【3章・最強と最凶】3
あれから数分後、ユリアーナと並んで座るウルグに見送りから帰ってきたセバスが近付いてくる
「帰ったか? あの狂った男は」
「えぇ……旦那様が言えたもんじゃないと思われますが、これも神の悪戯でしょうか……」
「そうだな……いくら何でも悪戯が過ぎる、エストは本格的に潰さなければならないな」
「それでは…戦争へ参加なさるので?」
「それはするさ、問題はアルスをどうするかだ…本人の意思を尊重するつもりだが、あのアルスだ…」
「参加するでしょうね」
「あぁ……本当に厄介だよ」
エルロランテ家、アトランティス王国以前から存在し、長きに渡りこの場所に住んでいる正真正銘の貴族
その歴の長さはアーバンドレイク家に並び、その位は以前アーバンドレイク家より高かった
そのエルロランテ家が伯爵で留まる理由は単純明快、”何もしていない”という事
アーバンドレイク家は大昔に王家の血を混じえ公爵となった。対してエルロランテ家は何もしていない。周辺都市部からの税収などの仕事はしつつも目立った功績はウルグが戦争で立てた武勲のみ
犯罪や不正に手を染めた記録も無く、先代の国王の頃はなりを潜めて密かに生活をしていた
しかし、今の国王になり全ての貴族が洗い出された際にあまりにも綺麗なエルロランテ家の経歴を不審に思った国王は出来る限りの歴史を洗い出し初めてアトランティス以前の王国、アヴァロン王国の存在を知る事になる
アーバンドレイク公爵家、アトランティス王家、エルロランテ伯爵家、今は侯爵家の三家のみが知る真実
しかし、王家はアヴァロンという名前以外何一つ知らない。国の存在もあやふやで誰が居たか何をしていたか等は一切知らない
アーバンドレイク家も最凶の自傷剣術、旧王国流剣術。またの名を”アヴァロン式攻性鏖殺剣術”というが、実在していた事位しか知らない
口にするだけで恐ろしい名前のこの剣術は公の場で実名を言うことは無い。攻めに攻めて鏖殺する、その様な意味が込められた狂気的な剣術なのだ
「アルスにエルロランテ家を継がせるのは二年後で宜しいのでしょうか?」
ウルグを見つめるユリアーナの瞳には心配の色が見られる
「あぁ……それは変わらない、二年後…全てを話す。アルスは強い、何れ私よりも強くなるだろう。先代、そして先々代、祖先が成し遂げたかった神への復讐を成し遂げるかもしれない逸材だ」
ウルグはアルスを信じている
残酷な運命に振り回されている現状を打開し、自分の幸せに突き進むアルスを
「それにしても、侯爵ですか……それに旦那様特有の称号ですよ?」
「要らん……この様な物は目立つだけだ。そこら辺の有象無象の貴族に与えればいいものを…」
「取り敢えず…アルスには侯爵になった事と何れ公爵になるかもしれないという事を伝えましょう。----ヴァイオレット」
ユリアーナは突然ヴァイオレットを呼ぶ
「はい、何でしょう奥様……?」
「見習い卒業よ、セバスに送ってもらってアルスの元へ行きなさい」
「あ、ありがとうございます!!」
セバスが小さな声で祝福する。ヴァイオレットの後ろではヴィオラとユリス、そしてクルエナが拍手をしている
「泣いている暇は無いわよ、アルスは陛下から仕事を与えられているわ。今後その仕事も忙しくなるでしょうし……早く行きなさい、良くやったわヴァイオレット」
メイド服の袖がびしょびしょになる程泣くヴァイオレットも口元は笑っていて心から喜んでいる事が伝わってくる
「あ、最後にヴァイオレット、アルスは陞爵の話を聴けばきっと時空間魔法で話を聞きにここまで来るだろう。その必要は無い、私、ウルグがエルロランテ家の当主である限りは国王陛下に全面的に従うつもりだと伝えてくれ」
「畏まりました」
(しかし、何故王命を使って婚約を命じないんだ……使えば一瞬で話は済んだ筈……そこだけが分からん。一体何を考えているんだあの男は)
ウルグは勿論、ユリアーナにセバスも国王が一切王命を使わなかった事を疑問に思っていた。使用すればどんな事でも可能な王命、この時の三人の頭の中にはセレスティーナという例がありながらもこの世界の基本である政略結婚を前提とした利益重視の婚約しか無かった。国王がアルスとセレスティーナの婚約と同じ様に、本人達の意思を尊重した、恋愛での婚約を密かに望んでいるなど、この場の誰一人思い付きもしなかった
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〜翌日、王立魔法学園〜
普段通り朝練を終え、制服に身を包んだアルスはセレスティーナ、ガーネットと合流し、学園に向かう
後方から凄まじい速度で走ってくるのはカルセイン。学園という情報が途絶された一種の牢獄の中で唯一外からの情報を得る事が出来るカルセイン
そのカルセインがアルスに向かって凄まじい速度で迫ってくる
「アルスっ! お前、侯爵になったぞ……」
「---えっ?」
数秒間思考停止し、意識が飛んだアルスは横で驚きの声を上げたセレスティーナによって現実に引き戻される
「あ、アルスが?」
「凄いじゃない、流石ね」
「ん? 何故だカルセイン! 父上は陞爵に興味はない筈! 提案されても断ると口癖のように語っていたんだぞ!」
「それは知らん……しかし、陞爵の理由はガーネットの護衛として数々の功績を残した事らしい…お前は身を挺してガーネットを護っているからこの陞爵は妥当と言えるだろう」
「あら、陛下はアルスを認めたようね」
