【3章・国の均衡】6
少しだけ遅くなってしまいました
学園の授業を終え、アルスはセレスティーナと共に王都にある懐かしの武器屋に向かっていた
「今日の授業は中々興味深かったわね、昔に炎帝と並ぶ実力者が居たなんて信じられないわ♪」
「多分今もまだ存命だと思うよ、炎帝カルナ様の師匠の時代と言っても数十年前だしさ」
「だとしたらガーネットのライバル登場ね」
今日の授業では炎帝の長い歴史について触れたのだが現炎帝のカルナの師匠、つまりは先代の炎帝には実力が拮抗していた魔法士が居たらしい
その時代には炎帝、水帝の二大勢力がアトランティス王国の魔法を支えており、水帝が老衰で亡くなるまでは互いに炎帝の継承を巡りバチバチの争いをしていたという
この時、二人は忘れていた。五年前の洗礼の儀式で水の精霊魔法スキルが生まれており、水帝が再び誕生する可能性がある事に
「おぉ、久し振りだな。しっかり学生してるようじゃないか」
「お久しぶりです、グラムさん。シークレットカメレオンの鞘の件は本当に感謝してます」
「私もとても素晴らしい剣を頂いて、毎日愛用しております」
「ハハハ、そのようだね。ちょっと待っててね今他の客が来ててね-------------出来たぞ、兄ちゃん。大型の自動拳銃は繊細だからな、もう土の地面に落とすなよ!後頼まれてた44マグナム弾だ」
グラムは黒い服装の男性に今の時代に珍しい魔法銃では無い大型の自動拳銃を手渡す
「ありがとう、感謝する」
軽い感謝を述べ、銃を受け取った男は直ぐにグラムの店を出て行く。通り過ぎる瞬間アルスの視界の端に映った男の顔の口角が異様に上がっていたのは気の所為だろうか
「珍しいですね、今の方。今どき自動拳銃を使うなんて」
「そうだな、魔法銃があるこの時代にわざわざ通常の銃を選ぶのには何か理由があるのだろう、丁寧に手入れがされていたし思い入れが深いんだろうさ---------それより今日は何の用だい?」
アルスは黒い鎧を作って欲しいと言う、何故黒に拘るのかとグラムに突っ込まれるがアルス自身が何となくの気分で言っているのでこれと言った理由もなく返答に困る
「まぁ………良いよ作ってやる。だが黒い鎧を着ていると目立ち過ぎないか?まだ仮面被っといた方が…………」
「そうか!仮面だ!!」
アルスは以前、架空の仮面の男という存在を創作した事を思い出す
「ちょっと待ってて下さい、”友人”に仮面とローブを頂戴してきます」
『空間移動』
数秒でアルスが戻って来る、白い仮面と黒いローブを持って
「これを使って俺に合う装備を作ってくれませんか?」
「鎧はいいのか?」
「いえ、黒の鎧は作って欲しいです。でも今じゃなくていい、仮面とローブを有効活用する事にします」
「俺は貴族の事情をよく知らないから”何に活用”するのかは触れないでおくよ」
そう言ってアルスから仮面とローブを受け取り店の奥に入っていく
「ねぇねぇ、アルス。あの仮面とローブってグロウさんの物よね?」
「うん、最初は鎧を用意しようかなって考えてたんだけどここら辺で仮面の男を表舞台に出しておこうかなって」
「ごめんねアルス、うちの団長の勝手なのに」
「別にいいよ、俺は俺で”やりたい事を自由にやる主義”で生きていきたいからさ」
これではアルスが殺人をしたいかのように聞こえるが、そんな事は無い。ただ例外としてアルスにとって今後危険な存在になり得るであろう《マスキュラー》をここで殺しておきたいのは事実だ
「今度二人でザナトス団長を”ぶちのめして”やりましょう」
「お、おい……そんな言葉何処で?」
「え?あ、グロウさんが教えてくれたの…どう?」
(彼奴……半殺しだ)
グラムの武器屋で軽く話す事数分、奥からグラムが出てくる
