【4章・実地訓練】3
皆が居る地点に『空間移動』で戻ったアルスは全員の疲労困憊した姿に笑いを隠しきれない
アルス自身数分前まで吐血し、軽い脳震盪だったのだが体に悪影響は無い
「あ、アルス。戻ったのね………って何その血!!」
「やぁ、セレス。これは動物の血だよ、鹿が居てね少し命を頂いたんだ」
「怪しい……」
地面に木が組まれ火が起こされているのを見るにここで休んでいるのだろう。奥には双剣を研ぐセーレやキングベアーの頭を担いで此方に歩いて来るストレイフが見え、オロバスとエリゴス、シトリーが大きいテントを立てている
「ガーネットは?」
「今グレイスと近くのポイズンホーネットの巣を破壊している」
「へぇ、ポイズンホーネットの巣ね。俺も見かけたけど結構大きくない? 大丈夫?」
「あ、アルスは”人間を舐めるタイプ”なのね♪」
「え、舐めてる事無いけど?」
「実はね……さっき………」
セレスティーナからアルスの居なかった時の一連の流れを聞いたアルス
「そういう事があったのか、面白いね」
「でしょー? まぁ、どちらが正しいとか間違ってるとか無いと思うけどね」
「そうだな、間違いない」
近くの枝木を焚き火に投げ込んでいく。そこに現れたカルセインは持ってきた木をアルスに投げる。その太さは焚き火用では無いように思えるがアルスは焚き火に添えていく
「おい、アルス〜!!テントを立てるの手伝ってくれ!!」
大声で呼ぶオロバスに手を振り答えたアルスは一緒にカルセインを引っ張り連れていく
「このテント後何個立てるんだ?」
「この二つだけだ」
「え?」
「あぁびっくりするだろ? いくら広くても男女で一個ずつは厳しいよな」
オロバス、エリゴス、シトリーが立てているテントの広さは縦横十メートル、高さが三メートル程のテント。戦争時、救急施設として利用されるテントを縮めた様な見た目をしている
「皆はこれに納得したのか?」
「まぁ、荷物もこれが精一杯だったしな。広さなんて誰も知らなかったんだ」
「これは………ガーネットが何を言うかな」
横で小さく笑うカルセイン。普通ならば王族であるカルセインにも不平不満がある筈のこのテントだが何も言わずに二個目のテントをシトリー、エリゴスを連れて立てようと向かう
アルスも一個目のテントに全員の荷物を運び込んだ後、セレスティーナと共に焚き火から少し離れた倒木に腰掛ける
「星が綺麗ね」
「そうだね、学園で習った物を信じるならあれらはとても大きいそうだけど……どう見ても小さいよね」
「異世界の転移者とか転生者が言い出したって言っていたけど……自分達で見ない限り信じれないわよね」
「うん。転移者に転生者……何者なんだろうね」
その時、空が輝き流れ星が一つ流れる。アルスとセレスティーナの感嘆の声が重なり木々が揺れる
普段この様に注意深く空を眺めた事があっただろうか、輝く星々に目を奪われ自分の肩に頭を置くセレスティーナに気付かないまま時間が流れていく。夜風が肌寒くなる季節、自然と距離が縮まる二人に容赦なく振り下ろされた魔法の杖は幻想的な一時を破壊した
「ちょっと…何二人で楽しんでんのよ。風邪引くわよ、帰りましょう」
杖を持つのはガーネット、その後ろには苦笑いのグレイスも居た。魔法の杖を持っていて普段何も持たずに戦うグレイスにしては珍しく思える
「あぁ、寝ちゃうところだったよ」
「えぇ、風邪引いたらいけないわね」
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焚き火の周りに集まったSクラスは今日を振り返り、笑い合っている
アルスの設定上、鹿を倒したという事になっているがそれにしては汚れている服装に全員が疑いつつもカルセインが話を変えて意識をずらしたりと気を許しているのか、以前少し感じていた壁も無くなっているように思えた
「そう言えばアルス! お前は魔物に舐められていると思うか? それとも人間が舐めていると思うか?」
突然のストレイフからの質問。セレスティーナから聞いたグレイスとストレイフ、どちらの意見をとるか、本人はどっちをとるか気になったのだろう
「そうだな……魔物によるってのはあるとは思うけど、強いて言うなら人間は魔物を舐めているのだと思うぞ?」
「ほら……アルスはこっち側よ」
