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未到の懲悪  作者: 弥万記
三章 滋岳 妃姫
19/61

16;初めての任務

 私は、両親の方針で鬼討伐の遠征に同行することとなった。勿論、実践では無く後方支援のみの配属であった。早くから慣れておいたほうが良いとの事で、約二ヶ月の長期間の遠征となった。その間、沙姫ともしばらくの別れであった。後方支援とは、主に衣食住の確保と整理、応急処置等の役割を与えられる。しかし、私は七歳である為、特に役割は与えられず、見学のみであった。普段は勉学と修行の時間であったが、戦闘が起こることも無かったため、特にすることも無く自由な時間であった。私にとっては非常に気楽で楽しい時間であった。ただ、沙姫がいない寂しさは埋めることができなかった。


 今回の遠征の目的は、所謂・・・潜入捜査であった。鬼の出没情報が頻繁に挙がっている村に事前に潜入し、村人として過ごすことで情報収集と、事が起きた時は、前線の仲間がいち早く迎撃に向かうためであった。その為、長期的な作戦が練られ、敵にも怪しまれないように子ども連れで任務を遂行することは、どちらとしても都合が良かったのだった。まがりなりにも普通の家族として日常を過ごすことができたのだった。


 都に比べて何も無く寂れた村ではあったが、村人には活気があって非常に暖かい心地を感じる村であった。身分を隠し庶民として振る舞う私たちであったが、村人は疑うこともせず直ぐに受け入れてくれた。都とは違う・・・いや、滋岳家の日常とはかけ離れた生活と比べたら、時間の経過がいつもより倍以上感じられる、とても穏やかな日常がそこにはあった。とても、鬼が頻回に出没するなど考えられなかった。そして、もうこのまま鬼など出ず、沙姫と普通の子どもとして生活してみたい。そんな事さえ思う程であった。


 そう強く思い出したのは、その村で人生初めての友達ができたからであった。沙姫とは離れる事となり、心底寂しさに打ちひしがれそうになっていた時だった。隣に住む同じ年の麻美(あさみ)が私に声をかけてくれたのが切っ掛けだった。


「何があっても能力を行使するな」

 父親からそう言い聞かされていた。それはつまり、陰陽師の修行はしなくていい・・・そう解釈した。遊び盛りの私にとって願っても無い言葉だった。存分に羽を伸ばして遊んでやろうと心から誓っていた。しかし、何をして良いのか全く分からなかった。一日の流れは、朝昼夕の食事の準備や掃除・洗濯の手伝い(流石に何もしないのは申し訳なかったので多少手伝う事はしていた)、夜に父親含め前線の仲間が、狩りと偽り周囲の捜査に出ているので、その報告と今後の方針や指令を聞く会議が設けられていた。それ以外は基本自由であった。あくまで子どもとしての行動を取るようにと指令が下っていた。


 空き時間何をして良いのか分からず、村を散策したり、玄関先で外を眺めたりといったことで時間を潰していた。妹以外同世代と話したことが無く、声のかけ方も分からない。子どもとしての社会性が欠落していたのだった。退屈な時間を五日も過ごした日のことであった。そんな私の姿をみて痺れを切らしたためか、突然、麻美の方から声を掛けてくれ、手を引っ張って連れ出してくれたのであった。


 あまりに突然の事であったため、一瞬母親は反射で警戒してしまったが、任務である事を即座に察し優しく笑顔で、


「行ってらっしゃい。夕食までには帰ってくるのよ」


 と答えてくれたのであった。今まで見たことが無い母親の笑顔に・・・いや、勿論、笑顔は何度も見たことがある。私が、期待に応える度にいつだって笑顔で褒めてくれる母親であった。しかし、その送り出してくれた時の笑顔は、陰陽師という背景を無くした、極一般家庭の、普通の母親その物であった。勿論、両親のことは、心から尊敬し、そして愛している。しかし、初めて愛しいと感じてしまったのだ。自分には無縁の世界。二度と手に入れることのできない世界。子どもながらに察していた。決して今の生活に嫌気を差している訳では無いが、それでも幼い私にとっては、頭では分かっていても心は追いついてはいなかった。


