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未到の懲悪  作者: 弥万記
三章 滋岳 妃姫
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18;陰陽師として

 卒業後は二年間の実践と見習い期間となる。十三歳とは言え陰陽寮の一員となったからには、もう甘えは許されなかった。今後の配属先は陰陽寮から直々に通達がある。そして、刀祢篤麻呂(とねあつまろ)という陰陽師の見習いとして共に任務の遂行をこなすこととなった。篤麻呂は、鬼専門の陰陽師では無く、魑魅魍魎全般を祓う任務に就いていた。鬼に固執していた私にとっては見識を広める意味では勉強になった。そして、戦法も私とは全く逆であり、主に接近戦や体術を好む戦闘態勢で、私には無い術士で非常に刺激になった。


 篤麻呂は、口数は少なく取っ付きにくい性格ではあったが、非常に優しく面倒見が良い上官であった。十三歳という実力ばかり先をいく右も左も分からない子どもを社会に赴く一人として導いてくれた。私の道が踏み外れないよう、父親・・・いや、兄のように暖かく見守っていてくれた。


 そして、戦法がお互い真逆な分、相性は良く連携が非常に取りやすかった様に感じた。恐らく実力的に、私達は拮抗していたが、私を上手く操作・誘導し力が発揮できるように常に態勢を整えて貰っていた。私は強さとは力だけでは無い事を知った。若輩であるが故、私自身はその様な振る舞いはできなかったため、存分に力を発揮することでその恩義に報いる事とした。近接の篤麻呂、遠隔の妃姫という二人の組が躍進を遂げていると、その通り名は陰陽寮に大きく知れ渡ったのだ。


 そう世間から認知されだしたのは、見習いを初めて半年を経過した、後に称される藤原交易事件を解決させた任務であった。その事件は奇怪であり、妖達が人間の流通の源の村を狙ったかのように襲いだした事件であった。事の発端は天狗達から襲われていると一報があり私達が派遣された。しかし、それは天狗でも、下位の部類で私一人でも十分に対処でき、取るに足らない妖怪事件であると処理される事となった。


 しかし、それに対し疑問を感じた篤麻呂が、暫くこのまま村に留まり様子を見ようと言い出したのであった。私は、その意図が理解できなかったが、彼の命令をそのまま聞くこととした。すると、その二日後、今度は天邪鬼が・・・あるときは河童が、鬼が・・・様々な妖が襲いだしたのだ。


「どういう事なんですか?」

 私は訳の分からない事実に唯困惑した。篤麻呂はそれに感づいている様であった。


「ここは、大きな村では無いが交易や流通の拠点だ・・・」


「そうですが、それと妖達は何も関係ないのでは?」


「そうとは、言い切れぬよ・・・では、妃姫、逆に問おう。お前が、賊としてこの村を襲うとしたら、どう手順する?」

 突然の問いかけに困惑しながらも私は真面目に答えた。


「そうですね・・・重要な村であるなら、先ずはその村の状況・戦力を徹底して把握した上で攻めます」


「その通りだ。であるなら?」


「あの妖共はその・・・下見・・・?」


「だろうな・・・」


「であるなら!上に増援を!私達の戦力はもう完全に把握されています!必ず、それ以上の戦力で押し寄せてくるはずです!」


「それは当然だ・・・私は上に報告している・・・それで増援はあったか?」


「いえ・・・」


「そう、我々陰陽寮も手一杯。下位妖怪がちょっかいを出す程度の任務など我々でこと足りる」


「ですが・・・」


「何より証拠が無い・・・状況証拠に過ぎぬ・・・私達は厄介な任務を担ったものだな」


「ですが・・・それで任務を放棄する訳にはいきません」


「その通りだ。今後も周囲を式神での監視を徹底。怪しい者が居れば直ぐに襲撃だ」


「はい!」

 重なる不安と緊張を強いられる中、その時は、直ぐにやってきた。私の式神が怪しい人物を捕らえ、その瞬間に式神が消し飛ばされたのであった。


「刀祢様!来ました!強い力です・・・でも、これは・・・」


「行くぞ!」

 私達は村を飛び出し、ある程度離れた荒野で戦闘態勢を整えた。村を戦場にするわけにはいかなかった。そして、ゆっくりとその怪しい人物の元へ近づいていった。


「やはりな・・・奴が妖共の頭領だ」


「人・・・ですか?」

 私はある程度予想はしていたが、対峙するのが人間である事に戸惑いをみせていた。


「そう・・・奴は反国家勢力、落ちた術士・・・特級指名手配犯、藤原保孝(ふじわらのやすたか)。盗賊の真似事のような事をやっておるが、盗んだ金品財宝は活動資金の源となり勢力拡大の礎となっている」

