【3章・岡目八目、少しの暗躍】5
アルスは《マスキュラー》を”誘拐”する前にローブの内側に仕込んでいた煙玉を出す。数は四つ、本気で投擲すれば馬上から地面に引きずり落とせるだろう
煙玉を一個握り大きく振りかぶり、一つ深く息を吸う。溜めて放たれた一投は一番手前の男に向かっていく
「…がぁ”っ……」
(よし、命中……)
人外的な肉体から放たれた煙玉は男の後頭部に当たるとその男をふらつかせ眠りに落ちた様に馬上から落とす
そして地面に転がり仰向けになった男をエクリプスの前脚で踏み潰す。前を走る他の四人は一人減った事に気付き、悲鳴を上げる。傍から見てどちらが悪者かと言われたら満場一致でアルスだろう。しかしこの事件の発端は近衛騎士を四名、滅龍騎士を二名殺し、王子に王女、そしてアルスの婚約者を殺しかけているというのが始まりである
アルスはこの五人がガリウスに雇われたとは思っていない。そして爆発を身に受け、ガーネットとカルセイン、そしてセレスティーナを守った事がガリウスの計画の歯車を狂わせていっている事にも気付いていない
(命中……)
次は女を狙う、当たった所が悪かったのか苦悶の声すら出ないままよろめく。この時のアルスはほぼ並走状態まで迫っていて、よろめき馬から落ちそうなところをアロンダイトで女の背中を一突きする
煙玉で気絶していたのがせめてもの幸いか断末魔を上げることなく息絶える
「----もし冥界に行くのなら、ハデスに宜しく伝えてくれ五人一気に行くと賑やかになるな……………一撃で屠る…『破撃』」
片手で放たれた『破撃』は少し前を走る三人の体に当たり、走る馬より速い速度で前方へ吹き飛んでいく。馬上、しかも片手で放った『破撃』は腕への負担が大きくアロンダイトを握る左腕が少し痙攣してしまう
(俺もまだまだか………)
全員が地面に伏したまま起き上がらないのを確認するとそのままエクリプスを歩かせ東向きに進んでいく。このままエルロランテ邸に帰るつもりなのだ
(エクリプスも疲れてるし、いつまでもこの良い馬を王都に置いておけないしね)
いくら王都とは言え、盗賊も多い。良い馬、良い服、良い女性、宝石、武器は真っ先に狙われてしまう。ご都合主義で生きていけないこの世界で油断は厳禁だ
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アトランティス王国〜エルロランテ邸〜
「旦那様、どうやらアルス様がお帰りになられた様ですがどうされます?」
「----そうだな…………今更ホームシックになった訳でも無いだろう、何か理由があるのではないか?」
執務室で酒を嗜みながら書類にサインをするウルグにセバスが訪ねてくる
「えぇ、どうやらとてつもない馬を預けに来た様でして」
「馬?」
ウルグは絶えず続いていた手の動きを止めペンを置いて立ち上がる。将軍の位を持つ程武勇に長けているウルグが気にならない筈がない
「やはり、旦那様も気になりますよね。凄い青毛の馬ですよ…下手したら旦那様の持つ馬のどれよりも優れているやもしれません」
「それ程か……」
ウルグとセバスがエルロランテ邸の厩舎に着いた頃、既にアルスの母ユリアーナ、メイド長のクルエナ、メイドのヴィオラ、ユリス。そしてメイド見習いのヴァイオレットがアルスに”群れていた”
久し振りのアルスに感動してアルスの四肢を引っ張って振り回しているユリアーナ達
一見拷問の様に見える光景も微笑ましい家族団欒のようでアルスは涙を流し再開を喜んでいる
「………ん? セバス、あれは大丈夫なのか……?」
「面白いですね、痛みと感動が拮抗しているのでしょうか」
それから約一時間後、エルロランテ邸に留まったアルスは一連の経緯をウルグに話し、放ったらかしにしたみんなを迎えに行く為にアーバンドレイク邸に向かわなければならないという事も全員に話す
「そうか……セバス。後でアーバンドレイク邸まで送ってやれ」
「畏まりました」
「それにしてもアルス、どうしたんだ? その仮面と格好は。そこまで闇ギルドの連中と仲良くなったのか?」
「えぇ、まぁ……借りてます。自分は心を許しているつもりですよ。相手はわかりませんが」
興味深そうに眉を上げて頷くウルグと意味ありげに微笑むセバスは何を考えているのか全く読めない
「互いに害にならないならそれでいいと思うぞ………しかしアルスだいぶ疲れているな。今日は泊まっていけ、この家には魔力が回復したらいつでも戻ってこられる筈だろ?」
「では、父上の言葉に甘えさせて頂き本日は泊まっていきますね」
夕食をエルロランテ邸で食べるのは本当に久し振りだ。そして貴族家では珍しく執事やメイドと共に囲む食事はいつも寮での食事よりも会話が弾む
「そう言えばアルス、セレスティーナちゃんとは最近どうなの? 喧嘩とかしてない?」
「大丈夫ですよ母上、毎日仲良く過ごしています!」
「フフッ♪………ならいいわ。守られる程非力なお嬢様ではないと思うけどセレスティーナちゃんをしっかり守ってあげるのよ?」
