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未到の懲悪  作者: 弥万記
二章 疑惑
16/61

14;運命

 酒羅丸は鬼ヶ島の入り口砂浜へ到着した。全鬼が城郭では無くその場へ飛ばされていた。するとそこには酒羅丸が想定していた光景が目の中に入っていた。


 仞と威波羅が戦闘をしており他の鬼達はそれを取り囲むように観戦していた。各々の言い分は、

仞「結界の外側に居たのなら何故、人間を殺さずのこのこと帰ってきたのか」

威波羅「夜行ではぐれた際は単独で帰島せよという掟に従ったまで」ということであった。


 それが、言い合いとなり、刃射場の死や今回のやり場の無い怒りの矛先が威波羅に向いて決闘となっている。それを見て酒羅丸がニヤリと笑い一歩足を踏み入れようとした瞬間に権左兵平が横から口を挟んできた。


「そんなことより、一大事ですぞ」

 かなり慌てた口調で酒羅丸に駆け寄ってきた。


「そんなこととは何だ?これも一大事であろう」

 酒羅丸は笑いながらあしらい、歩みを止めようとしない。


「いつもの小競り合いではござらぬか」


「それを抑止してこその頭であろう」

 酒羅丸はまだ、歩みを止めなかった。そしてあと一歩でその小競り合いの輪に差し掛かろうとした時、権左兵平が正面に回った。


「人間が・・・逃げ出したと集落がザワついております」


「・・・なに?」

 僅かな空白と共に酒羅丸は足を止めた。そして、先程、仞と威波羅の決闘を見た瞬間以上に口元がにやついた。


「逃げたのは・・・」


「権!それ以上は黙れ・・・」

 酒羅丸は権左兵平の言葉を被せるように強く言い放った。それを聞いた権左兵平は、何かを思い出したかのように黙った。


「そうか、誰かが逃げたのか・・・誰であるか分からぬが・・・仕方あるまい」

 そう言うと、仞と威波羅の間に入り、有無を言わずに威波羅に一撃を加えた。その一撃の強さに仞は言葉を失った。成敗のつもりで威波羅に攻撃をしていたが、如何にその攻撃が緩く甘かったのだと痛感した。その酒羅丸の無慈悲で殺意のこもった最大級の一撃・・・鬼として惚れ惚れする一撃でもあり、仲間にここまでの攻撃ができるかと同時に恐怖を感じずにはいられなかった。


「仞の言うとおりだ。貴様・・・我らが大変であったときに何をしていたのだ?」


「掟に従い帰島したまでだ・・・」

 酒羅丸の強力な一撃で胴を貫通された威波羅であった。その傷も肉が膨れ上がり止血はされているが、ゆっくりと回復していた。そして、横たえている威波羅を金縛り術で空中に縛り上げ、全く身動きが取れない状態で尋問を開始した。


「いや、違う。貴様、我らが捕らえられておるのを知っておったな?では何故、外から人間を殺してしまわなかったのだ」


「・・・」

 威波羅は確信を突かれたように、何も言えず目を背ける事しかできなかった。


「何も言えぬか・・・貴様、未だかつて人間を殺したことは無かろう?のう・・・威波羅よ・・・いや、鬼神様とやらよ」

 確信を突いてくる酒羅丸の言葉に返す言葉も無い威波羅であった。そして、鬼神様という言葉を発した瞬間、全鬼達がその言葉に興味を持ち釘付けとなった。言わば今回の夜行の、最大の合言葉であった。


「我は、知っておるぞ。自殺志願者のみを集め、人間の死の苦しみを緩和させ死んだところを喰ってるらしいな」

 威波羅が村で死体ばかり好んで喰うのは以前より知っていた酒羅丸であった。ただ、死体を好んで喰うのであれば何も問題はなかった。それであれば人間を殺してから喰えば良いだけの話であった。しかし、威波羅は一切それをしない。人間を殺すと言う行為が威波羅にとって悪であったのだ。だが、喰わねば生きていけない為、この様な手段で生きながらえていたのであった。