 妖怪退治から一気に国家規模の戦闘へと成り代わった。今まで無い経験に私の緊張は糸が張り詰めている。


「妃姫よ・・・奴らは人であって人では無い。人の皮を被った鬼と思え。奴らを野放しにしておけば、多くの人が殺され、無意味に妖の餌食にされ、その恐怖を刻まれる。そしていつか、我々を倒しに来る。そうなっては多くの大切な仲間達も失うこととなる・・・躊躇をするな。反国家勢力は、確実に殺せ」


「御意・・・」

 私は生唾を飲み込み覚悟を決めた。鬼を殺す為に陰陽師になったが、よもや再び人を殺さなくてはならない事態を受け入れるより他なかった。


「藤原保孝と見受ける。貴様の首、ここで落とさせて貰うぞ」


「我の事を知っているとは・・・貴様、陰陽寮の者だな・・・わざわざこんな所へ・・・子どもを連れて殺されに来たのか?」

 藤原保孝はゆっくりと振り返りながらこちらを向いた。その瞬間、篤麻呂が、私の目でも追えぬ居合抜刀術が、藤原保孝の胴と首を切り離していた。


「指名手配犯に選択の余地は無い」

 躊躇の無いその攻撃に私は覚悟のなさを痛感した。そう、やらねば自分たちが殺されていたのだ。いや・・・自分以外の大切な人が殺される可能性だってある。私は今一度、気を引き締めた。


「この程度で・・・我がやられると思うたか?」

 私と篤麻呂はあらぬ方向からの声かけに、一瞬で察知した。まだ・・・死んではいない・・・藤原保孝は、私達の遙か後方に立っていた。討ち取ったと思ったそれはもう消えて無くなっていた。


「天地を隔てて埋め尽くせ・・・我が傀儡よ・・・」

 藤原保孝の・・・その詠唱と共に、私達との開けた空間を、埋め尽くさんばかりの妖が一斉に出現したのであった。


「・・・」

 その絶体絶命の状況に私達は絶句するしか無かった。


「さて、どうする?逃げるか?」


「え?敵前逃亡ですよ?それにさっき確実に殺せとか格好良く言ってたじゃないですか!」


「冗談であるよ」

 篤麻呂は笑って返した。この様な絶望的な状況で良く冗談で笑ってられるものだった。


「ですよね。それに私達が逃げたら村人皆殺されちゃいますからね・・・」


「そう・・・例えどんな状況でも・・・男にはやらなくてはならない時がある」


「私、女ですけどね」

 私も少し笑って返した。絶望的な状態で全身の筋肉が緊張で強ばっていたが少し力が抜けた。篤麻呂は私の様子を見て優しく笑ってくれた。


「さて、問題です。術士は特級の指名手配犯。これ程の妖共を操っておるのだ・・・恐らく実力は私と同等かそれ以上であろう。妖の数は・・・四、五十と言ったところか・・・この状況を打破するためにはどうしたら良いでしょうか?」


「恐らく・・・私達がこれだけ話をしているのにも関わらず、一定の距離を保ち攻め入ってこないのは、意のままに操れるのは数体のみだからでしょう。あとは近づいて来る者を倒せ・・・などの簡単な命令のみでしか動けない傀儡でしょう。そうで無ければあの量はあり得ない」


「正解!それでどうする?」


「奴は確実に・・・遠隔を得意とした遠隔術士。それも相当の使い手。そしてあの傀儡達に命じるのであれば・・・私なら・・・術士である自分を襲ってくる敵を徹底的に排除しろ。そう命じます。よって術士は後回しで周囲を削っていく事が導き出される答えです」


「・・・」


「というのが、恐らく敵が考えている私達の行動でしょう。小隊でも居ない限り消耗戦で勝ち目はありません。一つずつ潰したところでどんどん追加で妖を送り込んでくるでしょうし・・・後ろは村人、国の重要拠点、味方の増援は望めず、私達二人で対処するにはこれしか無いでしょう。術士目掛けて一点突破です」