目立ちたくないアルスにとってこの報告は全く喜べない。確実に学園中の貴族から妬まれるだろう
「まだあるぞ……今から話すのはガーネットの話で俺の配下が陛下から直接盗み聞きしたものらしいのだが……」
その時、突然アルスの『空間知覚』が覚えのある人物二人を知覚する
その二人の内一人はカルセイン以上の速度で迫って来ている
(この速度は【極・身体強化】位あるぞ……)
「えー……陛下はどうやらガーネットの婚約相手を決めたらしい」
「えぇ〜! 私……何も言ってないのに。誰よ! その相手は! 今直ぐ消し炭にしてやるわ!」
「ガーネット落ちついて! 」
アルスはガーネットの婚約相手が気になるが、どうしても走ってくる相手も同じ位気になる。そして、挙動不審になっているアルスにガーネットが話し掛ける
「ちょっと、アルス!その相手とやらを今から……って、何してるのよ!」
「あ、ごめん…何か近付いてくるんだ。多分…俺の専属メイドだけど…」
「ヴァイオレットさんね! 二年生になってからって話だったけど、期間が縮んだのかな?」
セレスティーナはヴァイオレットと面識がある。勿論この場の皆面識はあるが、セレスティーナと王都でデートした際に出会っている為、この中で一番印象が強く残っているのはセレスティーナだろう
微かに聴こえていた足音も徐々に大きくなってアルス達は静かに耳を澄ます
「………ァ……アルス様〜! アルス様〜! 」
「あ、来たきた。やっぱりヴァイオレットか」
「ふぅ〜、どうやら間に合った様ですね♪」
「何にだ? もしかして侯爵の件か?」
「はい、その事”も”です!」
「「も?」」
ヴァイオレットはアルスにエルロランテ家が侯爵に上がる事、そしてガーネットを迎え入れ公爵に上がるかもしれないという事、シス がエルロランテ特有の物となる事、そしてウルグの伝言を伝えた
「なるほど、そういう事か……父上は俺に託してくれるという事か……」
ウルグの伝言”私、ウルグがエルロランテ家の当主である限りは国王陛下に全面的に従うつもり”というのはあくまでウルグ一人の意思であり二年後のエルロランテ家の意思とはまた変わってくる
ウルグが当主の間は従うが当主を降りれば効力を無くす。つまり最終的な決断をアルスに任せるという事
「ヴァイオレット、陛下は二年後に戦争を行うと言っていたのだな?」
「はい」
「俺とセレスが結婚するのも二年後、しかも同時に公爵に上がる可能性がある…しかし、二年後実際に家督は俺に移り実質的な決定権は俺に移るか……」
「因みに国王陛下は一度アルス様とガーネット殿下も交えて話し合おうと、仰っておりました」
震える様な計画を立てている国王も、この様な重要な事を実質アルス次第という方向で持ち込んでくるウルグも狂っている
「そうだな……戦争にガーネットの護衛として参加するのも俺が決めるんだからな……………ガーネット、お前はどう思う?」
そう言ってアルスが振り返ると、アルスの目線からガーネットが消え、セレスティーナの膝の上で仰向けになっているガーネットを見つける
「なんか……顔を赤らめて失神してしまったわ」
失神しているガーネットにカルセインが近付いていき、突然頬を叩く
「おい、ガーネット。起きろ、寝ている場合か!」
ハッとした様な顔で飛び上がったガーネットは辺りを数回見回し、アルスを見つめる。アルスが見つめ返すと徐々に紅く染まるその顔は完全に恋をした乙女そのものだった
(俺、王女に惚れられたよ………やはりこの世界は狂っている…天の神様は俺をどうしても表舞台に引き摺り出したいのか……夢見た平穏は何処に…?)
「ま、ガーネットもアルスが好きだったと……ついさっきまでアルスに自分の婚約相手の始末を命じようとしていたのにね〜♪」
何故か嬉しそうなセレスティーナの煽りでガーネットは更に紅くなる
「という事はアルスは自害をしないといけないの!? 絶対に駄目よ、そんな事したら!」
(セレス…完全に楽しんでるなこれ。一応二年後、俺が断れば結婚は無くなるんだが。話し合いの時に婚約の調印をしなければいいだけだし……此奴ら忘れてるな……)
「だ、駄目よ! そ、そんな事! もしするなら私も……駄目ね、頭が回らないわ……先に教室に行っているわね。カルセイン! 着いてきて」
「はいはい………じゃあ、アルス…俺は死にそうなガーネットに着いていく。----01、02、お前らも着いてこい」
走り去っていくガーネット。それに着いていくカルセインもガーネットが今本気で危険な状態だと思ったのか配下の奴隷を引き連れて追い掛けていく
「行っちゃいましたね……」
「えぇ」
「あぁ……ところで、何故陛下は王命で俺に婚約を命じなかったんだ? ヴァイオレット、それについて何か言ってなかったか?」
頷くセレスティーナも気付いたのだろう、最強の権利である王命を使っていない事に
「特に仰ってませんね……アルス様を戦争へ巻き込もうと話した時以外は”常時”普通でしたし……」
「ほぅ……父上が取り乱したのか? 珍しい…」
「はい、一回目はアルス様を思っての家族愛感じる怒りでした。二回目は嘘の怒りでしたけど」
「あ〜、なるほど」
アルスはウルグが中々感情を出さないのを知っている。そしてエルロランテ家で修行を詰んだヴァイオレットも。しかし、セレスティーナにはウルグが子供思いの良い父親としか分からず、嘘の怒りというものが気になり思い悩んだ末、授業中アルスに質問していた




