【3章・国の均衡】2
トントントン
「誰でしょう?-----どうぞ」
扉が開き欠伸をしながら雷帝が入ってくる
「あぁ、貴方様でしたか。どうやらお疲れのようですが何かあったんですか?」
「あぁ、まーね。近衛騎士団長が王城に居ないせいで貴族が王城に流れ込んで来ててね、色々面倒臭いんだ」
喋りながら部屋に入り、机に置いてあるクッキーを摘んで口に放り込む
「初めて食べたけど、これ美味しいね」
「お、そうですか!これはエスメラルダが作ったんですよ」
エスメラルダが紙の上に『上手く作れていたようで良かったです』と書いて雷帝に見せる
いくら亡命してきたとはいえアトランティス王国の貴族が全員善人ではない為、暫くは王城に留まってもらっている
聖女らしい事はアトランティス王国に来てからは特にしていないがお菓子作りや王都を楽しんでいるようで案外退屈はしていなさそうだ
「へぇ〜、凄いですね。エストでもよくこの様なものを?」
「いえ、正直エストに菓子を嗜む文化はあまり浸透していませんからエストにある自宅のみで日々製作してましたよ」
確かにエストはゴリゴリの宗教国家で嗜好品的な物は避けられてきているだろう、”聖女は実はお菓子が大好き”という噂が広まればエストでもお菓子などが広まっていくのでは?と思った雷帝
「そうですか……聖女という肩書きのせいでしょうかね〜」
「それもあるかもしれません……エストでの聖女という存在は神格化されつつあり、エスメラルダを人間と同じように接してくれた人はこれまでフェル様とカルナ様、国王陛下、それにアルス殿くらいしか居なかったんですよ……」
少し呆れたように鼻で笑う枢機卿の表情は悲しいとも、反対に嬉しいとも取れる
トントントン
エスメラルダが作ったクッキーを頬張りながら枢機卿の趣味について色々聞いていたところ、部屋の扉がノックされる
「ガーネットです、入りますね」
(え…?)
ガーネットが間を置かずに雷帝達が居る部屋に入ってくる
「あら、雷帝様いらしたのですね」
「えぇ」
「実は今日来たのは聖女エスメラルダに用があってね、いいかしら?」
雷帝は一体どんな用件だろうと腕を組んで思案する、王女が急に乗り込んでくる程の用件とはさぞかし凄い物に違いないと頭の中で結論を出す
「ん〜、聖女様と枢機卿はどう思います?」
『私は構いません』
「-----エスメラルダが良いなら私もいいが」
二人の意見を聞いたガーネットは満足気に頷いて二人が座るソファーの対面に腰かける。隣に居た雷帝はこの部屋を去ろうと出入口の方へ歩こうとする
しかしその雷帝の腕をガーネットは掴んで引き留めた
「少し待って下さい………雷帝様も関係ある話なので」
ガーネットはそれでも退出しようとする雷帝を半ば無理やり向かい側のソファーに座らせる
「それではまず最初に…………聖女エスメラルダ、貴方アルスと顔見知りよね?」
ガーネットの言葉に思わず唖然とする三人、気迫と表情からとても重要な用件を予想していたのだが実際にガーネットの口から出たものは二つ返事で答えられるような質問だった
『はい』
「そうよね、じゃあ次は雷帝様に質問です。アルスを連れ去ったあの謁見の後、向かった先は聖女エスメラルダとフォルマーレ枢機卿の元ですか?」
「そうだよ〜」
雷帝が肯定すると共に目のハイライトが消えガーネットの周りの空気が淀む
「どうしたんですか殿下?そんな事聞いて」
ガーネットの変化に気付いた雷帝がすかさず聞く、ガーネットはどうやらガリウス第二王子の帰国に伴ってアルスが護衛を外された事を亡命してきた聖女エスメラルダに新しく任命するためだと思っていたらしく事実確認の為に乗り込んできたという
しかし実際アルスが外されたのは一時的なもので”現在”そういう話は出ていない
ガーネット曰く、陛下に聞いてもはぐらかされより一層疑念が深まったそうだ
「はぁ……少し安心したわ。それじゃあ私はこの後カルナ様の所に行かないといけないのでここで失礼します」
軽く一礼した後部屋を出ていくガーネット、出て行くと同時にエスメラルダが紙に何かを書いている
『ガーネット殿下はアルスさんを慕っているのですね』
「あ〜やっぱりそう思います?殿下はこれといった婚約者が今いないので最近は男性からのアプローチが多いみたいですよ。それを一蹴していると考えるとやはり………ねぇ?」
「あの、殿下からアルス殿にアプローチはしないのですか?」
「お、枢機卿はいい所に気付きましたね♪恐らく殿下はアルス=シス=エルロランテを護衛と割り切っているのだと思いますよ、自分の護衛に恋をするのはプライドが許さないのでしょうね」
「は、はぁ…」
枢機卿は「そんな事?」と言った表情で聖女は微笑んでいてガーネットの恋愛事情を楽しんでいた
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ドッセル〜バラムトレス邸〜
バラムトレスの屋敷では一人の貴族にディーン=バラムトレスが銃を額に突きつけていた
「わ、私が何をしたと言うのだっ!!」
「お前がエストと繋がっている事は割れている、エストからの暗殺者を不正に入国させているな?」
「そ、そんな事…」
「お前が王都に潜らせた暗殺者は全て始末したが、最後に吐いたのは決まってお前の名前だったぞ」
予想外だったのか絶望したような表情で途切れ途切れの笑い声を出す貴族
「誰の指示だ?」
「私はあくまで仲介役。私を捕まえたのは失敗だったな、私は死ぬだろう……だがお前に殺されてでは無い!今にも口封じの為に私を血眼で探しているだろう、屋敷の警備はしっかりしているか?」
バァン
ディーンは引き金を引き貴族の額を貫く。炎の弾丸は額を貫き顔面、更に壁と床を焦がす
ディーンはそのまま部屋を出て窓から屋敷の外を覗く、窓の外には黒ずくめの男が数人見える
(おいおい………闇ギルドの連中かよ)
ディーンはショルダーホルスターから銃をもう一丁抜き玄関の正面にある階段の上に待機する、バラムトレス邸には当主のギャスパーも、兄のジョンも居ない
メイドや執事も出払っておりディーン一人だ
玄関の扉が静かに開き、次々と黒ずくめの男達が入ってくる。足音をたてず入って来る様は手練の暗殺者である事を再認識させる
バァン
ディーンの炎を纏った弾丸が一人の男のこめかみを貫く。目の前の男が突然倒れて殺されたと認識した男達は直ぐに階段の方を見る
「やぁ」
男達と目が合ったディーンは躊躇いもなく数人を撃ち抜き背を向けて逃げる
黒い服の連中は仲間の死を気にする様子も無く、ディーンを追う、二階に上がると連中は二手に分かれてディーンを追う
一人がバラムトレス邸の厨房に入る、厨房は暗く周りがよく見えない
「一つ質問していいか?」
姿は見えないがディーンの声である事は分かる、連中の一人は腰に差した剣を引き抜き周囲を警戒する
「お前ら闇ギルドの掃除屋が何故暗殺者を送る前に直接来るんだ?」
男は答えない、ただ剣を構え静かにディーンを探している
「うんともすんとも喋らないな………まぁいい死ね」
いつの間にか男の後頭部にディーンの銃が突きつけられる。男は振り向こうとするが銃声と共に意識が途切れる
「はぁ……後何人だ………」




