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未到の懲悪  作者: 弥万記
一章 酒羅丸
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01;夜行

「鬼ヶ島より馳せ参じた次第。今宵の夜行も存分に盛り上がるがよい」


 正月の穏やかな夜・・・新年を祝い、村の外にはまだ多くの人が残っていた。そんな中、突如何者かが、村に現れ咆哮をあげた。村中の人間がその響き渡る声に反応し血相を変えて逃げ出した。しかし、村人は逃げる隙も与えられなかった。周囲の茂みや物陰から、その咆哮に合せて次々と他の者達も飛び出していたのだ。咆哮の主に気を取られている一瞬に・・・何も気配が無いまま・・・村は既に包囲されていたのだ。


 人間達は一瞬で理解した。おそらく咆哮の主は、この集団の長であろう。その合図に合わせて襲撃が準備されていた。そして、その物達は一見、人間のような形をしているが、異形であり、明らかに人間では無い事が確認できた。取り囲まれ、逃げ場を失っているが、どこか逃げ場は無いか辺りを見渡すしかなかった。そのお陰で、嫌でも異形の者が視覚に入る・・・恐怖で目を逸らしたいが、そうは言っていられない。


 その村人のとある若い男は、その現状さえ見渡す余裕が無く、酷く取り乱し腰を抜かしていた。周りの村人が悲鳴を上げながら決死の覚悟で逃げる為の行動をとりだしていた。逃げ惑う村人達も余裕が無く視野が狭くなっていたのだろう。その腰を抜かしているその男と衝突してしまった。その強い衝撃で男は我に返る。逃げなければ命を失うと・・・そして辺りを見渡し咆哮の主の方へ視線を戻すが、それはもうその場所にはいなくなっていた。


 その男は少し安堵した。これだけ統制が取られている集団。登場の仕方を見ても最初に動くのは頭領であるに違いない。最初に殺されるのが自分では無かった・・・逃げる猶予が少しでもあると思った。そして再び視線を、逃げる方向を探すために向き変えた。その瞬間・・・向きを変えた方向に、その頭領と思われる者の悍ましい顔が目の前に迫っており、微笑みながら大きく口を開けていた。


 その咆哮の主の名は、酒羅丸(しゅらまる)。身なりは約六尺(約百八十㌢)、見るからに高貴な布で上品な柄の入った着物を何枚も着重ねていた。柄に柄を重ね、普通の感覚を持ち合わせていれば、決して着合せる事が無いだろう。さらに、着物は開けてだらしなく、薄汚れている。一言で言えば、品が無く尾籠である。


 背中には、高さ四尺(約百二十㌢)、胴回りは五尺(約百五十㌢)はあろうかという瓢箪を担ぎ、腰には刀を一本差していた。瓢箪の中身は酒が並々入っており、それを軽々と持ち運んでいた。辺りは薄暗く、何者か分からないが、不気味さだけは感じ取れる。だが月光がその者の顔を照らせば、汚らしく不気味で品の無い姿からは想像できない程、顔立ちは色艶が良く整っており精悍であった。


 しかし、そんな人間達の感想もその者が行動を起こすと一瞬で覆された。最初に殺された男は逃げる隙さえ与えず、生きたまま頭を喰らいつかれたのだ。何が・・・精悍だ・・・


 その光景は、人間の感覚で言うと地獄絵図であった。大人の男を一掴みにして、持ち上げ引きちぎり喰らっていたのだ。反対の手は、自分の体重の倍以上はあろうかという瓢箪を軽々持ち上げ、人間の肉を肴に酒を飲んでいたのだ。先程の精悍な顔とは打って変わり、酒か唾液か人間の血が混ざった物が口から零れ、だらし無い笑みを浮かべながら次々と村人を襲っていた。


 その光景だけで、その者が人間で無いことは伝わるが、人間を喰らう為に惜しみなく開けた口からは、全てを引き裂かんばかりの牙と、頭には角が二本生えていた。大の大人が赤子のように扱われ、人間に対して無慈悲な強さと残酷さは、その者が「鬼」である事を物語っていた。


 鬼と人間は決して相容れない。双方が敵である認識は一致しているが、鬼は人間に対し「食べ物・家畜・奴隷」という感覚である。力の序列は圧倒的に鬼が勝っている。


 人間も勿論、ただ喰われるだけでは無く反撃するのだが、鬼の体は刀も斧の刃も通さない。もし通ったとしてもその傷は即座に完治してしまうのだ。力だけで無く特殊な術や呪いにも長け、様々な能力を持っている。


 しかし、鬼にも弱点はある。日光が当たらない夜しか活動出来ないのだ。日の下に出ると体が一瞬で灰となり消滅してしまうのであった。また、人間にとっては何気ない物でも鬼にとっては最大の弱点になる道具も存在している。


 更に一部の人間ではあるが、特殊な能力と人並み外れた身体能力を持った人間もおり、鬼を始めとする魑魅魍魎を倒すための集団も存在していた。


 鬼に弱点ありと、人間はその隙を突いてくる訳であるが、酒羅丸に至っては例外であった。彼の身体は普通の鬼とは異なり、例え日の下に出たとしても一瞬で消滅してしまうことは無かったのだ。徐々に体は焼け落ちるが、その間に陽光さえ遮断すれば、体が焼かれるのを阻止できるのであった。しかし、その間、酒羅丸特有の能力も封印され、再生能力も落ち、純粋な肉体のみの強さに頼るしかなかった。そして、日没になると何事も無かったかのように元に戻るのであった。


 陽光を克服できている訳では無いが、消滅まで至らないのだ。陽光に出て消滅を免れる鬼は酒羅丸を除き、他一体のみで他の鬼は全て消滅してしまうのだ。並外れた戦闘力と回復力、呪術まで使いこなす、酒羅丸が誕生して約百五十年間、最強の鬼として頂点に鎮座し続けている。


 普通の人間では何をやっても酒羅丸には到底叶わない。酒羅丸の名は各地に轟き、その名を聞いただけでも震え上がり動けなくなる人間までいる程であった。この夜行に遭遇した人間は喰われるか・連れ去られるかの二択のみ。力なき人間は、鬼に見つかる前に逃げる他無い。


 その為、鬼達は人間達を逃がさない為に、予め体を霊体化し村を取り囲んだ陣形を取っていた。人間からしてみれば突如、四方から鬼が降ってくる事となる。


しかし、鬼達には人間を襲う際の三箇条が存在する。

一、殺したからには喰うこと(無駄な殺生を禁ずる)

二、村を壊滅させないこと。

三、女・子どもはある程度残すこと(趣向の偏りを禁ずる)


それ以外を守れば後は、無秩序に繰り広げられる殺戮となる。


 ただ、鬼達も人間を喰わねば生きてはいけないのだ。鬼達がその気になれば、その地方の人間を喰い尽くしてしまうのは時間の問題であった。食料が底を尽きさせないため、繁殖力を残しておくことも重要であった。また、拠点である鬼ヶ島を中心に、その地方の村や町を数十年周期で回っていくことが、効率が良かったのだ。


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