【7章・沈黙】4
前の、”幻覚が見えた気がした”のとこで本当に別のアルスがあの場に立っていたとかすると多分面白いですよね。それで祠堂が『何でアルスが二人も居るんだ?』ってね。
「……」
「……」
沈黙が続いた。
「――どうだった?」
話を切り出したアルスの言葉にビクッと反応を示したヴァイオレットは少し吃りながら事の顛末を話し始めた。
「一応歓迎はしてくれたんだね」
「はい……。姉も私が死んだものと思っていたらしいのですが、向こうの家総出で迎えてくれて……」
「死んだもの…ね」
「アハハハ……」
ヴァイオレットは顔を下に向けながら無理に笑った。
アルスは全身の疲労感と不可解な背中の痛みでベッドから動けずにおり、ヴァイオレットを励まそうにも伸ばしたい腕が動かない。
「向こうの男爵家、名前は何だっけ?」
「ディーコンです。当主はフロスト・ディーコン卿で、元気な方ですよ」
「ディーコンか、何処かで聞いた事あるなー。何かの資料に載ってたかな」
これまで至って普通の会話だが、アルスはひたすらに困惑していた。過ぎ行く時間を少しも無駄にしない様に頭の中を整理しながら一つ一つのプロセスを焦りながらも冷静に消化していく。ディーコンという人間を考える脳のリソースなんて三割程度で、後は自分の今置かれている状況の推測であった。
「それでなんですけど、アルス様」
「ん?」
「結論から言うと”失敗”でした」
「――――それは……どう失敗したかによるだろ? 反対されただけだったか?」
この話はヴァイオレットとセレスティーナの間で行われたほんの少し壮大な計画の話で、時を少し遡る。
没落したイシュタルフォーゼ家の再建を巡って、ヴァイオレットの両親がこの世に居ない現在、実質的な家督相続権はイシュタルフォーゼ家の長女であり、ヴァイオレットの姉に移っている。無いに等しい権利であるが、一応は存在する権利だ。しかし、その姉はイシュタルフォーゼ家が没落する前に別の男爵家、話で出たディーコン家に嫁いでおりイシュタルフォーゼ家の籍からは完全に抜けているのだ。
イシュタルフォーゼ家は没落、更に次女であるヴァイオレットは売り飛ばされて行方不明。長女が再建しようにもその意味は特に無い状況。結果として困る人は誰一人居なかった。
しかし状況は一変した。
ヴァイオレットの生存。
ヴァイオレット自身はアルスに買われたという事で困る事は無い。”周りの人の好意”でヴァイオレットにしっかりとした身分を与え直すという計画だ。
「いえ、それが……貴方ではイシュタルフォーゼ家を維持なんて出来ない、権利を渡してくれれば私達が上手くやってあげる、と」
「中々強欲だね、お姉さんは」
「どうしましょう……? このままではイシュタルフォーゼの再建は厳しそうです……」
「それより、ヴァイオレットを殺すんじゃないかな。今までイシュタルフォーゼ家の生き残りは居なかった訳だしさ。今焦ってるだろうなー」
クスクスと笑うアルスと相反して額に手を当てるヴァイオレット。
アルスが目覚めて数分が経ち、それに気付いた治癒魔法士達がぞろぞろとアルス達の元へと集まってくるまで、二人は今後の作戦を練りながらそれぞれ会っていなかった数日間の事を語っていた。
「なんかぞろぞろ来たな、お見舞いって訳でも無さそうだね」
「アルス様の命を救ってくれた方々ですよ!」
「ん、命?」
待ってましたと言わんばかりに口を開いたのは治癒魔法士の内の一人。
「はい。アルス様の身体は現在、極度の”魔力欠乏症”と”神経の損傷”に犯されています」
「な、何を言って……」
「アルス様。この際、エルロランテ家の方に特別に打診して許可を得たので貴方の身体を調べさせてもらいました。正直言って”理解不能でしたよ」
(あれれ、聴いた事あるな……)
何処かで聞いた事ある様な台詞に首を傾げようとも動かせない首は自分の体調不良を正確に現していた。
「先ず魔力欠乏症ですが、魔力の使用に回復が追い付いていません」
「……そんな! 有り得ない!」
「ええ。ですが現に起こっている。最近、魔力を蓄積する魔道具をお使いになられました? 恐らくそれで魔力の大量消費に慣れてしまっていたのでしょう。どうです?」
最近と言わずこれまでほぼ毎日身に付けていましたなんて言って良いのだろうか。何故かこの場で言うのは怒られてしまいそうで、中々口が動かない。
「使って……いる様ですね。続けます。魔力消費の激しい【時空間魔法】の使用で消耗。更にアルス様は【鑑定】もお持ちの様ですね」
「はい。それが?」
「【鑑定】というのは面白いスキルで、基本的に発動という概念が有りません。見たいと思った時に見れる。つまり、興味をもったその瞬間には勝手に発動している様な変わった魔法です」
