【4章・力への飢え】2
勇者パーティは現在荷車に乗り、エスト神聖王国の街道を進んでいた。疲労が溜まる長旅も冒険の醍醐味だが、長距離移動を嫌う冒険者も少なからず居り、数が非常に少ない時空間魔法士はこういう場面で密かに重宝されている
逆を言えば時空間魔法士というのは基本的に価値を見出されていないというのが現状なのだ。勿論技によっては最強ともなり得るが、使用できる者がまた更に限られてしまう
長い事荷車に揺られ着いたのはエストにある小さな宿場町。ここには多くの宿屋があり、冒険者が良く利用する町の一つだ
「ユリウス、カーミラさん、静音を頼みます。俺は依頼場所までの地図を貰ってくるので」
「あぁ」 「えぇ」
祠堂は一人、町にある商会へ足を踏み入れる。中にはエスト神聖王国ならではの宗教的な物から生活必需品まで何でも揃っている
祠堂は商品を一瞥し、受付まで真っ直ぐ歩いて行く
「すいません、この付近の地図を頂けないでしょうか?」
「貴方は?」
「冒険者です」
「ランクは?」
「Sランクです」
「ん”〜怪しいけどなんとなく貴方が強い事は分かります。信じましょう、-------これが、この付近の地図です。多くの街道が入り乱れる人気の多い地域ですので周辺被害にはお気を付けてくださいね」
「分かりました。ありがとうございます」
祠堂は貰った地図を丸めて礼を言う。何も買わないのは失礼だと感じたのか目の前にあった商品を手に取り購入して店を出る
店を出て宿屋に戻った祠堂は丸めた地図を机に広げて静音と覗き込む
「確かに街道が近いな、この付近でマッドゴーレムなんて危険過ぎるぞ」
「どうする兄さん? この仕事は早く片付けた方がいいよ?」
「明日ゆっくり向かおうと思っていたけど……明朝早めに出るぞ。----ユリウス、カーミラも良いか?」
「問題無いね」
「そうね、でも準備はしっかりしないとマッドゴーレム五体は……苦戦するわよ」
ユリウスは装備の大盾を磨きながら答える。カーミラは本を読みながら答えた
〜明朝〜
特に何も無い丘に響くマッドゴーレムの不快な雄叫び
四人はマッドゴーレムを順調に狩っており、数は既に残り三体。カーミラの魔法がマッドゴーレムを怯ませ、ユリウスが攻撃を防ぎ、祠堂が攻撃する。消耗した分は静音が治癒し、三人の後援に回る
「任せろっ!」
マッドゴーレムの攻撃を前に出たユリウスが受け止める。見に受けたら骨が粉砕する様な攻撃もユリウスの大盾で無力化される
隙が生まれたマッドゴーレムにカーミラと静音が魔法を叩き込む。怯み雄叫びを上げるが祠堂のカリバーンに胴体を両断されて動きを止める
「あと二体だ! 皆気を抜くなよ!!」
「あぁ!」 「「えぇ!」」
二手に分かれたマッドゴーレムの内一体は祠堂単体で、もう一体を残りのメンバーで当たる
順調かと思われた矢先、マッドゴーレムの死体が撒き散らかされた地面がぬかるんで祠堂の足がもつれる。バランスを崩した祠堂はマッドゴーレムの蹴りを身に受けて吹き飛ばされる
「兄さんっ!! 」
「だ、大丈夫だ! 少し気が抜けていた……」
「ハハハ! 天下の勇者様が恥ずかしいな!」
「ユリウス! 貴方も余所見しないで! 攻撃来るわよ!!」
強烈は一撃を大盾で弾くユリウスは余裕の表情で既にマッドゴーレムを追い込んでいるところから勝利が見えている
「そろそろ俺も気を引き締めるか…………神器解放っ!!」
カリバーンが白く輝き、マッドゴーレムが後退る。祠堂は軽快に剣を振り回し構え直し、マッドゴーレムに向かって走り出す
二つの聖剣の邂逅まで残り数分、奇妙で偶然とは思えない引き合わせは今後にどう影響するのか
〜数分後〜
「そろそろ帰るか、魔石の回収は済んだか?」
「えぇ、大丈夫よ」
「そう言えば祠堂、何故…神器解放を? しなくても倒せただろう?」
当然の質問に詰まる祠堂。正直祠堂も特に考えがあって解放した訳では無い、貴重な神器解放は無闇矢鱈に使えないのだ。しかしあの場面で使用した、何かに引き寄せられるようにしてしまったのだ
