【3章・零落の王子と悔悟の剣聖】3
あらすじって書いた方がいいんでしょうか? 他の著者さんは長いあらすじを書いてるので気になりました。ネタバレとかしちゃいそうで怖いんですよね〜
エスト〜大聖堂〜
リクス=エストが巨大なステンドグラスを眺めている後ろに瞬間移動してきたかのように現れた人型の白いモヤと片腕を失い止まらない出血に苦悶の声を上げるガリウス
『ウルスニドラ様! こいつの止血を』
「▉▉▉▉」
ガリウスの出血は法王の奇妙な言葉と共に止まる。痛みも消え、過呼吸気味だったガリウスは深呼吸をして止まらない汗を右腕で拭う
「上手く焚き付けたか?」
「も、勿論。早くて二年、三年で戦争に踏み出るぞ」
「アトランティスの王族は少し知り過ぎた。数年後が待ち遠しいな………今のうちに人生を謳歌するんだな人間」
再びステンドグラスの方へ向き、独り言を零す法王の顔は誰が見ても不気味と感じるものだった
「ところでガリウス=ヴァン=アトランティス、アトランティスの王城で顔つきが変わった青年を見かけなかったか?」
「あぁ……見たぞ、あの青年がなんだ?」
「いや、仕事を果たしているかと心配になった」
ガリウスの見かけた青年、西条拓斗が法王の手の者だと分かり、あの場で感じた恐怖もあながち勘違いでは無い事に気付く
オニキスに長い間居たからこそ分かる事だが、今思い返せば勇者の一族と同じ様な顔つきだった。もしかして勇者の一族か、と頭に浮かぶその疑念も適当な口調や常識知らずな態度を思い出し消え去る
「あの男は……何者なんだ?」
「彼奴…西条拓斗は転移者だ」
『それも凄いスキルを持った、ね』
「転移者……なるほど、では半年前のあの戦争の引き金はストロヴァルスの転移者をお前らが奪った事だったのか……」
人型の白いモヤが拍手をして、法王も口角を上げて笑う
「そうだ、我等の目はいかなる場所でも存在する。裏でコソコソしようと筒抜けだ」
「恐ろしいな……神様は。で、次の計画は?」
「それはだな……」
▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢
アトランティス王国〜虚無の大森林〜
走り出したジャレッドは林立する大木の隙間に動く緑色の巨大な生物を見つける
(チッ……デカイな…)
倒木を利用して巨木の枝に飛び移る。そのスピードは体重を感じさせない程身軽だ
地上から約5mの空中、下にサッカリンキラーマンティスと三人の冒険者らしき人物を見据え剣を抜く
三人の冒険者の内、二人は血を流してうつ伏せになっていてサッカリンキラーマンティスに追い詰められている事が分かる
「はぁぁっ!!」
ジャレッドの振り下ろされた一撃はサッカリンキラーマンティスの大きな鎌によって防がれる。首の可動域が広いのか真上から襲うジャレッドと目が合っている
(気持ち悪いな……)
弾かれたジャレッドはそのまま木の幹まで吹っ飛び、木の幹に両脚で着地する。膝を曲げ、飛ばされた力を利用し再びサッカリンキラーマンティスに迫るも大きな鎌によって地面に叩きつけられる
流石に数メートルからの落下は身にこたえたかと思われたが、アルスの攻撃に耐えれる男だ。この程度では折れない
サッカリンキラーマンティスが地面で膝を着くジャレッドに追撃しようと鎌を振り下ろす
「甘い」
ジャレッドは頭上1mまで迫った鎌の先を剣でいなし、地面に埋まり抜けなくなった鎌に足をかける粘液の様なもので滑りやすくなっていて足元が安定しない
「まずは一本目だっ!」
ジャレッドは硬い外皮を纏っている鎌と脚の関節部分、外皮が途切れている所に剣を突き立てる。噴き出す黄色い体液はとても甘く、鼻がおかしくなりそうだ
そのまま剣を動かしサッカリンキラーマンティスの鎌を切り落とす事に成功したジャレッドは二人の死体の傍で呆然と座り込んでいた女冒険者を抱え、そのままジャレッドが街から歩いて来た方向に向かって走り出す
勿論この時、ジャレッドは無事逃げ切れるとは思っていない。サッカリンキラーマンティスが怯んでいる隙に少しでも都市部に近付き、あわよくばこの人を助けよう、そういう思いだった。この女冒険者の目は光が完全に消え、今ジャレッドに抱えられている事すら認識していないようだ
ジャレッドの速度は目を見張るものがあるがそれはあくまで人間目線でだ。この時ジャレッドの視界の端、真横に緑の物体が迫っている事に気付いた時にはジャレッドの体は女冒険者を抱えたまま、まるで急に力のベクトルが変わったかのように横に吹き飛ばされていく
木々を粉砕し、歪な地面を転がるジャレッドは腕の中の女冒険者を庇う事に精一杯で受け身などとれる筈が無かった
そう、ジャレッドはサッカリンキラーマンティスの体液を浴びた事で相手から常に位置が特定され、ジャレッド側からサッカリンキラーマンティスを捉えるのに有効な嗅覚も現在は使えない
「がっ……はっ……クソッ」
地面を転がり女冒険者を置いて顔を上げた先には翅を大きく広げ威嚇するサッカリンキラーマンティスがいる
「蟷螂がっ……いきがるなよ!」
全力疾走とは程遠い速度でサッカリンキラーマンティスの方へ走るジャレッド。それに合わせて残った鎌を大きく掲げ狙いを定めるサッカリンキラーマンティス