それからアルスはヴァイオレットのメイド修行の事について尋ねる。エルロランテのメイドは何故か教養と礼儀作法の他に戦闘技術を学んでいるのだが、どうやらヴァイオレットも相当仕込まれた様で、奴隷だったとは思えない程所作だけでなく面持ちもだいぶ変わっている
「どうされたんですか? 急に私を見て」
「お前との出会いこそ不思議なものだが今や共に食事をする家族だ………面白い事もあるもんだね」
少し照れくさそうなヴァイオレットに微笑むユリアーナ
ふと思い出した様にセバスあからさまに手を叩き皆の注目を集める
「申し訳ありません、一度やってみたかったので………現在アルス様は厄介な仕事を押し付けられていますね?」
「あぁ、とても厄介だよ」
「人生の先輩であり、この中で年齢が一番高い私からの少しアドバイスをさせて頂きましょう。”命を奪う事”について………私は仕事柄沢山の人間、獣人、それに”人間でも獣人でもない者”も殺してきました」
セバスは食事の手を止め、アルスと目を合わせながら喋る。セバスは鍛錬には厳格だが比較的日常生活では穏やかで優しい。そんな彼の真剣な眼差しは鍛錬でも日常生活でも見られない様な新しい”セバス”を感じる。エルロランテ邸に仕える執事ではなく、ただ一人の人間としてのセバスを
「貴族を殺す時も、平民を殺す時も、その人物の背後には必ずその人物の死を悲しむ者が少なからず居ます、私は過去にそれを信じて悔やみながらも自分を騙し、殺しを続けていました……殺した相手の婚約者が目の前で泣き崩れ、死体が握っていた剣で自殺を図ろうとする者や、殺した相手の兄弟が動かない脚を無理に動かし、殺そうと這いずってくる事もありました……」
俯きたくなるような話でもアルスは視線をずらさない、今俯くのは違う、逃げてはいけない、とアルスの本能が訴えかけてくる
「……しかし時には、涙も流さなければ駆け寄る事もしない者、死んだ事が分かると乾いた笑いで一心不乱に死体にナイフを突き立て、体力が尽きるまでそれを続ける者までいました…………つまりは悲しむ者も当然いれば喜ぶ者もいるという事なのです。ですが私達は最初にそれを見極める事が出来ない、事前に背後関係を調べたつもりでも実際は何一つ相手の事なんか知らないのです、真実は本人しか知らないですからね………その事を毎晩考えるうちに精神が崩壊しそうになった私はここである結論に至りました。それは”自分がその選択をして幸せか”です。これは一種の狂気ですが事実でもあります、物事を善か悪かで見極める前に自分が選択した方で幸せになれるかを考えましょう……でなければいつかアルス様の精神が荒み、壊れ、自己犠牲という糸で操られるだけの傀儡に成り下がる事でしょう」
セバスの話を急に理解しろと言われても無理がある
殺しを正当化するための妄言と言っても過言ではない発言だ
しかし、セバスの様に実際に人を殺し、様々な人間を見てきたセバスだからこそ出せる結論があるのも現実だ。セバスなりに励ましてくれたのだろう
冒険者の世界はよく”生きるか死ぬかの世界”と言われるが、それは果たして冒険者に限った事だろうか。平民という階級に縛られず生きていた者達が今では冒険者ランクという階級によって縛られている者達が増えてきた。これではまるで貴族と同じではないだろうか
ならば平民と価値と貴族の価値の違いとは? 貴族には平民をまとめ上げ、国を動かす重要な役割を持つ。しかしそれは貴族という肩書きでしかないのでは無いだろうか?
平民であっても教育を平等に受ける事が出来たなら、平民と貴族の地位を入れ替えても国は回るのではないだろうか?
モンスターに殺られる事と、人間に殺られる事の共通点は結局、”強いか弱いか”だけなのだ
冒険者は実力で、貴族は権力、財力で、強い方が生き残る世界
人間に善と悪を求めてはいけない、一人一人に善があり、悪がある。自分の選択がどちらかなどは考えてはいけない、答えが出ないからだ
(----なるほど、厳しい世界だ………本当に……)
幸せの為ならなんでも出来ると、そう思っていたアルスもセバスの話で少し自分の中の意識が変わるのを実感した
「-----ありがとう、セバス。いい話を聞けたよ」
「いえいえ、アルス様が困った時はいつでもお力になりますよ」
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食事を終え、アルスが寝静まった頃。執務室で星空を眺めるウルグと扉の前で控えるセバスが何やら話をしている
「セバス、先程は辛い話をさせてすまなかった……本来ならば私の口から言わなければならないところだった」
「良いんですよ旦那様、”十歳から王族の護衛””国王からの殺しの許可証””失われた剣術を扱う青年”どれも聞いただけで寿命が縮まるような内容ですよ。それをあの様な澄んだ笑顔で日々こなすアルス様を見ていると……つい」
セバスはアルスが年齢にそぐわない仕事のせいで精神が壊れかけていると思っていた訳だ
実際は意志を固めただけだったが
「私も正直驚いたよ、あの状況下で目を逸らさなかったのは流石私の息子だった………難しい話なんだがな…あれは」
ウルグはただ一点満天の星空を眺め、少し溜息混じりに微笑んだ




