【2章・禍福は糾える縄の如し】
禍福は糾える縄の如しって何をいい事か悪い事なのか捉え方次第で意外と難しいですね
ウルグがアルス達と別れた時から既に二時間弱経ちガーネットとセレスティーナは半分監禁のようなこの状況に飽きてきたようでガーネットからは初対面の時のような華やかさ、凛々しさを感じない
今のアルスはその時の記憶が曖昧でほぼないのだが
「ねぇ、アルス。暇なんだけど、付き人なんだから何かしなさいよ」
「付き人じゃない、護衛だ」
「同じよ、ねぇセレス」
「んんん〜どうかしら付き人とは何か違うのよねー」
((否定はしないのか…………))
アルスは否定しない事に少し驚くがカルセインも同様に驚いていた
「それにしても暇だわ。私、学生はもっと日々に刺激があると思っていたのよ。王女だからと敬遠される事は減ったわ、でも何か違うのよね……カルセインも何か思う事があるんじゃない?」
「確かに思う事があるのは事実だが、日頃から問題事に巻き込まれる王族など信用に欠けるだろ、それに一年生の大多数の目は生徒会に向けられているからな」
「カルセイン殿下は目立ちたくないのですね」
先日の武闘大会における生徒会メンバーの試合は一年生を熱狂させるには十分すぎる内容だった
そして現在、生徒会長のアナスタシア=セーズ=エードリッヒには男性ファンが、副会長のゼロ=シス=エーデガルドには女性ファンが急増しており、少なからず書記と会計のルナ・ミナにもファンが増えているらしい
”一年生に王族がいる”というワードより”才色兼備の生徒会”の方が強く、本人達は自分達が薄くなっていると感じているようだ
しかし、実際ガーネット”には”絶大な人気があり、高嶺の花状態になっている事はこの身内のような関係の誰も知らない
アルスだけはガーネットに好意を寄せる者が増えた事に薄々気付いているのだがわざわざ本人に言う事でもない
カルセインに人気が無いのは巷の噂故なのだが実際、アルスが見た事ある奴隷は01と呼ばれた獣人のみで今日、王城に来るまでは噂に半信半疑だった
ガーネットやセレスティーナと楽しく喋っている際も数人の獣人や人間がカルセインに耳打ちをする為に部屋を行き来していた
(一体何人奴隷が居るんだ……)
「カルセイン殿下は先程から何をされているのですか?」
「アルスには関係ない事だ」
「教えて下さいよ、共に切磋琢磨する仲じゃないですか!」
「何よそれ、馬鹿にしている様にしか聞こえないわ」
アルスの言葉が面白かったのかセレスティーナが爆笑している
「……っち……今から喋るのは他言するなよ、もし口外したら伯爵家の嫡子だろうと、公爵令嬢だろうと処刑だ、それでも聞くか?」
カルセインから出る処刑という言葉に思わず息を飲むアルス
「はい、お願いします」 「私も聞きます」
「先程俺の奴隷から色んな情報を貰った。簡潔に言うと王国騎士団長が迎えに行ったガリウスがオニキスの王女を連れてこの国に帰ってくるらしい」
アルスとセレスティーナにはこの少ない情報である程度察する。カルセインやガーネットは王位継承を巡って普段は争っている。学園生活で現在は落ち着いているが
そして王太子が居るのにも関わらず王位継承権を巡って争われるのも少し異常なのだが
第二王子であるガリウスは正にカルセインにとって目の上のたんこぶでそのたんこぶが他国の王女という切り札を持って帰ってくるのだからカルセインがピリピリするのも仕方ないだろう
「カルセイン、そのオニキスの王女って何者なの?」
「分からない、俺の情報網では王女という事しか把握出来ていない…………これは相当マズイ……っ」
振り絞るような声と眉間のシワでカルセインにとってどんだけ深刻な事なのか、部屋の全員に伝わる
「ガーネットは何故そこまで落ち着いて居られるんだっ!お前はただでさえ不利な状況なんだぞっ!」
「そうね……私、言ってなかったけど王位は諦めようと思っているの」
数分前までほのぼのしていた部屋の雰囲気が一変する
