20;代償
そして、ついに突入の指令が下った。先ずは陽動の小隊から一斉突入し戦闘となった。私は、篤麻呂と運良く時世と同じ隊になった。正直、時世が同じ隊に居てくれて連携も取りやすく安心できた。他二名も経験豊富な陰陽師であり、急造の小隊であったが、直ぐに慣れることができた。陽動作戦は周りの鬼達を牽制しつつ私たちまで引き寄せながら足止め、隙をみつけ可能であれば討伐。決して鬼の間合いに入らず、遠すぎず・・・それを繰り返し行っていた。酒羅丸以外の鬼であっても決して油断はしてはならない。確実に一体ずつ、無理をせず陰陽師の間合いで削いでいく。そして、この任務の成功は、酒羅丸の討伐。それさえ叶えば良いのだ。そう、父達の特級主力部隊へ繋げる為に。
私は意外に冷静で陽動作戦に徹していた。如何に残った村人が助けを乞おうと、心を鬼にして任務に徹した。しかし、その心に一瞬綻びが入った。女の子が襲われていたのだ。年齢は七~八歳程。鬼達に弄ばれるかのように・・・追い回され助けを求めていたのだ。その姿を見た瞬間。私は隊から外れた。そう・・・その女の子と麻美が重なって見えたのだ。思考はしていなかった。体が勝手に反応したような感じだった。
「私、一人で行きます!」
思考もない、このあり得ない私の身勝手な行動から咄嗟に叫んだ。自分一人で対処する他なかった。そして、防御術式から攻撃術式に切り替え近接戦闘の態勢。私はその女の子に纏わり付く鬼二体を、悪業罰示式神で一瞬のうちに消し飛ばした。そう。成功はしたが、明らかな規律違反であった。
しかし、私が動いたと同時に時世も動いていた。正に阿吽の呼吸と言わんばかりで、私が攻撃態勢を取った直後に女の子に被害が及ばないよう保護していたのだ。私が全力で攻撃に転じる事ができたのは時世のお陰であった。そして、篤麻呂は私の背後に回り追撃を阻止。援護に動いてくれていた。他二名は戦線から離脱せず連携しながら陽動の継続を実施していた。
一気に仲間を二体失った鬼達は、それを見て標的を私に変えた。一瞬で八体の鬼に囲まれたのであった。これを二名で対応しなくてはならないかと思うと少々手こずるが、篤麻呂との連携であれば乗り越えられる気がしていた。
しかし、そう悠長なことも言っていられない。なぜ、この任務が小隊で組まれているかというと、単独行動は、標的になりやすく危険度が非常に高かったからだ。今正に単独で女の子を戦線から離脱させようと動いている時世は格好の餌食であった。そして、時世は後ろから鬼に引き裂かれてしまったのだ。それでも時世単体であるならば・・・後ろからの攻撃も対処はできたであろう。しかし、その女の子を庇うかのように、無残にも殺されてしまったのだった。
それを見て私は正気が保てないでいた。つまりは暴走であった・・・怒りのみの感情でその鬼に特攻。八体の鬼の包囲からは強行で逃れ、且つ私に引きつけつつ、時世を殺した鬼を後ろから殲滅した。
「あなたは、そのまま逃げなさい!」
時世が命を掛けて守ったその子は死なすわけにはいかなかった。その先は鬼の気配が無い・・・それを確認次第その子にはそう叫ぶ他無かった。そう、私を追ってきている筈であろう鬼を、何とか食い止める必要があったのだ。背後には、先程まで私達を包囲していた鬼が追尾してきている筈なので直ぐに態勢を整えた。
