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未到の懲悪  作者: 弥万記
二章 疑惑
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11;夜行と襲撃

 それから、約十日後(二月十八日)、ついに夜行の日となった。しかし、今回の夜行はいつもと違う。いつもは酒羅丸の到着まで、鬼達は自分勝手にだらしなく城郭で待機している。しかし、今回に至っては、いつも通りに待機している者もいれば、各々得物を武装し戦闘態勢を整えている者、その物々しい雰囲気に落ち着きを隠せない者様々であった。


 纏まりが無かった。しかし、その場も酒羅丸の一声で、一瞬にして雰囲気が変わった。


「貴様ら、準備は整ったか?今回の夜行には様々な想いが行き交っておる。いつも通り食事を楽しむ者、人間に制裁を喰らわす者、どうしたら良いかまだ決まっていない者もいると思う。しかし、やるべきことは一つだ。ただ、どちらにしても邪魔する者は容赦なく排除せよ。喰って喰って喰いまくるのみ。鬼として自分の欲望に尽くすが良い!」

 最初はゆっくりと落ち着いて語りかけていた酒羅丸であったが、鬼達の興奮と同時に口調も早くなり最後は咆哮となり鬼達の興奮も頂点に達した。


「頭!」

 陣形の先頭に立ち刃射場が酒羅丸に向かって声を上げた。


「今回戦闘になった際は、俺に先陣を切らしてくれ!」


「今回、貴様には存分に暴れて貰うぞ、刃射場。好きに暴れるが良い」

 刃射場は酒羅丸から了承を得ると、更に落ち着きが無くなっていた。子どものように興奮を抑えることができなかった。


「琥羽琥、今回貴様はここで残って人間の管理を頼む。完全に貴様の疑いも晴れたわけでは無い。この夜行で貴様の疑いを必ず晴らす故、留守を頼んだぞ」


「はい。承知しております。私の身も心も酒羅様の物です。ここで貴方の帰りをお待ちしております」


「今回も土産を、楽しみにしておるのだぞ」

 琥羽琥は、再び頭を撫でて貰おうと目をつむって頭を向けていた。それを察した酒羅丸は頭を撫でながら、声を掛けた。


「では、出発するぞ。我に付いてこい」

 出発の合図、目指すは空海の村。城郭から一気に蹴り出し、一行は結界を抜け一気に海を抜けた。最高速で目的地に到達する予定であった。


「お頭、良かったのか?刃射場を好きにさせて?」

 芭浪が移動しながら酒羅丸に声をかける。刃射場は戦闘能力こそ高いが、見ての通り周りが見えなくなる節があり芭浪なりに心配はしていたのだ。


「よい。今回、確かに戦闘態勢は整わせたが、やはり各鬼達も思うところはあろうて。赴くままに好きにさせるのが我にとっても都合が良い」


「そうか。では我も好きにさせて貰うぞ」


「そうするがよい」


「酒羅様。一応あれから、妃姫と友世を監視しておりましたが、奴らが接触する様なことはありませんでした」

 芭浪との会話が終わると、権左兵平が話しかけてきた。この十日間、心配性な権左兵平は監視を怠っていなかったのだ。


「おお、そうか。ご苦労であった」


「それどころか、妃姫は根城から一歩も外には出なかったわい・・・友世は人間達と話したり、それなりの関係はできている様に思われます」


「他の者達は?」


「やはり、人間達が言っていた様に各々が好き勝手動いていました」


「まぁ、そうであろうな」

 心ここにあらずな面持ちで返答を続ける酒羅丸であった。その理由は、今は夜行のみ全力を注ぎたいからであった。それを察した権左兵平はここで話を打ち切った。


 そして、夜行一行は森に足を踏み入れていた。森には獣が多く、高速で移動しているとはいえ、人間達より感受性が高い動物達は騒ぎ出していた。


「やはりこれは最短であるが、五月蠅いの・・・」

 酒羅丸がため息をつきながら愚痴を溢す。


「確かに、こう騒がれては、この三度の失敗もこやつらの騒音が原因で人間がそれを察知し逃げ出したとも考えられないか?」

 芭浪が酒羅丸に指摘をする。


「確かに、それもあるな・・・周知させるか」

 そう言うと、酒羅丸はスッと目を閉じた。


「皆の者、到着はまだであるが、姿を消すぞ」

 酒羅丸が全鬼に拈華微笑の術で通達した。今回は姿を消さず、堂々と敵陣へ乗り込むつもりであったが、芭浪の忠告も一理あり、騒音対策で霊体化し気配と姿を消しながら移動することとした。