「それで更に消耗してる……ですか?」
「その通りです」
ここでアルスは気付いた。無意識の内に鑑定を使用していた事に。無意識の内に魔力を消費していた、と。
防がれる事はあっても”試し”はする。これが魔力の浪費に繋がっていたとなると今後の目のやり場に困ってしまう。
「しかし、アルス様、大丈夫ですよ。……いや、すいません……大丈夫と言って良いか…………」
急に下を向いた治癒魔法士。そして嫌な予感を感じた。
言うな言うな、と心の中で訴え掛けても伝わらない。上手く言葉にならない違和感を口にするのは出来ず、アルスは小さく首を横に振った。
「視神経の損傷により、目を使う【鑑定】は暫く控えた方が良いかと。それに、身体を動かす電気信号に影響を及ぼすと思われる【雷魔法】も……控えた方が宜しいかと思います」
「そんな……嘘だろ……」
全身の震えが怪我によるものなのか、魔法が使えないという恐怖からなのか分からない。
「――ですが、理解不能なのはここからで、アルス様の身体はもう既に回復しつつあります。一日も経てば身体は動くでしょう」
「そうですか……クソッ、なんでこんな時に限って……」
ボソッと呟いた一言に治癒魔法士は少し慌てて口を開いた。
「当然…け、怪我をしない人間なんて居ませんよ。丈夫に育ったご自身の身体に感謝を。もし叶うのなら血液だけでも採取したいものですが……エルロランテ家の方に断られてしまって…ハハ」
確かに自分は特殊な体質であるのだろう。それは十分理解出来る。もし自分が学者などで、自分の様な体質を持った人間に出会うと手を出したくなるに違いない。
「……それで、祠堂は?」
その場に居る全員の誰が説明するのか、お互いを見合わせながら数秒の沈黙と探り合いが起こる。
「――――こ、国王陛下にこの件をご報告しに向かわれました。凡そ三時間前の事です」
「そうか、じゃあ……もう、陛下はこの件を知っている訳か。因みに何か陛下からは?」
「……ただ一言休め、と」
ギシッ
療養用のベッドが突然軋んだ。
アルスの身体は現在謎の神経障害で動かないが、余り溢れる猛烈な不満と自分に対する憤りで意識が周辺の空間に影響を及ぼした。――そうヴァイオレットは結論付けたが、答えは分からない。原因不明なこの現象も、アルスなら、と考えると納得いくのが常に念頭にあるからだった。
「――アルス様、旦那様から預かっている物があります」
「預かっている物?」
「これです」
ヴァイオレットが取り出した布袋。その中から輝く一つのリングを取り出して動かないままベットに横たわっている左手の人差し指にはめた。
「何故……?」
「本日、戦況は好転しました。トゥルカーンの制圧。バールン包囲の一掃。明日第七旅団は王国騎士団長直轄の魔法大隊と共に『首都リアコルドー』への攻撃を開始します」
「ちょっと待て、魔法大隊は確か……シャリーンとか言う都市の制圧に失敗したんじゃなかったか?」
数ヶ月前にシャリーンという神聖王国の都市を攻撃して失敗。反撃に遭い撤退したというのを思い出したアルスは場所を忘れてそのままの口調、そのまま”何も包まず”口走った。
「――おいおいおい、聞き捨てならないな、今の言葉」
「「で、デルドリアン団長…!!」」
突然部屋に入って来た王国騎士団長に全身を強張らせて硬直する治癒魔法士達。時空間魔法の使えないアルスも接近に気付かず苦虫を潰した様な顔を浮かべていた。
「アルス・シス・エルロランテ少佐、君はよくやったよ。取り敢えず今は休め」
その言葉は今一番言われて傷付く言葉だと王国騎士団長は自分で分かって言っていた。
「しかし、明日になれば身体は動くようになります…!」
「それだけじゃ、陛下を説得できんよ。ストレイフの方が幾分かマシだ」
「そんな……」
「そんなとか言うな。……とにかく! 休め。以上だ」
王国騎士団長が去り、複数人居た治癒魔法士達も労いの言葉をアルスに掛けてこの場を去った。
ただでさえ忙しい王国騎士団長は、わざわざアルスの為に此処へと訪れている。
そんな贅沢な事実にアルスは素直な感謝を述べられなかった。
呆然と遠のいて行く足音を聞き流すのみだった。
誰もアルスを責めなかったのは正に幸甚の至り。不思議と『よくやった』という言葉が悲しく胸に突き刺さるくらいに。
魔法での連絡手段が取れない今は仲間や部下の安否すらも無事を願うばかり、心配だけが積み重なっていく。徐々に擦り切れていく心の余裕は、朗報以外の受信をしない虚ろで機械的な人形へとアルスを変貌させていた。
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