 母親の愛しい笑顔に見送られながら、為すがまま手を引っ張り連れて行かれている。そして、そのまま麻美が先導する形で、彼女は前を向いたまま突然、私に声をかけてきた。


「私は麻美。あなたは?」


「え?・・・あっ・・・妃姫・・・です」

 突然、話しかけられたので、驚いた。質問の意味を理解するのに少し時間が掛かった。そして同年代の子と話した事が無かったのでつい、敬語で話した。


「妃姫ちゃんね。そんな、硬くならないで。突然で驚かしちゃったかな?」

 私は咄嗟に首を振った。自分から話掛けることができず、内に閉じこもっていたので、多少荒くてもそれを打ち破ってくれて本当に嬉しく安心していた。


「そっか、それなら良かった」

 麻美は初めてこっちを向いて笑顔で答えてくれた。


「あの・・・どこに行くの?」

 私は恐る恐る答えた。どこか分からない所に連れて行かれるのが怖いのでは無く、普段から大人としか会話をしたことが無かったので単純に話し方が分からなかったのだ。探るように、沙姫と話す時を思い出しながら言葉を選んで話しかけた。


「うーん・・・実は余り決めてなくて・・・取りあえず私が村を案内してあげるね」

 麻美も特に何をするか決めて無く突発的な行動だった。この五日間、私が一人で寂しく悶々としているのを察し、今日こそはと決めていたらしい。考えるより先に行動を起こす麻美の真っ直ぐな性格は、私に無い物で心を奪われてしまった。そして、村のいろいろな箇所を手を取り案内をしてくれた。一方的に話しかけてくる麻美についていけなく、対人交流の能力が極端に低かった私は、殆ど心の中で返事をしていた。


「ここが、村長さんの家だよ。普段は優しいんだけど奥さんと喧嘩したときは凄い怖いから気をつけてね」

「へぇ~妃姫ちゃん私と同じ年なんだ。強そうで私よりお姉さんみたい」

「そうかな?」(麻美ちゃんこそ、私より背が高くてお姉さんみたいなのに)

「ここが村の境目、この石が目印だよ」

「分かった」(石?)

「ここが、遊ぶところ」

「うん」(地面ガタガタ・・・)

「・・・ん?これ?・・・え?竹馬だよ?知らないの?」

「うん」(え?こんなのに乗るの?)

「じゃあ、次は石投(いしなご)する?独楽にする?」

「これ・・・」(え?もう?あっ!独楽は沙姫としたことがあるけど・・・)

「あっ!皆、来たから蹴鞠にしよう!」

「え?」(まだ、竹馬に乗れてないよ?)

「皆!この子妃姫ちゃん。私の友達。皆で蹴鞠しよう」

「ど・・・どうも」(こんなに多く・・・緊張する。けど・・・友達・・・)


 常に麻美の進度で、遊びに付いていくのが精一杯であったが、見る物触れる物、全て噂で聞いた物程度の知識であったため目から鱗だった。村は五日間で、ある程度理解はしていたつもりであったが、詳しく人に触れながら回っていくことでこうも、見方が変わってしまう物だと感じた。そして、何より嬉しかったのが、麻美が私のことを友達と呼んでくれた事だった。人生初めての友達。私にとって待望の物だった。


 時間を忘れて村の皆と遊んでいた。同世代の中では負け知らずで、鬼才とも呼ばれる実力で出来ないことなど無かった。しかし、ここで初めて体験する遊びが全く出来ず、ここでは私が一番の劣等生であった。それが、悔しくて何度も何度も試して、皆も丁寧に教えてくれて、竹馬で転んで泥だらけになったときは恥ずかしかったが、皆が笑ってくれ、そんな事はどうでも良くなって、初めて一歩歩けた時は、皆が自分のことの様に喜んでくれた。


 すっかり皆と溶け込むことができ、気付けば辺りも暗くなりかけており、皆も帰る時間となった。私はあからさまに寂しそうな雰囲気を態度で出していた。


「また、明日も遊ぼうね」

 それを察した麻美が、私を抱きしめてくれながら、今日一番の笑顔で答えてくれた。


「ほんとに?」


「うん!約束!」


「うん!・・・けど、本当に良いの?」


「何が?良いに決まってるじゃん。また、明日ね」

 別れ際、最後の挨拶の時、今日感じていた疑問を問おうとしたが、そんな事よりこれ程、明日が待ち遠しい日が来るとは、思ってもみなかった。名残惜しさを噛みしめ麻美とお別れをした後、慌てて帰宅した。遊びに夢中になり夕食等の手伝いを怠っていたからだ。恐る恐る戸を開けると母が座って待っていた。