「ユリウスの言う通り、使わなくても倒せた……でもこの剣が……求めていたんだ……解放を」
「聖剣が……? マッドゴーレムに解放の能力を使う程聖剣が弱ったという事か?」
「そんな事な…………ちょっと待って、何が来る」
カーミラがそう言いかけた所で瞬時に身構えた四人はそれぞれ四方向に目を光らせ、耳を澄ます
ドドドド
どこからともなく聴こえる馬の駆ける音は四人の緊張を高めていく
ドドドド
馬の音が徐々に大きくなってきた所で一頭の馬とそれに乗る二人の男性が見えてくる
「ん?………あれは……雷帝エル=ドゥ=フェル様じゃないの!!」
「「え? 雷帝!?」」
カーミラの吃驚した姿と凄まじい速度で迫ってくる青毛の黒馬に驚きを隠せない三人
「そうよ! あの後ろの男性はアトランティス王国魔法帝の一人、雷帝エル=ドゥ=フェル様よ。……見るからに負傷しているわね……静音!!治癒を!!」
四人の前で速度を落として止まったアルス達に駆け寄っていくカーミラ。カーミラ以外の三人は雷帝よりもその前に居るアルスの事を警戒していて少し距離をとっている
「静音、待て! まず俺が行く」
そう言って静音の肩を掴んで止めた祠堂は馬を降りたアルスに向かって歩き出す
「どうされました? 見たところ怪我人を抱えている様ですが……」
「あぁ……実はさっき二人で鍛錬していたのですが、”事故”が起きてしまいまして。人の気配がしたから寄ってみたんたんですが…治癒が使えたりしませんか?」
『鑑定』
アルスは鑑定を使う
°°°°°°°°°°
《祠堂=皇》
[スキル]
【剣術 10】
【弓術 7】
【槍術 5】
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《静音=皇》
[スキル]
【治癒魔法 5】
【上・身体強化】
【火魔法 5】
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°°°°°°°°°°
《ユリウス》
[スキル]
【盾術 7】
【上・身体強化】
【剣術 5】
°°°°°°°°°°
°°°°°°°°°°
《カーミラ》
[スキル]
【中・身体強化】
【火魔法 7】
【鑑定 3】
【水魔法 4】
°°°°°°°°°°
(ほう………中々強いな、それにしても勇者は魔法が使えないのか、いい収穫になったな。それと鑑定持ちが一人、すまないが俺には鑑定無効の魔道具がある。怪しく見えるだろうが受け入れてくれよ……)
「事故………そ、そんな理由で 「私使えますよ」…お、おい!! 静音!」
未だ警戒を解かない祠堂に口を挟んだのは静音。この時アルスは静音という珍しい名前に驚く、学園で習った勇者一族の中に静音=皇が居た事を思い出す
「治して頂けますか? お代はきちんとお支払い致しますのでお願いしたいのですが?」
アルスはここで勇者とその家族である静音の為人を見るために金銭という分かりやすい対価を提示する。ここで敢えて金額を言わず、目の前に金貨や銀貨といった分かりやすい金額を見せない事も効果的だ
相手側からしたらまず確認するのは相手、つまりはアルスという人間の確認だろう、貴族か商人か金銭を対価にする人間はこの二つに絞られる
そして求める治癒魔法、アルス自身が”鍛錬で負傷”と言った事もあり、敵対関係では無い事が分かり負傷した男性とは職業仲間、同僚あるいは上司と部下、そういった関係である事は予想が着く
そして極めつけはカーミラの”魔法帝の一人、雷帝”という発言だ。ここでわざわざアルスが自己紹介せずとも関係性がある程度知れる
貴族で雷帝と鍛錬する程の仲、恐らく雷帝の弟子であるこのアルスはアトランティスの有力貴族だろう、提示する金銭も相当なものであると予想される。ではどうするか、もし対価を受け入れれば破格の利益を得ることが出来る。勇者一族は貧乏では無いが裕福という訳では無い、ユリウスもカーミラも出自が貴族では無い為に金銭の提示に心が揺らいでいるだろう。しかし勇者パーティーともあろう者達が対価を求めて良いのだろうか