「…………それはお前簡単には公言出来ないぞ、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「えぇ、だからカルセインも黙っておいて、奴隷にもね。正直今の発言が全ての目や耳を掻い潜る事が出来ないのは知っているわ」
「そうですよ、ガーネット殿下。今も外で聞いている者が居ますし」
「「「えっ!?」」」
アルスは空間知覚で部屋の外で部屋の中の会話を聞いている者を知覚していた。そして今逃走している事も
「あ、あ、アルス!其奴を捕まえてっ!!」
「いや温い、殺せ!俺の話も聞いていたなら尚更だ、責任は問わない!」
「ここは王城ですが?」
「アルスなら何とか出来るでしょう?」
「承知しました」
内心ワクワクしているが渋々の表情でアルスは『空間移動』で逃走している人間の前に移動する。空間が歪んで上半身からゆっくり出てくるアルスは日中でも心霊的な恐怖を感じる
「やぁ、ここのメイドかな?色々聞きたいから移動しようか」
アルスはメイドの女性の肩に両手を置き微笑みながら言う
「い……や…ぁ……いやぁぁっわ、わ、私はただ…」
メイドの悲鳴もあっという間に異空間に吸い込まれていく
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メルルは没落した男爵家の娘だった
家は借金を抱え悪徳貴族に搾取されるのみ、姉妹は奴隷に、メルルはメイドとしてその家に雇われる事になった
劣悪な環境から何回も逃げ出そうとしたし自殺も試みた
しかし、メルルには最後の一歩が踏み出せなかった。崖に立っても竦んでしまい、短剣の刃も寸前で手が震えて剣を落としてしまう
そんな日々が続き、今日は自分の雇い主の言われるがままに王城のメイドとして潜入していた
具体的な命令は王女と王子の監視と弱みを握る事だった。王族が相手だろうとメルル自身に拒否権は無い
最初の方は部屋の外を掃除して回っていた。廊下を周回する騎士も居るため壁に耳を立てることが出来ない
そして一時間経った頃、王女と王子が居る部屋から女性の笑い声が聞こえてくる
王女の声は覚えている為王女ではないのは気付いたが何故笑っているのか気になってしまう。好奇心と仕事と混ざって壁に耳を当ててしまう
中の音に耳を澄ますと部屋の中の声を微かだが拾う事が出来た
王子の暴露を聴いたメルルはメモを走らせ更に情報を得るため耳を澄ますと王女からも弱みを聴くことが出来た
仕事としては上出来と言われるかもしれない、だがやっている事は盗聴だ、気持ちは晴れない
そして帰ろうとしていたその時、部屋から男性の声が聴こえて耳を澄ますと自分の盗聴がバレていた事が中から聴こえる
(やばい、、バレた…っ!)
部屋の中から怒号が聴こえる、その中から「殺せ」という単語を聞いて一瞬気持ちが軽くなった
(殺される…………)
メルルは勿論逃げた。廊下を全力で途中で騎士とすれ違うが構わない、ひたすら遠くへ走る
しかし努力虚しく、進路を塞ぐ様に目の前が歪んだと思ったらその中から男が出て来たのだ
出てくる際、紫の髪の毛と服の色が死神を連想させる
「やぁ、ここのメイドかな?色々聞きたいから移動しようか」
男はメルルの肩に両手を置き微笑みながら言う
「い……や…ぁ……いやぁぁっわ、わ、私はただ…」
メルルは言葉にならない悲鳴と共に異空間に吸い込まれていく
再び目を開けた時には目の前は木が生い茂っており現在地が王城では無い事はギリギリ理解出来た
「こ、こ、こ、ここは?」
「虚無の大森林の端ですよ。不思議な場所だよね、ここに来ると何故かいつも心臓が鳴り止まないんだ」
「え…………嘘…そんな遠くまで…」
メルルは今の状況を嘘だと思いたいのだが辺り一面緑で空を覆うほどの木々は虚無の大森林を連想させて現実味を帯びさせている
「早速、君に聞きたい事があるんだが良いかな?」
「……………」
「黙ってると君を殺す事になるよ?」