 酒羅丸はこの噂話を聞いたとき、真っ先に威波羅であると推測できた。神の真似事や人間に対しての優しさや同情など鬼としてあるまじき行為であり、それを続ける以上は鬼としての強さは望めない。半分人間の血を通わせ、体も心も鬼として不完全な威波羅をここで完全に鬼として変貌させる必要があると以前より感じていた。優しさなど、人間くささなど鬼にとって弱点でしか無かった。そしてそれが今日、この場面で遂行できる好機であった。威波羅を心から鬼に変える瞬間の・・・


「それが、俺の欲であり趣向の問題だ、頭には関係無いだろう」

 術で縛られ、そして確信を突かれ返す言葉も無い威波羅であったが、やっと返した言葉は、言い訳にもならないであろう返答をであった。


「そうだ、鬼は欲深くあれ。そう教え込んだのは我だ・・・しかし、今回は別であるぞ。敵前逃亡の上に我らを見殺し・・・そして、ここで人間の逃亡の手助けとは・・・」

 酒羅丸は先程の逃亡の容疑も威波羅にかけた。他の鬼達の目線は益々威波羅に対して強く注がれるようになってきて、威波羅の味方をする鬼など居なく完全に孤立した。


「何?何のことだそれは知らぬぞ、我は皆が帰るまでずっとここで待っていた」


「そんな言い訳通じぬよ。先程、権から報告があってのぉ・・・人間が逃げたらしい」

 酒羅丸は金縛り術を展開したまま、天道の淵の詠唱を唱えだした。既に結界は張られているためその為ではなく、その追加効果とも言える情報把握のために天道の淵を展開した。


「どれどれ・・・人間・・・四十五・・・まだこの島内におるでは無いか・・・鬼は二十九か・・・」

 山頂程の広範囲で精密な情報は得られないが、大まかな人数は把握できた。逃げた人間はまだ島内に居るか居ないかを把握し威波羅に追わせるつもりであった。しかし、そこで想いもかけない情報が入るのであった。


「待たれよ!全員おるか?」

 酒羅丸は血相を変え、全員に問いかけた。余りに唐突で全員何が起こったのか理解できず驚きを隠せなかった。


「はい・・・夜行に行った者は・・・ここにおる筈です」

 この様な緊張感ある場で発言できるのは、権左兵平か芭浪くらいであったが、ここは近くに居た権左兵平が返答をした。


「いえ、矴がいませーん!」

 しかし、集団の後ろの方から場違いの甲高い声が聞こえた。そう、この場で発言できる者の中に、空気が読めない呪璃も追加しておくべきだった。


「はい・・・奴はこのやりとりには目もくれずいつも通りにそそくさと根城へ帰っていきました」

 側に居た苦鳴が、呪璃の代わりに冷静に答えた。


「それはどうでも良い・・・白陰と黒陽は?」

 酒羅丸は呪璃の発言に目もくれず更に淡々と且つ、強い口調で返答をした。


「は・・・はい、門にいつも通りおりますが・・・」

 呪璃の空気の読めなさに焦りつつ権左兵平もその強い口調にやや押されていた。


「貴様!琥羽琥はどうした?」

 その発言に全員が、ハッと気がついた。鬼ヶ島の鬼が全部で二十九であるはずがない。酒羅丸の術に不備があろう筈も無い。刃射場の他にもう一体、鬼が消滅していた事を示唆していた。それは、夜行に参加をしていない琥羽琥である他は無かった。


「知らぬ!俺はずっとここにいた!」


「貴様!鬼であろうに関わらず、神の真似事までし、あろうことか同胞を殺し、人間の手助けまでしておったな!」


「違う!」


「何が違う!証拠がこれ程あるだろう。さては貴様が、この頃の夜行失敗の元凶であり、人間に夜行の情報を伝え、陰陽師を手引いたのだな!」

 酒羅丸がこれまでの夜行失敗の原因さえも威波羅であると断言した。それこそが、酒羅丸の目的であり威波羅を極限まで追い詰める必要があった。実際、酒羅丸にとって、夜行失敗の原因が威波羅であろうが無かろうがどっちでも良かった。真の目的を遂行することと、夜行失敗の原因を究明しそれを裁き鬼ヶ島の統制を取り戻す事の方が大切であった。


