【4章・ネクロポリス】4
〜エレガイレ〜
アルスとヴァイオレットがレッドドラゴンに乗りこの大陸を旅立つ数時間前の事、買い物を済ませて馬車に戻ったセレスティーナ達はガーネットの護衛に着いていた近衛騎士が居ない事に気付き困惑しながらも宿泊する予定の宿に馬車を走らせていた
「何処に行ったのかしら……近衛騎士だと言うのに、護衛任務を投げ出すなんて誰かさんと一緒じゃない」
「本当ね、私も一応護衛対象なのよ?」
「まぁ二人共強いし、精霊魔法士に護衛か……普通逆だと思うんだけど」
馬車に揺られながら会話に花を咲かせる五人
ここエレガイレは商業が盛んな街で都市と言える程人が住んでいる訳でも無いが少なからず人も住んでいて日用品から武器、防具まで更に冒険者ギルドだってあるのだ
しかし同時に観光客を狙う盗賊も多く、実際に五人の乗る一際豪華な馬車に目を付けた七人組の盗賊が居た
「あの馬車は……魔法学園の物だな、後続の馬車も無い。襲うか?」
「ん……去年、魔法学園は貴族と平民のクラスが合併したらしい」
「何が言いたいんだ?」
「中に居るのが平民だった場合だろ? その場合は売り飛ばすだけだ」
七人組の男達はフードを深く被り、七人で馬車を囲み並走する
目配せをして襲う機会を窺う盗賊は馬車に身を寄せ、中の音を聴こうと壁に耳をつける
「どうだ?」
「三から五人居るぞ、女が多い……高く売れるぞ」
不敵な笑みを浮かる盗賊の言葉に一人の盗賊が頷き馬車の扉に手を掛けた次の瞬間、何者かに肩を叩かれ振り向いた
肩を叩いたのは緑髪の少年、着ている白い服は中々見ないデザインだ
「ど、どうしたんだい……坊や」
「その馬車ね、実は僕の友人の大切な人が乗っているんだ。勿論僕にとっても大切な人だよ? でも僕の友人は怒ると怖いタイプというか、僕でも手に負えないというか……」
「な、何が言いたいんだい?」
盗賊は目の前の少年から目が離せない。少年が美形だからでも可愛いからでも無い、本能で目を逸らせないのだ。もし目を逸らしたらその時が最期と感じる程に
それ故に地面に度々躓きながらも必死に馬車と併走して少年と会話している状態
「だからさ………君達が地獄を見るのを僕が防いであげるって事」
「地獄? な、何の事を言っているんだい?」
「えーとね、死ぬ事より辛い事をされるかもよ?」
「坊や……この世で死ぬより怖い事なんて無いんだよ?」
「はぁ、あるんだけどな………もう歩くの疲れたから良いかな? 死ね」
馬車を囲んで歩いていた盗賊七人組が最後に感じた首を伝う様な柔らかい風を期に意識が途絶えると緩い速度で進む馬車の通り過ぎた道を見た通行人から次々に悲鳴が上がる
音も無ければ殺害の瞬間を見た目撃者も居ない
「何かしら……外が騒がしいわね」
「有名人でも現れたのでしょうか……」
「盗賊の被害に遭ったとか?」
「大変! 助けなくちゃ!」
「シトリー、ガーネットはこの国の王女よ。今外に出たらもっとパニックになるわ」
「そうね、迂闊だったわ」
五人を乗せた馬車は”何事も無く”宿に着き、部屋に向かう。部屋の前には近衛騎士が数人待機しており、改めて護衛が消えていた事を認識させられる
(私達本当に護衛無しで放浪していたのね……何処に行ったのかしら)
「殿下、お付きの近衛は…?」
「それが突然居なくなっていたのよ。もし見つけたら注意しといて」
「「はっ!」」
ガーネットはそれだけ告げてシトリー達が菓子を食べている所に歩いて行く。今日は休日、課外授業の疲れを癒す日なのだ。悩みや疲れをわざわざ溜め込むのはいつか身体を壊しかねない
香り豊かなビスケットに、紅茶を飲んでいる内に日も暮れて夕食に向かう五人
「ねぇ、セレス達。この後少し鍛錬に付き合ってくれない?」
「えぇ、いいわ」
「王女様の頼みは断れない〜よ〜」
「最近弓の鈍くなったのよね」
