10;推理
「何故、女の言葉なぞ聞かれたのですか?」
やや不機嫌そうに権左兵平は酒羅丸に問いただした。
「なに・・・奴が心の中で何を思っていたかは知っておったよ。それを言葉で出すか否か、分からぬところがまた興であろう。見事、我の恐怖に打ち勝ち言葉にしたのだ。我を楽しませた褒美であるよ」
「全く、酒羅様は自身の事を顧みず行動される」
権左兵平は後先考えない酒羅丸の言動に熟々呆れていた。酒羅丸は胡桃を消したのでは無く、空間転移を発動していた。酒羅丸の空間転移の術は、一人ずつではあるが、今まで行ったことのある箇所は、自在に移動させることができる能力であった。酒羅丸は約束通り、胡桃を村まで送り届けていたのであった。
「それに、周りの奴らの驚きようも面白かったのぉ。これで我の恐ろしさもまた身にしみたであろう」
確かに、結果が全てである。一人の女を失うより、少し鬼に馴れた人間達が、僅かばかりではあるが鬼の威厳を失っていたことの方が問題であった。ここで今一度、人間達の気を引き締めるには効果は覿面であった。後先考えない酒羅丸の言動も、結果として成功させてしまうことが、彼の特異性であった。権左兵平もその特異性を理解しそれ以上は言及しない。
「それに、鬼神様とは何ですか?」
「あぁ・・・前回の夜行の際、千里眼の視覚だけでは無く聴覚も乗っ取ったのだ。かなり面倒であったが、致し方あるまい。そこで人間達の噂話が聞こえて。何やら鬼神様とやらが、人間の苦痛や苦悩を取り除き天国へ導いてくれるなどの戯言を耳にしてのぉ」
酒羅丸はため息をつき愚痴をこぼすように答えた。
「全く反吐が出る。鬼のくせして神の真似事など・・・だから人間共に昔からの噂か尋ねてみたところ・・・案の定知らぬ様での最近できた噂らしい」
自身も各身体部位が封印され神格化させてしまっていることに対して権左兵平は突っ込まずに黙っていた。
「それが、どう関係するのです?」
「いや、まぁ・・・見当がついたわ。次の夜行で明らかになろう。気にするな。万が一次も失敗に終わっても、我らには問題なかろう・・・これ以上の事態悪化は無かろうて。解決策ができたわ」
酒羅丸はやや含みを持たせながら回答を後伸ばしにした。
「失敗してしまっては困るのですが・・・あと、他に得られる物はありましたか?」
権左兵平は、次回夜行の失敗など、鬼ヶ島崩壊の危険しか想定できない事態であったが、酒羅丸がそう言うなら問題ないだろうと深く聞き入ることはしなかった。
「特に人間達に怪しいところは無かったな」
「その様でございますな・・・酒羅様の姿も察知できておらぬし、人間達が何かしらの変化を生じてると言うことは無さそうですな」
「だが、妻達の行動も・・・次に我に対しどの様な方法を使ってくるか楽しみであるな。ところで、権よ・・・妻達は貴様の呪いを受けておるのであろう?何故、占ったり死者の言葉を聞いたりできておるのだ?本当に呪いは効いておるのか?」
「心配には及びません。占い師や霊媒師は霊的な力を行使せずとも、表情や行動、顔のしわから癖などからその人物の性格や生活暦等も見抜くとされております。また特殊な口調と尋問術で、その者の悩みも分かってしまいます。人間の観察眼に長け話しただけで全てを見透かし、死相も見抜くとされております」
「お主は相変わらず人間に詳しいのぉ。・・・と言うことは、清子と友世は、他の四人の妻と比べてかなり物足りぬと感じてはいたが・・・相当の使い手と言うことであるな?」
酒羅丸は感心しながら、やはり権左兵平に人間の相手をさせて良かったと思った。
「そうなりますな。奴らの話を聞く限り、会話のみで専門家としての力を発揮しておるということになります。その道の相当の実力者であると予想できますな」
「権の術が解けているだけではないか?」
「何を失礼な。儂の術の強さを酒羅様知っておりましょう。万が一にもその様なことが起これば、儂が即座に気付きます。この呪いの糸が切れていないのが証拠です」
権左兵平は強く反論しながら、呪いの糸が切れて居ないのをしっかりと酒羅丸に確認させた。
「冗談であるよ」
酒羅丸は悪びれる素振りもなく笑って返事をする。
「第一、占い師や霊媒師などは・・・いや特に占い師なぞ戦闘の能力は無く、酒羅様が望む力は持ち合わせていないでは無いでしょうか?」
「まあ確かに・・・物足りぬ。が、奴を連れてきたのは半年前であるから良く覚えておる。出会ったとき何故か懐かしく心地よい感じがしたのだ」