 その策略は見事に的中し、他の鬼達はこの会話の流れを聞いて、威波羅が全ての元凶であることは疑わずにはいられなかった。連続する夜行の失敗と、威波羅の確執、そして人間達が逃げ出した事、この全てが偶然にも一致し、それを酒羅丸が利用したのであった。


「待て!何のことか分からない」


「貴様の半分の血が騒いでおるのであろう。人間を殺さず、優しく苦しみを取り除き、我らを裏切る」


「待ってくれ、俺は皆を裏切っていない」

 当然、その言葉には誰も聞く耳を持たない。


「ほう・・・これ程、証拠があるにも関わらず、まだ自分は無実だと言い張るか。では、我も貴様に汚名を晴らす機会をやろう・・・逃げた人間を殺してこい」

 酒羅丸が皆に聞こえるように、しかし大きな声では無く落ち着いた口調で呟いた。


「さすれば、貴様を信じ、今回の件は水に流してやろう」

 酒羅丸のこの言葉に鬼達は大いに盛り上がっていた。この様な楽しい余興は他には無かった。今回の遠征のもどかしさ、仲間を失った悲しみ、夜行失敗の原因と責任が誰であろうと、もう関係が無くなった。あれほど頑なに人間を殺す事を拒否していた威波羅が本当に殺してくるかどうかのみに興味が注がれている。以前の殺伐とした鬼ヶ島の雰囲気や、先程の人間にしてやられた敗北感の雰囲気とは打って変わっていた。


「貴様も、本当の鬼になるのだ」

 そして、威波羅の耳元で囁く酒羅丸であった。それを聞いた瞬間、自分はまだこの酒羅丸と同じ土俵にすら立てていなかったことを後悔した。そして、行動を起こさねば確実に殺されてしまう事、逃げ場が無い事を確信し、その逃げた人間の捜索へと向かったのだった。


「皆もそれで納得であるな?」

 酒羅丸はあえて皆に聞き返した。反応は分かっていたが再び盛り上がりに火を付けるように促した。酒羅丸は夜行失敗の原因は威波羅であるという確信は実は無かった。この盛り上がりを経て次回また失敗してしまう事も大いに予想されたが、そんな事はどうでも良かった。この鬼達の本能をむき出しにしたこの瞬間こそが大切であった。次、また失敗する様な事があればその時また考える・・・程度でしか思っていなかった。


「さて、この威波羅の一件・・・親である我にも責任がある・・・今から馳走を用意してやるから今回の件、これで落とし前をつけてはくれぬか?責任は我が持つ。そして、この様な事態は二度と起こさぬ」

 これ以上無い余興の上に馳走まで用意してくれるとは他の鬼達は了承する他なかった。鬼達は宴会の準備を早速始めていた。


「権・・・」

 酒羅丸は名前を呼び目を合せただけで、これ以上何も言わなかった。


「承知しました」

 権左兵平はそれを察し、以降はこの場を一任し、酒羅丸は山頂へと向かったのであった。


「お主ら、ここでしばし待っておるのじゃ。馳走を持ってくる故・・・」

 そう言うと権左兵平は、闇の中へ消えていくように移動していった。


 権左兵平は人間の集落へ到着した。そして、その姿を見て巧己が慌てて権左兵平に向かって来て跪いた。

「権左兵平様、申し訳ありません。今、全力で捜索しております」


「ほほ・・・良いぞ良いぞ。それより良い知らせがある。皆を集めよ」

 権左兵平は易しい口調で返答をした。全員が村中を捜索しており間もなくして、全員が権左兵平の前に集結した。


「まぁ逃げてしまった者の処遇は後で考えるぞ。捜索ご苦労であった・・・お主らに罪はないから気にせんでもよかろう・・・」

 その言葉を聞いて人間達は少しホッとした面持ちであった。そして権左兵平が続けた。


「そして、今回の夜行は何と大盛況での・・・二十六人もの人間達を連れ帰ってしまったのだ。なので、今以上の人間がおっても困るからのぉ・・・よって、入れ替わりで二十六名返してやるぞ。歴が長いものから順に並んで身支度をするが良い」