しかし、包囲している八体の鬼達は私の事など目もくれず、一斉に篤麻呂に襲いかかっていた。いや、そうではない・・・篤麻呂が私に引きつられて襲ってきた鬼を、その身をもって食い止めていたのだ。それでも尚、篤麻呂は応戦していたが、鬼の捨て身紛いの同時攻撃に致命傷を負わされていた。私は頭がおかしくなりそうであった。次々と目の前で私の大切な人が、命を落とす。全て私のせいで・・・私のせいで・・・私なんか居なければ・・・感情が高まり思想式神と悪業罰示式神と擬人式神を三体同時召喚していた。そしてそれを纏うかの如く突進していった。
無意識の産物とは怖いものだった。私達を取り囲んでいた鬼達は、決して弱い鬼では無かった。しかし、一瞬のうちに八体全てを殲滅させていたのだった。こんな状況になり、自身の奥義となり得る技を習得させてしまったのだ。私は急いで篤麻呂に応急処置をした。時世は既に事切れていた・・・横たわる篤麻呂に私は何度も謝りながらその止まらない血を止血していた。
「決して・・・自分を恨むな」
私は泣きながら何度も何度も謝った。自分を責め続けた。
「お前の今の行動は・・・人として間違っていない・・・一番、大事なことだ・・・」
私は泣きながら最後の言葉にただ頷く事しかできなかった。
「お前には、守るものがあるはずだ」
篤麻呂は腰の得物を外し私に向かって差し出した。
「これをお前に授ける。私の思い受け取ってくれるな」
「はい・・・」
「お前との一時も悪くは無かったぞ・・・」
私は、篤麻呂から形見を受け取った。それは先程、私が欲しいとせがんだ物であった。その言葉を残して篤麻呂は笑顔で息を引き取った。
「美味そうな臭いがするな・・・」
悲しむ余裕は無かった。突如背後から不気味な声がする。私は、咄嗟に振り返るが、そこには何も居なかった。そして、再び背後から殺気を感じ、紙一重で回避した。酒羅丸が後方から私に噛みついてきたのだ。涎を垂らしながら馳走を目の前にしているかのようなだらしない表情を浮かべていた。
「避けるな・・・喰いそびれたではないか。活きのいい女は嫌いでは無いぞ・・・ん?まだ餓鬼では無いか・・・」
「え?」
私は情けない声を挙げた。それもそのはず、何故ここに酒羅丸が居るのだ?陰陽師が誇る最強の集団と対峙しているのでは無いのか?まさか、あの集団がこんな短時間で負けたというのか?負けた?父が殺されたのか?良くないことが頭をよぎった。
「ほう・・・貴様やるではないか・・・餓鬼のくせして一瞬で此奴らを八鬼も討ち取ったか・・・どれ、我が相手をしてやろうか?」
私は・・・私達は完全にこの鬼の力を見誤っていた。次元が違いすぎる・・・歯が立たない・・・私は生まれて初めて恐怖で震えた。
「妃姫!下がれ!」
聞き覚えのある声がした。父の声であった。私は安心した・・・しかし、その父も満身創痍であった。
「なんだ貴様・・・もう起きたのか・・・あとでしっかり喰ってやるからそのまま寝ててもよかったが・・・美味そうな臭いがしたものでな、気になって来てみたのだよ」
「妃姫には指一本触れさせん」
父も最後の力であっただろう、ここで父の最強の式神・・・神霊不動明王が召喚された。その禍々しい霊気に酒羅丸の表情から笑いは消え、一歩下がり戦闘態勢を整えた。
「まだまだ・・・楽しめそうだ・・・」
酒羅丸は強敵の出現に心沸き、思わず笑みを溢した。そしてその瞬間に、父の咆哮と共に式神が酒羅丸に襲いかかった。不動明王は酒羅丸を圧倒した。酒羅丸も何とか防戦一方であるが応戦している。正に異次元の闘いがそこにあった。私は、一人そこに取り残されていた。徐々にではあるが不動明王が酒羅丸の体を削っていく。
「なんだ、貴様!この様な力があるなら何故先程使わぬのだ!」
「・・・」