「出来たぞ、この白い仮面は手の加えようが無いから傷の修復だけしてみた。この黒いローブは傷の修復は勿論、耐熱性と防寒性に優れた強靭な糸で全体を補強した」
仮面は注視しないと見えない小さな傷から少し目立っていた大きな傷まで修復されていてローブはほつれが無くなり全体的に綺麗に仕上がっている
「凄いです、こんな短時間で仕上げるなんて」
「ハーハッハ、凄いだろぉ。因みにまだあるぞ、この仮面とローブが正体を隠すための物ならこれもいるだろ?」
グラムが出したのは少し大きめの煙玉だ。数は四つ
「これは?」
「これは見ての通り煙玉だよ、魔法の発動タイミングを見せないようにしたり逃げる時に使ったり色々使えるぞ?」
「なるほど、良いですね使わせてもらいます」
アルスはグラムが出した煙玉を受け取り空間の歪みに放り込む、これは魔法だが名前は無い。魔法には無限とも言える程の使い道があるのだ、名前が付いている魔法が全てでは無いのは大陸全土の人間が知っている
セレスティーナは精霊と契約しているという事もあり変幻自在な風魔法を扱う、時に切り裂き時に吹き飛ばす。攻守ともに優れたセレスティーナの風魔法は属性という範疇を超えてくる時があるのだ
「ねぇ、アルス?この前シルフィード様が仰ってたんだけど………アルスは強いからそこまで準備する必要が無いって」
「あるさ。確かに人より身体が丈夫で”少し”強い事くらい自負してる。それでも少しさ……剣術で父上には及ばなければ魔法と体術では家の執事に負けるんだ」
「んー、基準がおかしい気がするし………エルロランテ家って中々恐ろしいわね」
「エルロランテの人間はメイドから執事、そして父上までもが人外的だからね。”国が滅びても続く”少し特殊な家さ。セレスの家も同じだろ?武力から財力までアーバンドレイク公爵家を構築する全ての要素が他の貴族に依存する事無く、自己完結しているはずだ」
アルスの家もセレスティーナの家も歴史は古く、ここ数十年の新興貴族が多いアトランティス王国ではこの二つの家の成り立ちを知る者は少ない
王家でさえ詳しく知らないこの事情は特に重要視されて来なかった為、深く調べられたり尋問されたりという事は無かった
しかし二ーヴル王太子の遺跡調査によりアトランティス以前の王国にまつわる情報が大量に出土した事で二人の家が少し注目されるのは時間の問題だろう
「そうね、お父様は一体何を心配しているのでしょう、そこら辺の貴族が信用出来ないというのは分かるのだけど………」
「ちょっとお二人さん、その話は王都の武器屋で話していい事なのかい?」
あからさまに耳を塞ぐ動きをするグラムは何故か憎めない所がある
「えぇ、グラムさんが他の貴族に情報を漏らすとは考えられないわ…………ね?」
「あ、あぁ勿論……そ、そんな事はしないぞ」
「---セレス別に脅すことないだろ?失礼しましたグラムさん、鎧をが出来たらエルロランテの屋敷に送っといて下さい」
アルスは金貨の入った袋をそのまま置いて去ろうとする
「おい、ここまで貰えないぞ……!」
「勿論…鎧の分も含まれていますよ?前払いです」
アルスはセレスを連れて店を出る。店には大量の金貨を前に慌てふためるグラムだけが取り残される
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〜数分前〜
アルスとセレスティーナがグラムの店に居た頃、店から少し離れた通りでは貴族と冒険者が言い争っていた
「どうしてこう……冒険者の連中は癪に障るような奴らばかりなのだ………」
豪華な服装に身を包んだ大勢の貴族の中心にいる男が言う
「なんだと?貴様らのような貴族が居るからこの国が廃れていくんだっ!」
そう怒りの籠った声で詰め寄るのは槍を背負った短髪の男
「廃れていく……?何の冗談だ……?私が居るからお前達平民が暮らせているんだ!平民ごときが知ったような口を叩くな」