グレイスが当然と言わんばかりに鼻を鳴らし、胸を張る
「お前はそっちか………理由を聞いても?」
「理由か……確かに大体の魔物は人間種を舐めている。それも知能がある種族程ね、でも話が変わるのが龍種だよ、アイツらは強い…これは事実で今後一切変わる事じゃないだろう?」
「でも…」
少し反論しようとしたストレイフに口角を上げて微笑むアルス
「そこだよ、身体能力も体格も劣っているのにも関わらず”俺は勝てる、俺なら違う”この考えが全員あるんだ。武器を扱う人間に限ってね…これが舐めているっていう事だろう? 龍種だけじゃない、さっき言った大体の魔物ってのも自分達が意識せずともなめているんだよ。因みにだが……龍種の多くは人間を舐めてなんかいないぞ、アイツらは人間が鹿や兎、牛や豚を殺して食べるように特に感情を持たずに”食べ物”として人間を見ているからな」
「そうね、アルスの言う通りだわ。ストレイフの負けね」
「なんか悔しいけど、言われてみればだな…」
グレイスの勝ち誇った笑みに悔しがりながらも笑うストレイフ。髪をかきあげるその手には血が着いていて今日だけで相当魔物に対して剣を振るった事が分かる。魔物が人間を舐めている、舐めていない論争に答えが見つからないまま二年生に上がった事について語り合ったSクラス、新しい生徒会副会長が平民という事だが、知っての通りこのクラスに平民だか貴族だかで差別するような人間はおらず、全員へぇー、といった感想しか持ち合わせていない
「その平民の副会長って特別なスキルでも持ってるの?」
シトリーの問いは誰しもが考えた事だろう、しかし名前すら知らない人間のスキルだ、知っている方が珍しい
「聞いた話によると魔法スキルは持っていないそうだ」
問いに答えたのはカルセイン、カルセイン独自の情報網は広く、そして深い。奴隷愛好家として知られているカルセインも学園という枷のお陰か昔良く聞いた悪い噂も今は聞くこと無く、今では誇張された情報を貴族派の貴族達に言いふらされていただけだとアルスは自分で納得している
「魔法スキルを持っていない? よく副会長になれたわね………」
「おいおい、去年のエーデガルド副会長も魔法スキルは持っていなかったぞ」
「あの方は武術スキルで十分強いじゃない! あの方は例外よ!」
ゼロを尊敬しているのだろう。シトリーの言葉からはエリゴスを圧倒する程の凄みを感じる
「そ、そうか………そう言えばアルスとエーデガルド副会長は親戚なんだろう? 卒業後どうするとか聞いてないのか?」
「ゼロ義兄さんは次男だし、家はなんたってドゥルーズ獣王国との国境を守る辺境伯家だからね……多分だけどエーデガルドの軍を率いて国境警備くらいじゃないかな」
「凄いな…副生徒会長は………ドゥルーズの獣人って強いのかな」
「まぁ、分からないけど……ただ一つ言えるのはこれまでの歴史の中で魔法を使う人間に生身で張り合って来たんだ……弱くは無いよね」
焚き火の木が弾け、組んだ木が崩れる音が静寂の森に響く。舞い上がる煤は月に照らされて煌々と輝き遥か上で煌めく星々と同化するように飛んでいく
「カルセインはどう思うんだ?」
「どうだと?」
「す、すまない……不敬罪になるのなら謝罪する…」
「大丈夫だ、俺もただ聞き返しただけだ」
「じゃあ、もう一回聞くけど…獣人についてどう思うんだ?」
「ん……まぁ、まずアトランティス王国と獣王国では話にならないな、強過ぎる。現在は部族対立している獣王国だが纏まり出したら間違いなくアトランティスに侵攻を始めるぞ」
カルセインがここまで言うのならば事実なのだろうが獣王国の部族対立はここ数百年解決していないと言われており、進軍の可能性は今のところ無いに等しいだろう
「じゃあ……エーデガルド辺境伯はそんな極限状態で日々暮らしているのか?」
「だろうな、部族から溢れた獣人を撃退するのに追われる日々だろうが、それに見合う兵力を持っているからな辺境伯は……」
それから暫く焚き火を囲み話したSクラスは明日に備えてそれぞれがテントに戻っていき仮設のベッドで就寝する。貴族である彼等にとって経験した事の無い就寝環境は翌日の目覚めに大きく影響を及ぼす。しかしこういった経験こそ課外授業の課題の一つであると、そう信じてSクラスの全員は長い長い夜を明かしたのだった




