【3章・平穏な日常】2
学園主催の舞踏会、それも全学年、全生徒が幾つかの会場に分かれて参加する大規模な行事
今年から上級院と下級院が合併し、貴族と平民に例年の様な隔たりは”比較的”に少ない為に学園には行事を楽しみにする程よい緊張感がある
「なんか、護衛の仕事を全う出来そうな行事だけど……正直護衛の仕事がない方が基本的にいいんだよね…二人も俺が武力行使に出る必要が無いように楽しんでね」
「「分かってるわ」」
タキシードを着こなし、輝く紫髪を後ろに持ってきて固めているアルスと真っ赤なドレスに身を包んだガーネットと翡翠の様な緑に映える銀色のドレスを着たセレスティーナはヘルブリンディ侯爵邸の大広間に居る。ここには学園のS、Aクラスが集まっていて見慣れない学生や多数の近衛騎士も見られる
「いい演奏ね」
「そうね、流石ヘルブリンディ侯爵といったところね」
ヴァイオリンやチェロ、様々な楽器の演奏は聴く人の心に響き安らぎを与える。三人が感心していると会場が暗転し、会場の意識が天井の明かりに移る。しかし場が混乱する事は無い、よくある登場だからだ
数秒後、広間の一角のみが明るくなり王立魔法学園、学園長でありこの屋敷の主、ジオ=セーズ=ヘルブリンディが姿を現す
「一年生諸君、学園長のヘルブリンディだ。日頃勉学に励む諸君らにとって卒業時には勉学だけでなく、この舞踏会も学園の思い出の一つに入ってくれているといい。正直来年の舞踏会は家の事情で抜ける者が多いだろう……そして再来年も。年に一度の一大行事だ、楽しんでくれ」
ヘルブリンディ学園長の挨拶が終わると共に軽やかな演奏が始まる。先程とは違ったアップテンポの曲
「流行りの曲か、良いね」
アルスとて流行を知らない訳では無い。ガーネットの護衛を務めてから幾度も貴族の社交界に出ている。しかもアーバンドレイク公爵主催の社交界にも出ている為、曲の知識が月日を重ねる毎に増えていっているのだ
「あの〜……アルス=シス=エルロランテ様ですよね?」
声が掛かってきた方へ振り向くと一人の女の子と目が合う。アルスの記憶にはこの女の子の記憶が無い、初対面なのだろう
「はい、私がアルスですが?」
「あの…ファンなんです! 握手して下さい!」
「---分かりました」
承諾しながら女の子の手を握り、軽く握手を交わす。手を離すと女の子は足早にその場を去っていく、心の中で何かあるのでは、と構えた自分が恥ずかしくなってくる
「ちょっとアルス、何固まってるのよ……」
「あの子は恐らく下級院だった子ね、良かったじゃない? 下級院出身は貴族嫌いが多いけど少なくとも一人はファンが居たわね」
「そう言えばガーネット、騎士爵って何なんだ? 爵位が増えるって事でいいのか?」
「そうね、私もそこまで詳しく説明できる程内容を知っている訳じゃないけど……位置付けすると男爵より下の爵位になるわね。貴族名は”アン”今後増えていく予定らしいわ」
アルスの問いにガーネットが答える。最近褫爵が多かった理由、国王は本気なのだエストとの戦争に本気で勝利しようとしている。騎士爵の誕生で王国騎士が増え、戦う事に軸を置いた貴族は今やほんの僅かで日々危険と隣り合わせの辺境貴族、そして辺境伯、公爵くらいだろう
無駄な貴族を排し、十分に領地を確保した上での全く新しい爵位。腕に自信がある者ならばこの機会に王国騎士となるだろう、下手したら盗賊が入団して来る可能性だってある。しかし優秀であればあるだけ競争率が上がり、同時にレベルも上がってくるのは確かだ
「私の所の団長は既に陛下から叙爵されたわ、騎士爵は一代限りの爵位だけど、そこらの令息や令嬢よりは実質的には位が高いから………少し複雑ね」
セレスティーナの言う団長はザナトスの事だろう。何かと下に見られる事が多かった騎士達もこの爵位の誕生した事で特に権利を持たない貴族子息等は今後騎士の扱いに戸惑うだろう
「一代限りなんだ、じゃあ与えられた領地は? やっぱり没収されるのかな?」
「それは無いと思う。アルスの思っている以上にアトランティス貴族は減ったわ、減った数以上に騎士爵を増やすことは無いと思うし………」
三人で話している時、アルスに近付いてくる気配は懐かしく、そして何か大きく変わった男。最近学園でも時折良い噂を聴く様になった。後ろを向いていても伝わってくる以前は感じる事は無かった強者の威厳