「やはり、妃姫が私の相棒でよかった」


「ですが・・・やはり頭数が・・・」


「妃姫よ、式神は何体同時に出せる?」


「五体が限界です・・・私は、式神術はそこまで得意では無いです」


「・・・ふむ。では七対五十と言ったところか・・・」

 篤麻呂は私の発言を謙遜と感じたのかやや言葉を詰まらせたが、実際の所、式神の使用は自分の性に合わないと感じていたのだ。


「この、人数差ですと・・・やはり・・・」

 私は、篤麻呂の顔をみて様子を伺いながら、これから起こることを確認した。


「よい。それしか無い。私の命はお前に預けたぞ」

 私はこの作戦を決行するには懸念があったが、篤麻呂はそれを理解して優しく頭に手を置いて答えてくれた。その優しさが暖かく、久々の温もりに感じた。強く結ばれた信頼関係が無ければこの様な決断には至らないだろう。心の底からかき立てられる何かを感じた・・・今の私なら何でもできる・・・絶対、この人を死なせてはならない。そして、意識はしていなかったが、その覚悟と強い決意が、自然と言葉に溢れ出た。


「私が!今ここで!奴以上の遠隔術士になってみせましょう!」


「よく言った!」

 篤麻呂は、その言葉を待っていましたと言わんばかりに、笑顔でそう答えた。直後に私の言葉に鼓舞されたかのように身体強化の術を発動。両手には小太刀を武装し、霊力を研ぎ澄まして戦闘態勢に入った。そして、私はその場にしゃがみ込み目を閉じた。そして、篤麻呂は一人、妖の集団へ特攻をかけていった。


 篤麻呂の特性は一対一の戦闘でこそ、実力を何倍にも発揮でき、対多勢は苦手としている傾向にあった。その為、妖には目もくれず唯々、藤原保孝のみ一点を目掛け突進している。そして私の予想通り、術者本人に攻撃を切り替えた瞬間に、妖達が篤麻呂に襲いかかってきたのだ。最初の妖が篤麻呂に攻撃を仕掛けてきた。完全無防備である篤麻呂は格好の餌食であった。急所目掛け攻撃が炸裂する・・・と同時に私の術がその攻撃を弾いたのだ。妖達の二手三手も同様に防いでいった。地形、風、妖の陣形・動き・特性、藤原保孝の動き全てを把握し、五十手先・・・いや百手先・・・それ以上先を読んでいた。


 妖が動くより先に、術を展開し篤麻呂を完全援護したのだ。拈華微笑の術で常に篤麻呂に指示を出し、私が篤麻呂の命の手綱を握っているのだ。


(暫く、そのまま突き進んでください。私が全て受けます。いや・・・四つ目の左から来る妖は、防ぎきれません。攻撃を!そのまま真っ直ぐに。私の広範囲の術がいきます。三つ数えたら上に飛んでください。三・・・二・・・一・・・飛びすぎです!計算が狂いました。下の三体は倒してください。倒したらそのまま進んでください!申し訳有りませんが進路を塞ぐ敵は倒して下さい。それ以外は無視で!すみません!急所以外の損傷は我慢して下さい!足を止めない!進んで!飛んで!術いきます!だいぶ道は開けました。あっ!奥の敵が強力な妖気反応が・・・相殺します!暫く、私の式神は援護できません!敵は任せました!いけない!四方から強力な反応!式神を媒体にして結界を貼ります!やられたんでやり返します!そのまま結界内で待機!爆裂術式いきます。はい!式札を投げて!召喚します!そのまま、また真っ直ぐに。爆裂術式効いてますね。その正面の奴の五つ後ろ!奴を優先で倒して下さい!違う!その右!回復術かけます。ようやく中間ですね。更に一気にいきます!5秒後に防御術式を!・・・我慢して下さいね!いきます!式神よ、水流の如く、瀑!さすがです!式札投げて!そのまままっすぐ進んでください!だいぶ開けましたね!後ろは3体で抑えます!2体で、最後の道を作ります!何とか持ち堪えて!あっ!また来ます!結界!動かないで!その術が終わったら直ぐに進んで!いきますよー!風塵突破!進路一直線の妖は一掃しました!そのまま藤原まで道は開けています)


 無詠唱術を同時発動、防御結界連続構築、式神五体同時発動後に再発動。一瞬で状況を把握しながら最善の一手を間違うこと無く決め続けた。そして遂に藤原保孝への道を確保した。