 余りに唐突で、喜ぶに喜べない人間達であった。


「今からでございますか?」

 巧己が皆を代表して跪いたまま口を開いた。


「そうじゃ。何だ?帰りたくないか?」

 権左兵平は人間達の心情を理解していた。しかし、疑うことをさせたくなく、帰れる喜びのみで動いて欲しかった。


「い・・・いえ、余りに急なものでして・・・」

 これ以上の質問は、失礼に当たると感じ違和感を抱きながら、無理矢理納得させようとする人間達であった。しかし、その心情も権左兵平は上手く利用する。


「酒羅様はいつでも急で困っておるわい。しかし、酒羅様の気が変わらぬうちに帰った方が良くないか?」

 権左兵平が酒羅丸の名前を出した途端、人間達の背筋が凍ったように延びたのであった。確かにあの鬼であれば全て気分で物事が決まってしまうと。今、帰って良いと判断されたのであれば正に今帰るべきだと、瞬間に感じ取った。その気分がいつまで続くかも分からなかった。


「今まで良く我らに尽くしてくれたのぉ。表に船を用意しておる。それで帰るが良い」

 その言葉を聞いた瞬間に、人間達は動き出した。巧己、源次郎を筆頭に入島歴の順番に並べられ、あっという間に二十六名が選定された。


「権左兵平様・・・二十六名であると、荒太と一太の兄弟が別れてしまいます。私は残りますので、彼らを先に帰してやっては頂けないでしょうか?」

 こう切り出してきたのは巧己であった。それを聞いた荒太と一太は大いに反対をしていたが、巧己はあと半年頑張れば出して貰える事、兄弟で同時に出ることが大切だと説得され了承していた。


「貴様も人が良いのぉ。良いぞ・・・そこは好きにせい」

 権左兵平にとっては・・・いや、鬼にとっては誰が来ようと関係が無かった。これからその身に起こる未来を考えたら・・・人間達はやっと帰れるのだと安堵した。夢にも描いた瞬間であった。やっと家族に会えると故郷に帰れると、地獄から抜け出せると・・・高鳴る希望を胸に門を抜けた。しかし、そこには、船など用意されている筈も無く、鬼達が涎を垂らしながら待ち構えていた・・・


 鬼達は、食事を終え、酒羅丸が城郭から持ち運んだ大量の酒を飲みながら気分を良く、だらしなく酔い潰れていた。


「たまには、海を見ながら月明かりの下で呑むのも良いですねぇ」

 苦鳴が酒羅丸に寄り添いながら酌を注いでいた。今までの事が全て洗い流されたかのように美酒に酔いしれ余韻に浸っていた。


「そうだな」

 酒羅丸は笑顔で酌を受けながら酒を酌み交わしていた。酒羅丸と権左兵平は、建前で馳走を用意してやる立場であり、極力労働力は減らしたくなかった為、人間は喰わずにいた。その為、二十六という人数を設定した権左兵平であった。そして、そろそろ夜が明けようかという頃合いで酒羅丸は動き出した。


「おい、皆の者・・・そろそろ行くぞ」

 先程、山頂へ戻った理由は、酒を取りに行く為と、威波羅と逃げた人間の詳しい位置を把握するためであった。まず、人間の居た場所は、島の北西部、山頂から沿岸の丁度中央部分付近に位置するところであった。その場で、人間二人の気配を確認していた。次に威波羅は、西の端にある、おそらく威波羅の根城付近で鬼の気配を感じていた。その位置関係であれば、遭遇するのも時間の問題であろうと考えていた。そして、何度も確認はしたが、やはり琥羽琥と思われる鬼の気配は感じられなかったのだ。状況確認を終え、酒を交わした後は、威波羅の事の顛末を確認するだけであった。鬼達は酒羅丸を先頭に、その島の北西部付近まで歩いて向かっていた。


「威波羅は逃げたな」


「私は、流石に殺したと思うぞ?」


「私は、殺したに賭けるな」


「頭はどうです?」

 様々な言葉が行き交い遠足のような時間であった。威波羅の行動に賭けをしている者までいた。ここまでの展望は、まさに酒羅丸の思い通りであった。しかし、突如酒羅丸の歩みが止まった。何故?と他の鬼がのぞき込むと、傍らに着物が落ちていた。それは、琥羽琥の着物であった。この様な存在自体を消滅させるような殺し方をするのは、一つしか無かった。


