【3章・岡目八目、少しの暗躍】4
未だ耳鳴りがやまないアルスは首の骨を鳴らし服の砂埃を入念にはたきながら厩舎に向かう
アルス自身魔力が完全に戻った訳では無い、もし完全に戻っているならば腕を刺されず、爆発も無傷の筈なのだ
戻りつつあった魔力を消費が大きい『空間移動』に使ったのだ。これから爆弾魔を殺しに行くのに結界すら張ることが出来ない
砂埃を入念にはたいたのが功を奏し、爆発現場に駆けつける騎士達はアルスが爆発の被害者と認識する事なく通り過ぎていく。背中はまだ血が滲んでいて見られたら呼び止められる事は確実だ
厩舎に着き、広い厩舎内を練り歩きエクリプスを探す。王城の厩舎という事もあり素人目のアルスでも見て驚く馬が多い
(あ、いたいた)
縄で繋がれたエクリプスの背中に乗せてある布袋を手に取り中から白い仮面と黒いローブを取り出す
仮面とローブを身に付けて再びエクリプスに跨ぐ
厩舎に着いた頃疲弊していたエクリプスも僅か数時間の休息で活き活きしている様に見える
「行こうか」
王城を出るため来た道をエクリプスに乗り駆け抜ける
「お前っ!死神か!?」
「報告されている聖騎士殺しと同じ服装……闇ギルドの死神が何故王城にっ!?」
驚愕する騎士の衆をエクリプスで吹き飛ばし王城を抜ける
(これは……申し訳ないな……弔いの場を荒らしてしまった)
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王都〜そこら辺の宿〜
〜アルスがエクリプスで城門を抜ける十五分前〜
「おい、王女と王子が城から出て来たぞ!」
「予定と少し違うな……どうする?」
「も、問題ないだろ、最終的に殺せばいいんだ」
そう話すのは五人組の男女、五人が居る二階は家具は端に退けられ、頑丈そうな椅子と木製のテーブル、そして壁際に王国騎士の鎧が転がっている。内壁は清潔で王都で最低限の宿屋と言ったところか
「火矢の用意を、城門の爆弾には鉄くずを仕込んである。あの距離ならば全員屠れるぜ」
「い、いいのか、本当に? 門で爆発が起これば城内の爆薬を探されるかもしれないぞ?」
一人の男が火矢を求める男に問い掛ける。火矢を求めた男は振り返って息遣いが聞こえる距離まで男に詰め寄る
「まさか……お前、今更怖気付いているのか?」
「そうじゃないっ! 今ここで退けば誰にも勘づかれる事無く大金を手に入れれるんだぞ!」
「そうだな、でも面白くない。あの王子が何を考えているのかは知らないが俺らが作りあげた爆薬の威力を俺らが見なくてどうする? お前らもそう思うだろ?」
火矢を求めた男はテーブルの上に乱雑に置かれた矢を手に取り窓から馬車を眺める三人に問う
「あぁ」 「えぇ」 「そうだ、今回の爆薬は特別製だ。微かな火でも引火し爆発する、そして周りには鉄くずを詰め込んでいる。あの騎士達は勿論、馬車に穴が空くぞ」
「お前以外は賛成の様だぜ?」
「………っ分かったよ。好きにしろ」
男は矢に油をつけ火をつける。木箱に狙いを定めながらゆっくりと弦を引き呼吸を整える。この宿もそこまでの高さは無く、木箱を射るには相当な速度と威力が求められる
『千里眼』
千里眼、それは弓や銃など遠距離の武器を扱う人間が覚える武術系のスキル。通常より遥か遠くを見ることが可能になる案外使えるスキルだ
千里眼で狙いを定め放たれた一矢は城門の木箱目掛けて一直線に飛ぶ
ドォォン
王城の城門から巻き上がる砂埃を確認して矢を射た男以外が歓喜する
「まだだ……様子がおかしい……」
「「え…?」」
巻き上がる砂埃の中で人影が動いているのを確認する男、しかも一人ではなく三人だ
中心の青年は爆発の影響でうつ伏せになったもののゆっくりと立ち上がってくる
