【1章・冥土ノ土産ならぬ冥府のお土産】
アルスは急いで父の執務室に向かって走った。小さい体で走るのは少し変な感覚に陥るものの、記憶を頼りに走り続けた。到着すると走った勢いで荒れた服装を整えると同時に深く息を吸い執務室の扉をノックする。
「父上、アルスです」
「入れ」
扉を開け中に入る。洗礼の儀式について何か話があるのだろうが詳細は分からない
もし何か忘れていたら、と考えるだけで流れ出る冷や汗と走った時に出た汗を拭いながら部屋を進む
目の前にある大きなデスクの向かいに座るのはウルグ=シス=エルロランテ
アトランティス王国、エルロランテ伯爵家現当主であり、王国の将軍も務めている。襟足を短く刈り上げられた灰色の頭髪と服の上からでもわかる隆起した筋肉と広い肩幅、髪よりは薄いが透き通った灰色の瞳には威厳を感じる
「今年でアルスは十になるな」
「うん…「うん?」あっ…はい!」
「まぁ、いい。本題に入るぞ、今年の洗礼の儀式に王族の方が二人受けることになっているというのは勿論知っている思う」
「確か……第三王子のカルセイン殿下と第三王女のガーネット殿下ですよね?」
(カルセイン殿下もガーネット殿下も俺と同じ十歳だ、偶然にしても運が悪過ぎる。もし、洗礼の儀式でいいスキルを得る事が出来ても、悪いスキルを得る事になっても伯爵継嗣の俺は確実に目をつけられてしまうな)
「そうだ。両殿下共に魔法と武に優れているのは周知の事実だが、加えてあの“炎帝”からガーネット殿下を自分の弟子にとの申し出があったとの事だ」
「それはそれは…」
(炎帝……王国魔法士の中でも特に火の属性魔法に優れ、名前に帝が付くことを帝国にも認められるほどの実力の持ち主……確か、四大精霊である火のサラマンダーと契約を結んでいる人だ)
「という事は父上、ガーネット殿下は火の精霊魔法が使えるのでしょうか?」
「これは公になっていない話だが、殿下は一度王宮の庭園の半分を一瞬で燃やす程の魔法を“暴発”させたことがある。予想だが高位の属性魔法を扱えるのだろうな」
「あの庭園ですか……」
(王宮の庭園の広さは百ヘクタール程だろうか、なんという威力と才能だろう……だが父上はわざわざ暴発と言った。一国の王女に暴発発言とは恐れ知らずなのか……)
「という事で今回王女と、王子は別日に洗礼を受けることになった。王女の暴走で王子に被害が及べば貴族派閥からの批判は凄まじい事になるだろうからな」
巷では王太子が決まっていても正式にはまだ後継者は決まっていないのではないか、という噂がされている。執事のセバス曰く、第三王子が敢えて流した噂ではないかと言っていた
噂ではその第三王子は奴隷をとても好んでいるらしい
男児として継承権が高くとも第三王妃との間で生まれた“第三王子”と女児だったとしても第二王妃との間で生まれてきた“第三王女”しかも、精霊魔法を使えるようになるとしたら、微妙なアドバンテージで王女に分配が上がるだろう
第二王子がアトランティス王国の北にあるエスト神聖王国のさらに北、オニキス共和国に留学に行っていなければまだ、この件も変わっていたかもしれないが
「父上、俺は何方かの近くに付いてお互いが干渉しないようにすればいいのですね?」
「あぁ、そうだ。アルスはガーネット殿下に付いてほしい」
「了解しました」
「洗礼の儀式は3日後だ、しっかりと身体を解しておけよ」
「はっ!」
ところで、何故、元Eランク冒険者が護衛に選ばれて『はっ!』などと、気合いの入った返事をすることができるのか。これは自分のスキルが非常に優れていたからである。アルスとして目覚めて暫く経った頃、興味本位で自分のスキルを確認したのだが
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《アルス=シス=エルロランテ》
[スキル]
【剣術 4】
【中・身体強化】
【雷魔法 3】
【鑑定 3】
【結界魔法 2】
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何故アルスが洗礼の儀式を終える前に魔法スキルを持っているのか、それは“魔導書”である。誰でも簡単に魔法を得る事の出来る魔導書はとても高価で、市場では数が少なく先ず手に入らない。雷魔法と結界魔法世にも珍しい二つの魔導書は昔、虚無の大森林の中央の遺跡の奥でウルグが見つけてきた物だという
スキルの確認が終わった俺は家の横の修練場に出た。アルスが毎日行っていた王国剣術の型の修練に加えて体内での魔力操作を練習する為だ
