【3章・最強と最凶】2
アルスの去った職員室に大勢の騎士が流れ込んでくる。雷魔法で荒れた職員室に驚きながらも地面で横たわる西条拓斗を拘束して外に運び出していく
「失礼、私はこの小隊の責任者であるリーゲルベルト中佐だ。この男は指名手配されている故連行させてもらうが……この男をこの様な状態にした者を教えて貰えるか?」
リーゲルベルト、中佐の男はアリティア先生の前に立ち尋ねる。口調こそ威圧感は感じられないものの、その表情からは多少怒りを孕んでいるのが窺える
「それは……」
「その男はもうこの学園に居らんぞ」
アリティア先生が言うか迷った時、突然聞き覚えのある声が聴こえてくる
「貴方は……学園長ですね、ここに居ないとはどういう事でしょうか?」
「そのままの意味だ、既にこの場所から去ったのだ」
「それでは………行き先などは?」
「んー、知らんな」
リーゲルベルトは潔く職員室から出て行く。これ以上問い詰めても何も出ないと割り切ったのだろう
「学園長、助かりました……正直どうすればいいか分からなくて……」
「まぁ…しょうがないだろ、相手は中佐……中々上の位だ。外から見ていたがアルス君は正当防衛なんじゃないか?」
「えぇ……恐らく、彼が魔法を使ってまで無力化したんです。それ程の事が我々の認識範囲外で行われたと考えるべきでしょう」
アリティア先生を始め、その場に居た他の先生達はアルスの結界が消滅した事を知らない。通常、結界は外部から衝撃が加わり破壊された際に硝子の砕ける様な音がする
しかし今回の消滅は音もなく結界を消している為、アルスが魔法を使ったのを認識範囲外の何かが起こったと考えた訳だ
「まぁ……しかし何だろうな、何故こんなにアルス君は面倒事に巻き込まれているんだ……?」
「さぁ……でも本当に悪い神にでも悪戯されているんじゃないんでしょうか」
アルスにとっては笑えない冗談だが、寧日な日々を送る魔法学園の先生達に神を疑うという概念がそもそも無いのも事実
しかし、歴史は動き出している。数年後、あるいは数十年後には神への意識は大きく変わっているだろう。他でも無いアルス=シス=エルロランテによって
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〜エルロランテ邸〜
エルロランテ邸にある厩舎にはウルグとセバスがアルスの預けたエクリプスを眺めていた
「----これは偶然か?」
「いえ、必然…運命? いや宿命でしょうね」
エクリプスを撫でながら言うウルグに少し悩みながらも答えを出すセバス。二人が眺めるのは黒い体の逞しい馬
「私はアルスが偶然この馬を見つけて来たとはどうしても思えないんだが……」
「私も同感です。しかし”確認”させたのでしょう?」
「あぁ…勿論、なんの問題もなかった。ただの町外れの村だったと」
「この馬の条件に出された課題はどうでした?」
セバスが言う課題というのは馬を無料で渡す代わりに村から奪われた違法奴隷の解放をするというもの
「報告によれば村には若い衆が何人も居たと。流石奴隷愛好家の王子といった所か、仕事が早いな」
「私は知りませんよ、旦那様が不敬罪で処刑されても」
厩舎で笑い合う二人にメイドのヴィオラが近付いてくる
「旦那様、お客様が来ております」
「ご苦労、客の名は?」
「アトランティス国王、シュトゥルム=ヴァン=アトランティス様です」
「………」
「ほぅ……面白いお客様ですね」
ウルグはエクリプスを撫でる手を止め、屋敷内に戻っていく。その顔は緊張などでは無く、呆れた様な少し疲れきった顔をしている
厩舎から屋敷内へ戻る道で王家特有の金色と赤色の紋章が描かれた馬車を一台見つける
(一台だと? しかも護衛も無しで……思い切ったな…何を考えているんだ?)
ウルグが近付くと馬車が開き、中から近衛騎士団長ともう一人の近衛騎士、そして国王が出てくる
ウルグが片膝を突け、完全に馬車から降りてくるのを待つ
「いい、立て」
「では……国王陛下、護衛もなしにこんな場所まで一体どうされたのですか?」
「少し此処では話せんな」
「でしたら席を用意しましょう、セバス客間の準備を」
「畏まりました」
セバスが承諾し、クルエナに伝え、ヴィオラやユリス、ヴァイオレットに指示を出していく。エルロランテ家は意外とお金持ちだ。他の伯爵家の屋敷と比べても圧倒的に大きく、”堅牢”な造りで出来ている
「近衛騎士団長、凄いですよこの家……ただの外見を気にした家の造りじゃない…まるで砦ですよ」
「ほぅ……見れないのが残念だな」
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エルロランテ邸の客間では国王とウルグ、隣にユリアーナが向かい合っており、国王側には近衛騎士団長と近衛騎士の二人、ウルグ側にはセバスにクルエナ、ヴィオラとユリアとヴァイオレット
「国王陛下、改めてお伺いしますが……何故そのような人数で外出を?」
「あまり目立ちたくない、しかし違う馬車で出掛けるのも逆に怪しまれる。だから王家の馬車一台で来てみたんだが……少々危険を犯しすぎたか」
「えぇ……野盗に襲われてもおかしくありません」
笑う国王に苦笑いを浮かべる近衛騎士団長達に愕然とするエルロランテ家の者達
「まぁ……我とて気分でここまで来た訳じゃない。早速本題といこうじゃないか」
「えぇ」
「我が以前召集した際にエストと交戦する可能性を出したのは覚えているか?」
「はっ」