「な、な、なんだアイツは….!?」
「………王女と公爵の娘もピンピンしているぞ」
青年の後ろに居た騎士達は伏せたまま動かない事から死んでいる様に見える。千里眼では騎士達の鎧に鉄くずが突き刺さっていて十分に殺傷能力を有した爆発であった事は確かだ
「ど、どうするんだよ……ただ警戒させただけかっ!?」
「大丈夫だ、この爆発を受けてきっと奴は瀕死…………直接狙えば………何っ!?」
再び矢を弓に番え千里眼で標的の方を見るが数秒前に見えていた青年の姿が見当たらない
「……チッ、馬車が邪魔で射抜けない……」
爆発で明らかに損傷し、馬車を引く馬も怪我をしていて走り出す様子はないがこの距離から壁越しに標的を射抜く事は至難の業
遮蔽物が無く、確実に射抜ける機会を弦を引き絞りながら伺う男に再び衝撃が走る
「クソっ……逃げられたっ! 空間魔法士かっ…!」
突然遮蔽物であった馬車が視界から消え、紫髪の青年のみがその場に残っている
「ちょっ……ちょっと、一体どうなってるのよ!」
他の四人も窓から身を乗り出し、ただ一人紫髪の青年が立つ城門を目を見開いて眺める
「私聞いた事があるわ……時空間魔法……物体を異空間を通して移動させる魔力消費が大きい分強力なとても珍しい魔法よ………」
「確か……時空間魔法スキルって索敵魔法があったわよね?」
顔を引き攣らせながらお互いを見て小さく笑う女二人は表情と声色から恐怖を隠しきれていない
ゾワッ
突然襲い掛かる悪寒は爆発の惨状下で静かに佇む紫髪の青年から発せられている
全身が震える程の恐怖を五人全員が感じ、思わず窓から数歩後ずさる
「-----ここから逃げるぞ」
「えぇ」 「あぁ……」 「馬の準備をしてくる」
弓を床に投げ捨て金額が詰まった布袋を手に取り部屋を出て行く。ここは一般的な宿屋でもある為部屋を出たら様々な観光客が居て突然の爆発音に驚き部屋を出て通りに出ている
五人はその集団に紛れて仲間の一人が用意した馬に跨っていく。真横を騎士達が爆発の起こった城門の方へ走っていくのを見ながら五人は脱兎の如く走り去る
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王城を抜け、火矢が飛来してきた方角にエクリプスを走らせながら矢を射る事に向いた建物を肉眼で探し回る
〜数分後〜
矢の飛んできた角度に適した宿屋を見つけ、仮面とローブを纏った死神の格好で入っていく
「す、すみません……私の宿にど、どの様なご用件でしょうか?」
「少し人探しを………弓矢を持った客が居たら教えて頂きたいのですが」
「弓矢……分かりませんね……先日から騎士の方々がここを利用されているのでその方々なら何か分かるかもしれません……」
王国の騎士が宿を使うのはそう不思議な事では無いが”方々”という言葉にひっかかりを覚えたアルスは受付の女性に金貨を一枚情報料として渡し階段を上っていく
二階の居たここの利用客に多少驚かれながらも一つ部屋の扉が開け放たれた部屋を見つける
(向こうも気付いて既に逃げたか……?)
部屋の中は家具などが不自然に退けられ、壁際に騎士の鎧が転がっている。もしこの部屋に宿泊していたのが本物の騎士ならば鎧を脱いで外に出る事は決してしないだろう
(………偽物の騎士ね、なるほど。五人か)
鎧の数から人数を割り出し、手掛かりになりそうな物を探す。開けられた窓の下には弓が転がっていて周辺には油の匂いが微かに残っている
窓からは爆発した城門前が目視で確認できる。しかし実際に木箱をあの様に正確に射るには距離があるように思える
(………弓術系のそれも武術スキルか。シトリーの『千里眼』かな?)