(二日でどれだけやれるか…)
正直十歳の身体でやれる事など無いに等しいのだが、一度死を経験した者の死に対する意識は計り知れないものがある。貴族社会を知り得ない元冒険者でも貴族が何もせずふんぞり返っているだけの生き物では無い事は知っているのだ
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二日後、ウルグに連れられ王城の中の一室に来ていた。此処で挨拶した後教会に向かうらしい。教会に向かう途中と洗礼中、洗礼後、護衛しなければならないが、忘れてはいけない自分自身も受けるのだ
ウルグと用意されたソファに腰掛け王女一行を待っていると
ガチャ
扉が開く。入って来た人物を視ると直感した。この少女が王女だと、肩まで真っ直ぐ伸びた髪の毛は真紅とも取れる深い赤色を有しており、王族特有とされるオレンジ色の瞳を持っている
直ぐにアルスはウルグと共に片膝を突こうとする
「構いません、お立ちになって」
殿下が仰った、美人且つ透き通った声は見る者、聴く者、瞬時に惚れさせてしまうだろう
「では、早速」
ウルグが言う。出発の時刻が迫っていた
「えぇ、早速行きましょう」
それだけの会話を交し、アルスはウルグと別れて馬車に乗り込んだ。向かいに座る王女と斜めに座る近衛騎士は乗り込む際もその後も言葉を発さず、動き出した馬車の中は閑散としていた
「ねぇ?」
殿下がアルスに話掛けた
「はいっ!何でしょう?」
「まず、お名前を聞いても宜しいですか?」
「はっ! アルス=シス=エルロランテと申します!」
「アルスさんですね…分かりました、私、アルスさんと呼ばさせていだきます。なので私の事もガーネットと呼んでいただけないでしょうか?」
「ガーネット様それは些か問題になるかと」
王女殿下の隣に座っていた騎士の女性が遮る
「申し遅れました。アルス殿、私はガーネット殿下専属の近衛騎士、クシャトリアと申します」
騎士の女性はクシャトリアと言うらしい、鑑定も使ったから、知っていたが、何せこの女性とてつもなく強い…生まれて初めて見たのだ【剣術 9】10に至れば神の領域と言われているらしいが手前まで来ている。何をしたらここまで到達出来るというのだろう
因みに王女殿下は鑑定出来ない、恐らく鑑定無効の魔道具を所持しているのであろう
「”ガーネット殿下”とお呼びするのはどうでしょう?」
アルスが提案する
「そうしましょう」 「そうですね」
意外とあっさり、双方から許可をとることが出来た
そうしていると、教会にいつの間にか着いていた。馬車が開くと多くの貴族とその子息が跪いていた。殿下が立ち上がる様促すと、子息達は立ち上がり、雪崩のように殿下の前に立ち、我先にと挨拶をしようと詰め寄ってきた。
たじろぐ殿下
殿下とクシャトリア殿に近づかないよう結界魔法で強制的に距離をとると殿下の後ろに控える俺に気付いたのか四人の貴族の子供がやってきた自分と同じ十歳だろう
「おいっ」「お前なんでガーネット様の後ろにいんだよっ」「俺は子爵の息子だぞ挨拶くらいしに来い」
(五月蝿いな)
「-----黙れ」
小声且つ低く、アルスは近寄って来た子息達の前で雷を体に纏い牽制する。雷鳴は小さかったものの子息達を驚かすには十分だった様で数人居た子息達は全員背中を向けて逃げて行く
「どうした?」
クシャトリアが眉間に皺を寄せて尋ねる。その目は懐疑的で取り繕った笑顔すら見破られそうな程見つめられる
「少し子供を追い払いました。それだけです」
「そうか」
少し笑いながら頷くクシャトリア。そこにガーネット殿下も近付いて来てアルスの事を心配するが、本当に心配なのはガーネット殿下の方だ。此処に居る貴族の子息達は皆、横暴を齧った様な性格をしており、何時襲われるか心配でしか無い
洗礼は数人で順番に受けていく。聖水を浴びエスト神聖王国から派遣されてきた司祭が何らかの祈りを捧げ、多種多様なスキルを得ることが出来るという
喜ぶ者もいれば、泣きながら出て来る者、怒りに震える者、毎年様々な人間が様々な反応を見せるとウルグは言っていた
遂にガーネット殿下の番が回ってくる。一国のお姫様が迎える一大行事を前に何故か緊張してしまうアルスは深呼吸を繰り返し自分の心を静めてただ何事も無く平和に時が過ぎるのを待っていた
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