「お帰りなさい。遅かったじゃない」

 やや心配した面持ちで優しく声を掛けてくれた母であった。


「お母様。遅くなりました。申し訳ありません」

 深く頭を下げて謝ったが、先程の麻美との時間が自分にとって濃すぎた為、丁寧な口調で喋るのがやや懐かしく感じて思わずにやけてしまった。


「いいのよ。先ずは着替えて来なさい」

 母はため息をつきながら、泥だらけになった私の着物を見て着替えを促した。陰陽師の実践稽古であってもここまで汚れることは無いだろう。もうじき父も帰ってくる時であったため、急いで着替えて、母親の横につき父の帰りを一緒に待っていた。


「お帰りなさいませ」

 暫くして父が帰宅。母と一緒に挨拶をした。食事をしながら今日の報告や新たな作戦等を私たちに報告してくれる事が決まりとなっていた。本当は、正式な報告の場なのであるが、腹が減ったから先ずは食事をしたいと言ったのが始まりであった。それに他の仲間達と密な連絡は取ってあると言い張り、徐々に家族団欒の砕けた報告会に形式を無理矢理変えたのであった。


「今日は如何でしたでしょうか?」

 食事をしながら母親が、話をかけた。


「いや、何も収穫は得られぬよ。鬼が居るのは分かっておるのだが・・・私の式神もそれを察知しているが、特定は出来ていない・・・この村には道祖神(どうそしん)が祀られている。故にそれが、微弱な結界を張っているので、村に入り込んでいるということは無いだろう」


 道祖神とは集落の境や中心、村内と村外の境界や道の辻、三叉路などに主に石碑や石像の状態で祀られている神で、村の守り神、子孫繁栄、悪霊や疫病などを防ぐ神とされている。この村では、村の境に祀られており、微弱ではあるが良くない物から守られていた。第一、村人に被害が出ていないのがその証拠である。


 任務が長引きそうだと、ため息をつく母であったが、そう危険な任務で無さそうである為、同時に安心した母であった。


「私たちを欺くことの出来る擬態が可能な強力な鬼か・・・はたまた、弱すぎて察知すら困難な鬼か・・・」

 しかし、まだ油断は禁物であり、母もまだ強い鬼の仕業でもある可能性も視野に入れ、気を引き締めるようにと注意を促した。


「どちらにしても、被害が出る前に必ず殲滅する」

 父の発言に全員一致で頷いた。


「妃姫はどうであった?」

 話の話題は私に切り替わった。特に報告するような活動は何もしていなかったため、単純に友達ができたことを報告し自慢したかった。


「私は、村の子ども達と過ごしておりました」

 父は少し考え、間を空けて返答をした。


「ほう!妃姫。もう友達ができたか。丁度良い。妃姫は村の子ども達の監視を頼むぞ」

 父は私に友達ができたことを素直に喜んでくれた。そして最後の言葉に私は疑問を呈し首を横に傾げた。質問の意味を理解できなかった事を察した父は続けて答えてくれた。


「村の子ども達への危害を防ぐためだ。我々大人が近づいては警戒されてしまうのでな。あの子達を守れるのは妃姫だけだぞ」

 その言葉に、私は大きな使命感を感じた。あの場所を守りたい。友達を守りたい。鬼にあの子達が殺されるなど想像もしたくなかった。その為に自分はこの力を授かったのだと理解した時であった。今まで、使命感で修練をしていたが、初めて自分の意思で力を付けたいと心からそう思った。


「何か、異変があれば直ぐに報告するのだぞ」


「はい。承知致しました」

 次の日、約束通り麻美は家を訪れてくれた。今度は突然では無く丁寧に挨拶をして遊びに連れ出してくれた。麻美が来てくれたことも嬉しかったが、母親のあの「いってらっしゃい」の笑顔を見るのも心なしか楽しみにしていた。


 そして、思い通りの母親の笑顔を貰った後、


「今日は何して遊ぶ?」

 最大級の笑顔で私に問いかけてくれた麻美に、私は、


「今日こそ竹馬で麻美ちゃんに勝つ!」

 と自慢気に返した。何気に負け続けると言うのは初めての経験で単純に、私にも出来ないことがあるのが嬉しかったのだ。出来ないことを出来るように友達と研鑽する。それが今の私にとって最大の楽しみであった。


