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未到の懲悪  作者: 弥万記
二章 疑惑
17/61

番外編;仞

「刃射場は・・・俺の憧れだった・・・」


 俺は、人間の死体が腐って生まれた鬼とは違い、鬼と鬼との間に産まれた鬼であった。その為、他の鬼とは違い人間のように成長という過程がある。その成長は鬼によって様々であり、数日で子鬼から鬼としての成長を達する者もいれば数年かかる者もいる。


 俺は、その成長というものが遅く、この体躯になるまで数年かかった。一般的に子鬼は力が弱く、生き抜いていくには苦労を要する。基本的に鬼の親は、人間の様に子を育て守るといった概念は無い。産まれたその瞬間に一鬼で生き抜く力、それが群れであるなら群れの中での順列通りに生き抜いていかなくてはならない。


 その為、子鬼はお荷物とされ、俺のような成長に数年かかるような鬼は真っ先に死んでしまうのが常識であった。では何故、俺がこの体躯まで生き残れたかというと、それはやはり刃射場のお陰なのである。


俺を産んだ両親の鬼は、俺を産むなり放置し好き勝手生きていた。それに対しては普通で何も思ってはいないが、やはり先でも述べたように到底一鬼では生き残れない。生きる術を知らない・・・このまま放置され、陽光に当てられ消滅を待つのみ・・・そんな状態であった。しかし、そんな状態から連れ出してくれたのが、刃射場であった。


 そこにあったのは、同情心や親心、愛情・・・といったものでは無く、一匹狼の刃射場にとってもただ何となくの行動であり、相棒を得たような感覚であったと後に教えて貰った。しかし、それでも俺にとっては、人間の感覚でいう親を得た様な感覚となり、信頼できる家族を得た瞬間でもあった。


 その頃の刃射場は、戦闘能力は勿論であったが、それ以上に冷静な判断力・思考、そしてこんな弱い子鬼の俺も受け入れてくれる暖かい心も持っていた。正に鬼にとって新たな進化をとげた最先端ともいえる鬼であった。鬼の界隈では、西の芭浪、東の刃射場とも謳われているほどであった。


 俺は、そんな刃射場を心から尊敬していた。正に鬼として完璧な存在だった。刃射場が負ける・・・そんな姿は想像できず、何度か芭浪一派とも小競り合いがあったが、たった一鬼でそれを退けてしまうほどの強さがあった。強く優しく、頭も良く・・・自分も刃射場のような鬼になるのがいつしか夢になっていた。


 では、何故・・・あの様に落ちぶれてしまったかと言えば・・・それもまた俺のせいなのである。


 力の無い子鬼・・・それは刃射場にとってもお荷物でしかない。その責任感と温かい心は彼の足枷となる。人間達からみれば、俺達は親子のような関係に見えるだろう。そこにつけ込んだ人間達・・・呪術師の集団が俺を攫い、拘束してしまったのだ。


 呪術師の施設、そこで軟禁されていた。その施設その物を見つけることは容易ではあったが、その敷地内には幾十にも重ねられた結界と呪術。そして、俺はその中心部で、半透明の結界の中に閉じ込められていた。その結界の中は、鬼としての機能を強制的に奪う効果があり、否が応でも抵抗は許されない。その施設は、魑魅魍魎の生体実験を生業とする施設であり、俺の他にも多くの魑魅魍魎が実験の対象として捕らえられていた。


 勿論、刃射場は俺を助けに来る。刃射場が助けに来やすいように痕跡を残しながら、本命である刃射場を捕らえるために、人間達は俺を餌に罠を張る。それでも罠を撃破し、幾人もの人間を葬りながら俺の元までたどり着いたが・・・そこで力尽き刃射場も囚われてしまった。


 人間達にとってこれでやっと実験の対象が揃った。無理矢理、何やら怪しげな術式に掛けようとしていたが・・・勿論、刃射場は自害を覚悟で必死の抵抗をしていた。そこで、人間達は一旦刃射場は諦め、俺に標的を変えてきた。そして、実際刃射場に行う実験を行ってきたのだ。


 四肢は拘束され、陽光のような光に当てられ体は焼けはしないが強い痛みが全身を襲う。それだけで動くことはできず・・・ただ、されるがままであった。そして、遂に恐怖の時間が始まった。人間達は、何やら怪しげな術を唱えると、次の瞬間猛烈な痛みが頭の中を駆け巡った。