「それが現実になった……現在二ーヴルが行っている騎士の戦力増強の規模を更に拡大し、二年後…エストを潰す。これは公爵三家の合意を得た決断である」
ウルグはアーバンドレイク公爵が戦争を三年後に引き延ばそうとしていた事を既に知っている。しかし国王の口から出たのは二年後。アルスが卒業し、ウルグがエルロランテの家督をアルスに譲ろうと考えていた時期だ
そして同時にアーバンドレイク家との結婚を控えた大事な一年
将軍位を持つウルグにとって戦争は避けて通れない使命のようなもの。アルスは叙爵を望んでいない、あくまでエルロランテを継ぐつもりだ
このままではアルスにとてつもない重圧が掛かるだろう。そう考えた時、ウルグから発せられる圧が周囲の空気を歪め、危険を感じて近衛騎士団長が槍を構える程まで緊迫する
「フロイドよせ!」
「しかし!!」
「ウルグ!」 「旦那様!」
「---すまん、少々取り乱した…」
ウルグの圧が小さくなっていき、やがて場の空気が正常に戻る。セバスの顔には珍しく汗が滲んでおり、国王の後ろに控える近衛騎士団長や近衛騎士も顔が引き攣っている
「エルロランテ卿、今日は我自ら出向いたのだ…客人であるのは我自身、そこまでする意図を汲んで我の我儘を聞いて欲しい」
「えぇ」
「二年後、アルス君にはガーネットの護衛兼、エルロランテ”侯爵”家当主としてこの戦争に参加して欲しい」
頭は下げない、しかし誠心誠意の懇願という事は伝わってくる。そして国王側の人間とウルグ以外の人間はエルロランテの後に付いた単語に驚きを隠せない
「陞爵ですか…………私は興味ありませんが、アルスはもっと興味が無いかと」
「興味が無くても既に侯爵だぞ? 因みに今後伯爵家の称号はシスからサンクになり、シスの称号はエルロランテ家特有の物とする事にした」
「---何が目的なのでしょう?」
「古くから国に仕えてくれている褒美だ」
「そこではなく、陞爵した事についてです」
「では……少し国の最重要事項を話そう。近衛騎士団長と各大臣の力により国に居座る不正や犯罪を働く貴族、そして間者を大量に褫爵、奪爵したのだが思いの外王族派の貴族が削られたのだ」
拮抗していた王族派と貴族派は、王族派の腐敗により年々少しづつ勢力の差が生まれていたという
これは貴族派が聞けば歓喜する情報だが王家からすれば中々笑えない話だ
「それで……何故、私が陞爵する事になったのでしょうか? 未だに話が見えません」
「消えた貴族の大半は男爵と子爵だが…少なからず侯爵家も含まれる。三大公爵と呼ばれる大きな勢力基盤はあるものの今や三家では足りないのが現状…」
「まさか………そんな、いくら何でも無茶だ……」
「何れ、エルロランテ家には公爵として国を支えてもらう。確かに無茶だが不可能では無い、アーバンドレイクの娘は公爵家の長女、あそこには優秀な跡取りがいるからアーバンドレイク家自体が無くなることは無いが、折角優秀な男と結婚するんだ、嫁ぎ先の位が上がるくらいで咎められる言われはないだろう?」
つまり、侯爵に上がり、戦争に参加するのは公爵へ上がる理由付けでもある訳だ。そして護衛という立場ではあるものの、王族の近くに居る事になる。今までと同じ状況であって同じでは無い、戦争は陞爵が起きる数少ない機会、そしてウルグの脳裏に一つの可能性が浮び上がる
しかし、いきなり公爵に上がるような夢物語が実在するのだろうか
「しかし、それでは公爵の定義が揺らぐ事になりましょう」
「そうだな……王族の血が必要だな。それならば…もし、ガーネットがアルス君に気があり、婚約を申し出たとしたらどうする? 公爵家と王家からそれぞれ嫁を貰えば公爵になるのも自然な流れだ」
又してもウルグから発せられる圧が周囲の空気を歪ませる。最初の比では無い、しかしどういう事か、震えるのは近衛騎士団長と近衛騎士のみ、国王は苦笑いだ
「---ガーネット王女を政治の道具にするつもりですか………?」
「そう聴こえるのもしょうがないな。しかしガーネットがアルス君に気があるのは事実だ」
「それ以上は……アルスも居る場でお願いします。このままでは陛下に手が出てしまう……」
国王の発言に耐えかねたウルグはその場で処刑されてもおかしくは無い発言をしてしまう
「ウルグ=シス=エルロランテ、その言葉…今直ぐ此処で死にたいのか?」
近衛騎士団長の言うことは間違っていない。国の元首である国王に手が出るというのは謀反と捉えるのが普通
「お言葉ですが…近衛騎士団長殿、私は一人でこの場の全員を殺す事が可能です。例え神器を持った貴方でも」
「虚栄か……?」
「虚栄では無い、私にはその力がある。勿論アルスにも…………この話はエルロランテ家全員で話し合う必要がある。王家であろうと勝手は許さない」
数秒の沈黙、近衛騎士団長はウルグの表情が分からないものの、ウルグから発せられる圧と覇気からそれらを可能とする程の力を感じる
「……面白い、どうします陛下?」
「元々無礼を働いたのは我だ。その自覚はある、何れガーネットとアルス君を交えて話し合おう。前向きに考えて頂けると此方としては嬉しいのだがな、エルロランテ卿」
セバスの案内を受け、国王と近衛騎士団長達が客間から出ていく
客間には左手でこめかみを押えるウルグの右手をを握るユリアーナ。こめかみを押さえている左手の指に填めた指輪は妖しく光り、ヴァイオレットも改めてこの国の恐ろしさを実感する。その場に立ち尽くす事しか出来ず、静寂の中この慣れない空気感を変える存在をただ待っている事しか、彼女には出来なかった