「妃姫ちゃんも負けず嫌いだな~」

 からかう様に笑いながら返す麻美に対し、私は頬を膨らませるが、それを見て更に大笑いする麻美であった。そんな、何が面白いか分からない事でもお互い笑い合いながら麻美との時を共に過ごしていた。


 麻美は私に何でも教えてくれた。遊びのことは勿論自分のことも。憧れの男の子の話、昔大病を患っていた話、母親とは死別して父親と暮らしている話、村に纏わる行事や怪談話などを聞かせてくれた。私は、妹の沙姫の話や、一般的な知識や学問、歴史や神話などを話した。お互いが、持っていない物を持っており、惹かれ合っていた。一日中話し続け、日が沈むなんて事も多々あった。


 そんな楽しい麻美との時も一ヶ月が過ぎた。思いのほか任務は長丁場となっていた。他の仲間達も別任務があるからと村から徐々に離れていく次第であった。私は、不謹慎ではあるが、このまま任務が長引き麻美との時間をもっと過ごしたいと考えていたので、それはそれで都合が良かった。そして、遂に任務の最大の期限である二ヶ月がそろそろ経とうとしていた。


「やはり、鬼の気配は一向に消えない。村の周囲にある魑魅魍魎の類いは殲滅している。恐らくその鬼に引き連れられるように集まってきた物だろう・・・」

 食事を交えながらの報告会で父親が頭を悩ませながら答えた。まだ任務を継続していたのは、私たち親子と、付き人のみとなっていた。陰陽寮も流石に危険と判断されない任務に人員を割けるほど、人手が多いわけでは無いのだ。


「任務の期限もそろそろ迫ってくる・・・捜査範囲の拡大をする」

 これ以上の任務の遅延も許されない状況であった。先ずは村の内部から徹底的に洗い出し、そして徐々に外へと広げていく作戦へ変更した。その為、明日は父が村の内部から徹底的に捜索することとなった。勿論、他の仲間が村の内部は既に調査済みで問題は認められなかった。しかし、今一度変化は無いか、僅かな痕跡・見落としは無いか徹底する必要があるとのことであった。


 次の日、父は村を散策するとの事であった。しかし、村人からしたら狩人が日中何も無く徘徊しているのは、不自然であろうとのことで、怪我をして狩りが出来なくなったという設定で包帯を大げさに巻いていたのだ。そっちの方がむしろ不自然のように感じた妃姫であったが、何も言わなかった。


 今日も麻美が迎えに来てくれる日だった。そして、約束の昼過ぎになると家まで迎えに来てくれた。


「おお!君が麻美ちゃんか、娘から噂を聞いているよ。大変お世話になっているね」

 訪れた麻美に、父が突然話しかけた。麻美は驚き怯えた様子であった。それは当然だ。見ず知らずの男が目の前に現れて、しかも包帯だらけで怯えない方がどうかしている。その様なお節介な父を退かして麻美の元へと駆け寄る。


「ごめんね、あれお父さんなの。初めて会ったよね」


「いや・・・私も・・・挨拶ちゃんとしなくて・・・」

 麻美は落ち着き無くやや慌てた様子で答えた。


「突然、向かって来たら怖いよね」


「大丈夫だよ・・・」


「今日は何して遊ぶ?」


「・・・」

 麻美は何か考えているのか・・・直ぐに返事は無かった。返事が無いというよりかは心ここにあらずといった感じであった。それほど突然父に会ったのが驚いたのか・・・思った通り怪我の演出は逆効果である事を帰って伝えるべきだと感じた。そう思っていると、麻美がゆっくり答えてくれた。


「・・・今日は、お話がしたいな」


「うん!わかった!なら、私たちの秘密の場所に行こう」

 麻美と私だけの秘密の場所。崖ではあるがそこから海が見渡せ、崖の上は一面花が植えられている。村の端にある静かで景色が綺麗な場所であった。そこで麻美とお喋りをするのが、堪らなく好きな時間であった。その場所に到着し、花と海を呆然と眺めていた二人であったが、麻美が今までの思いを打ち明けるかのように、恐る恐る問いただしてきた。


