【4章・実地訓練】
野鳥が鳴き、木々が揺れる。気持ち良くなるこの風も早朝ならではの楽しみの一つだ
課外授業一日目の朝、いつもと違う人数で虚無の大森林でキングベアーを殴り殺していたアルスもいつもより早めに鍛錬を仕上げて『空間移動』で一年女子寮の前に移動する
”いつもと違う”というのは専属メイドのヴァイオレットと白い仮面に黒いローブを纏い、赤黒い片手斧に血を滴り落ちる様子が良く似合う男。死神ことグロウノスが共にキングベアー狩りに付き添っていた為である
「おい、女子から変態のレッテルを貼られても知らないぞ」
「ハハ……」
「大丈夫だ、この時間はまだ部屋に………」
キャァァァァ
「ほらお前、後ろに居る女子が悲鳴を上げているぞ」
後ろに居た女子は此方を指差し手に持っていた槍をその場に落としたまま走り去っていく
「違くないか……? あれお前を指差していたぞ」
「えぇ確かに。グロウノスさんを指していましたね」
「いやいや……俺の何処に指を指す要素があるんだよ」
「要素しかないぞ……」
”今日のグロウノス”は仮面から茶髪がはみ出ており、変装に茶髪を使っているのが分かる。日に日に変わるこの変装もなかなか同じ変装をしている事が少なく、時空間魔法やアルスが渡した指輪が無ければ絶対に本人を特定する事が出来ないように思える
仮面とローブはアルスがグラムの武器屋で補強した代物で一目で恐怖を感じるその白仮面と怪しい黒いローブは魔法学園生が逃げ出すのには十分過ぎる衝撃を与える
そういうやり取りを二十分。なんとかグロウノスに仮面を外してもらう事に成功したところにセレスティーナとガーネットが寮から出てくる
「あら、ヴァイオレットさんと闇ギルドの……」
「グロウノスさんよ、変装しているけどその斧持ってたら………ね」
「おはよう、セレス、ガーネット」
「えぇ、おはよう」 「おはよう♪」
アルスはセレスティーナとガーネットと共に教室に向かおうと歩を進める
「グロウノスさんに一つ聞きたいのだけど、いいかしら?」
「グロウノスでいい、それに正直言って嫌だな」
「じゃあグロウノス、それは何故?」
「聞きたい事はお前らの同じクラスにも居るメルウッドの事だろう? 俺から言える事は他の貴族からメルウッド伯爵の殺害依頼が闇ギルドに上がった為に殺した。そこに私情などは一切無いという事だけだ。その場に居た第二王子の臣下を殺したのは………彼奴らの気分だろうな。それとこの国の弊害になると判断した結果だと俺は思う。以上だ」
饒舌に話すグロウノスに思わず笑うアルスに横蹴りが入るが結界で弾かれる
「じ、十分よ。闇ギルド側の事情は大方把握したわ……でもクラスにメルウッド伯爵家の者が居るからそこは配慮した方がいいわ」
「要らない気遣いだな、我々は依頼通り動くだけだ。それ以下でもそれ以上でもない、誰が何を言おうと俺に責任は無い」
「まぁまぁ、二人共そろそろ校舎だよ。グロウノスは王都で良いんだよね?」
「あぁ、頼む」
『空間移動』
アルスがその場から一瞬で消える。そして数秒後再び現れ、行こうと言って三人を伴い歩き出す。半ば強制的に送り出されたグロウノスだが実際に王都に用事があるのは事実なので嫌々という訳では無い
「アルスは課外授業ってどう思う?」
「それ、私も聞きたい!」
「どう思うかぁ………みんな実力は備えているから一見楽な授業に思えるけど、俺は違うと思うんだ」
「違うって?」
「魔物でも殺すと精神的に辛いところがあるんだよ。それも人型になるにつれて辛さが増していくんだ」
アルスの言う人型魔物というのは主にゴブリンやオーク、トロールを指す。学園で学ぶ知識ではこれらの魔物は魔王軍の主力部隊として太古にこの大陸を支配していた魔物という事になっている
現在この大陸でゴブリンやオーク、トロールの発見情報は少ないが、その繁殖力や凶暴性、知能を考えると絶滅は考えられないと学園の先生が言っていた