「……………」
「俺に君を殺せって命令した人は君自体が盗聴してたから知ってるよね?証拠も抹消されるし存在が消えるかもしれないよ?両親が悲しむんじゃないかな?」
「………………殺して下さい」
「随分と任務に忠実なようだけど、雇い主だけは教えてくれないかな?」
「…………教えられてない」
「なるほど、信じる理由は無いが疑う理由もないか……多分貴族派なんだろうけど」
「…………早く殺して下さい…っ…わ、私自害するのを躊躇ってしまって………っ」
「君が本当に死にたいのかは知らないが、命令されているんだ、確実に殺すよ………でも少し位未練は無いのか?」
「………無いですよ、なんの為に生きているかも分からないんです……」
メルルは本音を語っているが、アルスはメルルの過去を一切知らない為、本音かどうかも分からないし知る方法が無い
「分かった……今から殺すが安心して欲しい、俺は少し死後の世界に精通していてね、ハデスを名乗る神が居たら”永遠の愛を時空間魔法と共に”とアルスが言っていたと言っておいてくれ。死後の世界で便宜を図ってくれると思うぞ」
「え?……えぇ」
「じゃあ、さようなら」
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メルルを殺したアルスは王城に戻り盗聴していたメイドを殺した事を言う
アルス自身はセレスティーナに嫌われるか少し心配だったのだが杞憂だったようでセレスティーナも流石にガーネットの言動が他に漏れる事の危険性を理解している様だ
「ごめんね、アルス………辛い仕事を任せて…私の失言のせいで……」
「それは違うぞ、俺はガーネットの護衛だ。どんな危険から護る義務がある。あと失言なんて言うな、ガーネットのその決断は今後のガーネットの行動次第で良い決断か悪い決断を周りが決める事になる。せめて自分は胸張って自分の発言に自信を持つんだ」
「そうね、ガーネットも相当悩んで決断したんじゃない?一人で悩んだのかは知らないけど私で良ければ何時でも相談に乗るわ」
セレスティーナはガーネットの手を握って話しかける
「二人共………ありがとう。少し自信が出たわ、何時からだろうなぁ……時々鏡の自分が霞んで見えていたわ、洗礼の儀式までは自分が魔法の才能に自惚れて儀式で精霊魔法を得た時は王になるのは私だと確信していたわ」
 
セレスティーナと共にいつも傍に居たガーネットがずっと苦しんでいる事に気付けなかったアルスは手から血が滴り落ちる程強く拳を握っていた
「その確信も学園の入学試験までだったわ…大好きだったクシャトリアが死んで、試験ではアルスもセレスも他のSクラスの皆も凄い魔法で……小さい頃家の庭園を燃やす事があったんだけど、やっぱり自分は魔力だけ優れているのかなって」
アルスも5歳の頃ウルグが言っていた事を思い出す、一度ガーネット殿下が王宮の庭園の半分を燃やす程の魔法を”暴発”させたと言っていたがあながち間違っていないのだろう
魔力の量と扱う技術は全くの別物だからだ、魔力が多くても技術不足で魔力を暴発させていては意味が無い
「極めつけは武闘大会ね、勝ったのは嬉しかったわ……でも一瞬で終わった試合をお父様は褒めてくれたかしら、もし期待にそぐわなかったらと考えると、ね………聞いてくれてありがとう二人共、王位を諦めるのは早めにお父様に伝えるけど、暫くは内緒でお願いっ」
「当然」 「勿論よ」
この部屋にはカルセインも居るのだが完全に蚊帳の外状態である
ガーネットも感謝したのは”二人共”と二人だけ、意図しての行いではないと思うが、ガーネットの発言でライバルが減って喜んだのか、それとも腹は違えど兄弟の悩みに心打たれて悲しんだのか
カルセインは部屋の片隅で一言も喋らず、じっと俯いていた
アルスの台詞気付いた人居るかな…元が日本語じゃないから分かりにくいけど
次回から王立魔法学園の話に戻ります。何かの節目で長い戦闘描写書けたらいいな
 