「そうだ………お前ら貴族は知らないんだ………日頃から金と欲に塗れた生活をしているからな!」
嘲笑する様な表情をしていた貴族達の顔から光が消える。一部の貴族の顔には血管が浮き出ていて怒りに震えている様にも見える
「なん…だと………?平民が知り得て貴族である私達が知り得ない事など断じてありはしないっ!」
「あるさ………あるんだよ実際に………貴族によって平民が殺されても無罪、自分勝手な都合で税をつり上げる……数え切れない程の愚行がな!」
耐えきれなかったのか冒険者の男が槍を抜き貴族の衆に突っ込んでいく
グサッ
冒険者が放った一突きは正確に貴族の腹を貫き、見て見ぬふりをしていた周りの人間も思わず悲鳴を上げる
「き、貴様……」
「お、俺は悪くないぞ、平民を蔑ろにするお前ら貴族が悪いんだぁぁぁ」
冒険者の男は足をもつれさせながら走り去っていく。取り巻きの貴族も未だ現状が理解出来ていない様で呆然としていた
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エスト神聖王国〜大聖堂〜
大聖堂には法王と大司教マルジェラ、そして西条拓斗がいる
「▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉」
「▉▉▉▉?」
「▉▉▉▉▉▉▉▉」
「あの、僕には何も分からないんですが?」
明らかにこの大陸の言葉では無い言葉を話す法王と大司教
大司教は法王に何か訴えかけている様だが言葉を理解できない拓斗は何も出来ない
「すまない西条拓斗、亡命した聖女と枢機卿、あと聖騎士マスティマを殺した男の処分について話していた」
「亡命をした事は知ってますが………マスティマさんが……?」
「あぁ、蘇らせてから精神の方に影響が大きくてな”呆気なかったよ”……」
「マスティマさんは死なない筈では?」
「恐らくアトランティス王国にはグングニル以外の神器があるのだろう…………ここは法王様、闇ギルドを使ってマスティマを殺した輩を始末しましょう!」
大司教が鬼気迫る顔で法王に詰め寄る
「落ち着け、大司教。アルス=シス=エルロランテは確かに殺さなければならない……だが!一番の優先順位は神器を集める事だっ!」
「は、はっ!」
「そういう事で西条拓斗よ、フロイド=セーズ=トランツェルからグングニルを奪ってこい」
法王の命令はグングニルを”奪え”との事だ。いつもならば”殺せ”と命じる筈なのに拍子抜けの命令を疑問に思う西条拓斗
「今回は奪うだけですか?」
「ハハハハハ、お前はフロイド=セーズ=トランツェルを知らないのか?」
「目が見えないアトランティス王国の近衛騎士団長では?」
「その目が見えないという弱点があるにも関わらず奴は近衛騎士団長という地位につき、そして数々の同胞を殺してきたんだ」
眉間にシワを寄せ拳を握りしめている法王は憤りを隠せていない
「そ、それだったら尚更!!」
「不可能だ、お前のスキルは近づかなければ意味が無い………奴は認識範囲外から攻撃してくる、瞬殺だ」
法王にキッパリと否定され怖気付いたのか言葉を詰まらせる西条拓斗
「そ、そんなのやってみないと分からないじゃないですかっ!」
「ならば試してみるといい…………大司教、西条拓斗をアトランティスに送れ。くれぐれも西条拓斗とエストの関係を悟らせるな」
「はっ!」
エストに連れてこられて数年経つ西条拓斗も【消滅】のスキルを得た事で少し慢心気味だった。歯向かう者は消滅させ、自分の思うがままに物事を進めることが出来たのだ
しかし法王に否定されより一層近衛騎士団長を殺す事に躍起になっている。勿論、簡単に殺される程近衛騎士団長も弱く無いのだが