酒羅丸が思い出話をするかのような口調で語り続けた。
「奴は、相当の実力者なのであろう?恐らく、奴は儂の・・・温羅の頭を行使しておったに違いない」
「なるほど。それが酒羅様を引き寄せたのでございますな」
「そう。まるで誘われるかの様であった。友世か・・・物足りぬとは思っておいたが撤回してやろう」
酒羅丸は不敵な笑みを浮かべながら次回の情交を楽しみに思い浮かべていた。
「我の頭を行使していたやつだ。権の呪いで力を封じられていても、断片的に未来が見えてしまうこともあるだろう」
「と申しますと?」
「例えば、我らが襲う村を事前に知りうることができた・・・などであるな」
「それでは、友世の方を処罰しましょうか?」
権左兵平は間髪を入れずに返答をする。
「いや、待て待て。それでは面白くなかろう。それはあくまで我の仮説に過ぎぬ。それに奴の面白さが分かったところではないか」
友世を処罰するのは簡単な解決策であったが、そこは私利私欲のために殺せない酒羅丸であった。
「では、次回夜行までの対処のしようがありませぬ・・・」
権左兵平は酒羅丸の意図が理解できずに困惑していた。
「確実に疑わしき存在はおるであろう」
酒羅丸は諭すように問い、権左兵平に目をやったが、答えが得られそうもないため続けた。
「雉だ」
権左兵平はまだ思い当たる節がない様子であった。
「我は友世の能力を確認して先程の仮説を立てた。その仮説が本当であったら、どうする?我らの夜行を事前に人間達に知らせるであろう?」
「と言うことは、やはり内通か・・・それこそ友世を処罰すべきでは?」
再び、間髪を入れずに返答をする権左兵平であった。
「これ、話は最後まで聞かぬか。確かに友世の能力が我の思ったように行使できるとすれば驚異だ。しかし、権も分かっておるように友世の能力で夜行を事前に周知されておれば、あんな逃げ方にはならんよ。この憶測は夜行失敗の要因として当てはまらぬ」
「では、何を心配されておられるのです?」
「もし仮に、我らの情報が外に流れているとしたら?この島から拈華微笑を奴らが使うものなら、権の呪いに殺されるか、この結界内であれば我でも容易に気付くはずだ。結界にも触れず自由に行き来できると言えば、鳥しかおらぬであろう」
拈華微笑とは、術者が使う言葉は使わず心から心へ伝える術の事である。先ほど人間達の前で酒羅丸と権左兵平が会話をしていたのがこの術であった。
「本当に情報が漏れているかどうか確たる証拠は無いがの・・・ただ、何かしらの情報を得て対処していたのは間違いない」
鬼ヶ島の情報漏洩は結界を張っている意味も無く、敵に戦闘態勢を整えさせる一助となるため解決させなければならなかった。
「それに、ここには陰陽師がおるではないか。動物に好かれる陰陽師が」
「式神・・・でございますか?それこそ、そんな物使えば儂の術で忽ち死んでしまいますな」
「友世が身体能力だけで、そこまで占えるとしたら?妃姫も天才だ。普通の動物の使役などやってのけるであろう」
酒羅丸は少し間を空けて確信に迫る。
「そして、影で、妃姫と友世が繋がっていれば?我らの未来の情報が外へ自由に行き来できるぞ」
「確かに・・・占い師の能力は六壬神課という占術・・・陰陽道の一つですな。おおよそ占術のみに特化して陰陽寮から脱退したのであろう・・・それなら合点はいきますな。では何故・・・雉を?他にも鷹や鴎もおりますが・・・それに、陰陽師が使う鳥は烏のはずでは・・・?」
「勘だ」
酒羅丸はニヤリと笑って答えた。
「ふふふ・・・酒羅様の勘程・・・頼りになる証拠はありませんな」
この酒羅丸の勘が今まで幾つもの境地を救ってきたことは権左兵平が誰よりも理解していた。
「権。雉をこの結界内のみ飛べるように呪いをかけろ」
「結界内のみ飛べるのですか?」
「そうだ。もし、雉が外界との連絡手段となっているのなら、それが一番効率が良い。もし、飛ぶ能力を消失させたり絶滅させたりすると次の手を考えてくるであろう?」
「なるほど・・・泳がせておいて探る訳ですな。そして、情報も伝達させないようにと」
「そうだ。できるか?」
「お安いご用です」
「そして、酒羅様。また、雉から恨まれますな」
「なに。恨まれてこそ鬼の本分ではないか。」
それ以降、雉は鬼ヶ島以外で空を飛ぶことが許されなくなったのであった。




