を鬼にして、言われた通りにただ殺していった。何を犠牲にしても・・・
もう、私は鬼より人を殺しているのではないかと思うこともあった。私自身いつの間にか鬼に変貌しているのではないかと、何度も鏡を見て自分の姿を確認したこともある。しかし・・・ふと、私が居なければと思うこともあった。悪人とは言えそれにも家族が居るだろう・・・私が居なければ、その家族は悲しまずにすんだ。私が居なければ、両親は死ななかったのではないか、篤麻呂も時世も死ななかったのでは無いか。麻美も、私と出会わなければもっと早く悪霊に気付き祓うことは出来たのでは無いか・・・
そう、私だ・・・死ぬべきは私だったのだ・・・私さえ居なければもっと周りの人は幸せになれる。私と深く関わることで、命を落とすのだ。しかし、ただ自殺するのも命が勿体ない。一匹でも多く・・・鬼を殺して、自爆でも良い・・・私により多く引きつけて自爆でもしてやろう。最後にこの私の命、少しでも役に立たせてから死のう。憎き鬼を一匹でも道連れに・・・
覚悟を決めてからの私は、更に技の練度・切れが格段に向上した。私自身自覚はしていなかったが、以前私が予想していた、来るべき技の全盛が七年も早くにその域に到達してしまっていた。一体誰が予想したであろうか。正に、鬼才と呼ばれるだけあった。全盛の期間をこれ程延ばしてくるとは・・・誰しもが驚いていた。私の死の覚悟とは裏腹に私の実力がそれを許してはくれなかったのだ。
そして、唯々積み重なる功績・評価・期待・・・私は死を望んでいただけなのに、評価ばかり上がっていくのが不思議であった。遂に、十八歳にしてこの部隊の隊長に任命。同時に、父と同じ従七位まで昇り詰めてしまったのだ。そして、その年には私の同年代が陰陽師見習いとして派遣されるのであった。私が教官となり同年代の指導をする立場になった。
以前予想したとおり、私が隊長になったことで、部隊の致死率は大幅に減少。隊の精度も密度も以前とは比較にならないほどに向上した。私が常に最前線に立ち特攻。同時に隊の指揮をしながら式神同時展開で近接を任せ、その後方で詠唱し術を発動・・・殲滅・・・撃破・・・任務遂行・・・勝利・・・どうして、死ねない?わざわざ致死率が高い特攻を仕掛けているのに何故、死なせてくれない?私は、常にそんな思いで任務に就いていた。自殺紛いの戦法であったが、後にそれが陰陽師最強の布陣として礎となるとは思いもしなかった。
「やはり、隊長の作戦は素晴らしいです」
以前、隊長代理を行っていた三善が任務後に声を掛けてくれた。私はこの隊一の古株で実力者の彼を差し置いて隊長に就くことは正直気が乗らなかった。しかし、私を隊長に推薦したのも、この三善自身であり、滋岳家に仕えてこそ自分の人生と言って頂いたのだった。
「止してください。三善様・・・皆さんの援護があってこそ。私はむやみな特攻しかしておりません」
「ご謙遜を・・・しかし、それこそです。あなたが最前線に立つことで、ここまで戦況が優位になるとは・・・そしてそれは全て、皆を死なせないため。そして、私達は貴女を死なせない為にいます。それを忘れないでくださいね」
「はい・・・」
三善はいつもこうやって私の心を洗ってくれた。いつ壊れてもおかしくない私の精神的な支柱となっている存在であった。一回り以上年下の小娘を立ててくれ支えてくれる。私が、生きながらえているのもこの人のお陰であった。
「そうそう・・・こんな噂話を聞きましたよ?」
「何でしょう?」
「何でも、鬼ヶ島潜入に成功した陰陽師がいるとか・・・」
「え?あの鬼ヶ島へですか?どうやって?」
私は驚いたが、少し悔しかった。それは私が、何が何でも達成したい悲願であり、その情報を何より得たかった。
「それが・・・詳しい理由は分かりません。もしそれが本当なら、上はこの好機を逃す事はしないでしょう。情報が纏まり次第・・・動くに違いありません」
「そうですか」
私は、ため息をつき残念な面持ちで答えた。
「我々で悲願を叶えましょう」
「はい」
これで、また死ねなくなった。鬼ヶ島潜入は可能である事を知った。そうと分かれば私の死に場所は決まった。それまでは何が何でも死ぬことは許されない。堅くそう近い帰路へついた。そして、誰も居ない自宅へ差し掛かった時、誰かに呼び止められた。
「おい・・・妃姫、ちょっと良いかの?」
突如後ろから、馴れ馴れしく声を掛けてきたのが、私が担当している研修生であり、幼馴染の日下部清貞だった。