 頭の中で蟲が這いつくばい貪る様な、かといえば脳を陽光で炙り続けられている様な・・・再生と破壊を繰り返しながら幾度となくその激痛は続けられた。そんな、死以上の苦痛から、自分は気を失うこともできずにただ、悲鳴を上げ続けるしかなかった。


「やめろ!」


 それを見兼ねた刃射場が、大声をあげた。その瞬間、その地獄のような術は解かれ、激痛から解放された。その瞬間に俺は気を失うが、その気を失うまでの一瞬で、人間達のニヤリと浮かべた不適な笑みを見落とさなかった。


 人間達は条件を出す、俺には実験の手出しはしない。その代わり刃射場が全ての実験を受けること。それが終われば、共に帰してやるという約束であった。勿論、人間達はその様な約束を守る筈は無い。しかし、刃射場はその条件を飲み、自らの体を実験台として差し出したのだ。後から知ることになるが、人間達がどの様な実験をしていたかと言えば、鬼の生態の研究と鬼の弱体化が実現させるためであった。


 打倒、陰陽師・・・呪術師達の非人道的なやり口・・・もうなりふり構ってはいられない。そんな状況であったのだろう。そんな人間達の狂気が、刃射場の体を容赦なく貪るのであった。そこからは、毎日、毎晩・・・刃射場の悲鳴しか・・・聞こえなかった。


 俺は罪悪感しかなかった。俺のせいで、大好きな刃射場が苦しんでいる。俺のせいで命の恩人の刃射場が痛めつけられていく。俺のせいで親である刃射場が・・・弱っていく・・・俺はそれをただ眺めるしかできなかった。自害しようにも、体が動かない・・・それを察してか、刃射場は弱りかけたその状態で、


「もう少しの辛抱だ・・・」

そう笑顔で、答えてくれた。


 その実験は、一年もの間続けられた。流石に半年を経過する頃には痛みに慣れもう何も感じなくなり悲鳴すらあげない実験をするためのだけの体へと変化していた。その頃からであった、刃射場に異変が生じてきたのは。


 その実験のせいで、刃射場の脳機能は大きく劣化し一部前頭葉が機能しなくなっていた。そして、次第に記憶も失い、性格まで変化していた。それはもう、全く別の生き物へとなれ果てていた。その成果に人間達は大きく歓喜していた。遂に、鬼の身体機能の解明と弱体化への根源を導き出したのであった。


 後は、残りの身体機能の解明と弱体化の術式を確立さえしてしまえば、もう俺たちはお役御免であった。そう・・・処分されるのを待つのみであった。自分は刃射場のような人体実験は初回のみで、貴重な子鬼の成長の経過観察・生体分析として生かし続けられていた。しかし、一年経っても俺は、身体にはめぼしい成長を遂げなかった。いや・・・遂げさせなかった。


 刃射場への実験も佳境となり、自分たちの命もあと僅かである今こそが、待ち望んだ千載一遇の好機であった。この俺は一年ただ人間の機嫌を取り、捕まっていたわけではない。一年間、妖力を体の奥底に少しずつ貯め続けていたのであった。そして、人間達が鬼の成長や退化を研究しているのであれば、その理論を知識として蓄え、それを逆に自分の成長へ結びつけるための根拠として蓄積し考察し続けたのであった。鬼の視力を使って人間の資料を拝見し膨大な知識と妖力を貯め続けた。


 人間達は、自分たちの成果に酔いしれている。今まであった緊張感が全く感じられない。かたや力の無い子鬼と力を失い茫然自失となっている刃射場だ・・・それもこの結界があるが故ではあるが、人間達の油断は一目瞭然であった。そして、数日に一度だけ、その結界を解かれる日がある。俺はそれを待ち望んでいた。

 

「餌の時間が好機だ・・・」


 如何に実験に成功し油断していたとはいえ、それが子鬼であるとはいえ・・・この結界を解く瞬間だけは人間達は厳戒態勢を怠ってはいなかった。それでも、まさか・・・俺の様な子鬼があの様な大爆発を引き起こす術を展開するとは、思ってもみなかっただろう。


 そう。俺は、その結界が解かれた瞬間に、一年間ため込んでいた妖力を一気に放出したのだ。そして、人間達の知識で得た術式を展開し自身に放つ・・・そう、退化の反対・・・成長の術式だった。まずは、その膨大な妖力を媒体に自身を全盛期の体躯に急成長させ、その残った妖力と全盛期の妖力を掛け合わせ、捨て身の術、血咲相殺(ちさきそうさい)の術を発動させたのであった。