「琥羽琥・・・」

 呪璃が物悲しそうに琥羽琥の名前を呼んで、酒羅丸はその着物を呪璃に手渡した。


 その現場から間もなくして、ついにその運命の箇所へ近づいている事が分かった。それが分かったのは人間の血の匂いが徐々に強くなってきたためであった。そう、そこへは人間の死体が転がっていた。そして、明らかに喰い殺されていた。


「おお!威波羅の奴やったではないか」

 天下六が大きな声をあげた。よく見るとその死体は女であり腹を割かれて殺されていた。何故直ぐ女か判別できたかと言えば、頭部は綺麗に残り食い残されていたからであった。あまりに頭部の損傷が無いため、それが誰であるか瞬時に確認できた。そして、もう一体は、約五十尺(十五㍍)程度、離れた場所であろうか・・・離れた所に死体があった。それは、損傷が激しく右腕と着物しか残っておらず後は残さず喰われていた。


「私なら全部喰うがな」


「流石に、初めて喰ったんでしょ?こんなもんでしょ」

 天下六と苦鳴がやりとりをしていると、呪璃が横から口を出してきた。


「琥羽琥・・・殺したのどっち?」

 他の鬼達は、何も言わずに、その女の死体に目をやった。

 

 そう、琥羽琥殺しの犯人は、威波羅などでは無く、その殺し方を常套句とする一団・・・陰陽師によるものであった。この瞬間、琥羽琥殺しの容疑者は威波羅ではなく、この陰陽師の死体であると決定付けられた。そう、それは酒羅丸六人妻の中の一人、陰陽師である、妃姫の亡骸であったのだ。


「これで、貴様も本当の鬼になれたな威波羅よ。親を喰い殺して生き延びる・・・なんと鬼として立派な姿だ」

 酒羅丸はやや酔ったかの様に高々と声を上げた。それは、死体となっても、美しく血塗られたその姿は酒羅丸ですら一瞬見とれて酔いしれた為であった。その儚さ、その死に様で生き様を全て表現されていた。しかし、やや着物が乱れていた。


 恐らく、逃げた際に琥羽琥と遭遇したのだろう。双方の着物や辺りから戦闘の痕が残っていた。いかに妃姫であっても能力が使えない状態で琥羽琥に勝つことなどあり得なかった。自力で権左兵平の術を解除し根城からも脱走できたのであろう。そうで無ければ説明が付かなかった。そして酒羅丸は、再び妃姫の死体を見ながら、落ち着きを取り戻し権左兵平にしか聞こえない声で呟いた。


「どうだ?」

 権左兵平は黙って首を横に振った。


「そうか・・・」

 やや残念そうに呟いた後、不適な笑みを浮かべていた。


 そして、もう一つの腕のみの死体は、村から逃げた玉成のものであった。逃げた事実と、その細腕から彼の死体であると判断された。


 何故この様な足手まといを連れて逃げたかも説明できた。妃姫は、陰陽師でも特殊部隊の出身であった。何よりこの綺麗な死体がそれを物語っていた。心身共に恐怖で打ちひしがれている者に逃がしてやると唆し、危険と判断すると切り捨てるつもりであったのだろう。何とか琥羽琥程度は打破できたが、威波羅と遭遇した際、その戦法を使用したのであろう。先ずは男を囮に喰い殺させ、その隙に逃げようとした妃姫を後ろから裂いたのであろう。そして食事は男からし、夜行で腹一杯喰っていた威波羅はそのまま喰い残した・・・という結果であると酒羅丸は皆に説明した。


 これで、威波羅を疑う者は居なくなり晴れて無罪放免であるのだが、それと同時に、威波羅は鬼ヶ島から姿を消した。この一件が終了し酒羅丸は再度山頂で、諸人数の把握をした・・・鬼二十八体、人間十六人まで減少していた。しかし、この日以降、鬼ヶ島の日常はいつも通りで、人間達はいつか帰れるという希望を胸に抱きながら仕事に精を成し、鬼達は和気藹々と暮らしていた。


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