 その甲斐あり、獣達の騒音もピタリと止まった。同族である鬼同士は、霊体化した仲間達を、鮮明に視覚として捕らえることができる為、苦無く酒羅丸筆頭に隊を崩さず移動ができるのであった。


「始めからこうしておれば良かったな」

 芭浪が笑いながら言う。そうこうしている間に、空海の村近辺に到着した。再び拈華微笑の術で全員に通達する。


「このままの勢いで一気に村に襲いかかるぞ。今回は我の咆哮は無しだ。我が飛び上がった瞬間が、合図だ。皆同時に飛び上がりそのまま人間達に降り注ぐが良い。安心しろ・・・人間は逃げていない」

 その声に鬼達は一気に高揚した。そして、先頭の酒羅丸が大きく飛び上がった瞬間、待ってましたと言わんばかりに刃射場が酒羅丸より早く突進していた。


 酒羅丸は冷静であった。上空へ飛んだのも人間達を直接目視で確認し全体像を把握するためであった。そして、百戦錬磨の酒羅丸は、こう思う・・・


(おかしい・・・)


 何がおかしいか、違和感があるか理解するのに僅かに時間のずれが生じた。しかし、その僅かな時間のずれが命取りとなっていた。


「待て、刃射場!戻れ!」

 時、既に遅く刃射場は斬首され、消滅しようとしていた。


「やはり、罠か・・・」

 その時酒羅丸が感じた違和感の正体は、千里眼では確認できなかった人間達が居たことであった。直前まで目視していた村人の数は三十程。しかし、その時確認できなかった五名が、酒羅丸の千里眼を回避していた。高速移動の中、即座に違和感に気付いた酒羅丸も流石であったが、してやられた悔しさは計り知れなかった。


「全員、戦闘態勢!」

 全員、村に足を踏み入れ、その咆哮に一瞬で臨戦態勢を取る鬼達。しかし、その一瞬の最中、酒羅丸と芭浪は刃射板を不意打ちをした、術士三名を葬っていた。


「くそ!刃射場は・・・もう駄目か・・・」

 酒羅丸は悔しさを口にした。刃射場は再生ができていなかった。特殊な術をかけられた後、斬首されたためほぼ即死であった。


「お頭は悪くない。これは、誰がどう見ても罠に気付けた。そこに殺してくださいと自ら首を突っ込んだ刃射場が悪い」

 冷静な芭浪の言葉に酒羅丸も落ち着きを取り戻していた。他、術士二名の姿は逃げたが辺りに姿は見受けられなかった。


「さぁ、ともあれ合戦は予想できていた。こやつらの攻撃受けてやろうでは無いか」

 村の中央で陣取り鬼達は、人間達の攻撃を待ち構えていた。しかし、人間達は一向に二手目を打ってこなかった。


「どういうことだ?まさか、刃射場のみ殺して恐れを成して逃げたのか?」


「いや、それは無かろうて、奴らこの村の周囲を取り囲んでおる」

 権左兵平は術を展開しながら術士の位置を察知していた。


「権、奴らはどこにおる?何名だ?」


「五名・・・いや。七名です。その二名は恐らく先程逃げ果せた奴でしょう。ん?村の北を頂点に、北西・南西・南東・北東に・・・均等に・・・そして、ここがその中心です・・・これは、まさか・・・」


「くそ!」

 酒羅丸が北へ一直線に向かった。しかし、時既に遅く、見事に結界が張られ鬼達は閉じ込められていた。酒羅丸に続き、鬼達も事態を把握しそこへ向かう。


 そこに、結界の壁一枚向こうに術士が術を展開していた。


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