 この様な戦法は私自身初めてであった。誰かの背中を預かる・・・命を預かるその重圧に身震いがした。しかし、それは武者震いであると気付いたのはこの闘いが終わってからであった。信頼し合える仲間とはこうも自身の力を何倍にも引き上げてくれる物だと思った。格上の術士に対しそれ以上の技を見せつけているのだ。


 こうなれば、篤麻呂の独壇場であった。私は、妖の追撃を徹底して押さえ込み、一対一の邪魔をさせないようにした。


「我が、遠隔だけとは思わぬ事だ!」

 藤原保孝は防戦一方であったが、確かにそこは実力者であり篤麻呂の猛攻も何とか受け流していた。しかし、藤原保孝の間合いを抜け完全に篤麻呂も間合いであった。距離を取ろうとする藤原保孝にそれを許さない。そして、決着はつき藤原保孝が崩れ落ちた。その隙を見逃さず、篤麻呂は今度こそ確実に首を切り落とした。


「やったか・・・加勢してやるか・・・」

 私は、妖達がが篤麻呂の方へなだれ込まないよう徹底的に押さえ込んでいる最中であった。今度は、術者が死亡したため、妖が殲滅してもまた増えることが無く、少しずつ確実に残りを減らし続けた。篤麻呂の勝利に少し安堵はしたが、私は一切気を抜かず確実に処理し続けた。


 しかし、その時。


「・・・勝利を確信したとき・・・人に隙は生じやすいものだ・・・」

 聞いたことのある不気味な声だった。私の直ぐ背後・・・耳元から聞こえてきた。私は直ぐに察知した・・・藤原保孝は死んではいない・・・


 私の背後から藤原保孝の刃が急所を目掛けて一突きされる直前であった。しかし、それでも私は妖への攻撃を止めず、防御や回避行動を全く取らなかった。私が攻撃を止め防御に徹すると忽ち篤麻呂が妖に囲まれ命の危機に瀕すからであった。命を預かっている以上中途半端な事はできなかったのだ。


 しかし、その私への殺意と刃は、第三者の手によって寸田のところで止められたのだ。攻撃を止めたのは・・・悪行罰示式神・・・烏天狗・・・私の六体目の式神の召喚であった。自身の実力の限界を超えた瞬間でもあった。


「な・・・なんだこれは!」

 藤原保孝からしてみれば、式神が術式も無く突如、出現したのであった。烏天狗が藤原保孝を睨み付けている。


「そう来るのは分かっていました。なので、予め術式を組み込んでいました。私の背後に立つと発動するように・・・お前は刀祢様に敵わない。弱い私に攻撃を切り替えてくると思っていました・・・それにコソコソ遠くから且つ後ろからしか攻撃できない卑怯者ですからね!先読みしなくても分かりました」


「くそ!くそ!」

 藤原保孝は後ずさりながら、強大な式神の霊力に当てられそれ以上動くことができなかった。いや、罠はそれだけでは無かった。まず背後に金縛り暗示の術式を展開し、その上に重ねて式札を設置。この陣形の中に足を踏み入れると自動的に体の自由が奪われ、且つ式神が発動されるよう展開されていた。しかし、その様な大がかりな罠は藤原保孝程の実力者が見落とす筈が無かった。更にその上から結界を展開させ罠の存在を完全に隠滅させたのであった。


「これが私の最速で最強の式神です・・・やれ」

(何なのだ、こいつは!今、式神を五体出して我の傀儡と戦っているのではないのか?あれを操っている最中では無いのか?あそこまでの精度で操りながら・・・更にこんな強力な式神が出せるものなのか?しかも何だこの複合術は!こんな複雑な術式見たことも聞いたことも無いぞ!これを、あの混戦の中、私がここに現れると完全に読まれていたと言うのか!確かに・・・あの男も強かったが・・・この餓鬼が!この餓鬼め!)


「勝利を確信したとき・・・人に隙が・・・なんでしたっけ?私が、無策で背後を空けるとでも思ったのでしょうか?まぁ、この問いは答えては頂けないでしょうが」


 藤原保孝の断末魔と共に、烏天狗が猛攻撃を加え、その首を完全に討ち取ったのであった。その瞬間、辺りを覆っていた妖が一瞬で姿を消したのであった。私達の完全勝利であった。この出来事で私は篤麻呂と深い信頼関係が結ばれたのであった。

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