「アルス=シス=エルロランテ、どうやら侯爵になったようじゃないか」
「ジャレッド、お前も随分変わったな」
少し前ならばこの言葉にも突っかかってくるような男だったが、微笑む姿を見ると本当に変わったんだと強く実感する
「貴方、アムステルダム侯爵とは仲直りしたの?」
ガーネットが問う
「えぇ……関係は治りつつある、と言ったところです」
「アムステルダム家はやっぱりジャレッドさんのお兄様が継がれるのかしら?」
セレスティーナも問う
「そうですね、やはり次男ですので……………ちょっとアルスこっち来い」
答えた後、アルスは小声で呼ばれ、セレスティーナとガーネットからほんの少し離れたところに連れていかれる
「お前の周り…権力者が集まり過ぎだ! 最近口調も変えたばかりで…とてもじゃないが話しずらい」
「なんだお前……本当に何があったんだ?」
「チッ……また今度話す。じゃあな」
足早にその場を去るジャレッドの背中を数秒眺めたアルスはセレスティーナとガーネットが居る方へ戻っていく。この間も二人は学園の生徒と楽しそうに会話を交わしている。学園の舞踏会と言っても全員が貴族令息、令嬢という訳では無いようにほんの僅かだが学生の年齢ではない貴族も居る
二人の傍に戻ったアルスだが、ワイングラス片手に此方をずっと眺める女性と目が合う。特に害意も感じない為目線を外し、辺りを警戒しようとするがその女性に対する周りの反応がおかしい様に感じる
「セレス」
「どうしたの?」
「あのワイングラスを持ってこっちを眺めている女性が誰だか分かるか?」
「え? 何処?」
その返答で確信したアルスはセレスとガーネットを多重結界で囲み、右手を鞘に添え何時でもアロンダイトを抜ける様にしながら女性の方へゆっくりと歩いていく
「何者だ?」
アルスが話し掛けるとその女性だけでなく周辺で踊る学生達も反応する。やはり周辺の学生にはこの女性が見えていないようでアルスが独り言で”何者だ?”と言った様に見えるのだ
「私は驟、一般的に闇ギルドと呼ばれている組織の隠密担当です。現在貴方だけに見えるよう認識阻害結界を展開しています」
「お…おぅ、随分と正直に正体明かすじゃないか------で、何の用だ?」
「アルス=シス=エルロランテ、貴方はエストの上層部に狙われている。そして何やら”いつもと違った動き”も見せている…気を付ける事です。因みに…私の後ろの壁際に居る女…暗殺者の類いの者ですよ」
ワイングラスをアルスに手渡し、ドレスの裾を翻してその場から立ち去っていく姿はアルスにしか見えない
(それだけかよ…………)
「壁際の女性は…………彼奴か」
辺りを警戒しながら、そして学園の生徒と話しながら徐々に女に近付いていく。袖周りが太いそのドレスは暗器を隠しているのだろうか、憶測でしかないが女の正面に立ち、尋ねる
「何もn……!」
アルスが”何者だ?”と問おうとしたその時、女の袖からナイフが飛び出て女の右手に握られる
アルスは瞬時にその女の手首を掴み、『空間移動』でヘルブリンディ邸を出る。咄嗟の判断だったが会場を混乱させない良い判断だっただろう
突然外に出た事に混乱する女は腰から銃を引き抜き、アルスに向ける。躊躇いも無く既にトリガーにかける指を力を強めている
「その銃じゃ、俺は……」
バァン
至近距離から放たれた弾丸は火花を散らしてアルスに迫るが銃弾を身に受けたのはアルスでは無く目の前の女だった。ドレスの上から血が滲み出している、アルスの結界が強力で跳弾しただけなのだがまるでアルスを警戒する様に後退り、もう片方の手に握られたナイフを振りかぶる
時間にして五秒にも満たないこのやり取りは両者の間に絶対的な格差を生み出し、諦めまいと踏ん張り、全身の力を振り絞る女も不意に視界の端に映った物体を見て絶望する
振りかぶった筈の腕は血飛沫を上げ、自分の目の前を舞うように通り過ぎていく。苦悶の声を上げようにも全身の筋肉が硬直し、声すら出ない
唯一の救いは全身の”痺れ”のお陰で腕の痛みを感じなかった事だろうか、対象を殺すどころか触る事すら出来なかった女はそのまま後ろに倒れ、意識が朦朧とする中でただ流れる雲を目で追い、今際の際を呆然と過ごすのだった