 この術は、かつての刃射場の得意とする術であった。単純な術ではあるが、その鬼の再生する体の特性を生かした殺傷能力の極めて高い高度な術であった。一匹狼の刃射場は、多頭戦を強いられるため、戦略に戦略を重ねた後に、多くの敵を一気に相殺させる手法であった。その所作と、それに至るまでの高度な戦術が美しく・・・最後に放つ血咲相殺は祭りの最後の締めの放火の様で毎回見惚れていた。


 この時俺が発動した血咲相殺はその刃射場が発動するものの比ではなかった。呪術師の施設どころかその周囲一帯まで消し飛ばしたのであった。この様な、膨大な破壊力・・・子鬼のままであれば、自身も消し飛んでいたが、流石全盛期の体躯であった。核だけは残し、そこから一瞬で体は再生し元に戻ったのであった。


 そして刃射場も同様に、封じられている結界ごと体は消し飛んだが、再生能力は劣化していなかったため、辛うじて消滅は免れていた。しかし、茫然自失状態であったため、再生しては崩れてを繰り返していた。そこで俺は、刃射場に自分の血を分け与えて再生の手助けをした。この時、刃射場は俺にとっての親から血を分けた兄妹となったのだった。


 何とか刃射場の体は完全回復し、失っていた気力も取り戻した。しかし、失った記憶や性格、思考能力まで取り戻すことはできなかった。そして、目を覚まし突如警戒する様に俺から距離を取った。


「誰だ!貴様は!」

 刃射場は開口一番にそう罵った。


「・・・」

 俺は正直、愕然とした。まるで知性のかけらも感じられないその言動。記憶が無いなどとは言い訳にはならない。この状況をみて、それすらも判断ができなくなったのだと・・・俺はその事実に落ち込み言葉を失っていた。


「誰だと聞いているんだ!」


「あっ・・・あぁ、俺か・・・俺は仞。お前の兄弟だ」


「兄弟?なんだそれは!」


「そうだな。血と運命分けた存在かな」


「なんだそれは!意味が分からねぇ!貴様、敵か?」


「敵ではない。刃射場よ」


「はいば?何だそれは!」


「それは、お前の名前だ。俺の憧れた鬼の名前だ。俺はお前の味方だ」


「そうか!ははは!それは良かった!」


「あぁ。お前が兄貴分だ。何でも言ってくれ」


「そうか、そうか!よし!俺についてこい!今から人間を喰いに行くぞ」


「あぁ・・・そうだな・・・」


 鬼としての劣化・・・正に一世代前の昔の鬼を体現したかの如く、本能に赴くがまま荒々しく知性と品性の欠片もない言動。それが鬼の界隈で一部分には好まれているのは確かではある。しかし、それは過去の栄光にすがった、ただの退化的な思考でしかない。全くもって美しくはない。


 しかし・・・刃射場をこうしてしまったのは、自分の責任だ。その責任は全うしなくてはならない。俺が、刃射場の頭脳になれば良い。彼には存分に暴れて貰いそれを俺が尻拭いすれば良いだけのこと。俺たちは血を分けた兄弟だ。二鬼で一鬼。あの、美しい父親であった刃射場は心の奥底にしまっておこう。もう、あの様な美しい鬼は金輪際存在しないのだから・・・その幻想に浸って生きていこう。そうすれば、自然と悲しくは無い。そう誓ったのだった。


 だが、その誓いも根底から覆される。


 それは単純なこと。その幻想に生きる刃射場以上の存在が突如として目の前に現れたからだ。


 その鬼の名前は酒羅丸。俺たち二鬼組の噂を聞きつけ傘下に加えたく自ら赴いてきたのであった。俺はその姿を見た瞬間に一瞬で身震いがした。進化に進化を重ねた究極の鬼が知性を兼ね備え、無秩序な暴力すらも品性と化してしまうほどの圧倒的な力を。


 俺は思わず跪いた。幻想以上の現実が目の前に突如現れたのだ。枯れ果てて諦めていたものが突如、芽吹き花咲いたように、一瞬で心が満たされたのであった。


「なんだ貴様は!」

 そんな、心酔している俺など気にもせず突如現れた酒羅丸様に早々喧嘩を売る刃射場であった。俺は、その姿に心底嫌気が差した。この美しさが理解できぬのかと・・・それ以前に、敵う相手ではないことも理解すらできないのかと・・・


