第20話 煙草のにおいと甘焦げるにおい 弍
おはようございます。
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ではお付き合いください。
23/7/29日改稿
片手にはフライ返し、服の上にエプロンを纏う優希が翔の目の前にいた。
服装は──、覚えがある。レイヤード風ニットの半袖パーカーにジーンズ。昨日、翔が家を出る優希を見送った時と同じ服装である。
「ヘッ?」
ある考えが脳裏に過ったが、驚きの方が上回っていたのだろう。翔の声が裏返っていた。
優希は翔の不安なんて知らないのか、笑っている。
「楽しそう、フフ」
「ゆ、うき」
翔は優希の顔を見て安堵すると同時に、怒りと腑甲斐なさに陥った。
「なぜ、ここに」
「ん……心配したんだよ」
「優……」
翔はヤミを見たあと確認するようにまた優希を見て、固まる。
ヤミはといえば、翔に向かって言い切った。
「なっ! おまえの女だろ? アレ」
「……ああ」
翔は顔を下に向けヤミから視線を逸らし、呟くように返事をした。優希からも目を逸らす翔を、ヤミは不思議そうに観察する。
翔の内情を納得するやニヤついたものの、笑いを引っ込めて抑えてやった。
優希は翔の様子に戸惑い、声をゆっくりこぼす。
「翔、私を見てくれないの?」
「……」
「優さま」
「優ちゃま」
巫女が沈黙する二人を心配そうに見ながら、優希に声を掛けていた。
沈黙にヤミが堪えれず起き上がり歩き始めた途端、その足を翔が掴んだ。その所為でヤミは盛大に転んだ。
「ブッ」
ヤミは翔を睨みバツが悪そうに髪を掻き、しゃがみこんだ。
その姿に笑う優希。気まずい空気はヤミのおかげで一転するや、穏やかな雰囲気と化す。ヤミと優希が笑い合う。
二人を静かに傍観していた翔は突如、声を荒げた。
「焦げ甘い──、パンケーキ!」
翔は焦げる匂いをいち早く、捉えていたのである。
「あっ、忘れてた!」
優希が下のキッチンへと急いで向かう。ヤミは優希の慌ただしい様子を見送ると翔の頭を、優しく撫でた。
「翔、喧嘩した訳でもなかろう?」
「……」
「悪いのは翔を攫った俺ダ」
「だけど……」
(優希。なぜ付いて来た)
脳裏に過った考えを反芻する。ヤミに、なぜ連れて来たか叱責しようとしたが、自分が招いた失態に寄る結果だ。
翔は口をつぐむが、ヤミにはすべてを見透かされていた。
「約束を破ったのか或いは、心配させたことの方がつらいんだな? ったく」
「─!!」
ヤミはふぅと重く息を吐くと、翔の横に座った。
「どうした? 謝ればいいだろう。俺も悪かったと詫びる。優ちゃんはきっと……」
「うん。心配してくれただろうね」
「そうだゾ」
翔は、深く深く呼吸をした。ヤミの優しさに触れ、翔はもちろん感謝をしているが、それ以上にある不安が頭を過る。
(この人優しいが、これが徒になることも……)
呼吸で気持ちの高ぶりを整えた後、ヤミを凝視し口を開いた。
「何だ?」
「ヤミさんは人格の言う通り、ほんとにアホウだな」
「おまえなぁ」
項垂れるヤミを見て、翔は笑った。ヤミは頭を掻き、翔に訊ねた。
「人格とはどこまで統合を」
「ほんの? 少し」
「そうか意識はしてるんだな」
「うん」
「……飯にするか」
「……優希に持って来させてよ」
「優ちゃんを責めるな。怒ってやるな」
「……」
「何だ」
なぜか急に目が据わる翔がいる。
空気がピリッとなると蛟竜が現れ、ヤミを威嚇した。
この蛟竜はヤミが翔を攻撃する際に出した物である。今やすっかり翔に懐いており、飼い犬に手を噛まれた気分だとヤミは思った。
「おいッ! ソレ返せよ」
「俺のだ! まだ出せる癖にけちらないでよ一匹ぐらい。いいだろう」
「お、欲しいのか」
「うん。気に入った」
腕に巻きつく蛟竜を見て、おもちゃを与えられた子どものように微笑む翔がいる。
「参った。おひい様に似た笑み、表情をされるとイヤとは言えない」
「……ヤミに話したいこと、聞きたいことがたくさんある」
「ああ、俺もある」
ヤミは翔の腕を軽く握り取り、そして皮膚の鱗を眺めた。
「立派な龍だ」
「そうなのか」
「ああ、他の龍遣いが喰いたがる訳ダ」
「喰う?」
「龍はある時期が来ると友喰うんだ」
「友、喰い」
「翔、おまえは明らかに狙われている」
「……俺の中の銀が──、でしょう」
「いや。おまえダ」
翔は不可解な表情を浮かべて、ヤミを見入った。ヤミは溜め息してから翔に問い掛ける。
「……二発目の雷。覚えているか?」
「え? いや、知らない」
「だろうな。だが俺は見知ってる。薄々予想はつく」
「それって……」
「あくまでダ。詳細が分かれば伝える」
「……」
(友喰い。共喰い? ……カマキリかよ、なんだよそれ……)
翔は聞き慣れないおぞましい単語に躊躇しつつも、胸から這い上がってくる悪寒に嘔吐きそうになった。ヤミは、暗く陰を落とす翔の不安に気付くと、話を切り換えた。
「まあ、詳しい話しは今度。飯にしよう」
「ご飯は優希と二人きりで食べたい。ダメ?」
翔は間髪入れずヤミに頼み、目線を下に配り瞳を伏せた。「ハァ」ヤミは呟き、まぁいいだろうと二階で食すことを許した。
「優ちゃんと仲直りするならナ」
「え?」
「言っておくがエッチしたければ鍵締めろ!」
「えっ、いいの?」
「布団もクリーニング! 喜べ防音だ」
「整いすぎ」
「俺ん家なんでな」
ヤミは翔にニカッと笑うと手を振り、ドアを開けたまま下へと降りて行った。開け放たれた部屋に階段の音が鳴り響く。
翔はその音を訊き、目頭を抑えた。
(相談する相手が出来るとは思わなかった)
溜め息をついて、床の上に寝転び直す。見上げた天井は塗り直されたばかりなんだろうか。
その白さは翔の不安を白く塗り替えていく。
(心配してるよなぁ。おじさん、おばさん)
陽介や初恵以外に相談相手が増え、翔は安堵した。しかし、押し寄せた安心感を否定するみたいに頭の奥がチリッと痛む。
単なる頭痛かと、深く考えないでいた翔だったが歯痒い痛みの原因。それは翔の愉悦に気が付き、そのことに喜んでいない『住人』の懊悩だった。
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