「人型ね……アルスがよく狩るキングベアーはどうなの?」
「俺は何故かキングベアーが平気なんだ。ただ平気という訳でもなくてね…あくまで病むことは無いって感じなんだ。少し恐怖は感じるけど、特に亜種は」
「アルスでも恐怖を感じるのね」
「そうね、少し意外だわ」
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王立魔法学園〜Sクラスの教室〜
「……という事だ。今日向かうのはスリク街道の横にある平原だ、近くに森もあり魔物も少なくない地帯となっている。因みにカルセインとアルス。従者の同行は禁止だからそこは頼むぞ」
「分かりました」 「了解した」
Sクラスの皆は三手に別れて学園の手配した馬車に乗り込んでいく。勿論アルスはカルセインとガーネット、セレスティーナと乗り込んでいる
天気も良く、気分が上がる課外授業に心躍らせるSクラス一行は一、二時間ほどかけて目的に到着する
辺りを軽く歩いて地形を確認する。勿論アルスは事前にここを調べ尽くしており、出現する魔物も一通り把握している為、カルセイン達に着いていくだけだ
今回アルスが事前に探索した限り気になる点が二つある
一つ目はこの付近に冒険者が居ない事
二つ目は魔物がやたらと多い事だ
一つ目の原因になるのが恐らく近くに街や村が無く、魔物の強さもそこまで無い事から、”おいしくない”場所というのが大きいだろう
二つ目の原因は一つ目の原因も関係して冒険者に狩られる事の無い魔物は増殖するというもの。しかし、何処の人間でも知っているようなこの常識を越えてくる程、増殖しているのだ。それも街や村に溢れる事無く森の中、山の中とまるで戦力を蓄えているかの様に
「それでは皆、武器を整えて森に入るぞ。途中まで俺が着くが……その後はお前ら次第だ。今回の課外授業だが明確な目標は定めていない、それも一人一人課題があるはずだからな……自分で見つけて解決するんだ---------行くぞ!」
皆が頷き森に入って行くアリティア先生に着いて行く。学生とはいえ軽く装備を着ている為にこの課外授業を授業と思えないのは自然な事だ
胸当てに慣れていないカルセインやセーレ、慣れている様子のストレイフやエリゴス。ガーネットも少し動きづらそうにしている
既にエルロランテ邸にグラムに頼んでいた全身鎧が届いた事をヴァイオレットを通じて知ったもののまだ使う場が無く、鎧に慣れるにしてもヴァイオレットから聞いた鎧の情報を聞くに無理な気がしてしまう
胸当て程度は入学前の鍛錬で経験しているが故に全身鎧の扱いにくさは想像出来る
(早く着たいな、習うより慣れろだし)
「ちょっと、アルス。今何かいたわ」
「あぁ、デビルファンゴだね。速い魔物だよ」
Sクラス全員がガーネットの指差した方向を凝視する。その姿にアリティア先生は笑うが生徒の気持ちにあるのは恐怖と緊張、姿が一瞬見えたというだけで全員がその姿を確認した訳ではなく、より”見えない”という恐怖心が生まれるのだ
ガサガサ
この刹那、草木が揺れて物音のした方へ向かうのはカルセインの魔槍。音とほぼ同時に放たれた槍は草本層の草木に突き刺さり、デビルファンゴと思われる魔物の断末魔が聴こえる
「流石、カルセインだな」
アリティア先生が褒める。ストレイフやオロバスも感心した様に頷き、カルセインの肩を叩く
感知してその方向へ槍を投げるその動きは完全に玄人のもので、躊躇いもなく、そして正確な投擲。ここまで教え込んだ近衛騎士団長の化け物的所業には興味が湧く
「どうしたアルス? 怖くなったか?」
「ハハハ、御冗談を」
アルスを煽りながらカルセインは魔槍を取りに行く。不思議と一瞬アルスとカルセインとの間に稲妻が走った気がしたSクラス一行は気持ちを切り替え再びアリティア先生に続いて森の奥へと進んで行くのであった