「おぉ、なんだ、元気が良いの。我は酒羅丸・・・」

 刃射場は、酒羅丸が喋り終わるのを待つのが我慢できずもう既に突進していた。いつものように猪突猛進に直線的に突っ込む刃射場。しかし、それは俺の支援があってこそ。刃射場を陽動として扱いそこからの戦略で武功をあげてきた。


 今回はもう既に俺は跪いている。その突進はただの無謀な自殺行為だ。案の定、一撃で返り討ちにあう刃射場。しかし、それもまた想像以上の破壊力であった。腐ってもあの刃射場の体を、いとも容易く片腕の一撃で粉々に粉砕してしまったのだ。


 刃射場の血飛沫と共に、その余裕の笑みが更に神々しさを増す。酒羅丸は、刃射場と俺の行動の違いを一目見て全てを察した。そして、刃射場が回復するのを待ってこう述べた。


「我は鬼神、酒羅丸だ。この、鬼神でも殺せない鬼がこの世にいたとは、誠に恐れ入った!貴様は最強の鬼だ!こんな強い鬼が居てくれるのは我も心強い!どうだ?我と一緒に居ればもっと面白いものがみれるぞ?」


「お、面白いもの?」

 自身の強さを肯定され面白いという言葉に反応する刃射場であった。


「そうだ。人間の悲鳴、血肉・・・全てがやりたい放題だ!貴様・・・人間を恨んでおろう?」


「人間は皆殺しだ!」


「そうだとも。何があったかは知らぬが、貴様の根底には人間への恨みが垣間見える。どうだ?我と一緒に思う存分暴れてはみんか?我が人間の狩場を存分に与えてやるぞ?」


「本当か?」


「本当だとも。我と一緒に人間を殺して殺して喰いまくろうでは無いか。しかし、我だけでは心許ない・・・力を貸してはくれぬか?」


「ハハハハハ!そうかそうか!そういうことなら、仕方ない!俺は刃射場!この刃射場様が手を貸してやろうでは無いか!」


「刃射場かよろしく頼むぞ」

 酒羅丸は、そう言うと方向を変えた。今度は俺の方に歩みを寄せ、跪き頭を垂れている俺に向かってそっと耳打ちをした。


「こうでいいんだろ?」


 俺はハッと頭をあげて、酒羅丸様の顔を見上げた。そして、その顔は全てを包み込むような暖かい笑顔に溢れていた。俺は、その行為に感動した。刃射場と俺の言動を一瞬見ただけで、俺達の関係性、過去に起こった出来事、各々の性格など全てを察していたのだ。


 こんな崇高な存在あり得ない。そう思いながらも、感動で目からは涙が溢れていた。俺が涙を流した理由は分からない。しかし、一つ言えることは、限界だったのかも知れない。


 何が限界だったか・・・それは、認めたくはないが認めざるを得ない。自分の責任だとずっと心の内に秘め蓋をしていたこと。


 刃射場の・・・世話をすること。堕ちた彼の側に居続けること。もう、限界であった。酒羅丸の傘下に入れば多くの鬼がいる。そんな中で、この状態の刃射場を慕ってくれる鬼は必ず居るはずだ。もう、俺一人で背負わなくていい。そこに安堵したのだ。


 酒羅丸様のあの暖かい笑顔が、この俺の曇りを全て晴らしてくれたのであった。


「私の名前は仞と申します。これより、この仞と刃射場は酒羅丸様の為にこの命を捧げます」

 

「うむ。鬼ヶ島へ着いたら、我の盃を受け取ってくれるな」

 酒羅丸はそう言うと、空間転移の術を展開し鬼ヶ島へ二鬼を案内したのであった。


 鬼ヶ島では、刃射場にも新たな仲間ができた。それは、俺にとっても何より嬉しいことであった。負担が減る・・・それも事実ではあったが、刃射場が楽しそうにしているのもそれはそれで嬉しかった。


 刃射場には恩がある。それには変わりはない。今後も極力、彼の側でその知識となり続けることだけは怠るまいと誓った。


 しかしそれでも、心は離れていく。行動は彼の為に知識となり続けていても、ただの義務となってしまえば、心が離れていくだけであった。


 そして、その時・・・遂に気付いた。


 俺の目の前で刃射場がやられても、何も感じない自分に。


 そして、思う。


「刃射場は・・・俺の憧れだった・・・」

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