この精神的な葛藤が四人を悩ませる
「---兄さん、どう 「静音! お前が決めろ。治癒魔法が使えるのはお前だ、俺が決める事じゃない。パーティーとしてでは無くお前自身が決めるんだ」-------わ、分かりました」
「い、要りません………対価は要りません。無償でその御方を治します……その代わりに」
「代わりに?」
「そこに寝かすのを手伝って下さい、馬上では満足に治せません」
勇者いや、静音は兄弟だが、嘗て人類の希望として戦った一族としての模範的な解答にアルスは安心する
(良かったぁ……勇者一族が変な一族だったらどうしようかと……)
アルス自身金銭を要求されても最低金貨50枚は出すつもりだった。アルスはここで「そんな人間だったのか」と否定する様な嫌味な人間では無い
セバスの言っていた一人一人の背景、所謂バックボーンを考えたのだ。勇者一族としてか一人の冒険者としてか、勿論これに答えは無い、どちらも正しいと言える
”善と不善は割り切れるものでは無く、基本的に善であり、人為的な力が加わる事で不善となる”
という言葉もある様に一般的な冒険者相手に治癒を求めるのならば金銭での取引も咎められる事は無いだろう。しかし今回は勇者一族、勇者という名前に人為的な力が働いており、憚られるものがあるだろう
「ありがとうございます。ここに寝かせれば良いですか?」
「はい、お願いします」
芝生の地面に仰向けになった雷帝に静音が治癒魔法をかけていく
柔らかい光に包まれ、内出血を起こしていた前腕の色が徐々に良くなっていくのが見て取れる
「それにしても……この怪我、相当激しかったのですか?」
「えぇ、まぁ」
「ちょっと私からいいかしら?」
雷帝を囲む様にして腰を下ろした五人は静音の治癒を見守っている
「はい、何でしょうか?」
「私、実は鑑定魔法持っているんだけど……もしかして無効の魔道具とか持っているの?」
「はい、貴族としてそこら辺の管理も大事なので」
「へぇ……………あと一つ! 雷帝様とはどんな関係なの!?」
ありきたりな回答で誤魔化すアルスに一本指を立てて懇願するカーミラ。この質問はこの場の誰もが思った事だろう、アトランティスの魔法帝を負傷させた青年、青年自身にも所々の傷、そして疲労が見られるものの雷帝と比べると軽いもの
鑑定でスキルを見て納得するならまだしも魔道具で見れないようになっていて疑念が晴れなかったのだろう
「それは言えません、アトランティスでも私と雷帝が鍛錬していると知る者は国王陛下とその周りくらいですので」
「そっか……でもそれが答えでいいのよね?」
「まぁ、そうなりますね。言いふらさない下さいよ?」
「わ、分かってますよー」
それから数分後、目が覚めた雷帝は一連の流れを聞かされ大笑いする
「そっかそっか〜君が新しい勇者なんだね初めまして、エル=ドゥ=フェル。雷帝だよ〜」
「はい…存じております、雷魔法スキル初めての魔法帝、その実力は大陸一とも」
「そんな世辞は要らないよ〜……冒険者の世界にも少しは居るだろう? 優秀な魔法士が」
「いえ、雷魔法スキルを持つ者自体限られていますし……時折耳に入る雷帝の逸話は毎回目を見張る程ですから冒険者の中で優秀な魔法士の話は霞んでしまいますよ」
まるで負傷していたのが嘘だったかのように振る舞う雷帝に若干気圧されている祠堂
一方アルスは静音、ユリウス、カーミラと軽い談笑をしている。冒険者とはあまり縁の無いアルスは三人の話を聞き入って楽しむ
幸い、満身創痍のアルスは祠堂に決闘を仕掛けなかった。神器保有者だからこそ分かるカリバーンの圧力は戦闘狂のアルスを刺激していたが何とか堪える事に成功したのだ
シークレットカメレオンの鞘が無ければ祠堂もアロンダイトに気付いただろうか、勇者が魔法スキルを持っていない事に疑問を抱くこと無くひたすらにカリバーンの代償が気になったアルスはそのまま四人と夜を明かし、お互いまだまだ聞きたい事があるのを惜しみながら『空間移動』で別れた




