【4章・命の価値】4
いつもご覧頂きありがとうございます。そう言えばARROWの新シーズンがNetflixにて公開されましたね。本当にいつ見ても全てのアクションが丁寧で映えるドラマですよ
レッドドラゴンの前に立ち、魔力を高めるアルス。あくまで高めているだけでレッドドラゴンに向かって放つ事はしないつもりだが伯爵やカリス、ジェイクなど後ろからの視線や圧に押されて放たざるを得ない状況だ
その時、アルスの身体が硬直してレッドドラゴンの開きかけている眼に向かって自然と視線が動いていく。そして意識してずらそうとしても体が言うこと聞かず、アルスの小さな灰色の瞳はレッドドラゴンの大きな黄色い眼に捉えられて動かせなくなる
目から感じるのは無関心といった怒りも無ければ悲しみも無いただ呆然とした様な感情
高めていた魔力もいつの間にか消失して気付けばエスト神聖王国の全員以外の人間は尻もちを着いたり、逃げ出していたり、物陰に隠れて様子を見る者まで居る始末
「おいおい! お前ら………今更怖気付いているのか!?」
後ろで騒ぎ立てる伯爵達を煽る
「は、は、早くっ! ドラゴンを殺せぇっ!!」
「レッドドラゴンが暴れて反撃してきたらどうするんだ? 皆死ぬぞ!?」
「じゃ、じゃあ待てぇっ!! 「不要だ」…んっ!?」
手を前に突き出したカリスは伯爵の命令を遮り、レッドドラゴンを謎の圧力で押さえ付ける。首を持ち上げていたレッドドラゴンも謎の圧力に押されて地面にめり込むように沈んでいる。圧力による影響か不思議とレッドドラゴンが歪んで見え、アルスの周りの小石や砂が浮き上がり、更に地面や外壁に入っていた亀裂も大きくなっていく
「アルス=シス=エルロランテ、まさかとは思うが我々に反抗する気か?」
「そんなつもりは無いよ、俺だってレッドドラゴンと対面したのは初めてなんだ。もう少し様子を見たい」
「何だお前……一体何を……」
一瞬、不自然なアルスを疑ったその行動がレッドドラゴンを押え付けていた圧力の強弱に綻びを生む事になり、口が開かない様に縛られていた太い鎖をカリス自らが破壊してしまう
「しまっ………」
直ぐ様開かれたドラゴンの大きな口には既に炎が集まっており、逃げ出そうにも手遅れである
巨大な炎はアルスを包み込み、後ろに居る伯爵やカリスの方へ向かっていく。そう思われた時、一人前に出ているアルスの後ろに巨大な結界が張られて一直線に迫り来る炎も地面を這うように広がる炎も結界によって熱気一つ通さず完封する
「なんて炎だ………傷を負っていてもこの威力、雷帝の称号を得るのに相応しいドラゴンだ!」
「アルス=シス=エルロランテ、何故我々を守った? 守らない選択肢を取った方が良かったのではないか………?」
(別にお前らを守ったわけじゃない……が、好都合か)
「お前がドラゴンの炎くらいで死なない事は知っている。癇癪起こして王女達を殺されても困るのは俺の方だからな」
未だにアルスを疑っているカリスはエストの騎士達にレッドドラゴンを再び拘束するように命令を出す
「流石は第三王女の護衛といったところだな。あのレベルの結界、あといくら出せる?」
「もう出せない、あの結界は魔力を根こそぎ持っていかれる。----あと二時間あれば何とか出来るが」
これは勿論嘘だ。人間の魔力量は本人しか把握出来ない数少ない情報であり、例え神であってもアルスの発言からその真偽を見極める事は難しい
最低でも残り二時間、稼ぐことさえ出来ればアルスは満足なのだ。問題なのはカリスやベルモット伯爵がこの二時間を認めてくれるかどうか