父は何も言わず術を続けている。そう。使わなかったのでは無い・・・使えなかったのだ。その力は余りに強大で、味方の式神をも打ち消してしまい、連携をするには向いていないからだ。その場合は、思業式神を数体同時召喚し連携に徹していたのであろう。それでも、恐ろしく強いのだが・・・それに、大き過ぎる力故に、術者の負担は相当大きく、下手をすれば命も失いかねない諸刃の剣であった。
私も加勢したかった。しかし、あまりの実力違いに、ただ見ることしかできなかった。いや、むしろ手を出しては逆に父の邪魔をしてしまう。その闘いを目で追うのが精一杯であった。私は自分の力のなさを恨んだ。私は足手まといでしか無かった。
父の猛攻は続き、酒羅丸の体を削ぎ続けている。しかし、その瞬間は一瞬であった。
「貴様が、全快なら・・・あるいは、もう少し我を削れただろう・・・」
ため息を吐きながらその様な声が聞こえた時には、酒羅丸の右腕は父の体を貫いていた。あまりの動きの速さに一切目で追えなかった。酒羅丸の消滅より先に、父の術の限界と反動が先に襲い不動明王は消滅していたのだ。また、目の前で大切な人が殺された・・・
「妃姫・・・に、逃げろ・・・」
父は最後の力を振り絞り私に声をかけた。しかし、私は絶望感と敗北感に打ちひしがれ、その場で力なく塞ぎ込んで動けなかった。酒羅丸は体を再生しながら一歩ずつ私に近づいてくる。私は、悟った・・・自分の人生はここまでであると。短い人生であった・・・ここで大好きな人達と共に死ねるのならそれはそれで良い・・・そう感じていた。酒羅丸が目の前まで来た瞬間、母が私に駆け寄り防御結界を展開した。
「撤退!撤退せよ!私が一時的に鬼の動きを止めている!僅かな時間しか持たない!至急!撤退せよ!」
撤退命令であった。父が敗れたことにより作戦は失敗。勝算が無くなり撤退を余儀なくされた。それも・・・母の足止めと引き換えに。
「なんだ?これは・・・」
酒羅丸含めその周囲にいた鬼達全てを結界の中に封じ込め出てこられなくしていた。酒羅丸は結界に攻撃するも結界は微動だにしない。
「妃姫・・・逃げなさい」
「嫌だ!お父様もここで・・・私も一緒に!」
「駄目!貴女にはまだ、沙姫がいる。一緒に滋岳家を貴女達で守りなさい」
「嫌だ!」
「三善!早く!」
母は血相を変えて叫んだ。その瞬間私は、突如体から力を失った。恐らく術をかけられたのだろう・・・体が言うことを利かなかった・・・誰かに担がれその場を離れていく・・・母は一人で鬼達を足止めしている。そして鬼達も結界の中から次々と母に近づいてきている。結界が消えるのを今か今かと待たんばかりに・・・
「普通の心じゃあいつらには勝てない。普通を捨てなさい」
母は心の中で話しかけてきた。厳しい表情で陰陽師として最後の言葉を私に残してくれた。
「そして、私達はいつでも貴女達のことを思っているわ。愛してる」
そして、最後は母親として最後の言葉を贈ってくれた。薄れゆく意識の中で、両親の死に際と最後の言葉が鮮明に残っていた。
「最後に何か言い残すことは無いか?」
酒羅丸が母にそう問いかける。もう結界は解かれ母は鬼達に囲まれ力なく項垂れている。
「いつか必ず・・・私に変わって・・・貴様らを討ち滅ぼす」
「そうか・・・それは楽しみであるな」
酒羅丸は嘲笑いながらそう返した。そして、その笑みが一瞬で冷徹な表情に変わった。
「芭浪、やれ・・・」
生き残った者は無事、撤退することができた。母の命と引き換えに・・・此度の任務での陰陽師の死者十八名・・・鬼討伐十九体。鬼の討伐数だけ見れば相当な功績であるが、その代償はあまりに大きかった。