小さく息を吸ったジャレッドは眼前に迫った鎌を前に何もしない、観客が居るのならば誰しもがジャレッドの敗北を察しただろう
しかし、地面に深く突き刺さる鎌には一滴の血液さえも付着していない
サッカリンキラーマンティスがその事実を認識した時には後ろ脚が二本切断され地面に横転していた
アルスの『絶影』独特な歩法から生み出される人外的速度の接近、もしくは回避技をジャレッドはあの一瞬で”真似た”のだ。しかしあくまで真似であり、使ったと言うレベルにも達していない
「俺はお前よりも化け物の人間と何回も戦ってきたんだ…蟷螂風情に苦戦していては話にならないだろ」
「ギュャ”ャ”ャャュ」
不快でしかない呻き声と共に藻掻くサッカリンキラーマンティスを前にジャレッドは荒れる息を整え正面に剣を構える
起き上がったサッカリンキラーマンティスも場の空気を理解したかのように静かに鎌を構えてお互いの様子を、そして動く機会を伺う
そして、体感では数分、実際は数十秒後、痺れを切らしたサッカリンキラーマンティスが斬りかかってくる。その速度はジャレッドの瞬き一回分
迫る鎌を弾き、飛び上がって外皮に突き刺す。硬い外皮は簡単にはジャレッドの剣を通さない、しかも外皮の粘液で剣先が滑り空中で姿勢が乱れる
(チッ……)
この時、前脚を一本落としておいて本当に良かったと実感する。両脚があったならば今ジャレッドの体は鎌に貫かれこの森林で人知れず死ぬところだったのだから
着地後、絶え間なくジャレッドの頬を鎌が掠める
最初は苦戦した目で捉えるのも難しい程高速な攻撃もだんだん慣れてきた。これは剣聖スキルで動体視力が上がったからだと言えるだろう。通常の人間はこんなに早くサッカリンキラーマンティスの速さに反応出来ない
ジャレッドは一撃、一撃、確実に鎌と剣を合わせ立て直していく
「どぉしたぁぁぁ!! 疲れたのか? 鈍く見えるぞ」
ジャレッドは空中に飛び、体を捻って鎌を躱し更に捻った勢いを利用して剣をサッカリンキラーマンティスの頭部に向けて投擲する
回転しながら飛んでいくジャレッドの剣はサッカリンキラーマンティスの頭部に突き刺さり、体液を撒き散らしながら暴れる
剣が深く刺さらなかった為殺すには至らない、そしてジャレッドの剣を振り落としたサッカリンキラーマンティスは丸腰のジャレッドに突っ込んでいく
いくら後ろ脚が二本無くなっているとはいえ、上級の魔蟲だ。横に回避しようとするも叶わない
「ぐっ………」
またもや吹き飛ばされたジャレッドは巨木に衝突する。意識を落とさなかったのは唯一の救いだろう
肺が潰れ呼吸がしにくい、目の前も霞んで見える
(剣さえ…拾えれば)
膝に手をつきながら立ち上がるジャレットの視界に目を開けサッカリンキラーマンティスに怯えている女冒険者が映る
ジャレッドが抱えた時には気絶していた筈だが、突進されたり、投げ出されたりして目が覚めたのだろう
「動くなよ……折角助けたんだ、死なれたら困る」
「わ、私の剣で良ければ………」
女冒険者は小さな声で何か言うがジャレッドには聴こえない
「なんだ!?」
「私の剣を使って下さい!!」
その言葉は現状に絶望しかけていたジャレッドにとって救いの手の様なものだった。明らかに自分の剣を取りに行っては時間が掛かるし、危険だろう
しかし女冒険者は斜め前、視界内に居る。素早く受け取り、鎌の攻撃さえ躱せば勝てる可能性がある
正に極限、一歩間違えれば死ぬだろう。しかしジャレッドには出来る自信しかなかった。この女冒険者は自分の事をよく知らない、それでも手を貸してくれる
この場にジャレッドしか居ないのは事実であり、選択肢が無いというのもこれまた事実
しかし嬉しかった。初めて他人に頼られた気がしたからだ
普段の傲慢な剣聖ジャレッドでは無く、今この瞬間だけは、物語に出てくる様な剣聖。剣のみで人間の最高峰に至る誰しもが憧れる孤高の存在になれている。そう感じた
ジャレッドは周囲の空気を一気に吸い込み、走り出す
最初はただ一直線にサッカリンキラーマンティスを目掛けて
サッカリンキラーマンティスも一直線に突っ込んでくるジャレッドを串刺しにする様に走りながら鎌を突き出す
「今だっ! 剣を!!」
ジャレッドは女冒険者に合図をする。合図と同時に飛んで来た抜き身の剣目掛けて跳ぶ
人間と魔獣、もしくは魔蟲の大きな違いは知能だろう。人間であればジャレッドの指示で女冒険者と何かするのだろうと理解出来るものだが目の前の蟷螂は理解出来ない
突然方向を変え跳んだジャレッドを首を動かし目で追い掛ける
首だけジャレッドを捉え、遅れて鎌を動かした時には既に頭部が宙を舞い、倒れる自分の体を眺めながら意識が途絶えたのだった
「す、凄い……」
「ハハ…そうさ、これが俺だ」
二人はそれからお互いの肩を貸しながら冒険者仲間の死体がある場所まで歩いていく、仲間の死の辛さを経験したことが無いジャレッドには女冒険者の流す涙の意味が分からない
貴族と平民の生きている世界の違いなのだろうか、果たしてジャレッドは自分のクラスメイトが死んだ時に涙を流せるのだろうか
この一日で心の成長を感じながらも、目の前の光景を前に自分はまだ未熟な部分があるのだと実感したのだった