「私も最近思いっきり魔法を使った覚えが無いから丁度良かったわ」
王城の料理人が提供する数々の料理を楽しみ、外が暗く危険という近衛達の反対を押し切って五人は外に出て行く
「美味しかったわね、あんなのを毎日食べてたガーネットが羨ましいわ」
「別に、セーレの家も上等な物を食べているでしょう?」
「まぁ、そんな事言ったら皆良い物食べてるよね〜」
「ねぇ……私、敢えて聞にくい事を聞くわ。王女の特権という事で許して頂戴……シトリー、貴方これからどうするの?」
「私ね……そうよね、気になるよね皆」
ガーネットの思い切った質問。この暗がりで尚且つSクラスの女性陣五人しか居ないこの場でしか出来ない質問だ
ガーネットは元からこの質問をする為に皆を誘ったのかも知れない
アトランティスの王女がいくら同級生だからと言って一人を特別扱いしていい理由にはならないが両親と兄弟を亡くしたシトリーがずっと心配で仕方が無かったのだ
だからと言ってガーネットが支援するとなると貴族派の貴族から大きな批判を浴びる事になり、ガーネットもシトリーもSクラスでさえ巻き込まれて大変な事態になりかねない
「実は父の知り合いが協力してくれる様でね、当主になるまでの一年間は色々と支援してくれる様なの。それに父の財産もあるし家も無事…皆には心配掛けたけど意外と大丈夫なのよ」
シトリーの顔に嘘をついている様子は無い。しかし何か引っ掛かるのかグレイスが前に出てシトリーの正面に立つ
「一つ良いかしら?」
「えぇ…何?」
「シトリーは友人だし、大切なクラスメイトだから私、細かい事まで気になってしまうのだけど……支援ってどの家よ? 闇ギルドも関わっていたかもって噂よ……もし黒幕が貴方の事を支援するとか言っていたらどうするのよ!?」
確かにと呟き、小さく頷くセレスティーナとセーレ
「確かに……支援を申し出てくれた二つの家の内、片方の家は過去に一度私を毒殺しようとしてきた怪しい家だったわ。確固たる証拠が無かったから音沙汰無く月日が流れたけどね」
「じゃあ…!」
「いいの、もう一つの家。エルロランテ家は信用出来るでしょ?」
「「「え!?」」」
あまりに衝撃的な単語は夜の静けさに加わる事で五人の居る空間を静寂を超えた沈黙に変える
「それに……」
「な、何よ、まだあるの?」
「えぇ、最初に言った一つ目の家が急に経済的に支援が厳しくなったって、支援を撤回したの」
最初に言った一つ目の家というのが黒幕では無いかとグレイスが疑った家の事だ。黒幕であるならば支援と言って逆に資産を奪ったり、利用する為にメルウッド家を好き放題操る筈だ。撤回するなんてするだろうか
「あと私の双子の兄、トーマスとアルスは昔結構仲が良かったらしくてね……エルロランテ侯爵が支援を申し出てくれたの」
「らしい……?」
「私知らなかったの……兄とアルスの仲が良かったなんて。その時弓の訓練で忙しくて……兄と会う事すらまともに無かったのよ……」
「小さい時から弓の才能があったのね、で兄には才能が無かったと…」
いない物として扱われたのか、それともただ隔離されていただけか、真意はメルウッド伯爵のみが知っている事
悲しいがこれが才能と洗礼の儀式による運というもの。良いスキルを得る者も居れば、勿論良くないスキルを得る者も出てくる
弓に長けていたシトリーは更に【弓聖】というスキルを得た事で兄と疎遠であったのだ
「嫌よね、こんな妹……でも取り敢えず心配要らない事は分かったかな………? あ! 最後に、エルロランテ侯爵からアルスにこの事は絶対に言うなって言われているの」
「何故かしら……」
そうセレスティーナは呟き、首を傾げる
「まぁ安心して、絶対に言わないわ。ねぇ…皆?」
女の約束を結んだ五人の所に金属音を鳴らしながら走り近付いて来る数人の人影が迫る
「「殿下ー!!」」
近衛騎士達がこの暗闇の中猛烈な勢いで走って来ていた