「妃姫ってさ・・・もしかしてお姫様?」


「え?どうしたの急に?」

 その反応の通り、何を聞かれているか全く理解ができなかった。


「だって、私たちの遊び全く知らなかったし・・・着てる物も綺麗だし・・・」

 確かに、麻美が疑問に思うのも無理は無い。私が逆の立場でも・・・私の家の隣に麻美が突然引っ越してきたらそれは不自然に思うであろう・・・


「もしかして、周りの人達悪い人?」

 質問の意図が良く理解できなかったが、確かに常に目を凝らしながら何か異常は無いか見渡している仲間達を見ると・・・そう勘違いされても不思議では無かった。それに今日の父親の出現が決定打であったのだろう。あんな人相の悪い父が包帯だらけでは勘違いされてもしょうが無い。


「いや、いい人達だよ!」


「そっかぁ。妃姫がお姫様で悪い人達にここに連れてこられたのかと思っちゃった」

 ずっと、その様に心配をされ、勘違いをさせてしまっていた事は正直申し訳なかったと思った。


「けど、妃姫がお姫様なのは本当でしょう?」


「う・・・うん。まぁそんなもんかな」

 初めて嘘をついた。しかも、親友に・・・決して自分の身分を晒す事は許されていなかったからだ。それでも心が痛んだ。その為、これ以上余計な詮索をされ、嘘を重ねてしまう前に、そう偽りこの話をこれで終わりにしてしまいたかった。


「けど何で、こんな村に?」

 しかし、思いとは裏腹にこの内容の質問は続く。


「色々、事情があるの」

 適当にあしらおうとするが、麻美は興味津々で次々に質問してくるので、事実を隠しながら本当の事と気持ちを伝えることとした。


「私、友達が居なくて・・・もう都から抜け出したかったの。だから皆でここに引っ越してきたの。そしたら麻美と友達になれて本当に幸せ」


「うん!私も妃姫と友達になれて良かった」

 今日初めて、麻美が笑顔で話してくれた。


「けど、こんなこと話したのは麻美だけだから、絶対秘密だよ」

 友達が居なかった事実は、少し恥ずかしかったのもあった。それに、秘密を共有し合うことで更に友情が深めあえる気がしていた。


「うん!秘密ね。私たちだけの」

 麻美も喜んで秘密を共有してくれた。そして、考え込むような素振りを見せ、続けて答えてくれた。


「妃姫が、秘密を言ってくれたから私も言うね」

 私は、麻美の秘密も知れるのだと少しわくわくしながら聞いていた。


「前に、病気で死にかけたって言ったよね?」

 私は無言で頷いた。


「私、神様が憑いてるんだ」


「神様・・・?」


「そう、何でも願いを叶えてくれる神様」

 病気の詳しい詳細は聞いていなかったが、村には道祖神もありそれが麻美の疫病から救ってくれたのだと勘違いをした。


「私の病気治れ!って願ったら治って、友達欲しい!って願ったら妃姫が来てくれたの」


「え?麻美も友達いなかったの?けど、村の子達に声かけていたよね?」


「うっ・・・バレてしまった・・・あれは・・・妃姫が側にいたから、強気になっちゃて・・・私病気だったから村の子達ともあまり話したことが無かったんだ。けど、村の皆優しくしてくれたから感謝してるけど、皆私のこと可哀想な子って・・・だから元気に話しかけるっていうのが私の夢だったんだ」


 麻美は恥ずかしそうに照れながら答えていた。そしてそれは意外な事実であった。私と似た境遇・・・本当の意味での心通わせた親友といえる存在がいない者同士であった。お互いが初めての親友となり更に嬉しくなった。


「そりゃ友達居ない同士だから、直ぐ気も合うよね」

 私は、嬉しさを隠しきれず、顔はかなりにやけていた。


「そう!だから妃姫に巡り合わせてくれた神様に感謝しないと。背中に神様の手形があるんだよ」

 麻美はそう言って、着物を開け背中を見せてくれた。何を見せてくれるのだろうと、私は興味津々であった。嬉しさの余り深く考察をしていなかった。今まで自分が培っていた知識の中でその様な神は知り得なかった。そんな単純な疑問さえ思い浮かばず、判断が鈍っていたのだ。麻美との共通点が多いことで幸せの絶頂であった。疑うこと無く、その背中の痕を見せてもらい、私は絶句した。正に、天国から地獄へ突き落とされたような感覚であった。


(違う・・・それは神でも何でも無い・・・悪霊だ・・・)