これ以上ここに留まるのは時間の無駄と判断して足早に部屋を出て宿屋の外にいた野次馬達に五人組の情報を尋ねる
数人の野次馬がこの宿から出てきて逃げるように馬で走り去った男女を見たという
アルスが直ぐにその方向に向けて走り出そうとした瞬間、野次馬の一人がアルスに手を差し出し何かをせびる仕草をする
「----金か?」
「えぇ、私受付の女性に金貨を渡した所見てましたんで」
「目敏いな……まぁいい、ほら」
アルスは馬上から金貨一枚をその男に投げ渡す
「へへ、ありがとうございます」
他の野次馬が寄ってくる前にアルスはエクリプスで人垣を突破して襲歩で駆ける。お互いの距離は徐々に縮まりつつあった
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王都〜東門〜
王都の四方にはそれぞれ東西南北に門がある。この門は国境の関所には劣るものの王都に出入りする者を管理する重要な役割を持つ門
五人は東に抜けようと東門へ到着したが、騎士でもなく、冒険者でもない五人組という怪しさ故、門を守る王国騎士に止められていた
「現在五人組は厳重警戒対象になっている。非常に申し訳ないが上の者が来るまでここで待って頂こう」
「それは無いぜ、騎士さん。俺たちはただの観光客だぞ? 怪しいところなんて何一つ無いじゃないか!」
「そうなんだが、決まりなんでね。それに……何をそんなに焦っているんだ?」
五人が後ろをチラチラ見ていることに疑問を抱いた門の騎士は尋ねる。流石に怪しいと踏んだのだろう、騎士は近くに居た別の騎士に何かを耳打ちしている
数分間足止めをされ、痺れを切らした五人は手網を強く握る
「……おい、強引に抜けるぞ」
「それじゃあ……国から追われる!」
「………何れ追われる身だ、このままだと追い付かれる」
「----追い付かれる? 本当に追い掛けてきているのかまだ分からないだろ?」
「ちょっと待て………聴こえないか? この音……」
五人は耳を澄ます、聴こえてくるのは周囲の人間の笑い声、喋り声、何かに驚く人間の声
そして馬の力強い足音
馬の足音からその馬の速度がとても速い事が推測出来る。そして足音が大きくなるにつれて五人の心音も大きくなり、呼吸が乱れてくる。ただ迫る馬の足音が死ぬまでを測る時計の針の音の様に時を刻み徐々に音が大きくなっていき恐怖心を煽る
「や、奴だ! に、逃げるぞ!!」
「「あ、あぁ…ぁあああ……!!」」
狂ったように五人は東門の騎士の制止を聞かずに門を突破する。馬を走らせる五人は顔面蒼白で逆に門の騎士が心配する程だ
様子がおかしい五人組に門を抜けられた騎士達は唖然としながら五人が走り去った方を眺める。しかしそれも再び聴こえた馬の足音で現実に戻され、恐る恐る近付く足音の方へ振り向く
「失礼、此処を馬に乗った五人が通らなかったか?」
振り返ると居たのは白い仮面を着け、ローブを纏う黒馬の人物。本能的に危険を察知し、身構える
「な、何者だ!? 仮面を取れ!これは警告だ!」
「----通ったのか、と聞いている」
騎士の警告をもろともせず、冷淡な声で告げる
アルスに気圧され、背中の槍に伸ばす手が止まる騎士達。アルス自身怒りに震えている訳では無い、ただ単に五人を殺すという意思が自然とオーラに出てしまっているため門の騎士は恐怖で喋る事も動く事も出来なくなる
「----まぁいいや、通るぞ」
棒立ちの騎士を差し置いてエクリプスを走らせる。目先数百メートルに馬に乗る五人の姿を目視で確認し、更に速度を上げていく。脚の回転も凄まじく、地面を蹴り巻き上げる砂の量から一歩一歩進む距離まで五人の乗る馬とは格が違う
(何か足止めできる道具があればな………あ、あった)




