【4章・ネクロポリス】3
冷たい風が頬を撫でてアルスは目を覚ます。目を開くと目の前に居たヴァイオレットと目が合う
「どうした?」
「いえ、寝ているのか目を瞑っているだけなのかよく分からなくて観察していました」
アルスはこの誰の物なのかも分からない家を勝手に我が物顔で居座っており、もしこの家の持ち主が帰って来た時に備えて『空間知覚』で意識を張り巡らせて居たのだ
半分寝て半分起きている様な状態だった為にヴァイオレットの反応は当然と言える
「寝てたよ。ヴァイオレットも寝れた?」
「はい、とても良く寝れました」
「朝食は………あっちの大陸で食べようか、これ以上この大陸に居ても面白くない」
地面に倒れたままの騎士を放ったらかしにしてアルスはヴァイオレットと共にアトランティスの王都に戻る。行きが長かった旅も帰りは一瞬だ
新しく発見した大陸の住人はアルス達の住む大陸の事を知っているのだろうか
聞きそびれた情報も多かったがこの大陸では戦争が起こっているという情報はとても大きいだろう
元々目的も無く、気分で来てみた場所だ。ドラゴンが住んでいる場所も分かりこの大陸以外にも人間が住んでいる事を知れただけ人生の経験としては良い物だったのだろう
「今直ぐ、朝食をお作りしますので少々お待ちを!」
学園の寮、去年と変わらずこの寮に居る理由は三年生寮と言われる場所が新一年生の寮となるからで決してアルスが留年したという訳では無い
「今日は……休みか」
現在アルスは王都に帰って来ているが、他のクラスメイトはエレガイレに居る筈だ
アルスとしては今日中にあの大陸の事を学園の大書庫で調べてセレスティーナやガーネットに生存報告をしたい所
ヴァイオレットの作った朝食を食べてアルスは少し汚れた服を脱いで学園の制服を着る
「少しあの大陸を調べるのに着いてきてくれないか?」
「はい、何処でも着いて行きます」
自然と笑みが毀れるアルスはその顔を隠し、ヴァイオレットに背を向けたまま部屋の扉を開く
学園の敷地内では桜が舞い、春である事を再認識させられる
綺麗に刈り整えられた芝生に寝転がる生徒も居ればベンチに座り寝ている生徒も居る
「春ですね」
「そうだな、こんなに綺麗な物だったとは。去年の桜は……あまり覚えが無いな」
「色々忙しい時期でしたので、仕方の無い事かと。去年に比べて今年の春は心に余裕があるという事なのでは?」
「そうだな、心に余裕か………まぁ気を抜くつもりは無いが大切な事なんだろうな」
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〜大書庫〜
アルスとヴァイオレットの前に置かれた大きな本の山はどれもこの国の歴史関連の物
今の所あの大陸に触れている書物は無く、苦戦している二人
「何故ここまで記されていないんだ……」
「恐ろしい程触れられていませんね」
「それに俺達が行った街、相当技術レベルは高かった様に見えたぞ……着る服や家の一つ一つの構造は違えど似通っている所はあった」
「なるほど…何方かが何方かに少なからず技術を伝えていた可能性があると」
「有り得ない話では無いだろう?」
「確かに向こうの大陸にも貴族が居る様でしたし、国の構造も少し似ているのかも知れませんね」
頁を次々に捲り、内容を読み込みながら言う。所々アルスに手掛かりにならないか確認を取りながらまた違う本へ違う本へと取り替えていく
「あのー、アルス=シス=エルロランテ様ですよね?」
本を読むアルスに話し掛けてきた少女は見覚えの無い事を鑑みると一年生だと思われる
「そうですが、何の用でしょう?」
「今年の首席、マリー……え?」
マリーという少女は目の前に居た筈のアルスとそのメイドが消えている事に驚きを隠せない。雷魔法に希少な時空間魔法を持ち、剣術はSランク冒険者に匹敵する程と言われている逸材アルス=シス=エルロランテは次代の雷帝とも未来の公爵とも囁かれている逸材の中の逸材
しかし本人は納得していないのかあまりその話題に触れない
マリーが魔法学園に入学して一番耳に入って来る単語がエルロランテだったと言っても過言では無い
首席で入学する事、それ即ち未来の地位が確約された様なもの。王国で重宝されるのは勿論、将来の婚約にも大きなアドバンテージとなり他の令嬢よりも優位に立てるのだ
しかし、学園の職員が口々に言う”エルロランテ程じゃない””彼奴は化け物だ”その言葉が首席合格しても尚頭に残り続けた
「時空間魔法かっ! 逃げられたぁぁぁ!」
悲鳴を上げたマリーは大書庫の司書に叱られるが一言謝りの言葉を入れると直ぐに走って大書庫を出て行く
アルスは『空間移動』で学園の屋上に居た。アルス自身声を掛けてきた少女がどんな人間なのか把握はしていた
しかし、首席であるアルスに自らを首席と名乗る事は明らかな実力の背比べでアルスに挑戦を仕掛けて来ている事と同じ
「マリー=トロワ=アイゼンドルフ。彼女は危険だな」
「始末しますか?」
「おいおい……闇ギルドじゃないんだから、セバスに変な事教えられたのか? 学生は困ったら人を殺すという考えを先ず持たないぞ」
「す、すいません……つい」
(つい………)
若干ヴァイオレットの言動が頭に引っかかるが気持ちを切り替えてアルスはヴァイオレットを連れて再び、大書庫に戻る
「うん、居ないね。後何冊あったかな」
「十冊程です」
「よし、終わったらエレガイレに戻ろう。俺は一応王女の護衛だからな……読書してるなんて……処刑される」
読み終わる本は次々に減っていくが目的の内容が記された本は一向に見つからない
「これが最後ですね、大陸冒険記です。大陸を見たたと言っても乗り込んだ訳では無い様ですのであまり参考にはならないですね」
「そうだな……あの一年生に見つからない内にエレガイレに向かうか」
「はい!」