「全く、貴方は・・・それが上官に対する口の利き方ですか?」
私は、ため息をつきながら呆れた物言いで答えた。
「良いでは無いか。皆もおらぬし、昔の馴染みだ」
「全く・・・その緩みが隊全体の士気に関わってくるのです」
「まぁ、硬いこと言うでないぞ。綺麗な顔が台無しであるぞ」
「んな!何と失礼な!」
私は思わず頬を赤く照らしてしまった。
「ふふ・・・やっぱり焦ると昔のままだな」
その姿を見るなり、昔のように茶化す清貞であった。
「もう・・・貴方と居ると調子が狂うわ・・・どうして、貴方がこの隊に来たのよ。しかも、私が上官の時に・・・」
「ん?聞いてないか?私が所望したのだよ。妃姫が上官であるときに・・・そうすれば、誰よりもお前の近くに居れる」
「全く・・・私がやりにくいったら無いわ。そして!また、調子の良いことを・・・どうせ色んな女の子にそうやって言っているのでしょう?」
「私は昔から妃姫一筋であるぞ。私は忘れてはおらぬからな。四つのとき結婚の約束をしたであろう。あの幼気な男の心を奪った責任は取って貰うぞ」
「また、そんな子どもの時の話を・・・覚えてないわよ」
「んな!・・・私の幼気な心を弄んで・・・」
「そして?何の用なの?」
私は、あしらうように返答をした。
「そう!ついに、最強の防御壁を考案したのだ・・・あの約束・・・覚えているか?」
清貞は待っていましたと言わんばかりだった。
「はいはい。私より凄い術を考案したら結婚してあげるわ」
「お前の、追憶の域より遙かに素晴らしい結界術、徹空徹護を!」
「へぇ・・・どんな術なの?」
「どんな攻撃・術も封じる最強の盾だ」
「へぇ・・・凄いわね・・・見せてみなさい」
そう言うと、清貞は真剣な面持ちとなり、詠唱を唱えだした。
「徹頭徹尾の盾、北南の虎、東西の馬、それを囲む月を掘れ・・・徹空徹護」
詠唱を唱えた後、私を取り囲むように結界が張られた。清貞は結界の外で術を張り続けていた。
「なるほど・・・これは確かにやっかいね・・・」
「そうであろう?どれ、妃姫の最強の攻撃でこの結界を破ってみても良いぞ」
「そう?なら遠慮無く・・・」
思想式神と悪業罰示式神の併用による二対での一点攻撃を展開した。数々の苦境を打破してきた私の専売特許であった。しかし、清貞の結界には傷一つ付けることができなかったのだ。
「ははは!どうであろう?私の結界術は!妃姫の追憶の域より遙かに凄いであろう」
清貞は鼻高々に声を高めていた。
「確かに・・・凄いけど・・・問題外」
しかし、私は彼の後ろから耳元に声を掛けた。
「え?」
思わぬ方向からの声に、清貞は虚を衝かれ、情けない声を出していた。
「貴方が詠唱している間に擬人式神に私に擬態させ入れ替わっていたわ。それに式札を持たせておいたわ。私も初めて試みたけど、結構上手くいったわね。ありがとう。そして確かに、防御力は凄いけど、貴方、こうやって外側から攻撃されること考えてなかったの?相手が複数だと効果無いわよ?そもそも、敵がこの結界が張られるまで待ってくれているの?それに術を使用し続けるのも短時間が限界でしょう?それに効果範囲も狭すぎる!」
「・・・」
清貞は何も言い返すことができなかった。その理由は、人並み外れた・・・正に鬼才の如くの才能を見せつけられたからだ。清貞曰く、初見の徹空徹護を、詠唱の段階で術の属性を見切り、その対処も持ち合わせていなかったが、自身の引き出しを一瞬で判断し、試した事の無い技の応用で切り抜け、且つ、自分が気付かない内にその所作を全てやってのけたことだった。陰陽師としての格の違いを見せつけられたのだった。あと、単純に説教が惨めであった・・・
「修行のやり直し!私に勝つなんて叶わないから違う子を探した方が良いわよ」
「・・・必ず!妃姫を超える術士になって、奪いに行くからな」
「そう。まぁ修行に励みなさい」
私は、笑顔で答えた。そして、そこで清貞と別れ帰路についた。
「それに・・・私は、結婚なんかしないわ」
清貞には聞こえないように小声で自分に言い聞かすように言った。正直、清貞の気持ちは嬉しかった。女として・・・。十七になった頃から縁談の話も多く聞かれるようになった。容姿も褒め貰うことも多かったが、多くの男性からの求愛も悉く断ってきた。私が・・・こんな私が呪われた存在で無ければ、清貞の申し入れを喜んで受けたであろう。私には、もう特別な人は居てはいけないのだ。