 麻美は悪霊に取り憑かれていたのだ。このまま放っておけば、徐々に体の自由は奪われ動けなくなり体が腐り、鬼へと変貌するであろう。悪霊に取り憑かれた人間の寿命は長くて半年・・・


 そう、正に麻美に悪霊が取り憑いたのは約半年前の事であった。病で死の淵にいた麻美を救うために、父親は神頼みする他なかった。もう打つ手は無く医師からも今晩が山であると看取りを宣言されていた。


 それでも諦めきれない父親は、道祖神に願った。道祖神は基本的に村の外を向いている。その為、村の境の外に出て、願ってしまったのだ。しかし、何も起こらない現実に・・・次第に、何故自分の娘だけが・・・何故毎日拝んでいるのに一向に良くならないか、疫病を取り除く神では無いのか・・・何故・・・何故・・・何故!・・・その様な、負の感情に鬼の悪霊は容易につけ込む。


「我が貴様の言葉を聞いてやろう」

 父親からしたら神の声であったであろう。しかしそれは、道祖神が打ち払った悪霊達がかけた言葉であった。


「しかし・・・貴様の娘、今日で死ぬでは無いか」


「そこを何とか・・・」


「流石に、死ぬ運命にある者を変えられるほど、我も万能では無いぞ?」


「では・・・あと少し、あと少しだけで・・・あの子は常に友達と遊びたいと言っておりました。その願いだけでも叶えてやりたい」


「では、半年・・・半年であれば生きながらえさせることは可能だが?」


「それで、十分です。僅かな希望を叶えてやりたい」


「では、何を代償とする?」


「・・・代償とは?」


「人、一人の運命を変えるというのだ。都合良くいくまい」


「で・・・では、私の命を!娘無くして私の人生あり得ない。私の命も半年でいい。残りの寿命をお受け取り下さい」


「承知した」

 悪霊は何やら唱えていたが、それを聞きとる事は出来なかった。


「では、貴様の残りの寿命は頂いた。貴様はあと半年の命だ」

 唱え終わると、悪霊は消えていた。そして何やら右手に痣のようなものが残っていた。


「貴様の体に一時的に移る。その右腕で娘に触るが良い。さすれば、娘は忽ち健康な体になるであろう」

 この様な経緯があり、麻美に悪霊が乗り移ったのであった。一時の健康な体と引き換えに。


 私たちの仲間が、気が付かなかったのも無理は無い。霊的な力が未発達な子どもに取り憑いている時点で、一切の気配を察知させること無く一瞬で鬼に変貌させることができるからだ。


 そもそも、これらの対処は呪術師や祈祷師の専売特許であった。しかし、それでも対処出来るのは悪霊に取り憑かれて数日以内・・・しかもこの様に寂れた村へ高額の術士が派遣されるなどあり得なかった。そして、既に手遅れとなった悪霊に対する陰陽師としての処置は一つだけであった。


 放っておけば鬼となり、村人全員を喰い尽くし更に力を付け強力な鬼となる。そうなっては手が付けられなくなり、被害は甚大となる。そして、酒羅丸の一派となればそれこそ手出しも出来にくくなる。その為、手遅れであるならば、せめて人間の内に殺せ。それが、陰陽師である父の教えであった。


 何故、父が私に子ども達にも監視を付けるようにと命じたという疑問・・・何故、ここまで任務が遅延しているかという疑問・・・何故、私が任務に連れてこられたという疑問・・・それが今、全て分かった・・・いや、今ではない。ずっと疑問から目を背けてきたのだ。初めて麻美に会った時から疑問に感じていたこと。最初、私の手を引っ張って連れ出した時の顔・・・切羽詰まり今にも泣き出しそうに助けを乞おうとした顔。この村の重要な道祖神のことをただの石と呼んだこと。何か良くないことが起きているのでは無いかと感じていた。しかし心が読めるわけではないので、その後の麻美の笑顔や対応に見て見ぬ振りをしてしまっていた。そして何故、陰陽師には友達が必要ないか・・・それも今ここで理解した・・・これは後方支援なんかでは無い。私自身の陰陽師として初めての最前線での実践だったのだ。


(今私はどんな顔をしている?ちゃんと笑えてる?悪霊を神様と信じている麻美を不安にさせてないだろうか。いや、不安にさせないとしても私に麻美を殺せる訳がない。このまま見逃す?でも・・・麻美を鬼にしてしまう・・・そんな事は駄目・・・麻美は鬼なんかじゃ無い。生きる希望を抱いている麻美を騙して後ろから?友達を騙して殺すの?なら、許可を得て?なんて言うの?嫌だ!麻美は友達・・・初めての・・・初めての大切な友達・・・嫌だ!死んで欲しくない・・・一緒に大人になるって約束した・・・まだまだ麻美とやりたいこともいっぱいある・・・嫌だ!嫌だ!嫌だ!)