しかしベルモット伯爵にとってアルスは命の恩人であり、今アルスに多少情が傾いていてもおかしくはないのだが
「良いだろう!二時間だ。エルロランテに猶予を与えるのを許可する!」
やはり情が傾いていたベルモット伯爵は不満げな表情を浮かべるカリスを差し置いてアルスに二時間の猶予を与える
「一体何の二時間だ……二時間程度で回復する魔力量などたかが知れている……」
ベルモット伯爵に微笑み、礼をしたアルスはそのまま踵を返してレッドドラゴンの方へ一人で歩いていく。レッドドラゴンと膠着状態にある騎士達より前に出てドラゴンの腹にある深い傷を眺める
あまりにも突飛な行動に騎士達も唖然とする
「深いな…こんな傷誰が付けれるんだ…槍では無いか、しかし剣にしては大きい……大剣でこの傷を与えるのは難しいだろうから……いや、でも眼の傷は剣だな。この大陸にそこまでの剣の達人が居るのか?」
そう呟き、アルスはレッドドラゴンの傷に手を伸ばす。触れてみて分かる傷の深さと不自然な程綺麗な他の鱗
(この傷、一体一で受けた傷だな。剣を使いレッドドラゴンと一人で張り合える人物……化け物だな)
特徴的な眼と腹の傷以外に特に大きな傷は無く、他はどれも最近付いた土汚れや岩や石で擦れた傷が多い。滅龍騎士団など龍種を相手取る人間は基本的に大人数で少数の龍種と対峙する。その為に人数が多く手数が多い人間側は少なからず龍種に傷を負わせる事が出来るのだがその浅い攻撃は分厚い鱗に阻まれ傷とも言えない”跡”となる場合が多い
その跡すら無いこのレッドドラゴンは異様なのだ
胸を抉り眼を潰す
撃退するには十分過ぎるダメージだが、たった二撃。それ以上でもそれ以下でもなく一撃一撃が致命傷レベルの斬撃を放つ存在からこのレッドドラゴンは逃げて来たのだろう。しかしアルスの心の中にそんな斬撃を放つ存在からどうやって逃げ出したのか、という疑問もある
「あ、そうだジェイクって言ったよな? 何方が雷帝に相応しいのか模擬戦といこうじゃないか」
本当はやりたくない事も時間稼ぎの為にしなければならない。少しでもエストの騎士やベルモット伯爵側の人間の注意をこの小屋の外に向けてはならないのだ。それは計画の破綻に直結し、同時にかけがいのない大切な人達を失うかもしれない運命の分岐点になる
「良いだろう……勝負だ」
物陰から出てきたジェイクの目尻は赤く、先程まで恐怖で震えていたのが見て取れる
【雷魔法 3】のジェイクは【雷魔法 9】のアルスに勝ち目は無い。この事実は如何なるイカサマでも覆される事が無い
「その勇気は認めよう。でもその選択で後悔をする様ならば今直ぐお父上のしている事を止める事だな」
「後悔……何を言っているんだ? 俺は雷魔法を持つ人間だ、この国の頂点に相応しい素質を持つ人間なんだ…エストの力を借りるくらいどうってことない!」
「お前のお父上は人を捨てようとしているぞ」
何を言っているのか分からないといった表情で顔を横に振るジェイク。父の変容を微かに感じていたのかもしれないが、それを認めたくないが故に心を押し殺してただ操られる父の傀儡として生きてきたのだろう
「黙れっ! お前に何が分かる! 雷魔法の希少さで紛れるレベルの低さも、入学が近付くにつれて高まるプレッシャーも……全てお前を基準にされるんだ! エルロランテの跡継ぎはレベル9だと、雷魔法が使えるエルロランテの息子は首席だと、お前さえ居なければ………もっと楽しい人生を歩んでいけたんだ………」
「そんな理由でお父上の愚行を容認するのか、正直言って弱いぞ…お前。俺だって最初からレベルが高かった訳じゃない、鍛錬に鍛錬を重ねたんだよ。それにその歳で人生を語るのは今を生きる全ての人間を侮辱している………手にした人生をものの数分で消し去る人間だって居るんだぞ?」
バチバチッ
ジェイクの手に雷が集まっていく。感情の起伏が影響しているのか魔力が暴走している様にも見え、制御出来ていないのかジェイク本人の服の裾が若干燃えている
突き出したジェイクの右腕から放たれた雷光はアルスを上から覆う様に襲い掛かる
避けることはしない。ただ正面突破する事だけを考えてアルスは即座に生み出した雷の塊を雷光にぶつける
若干紫帯びたアルスの雷の塊はジェイクの放った黄色の雷光と衝突し爆発する
「く………うっ……まだだ!!『迅雷』」
吹き飛んだジェイクは膝に手を当てて『迅雷』で不動のアルスに迫っていく。一見攻撃後の隙を突いたかのように見えたこの『迅雷』をアルスはしっかりと両目で捉えて雷纏い動くジェイクの腰をミドルキックで弾く
アルス程雷魔法を見るのに慣れていて、動体視力の優れた人間は居ない。ましてや最近は雷帝の動きも研究し、より一層動体視力に磨きがかかっている
「ぐっ……おぇっ……」
地面を転がるジェイクに受け身の知識は無いのか数回地面を跳ねながらこの小屋に無造作に置かれている木箱に激突する。しかし、痛めているであろう右腕をそれでも突き出すその姿に降参の様子は見られない
「まだやるか?」
「-----当然だ!」
再びアルスに迫る雷光を体を捻り、跳んで、反って避けていく。複数の雷光を掻い潜ったアルスの腕がジェイクの胸ぐらを掴む
「俺に小児虐待の趣味は無いが…仕方無い…呼吸忘れるなよ」
片手でジェイクを持ち上げたアルスはそのまま弧を描くように振り回し背中から地面に叩き付ける
「……はぁっ……はっ……はぁっ……はっ……」
仰向けのジェイクは手足を大の字に広げ、滝の様に汗を流しながら激しく胸を上下させている
(所詮、レベル3といった所ね。でも感情の起伏による魔力の増大と暴走………面白いわね)
「カリス様、報告が………屋敷に居た騎士が………」
「----な、何!? 謀ったなアルス=シス=エルロランテっ!!」
鬼気迫る表情でアルスを睨みつけてくるカリス。一歩一歩地面に沈み込む程の圧力を身に纏いその場から動きもしないアルスに迫っていく
カリスが一定距離近付くとアルスは手に着けられた枷を引きちぎり、手首を回しだす
「これ結構辛いね、-----で、何?」
「私の部下に何をしたっ!! それに…枷まで外して……お前は自分の状況を理解しているのか!」
「信頼厚い俺の専属メイドがやってくれたのかな、本当に……何でウチの家人は皆強いのさ、困っちゃうね」
手を上げて首を左右に振るアルスの足が突然地面に沈み込む。レッドドラゴンを抑えていた謎の圧力だ
しかし、動じない。踝まで沈んでいるアルスは苦痛の表情すら浮かべる事無く満面の笑顔を浮かべている
「巫山戯るな--------もういい、お前の愛した人全て地上から消し去ってやる」
そう言ってカリスが手を上げると後ろに控えていたエストの騎士が小屋の出口の方へ走り出す
「ん、まさかとは思うけど今から向かわせるのか? 足で? それとも馬?」
カリスが殺すと宣言したにも関わらず平然と何一つ表情を変えることなく質問する
「お前は……何を………」
「はぁ…これからエストの騎士団には時空間魔法士の人材が沢山要るね。人の足でも馬でも時間が掛かり過ぎるだろ? お陰で見積もった時間が大きく無駄になった……かな?」
予定より三十分程早いがしっかりと時間は稼げているだろうか。アルスはコホンと咳払いし、軽く声を出す
「あ、あ、-----時間稼げてたかな? グロウノス」