 私は思考が全く纏まっていなかった。そこに麻美が私の顔をみて優しく声を掛けてくれた。


「何・・・泣いてるの?もう・・・そんな泣き虫だったっけ?」

 麻美は笑いながら、私の頭を撫でてくれた。そして強く抱きしめてくれた。


「やっぱり!お姫様なんて嘘。妃姫はこれが、神様の仕業じゃ無いって分かってるね」

 麻美には嘘は直ぐ見破られていた。そして、自分自身の運命も理解していたのだった。麻美にとって寿命の延長は、父親の身勝手な行動であったが、死ぬ前に出来なかった事が出来たこと、妃姫に出会えたこと、猶予の時間を与えられたことは素直に嬉しかった。


「ごめんね・・・麻美・・・ごめんね・・・私、麻美が大好きだよ」

 私は、泣きじゃくりながら強く抱きしめて、か細い声で纏まりの無い感情をやっと言葉にした。陰陽師の子として全く情けない程であった。


「うん。いいよ・・・最後に妃姫に会えて良かった。神様の話は嘘だったけど、最後、友達が欲しいって夢が叶ったのは本当だよ。それが、妃姫で本当に良かった」

 私は、黙って頷くより他なかった。


「私の体のことは、私が一番分かってる。最近、怖い夢ばかり見るの。自分が村の皆を殺しちゃうの。その度に知らないおじさんに殺されるんだ」

 予知夢であろうか。精神が徐々に鬼によって支配されている兆候その物であった。麻美が父の姿をみて酷く怯えたのはその為であろう。自分が今、殺されると思ったに違いない・・・


「だから、妃姫に助けて欲しかった」


「私に・・・そんな力は無いよ・・・」

 この状態になってしまっては誰であっても対処することはできない。鬼才と呼ばれながらも無力な自分を恨んだ。しかし、麻美は目をつむってゆっくり首を横に振った。助けて欲しいというのはそういうことでは無かったのだ。


「本当はね、最初に会ったときそのまま殺してくれって頼むつもりだったんだ。こんな体になって誰が強い人か直ぐ分かるようになって・・・それなら同じ年くらいのあの子が良いって思ったんだ」

 麻美は既に覚悟していた。そしてその覚悟に、私の覚悟のなさが浮き彫りになった。


「妃姫との時間が楽しくて・・・後一日、後一日が続いて今日までなっちゃって・・・だけど、それも今日で最後・・・もう手と足の感覚が殆ど無いんだ」

 それはもう時間が無いことを告げていた。四肢の感覚から奪われて動けなくなり意識を失っていく。正に最後の段階で猶予は残されていなかった。


「最後に友達になれて良かった。このまま一人で死ぬところだった」


「うん・・・」


「本当は友達にこんなことは頼めないけど・・・あなたにしてほしい。知らないおじさんじゃ嫌なの。辛いことお願いしてごめんね」


「うん・・・」

 私は、泣くことしか出来なかった。麻美の言葉に頷くのが精一杯であった。


「妃姫、心を鬼にして・・・あなたは私とこの村を救う正義の味方よ」

 私は泣きながら、詠唱を唱えていた。覚悟を決めている麻美とは正反対に何度も詠唱を止めようとした。しかし、その度に麻美は私の手を強く握ってくれた。麻美の覚悟と意思が伝わってきた。そして、ついに最後の詠唱の詩を唱え終えた。目の前は涙で何も見えなかったが、麻美を蝕んでいた悪霊が消えて無くなった。


「妃姫・・・私もあなたが大好きだよ」

 使った術は鬼を消滅させる為のものでは無く、人間を苦しませず殺す為の術であった。何故この様な術が陰陽師に必要であるか、今やっと理解できた。


「ありがとう」

 最後の微笑みと共に、麻美は息を引き取った。私は、この自らの手で鬼では無く人間を殺してしまったのだ。そして思い知らされたのだ・・・陰陽師に、友達は必要ないと。

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