【7章・功績】2
久し振りの更新です。
「ゆ、勇者祠堂=皇!? それに勇者パーティーが勢揃いとは……今は大切な式典の最中だぞっ! 何故王国騎士は此処まで勇者達を通した!?」
この会場を仕切っていた男の動揺は周囲の貴族達にも波及していき、会場に居た騎士達は剣を抜いて制圧しようと四人に迫った。
「とある友人からこの式典の話を聞いてね、面白そうだから来た!」
祠堂が一歩踏み出すと騎士達も一歩踏み出すその繰り返し。
勇者と雖も警戒せざるを得ないこの行動にアルスも思わず怪訝な表情を浮かべる。周囲の反応からして今来た勇者は只の不審者だ。招かれざる客といったところだが、強力な助っ人である事には変わり無い。
「祠堂、何で来た……」
誰よりも速く勇者に駆け寄ったアルスは誰にも聴こえない程の小声で尋ねた。
「話、聞いてたか?」
「そうじゃない、今から向かうのは神聖王国だぞ」
「構わないよ」
「何? お前、王女が人質に取られて……」
「オニキス共和国はイザベラ王女奪還の優先順位を下げた。現在の最優先事項はオニキス共和国の威信を守り、外敵の危険性を排除する事にある」
口に出していて辛いのだろう。表情に滲み出ている悲哀は近くに居るごく僅かの人間にしか伝わらない。
そんな表情を見ているアルスが既に奪還して送り返しているなんて、この場の誰が分かるのだろう。傍から見るとオニキス国王が自分の娘を諦めたかの様に見える状況になっている。
「まぁ……そういう事なら……」
アルスはチラチラとカルセインの方を見て”許可”を仰いだ。
カルセインは数秒アルスと祠堂を交互に眺めている。悩んでいるのだろう。
「アルス=シス=エルロランテ”少佐”、勇者を特別護衛小隊に組み込む事は可能か?」
自分を少佐と呼ぶ国王の言葉に数秒固まってしまう。驚いて頭の中が一瞬真っ白になったのだ。口の中が渇き切る程にあんぐりと口を開いている。
「――か、可能です」
「それでは頼んだ。少佐」
「はっ」
昇格したのは勿論嬉しい事。とは言っても特別護衛小隊に何か利権があるか、と言われればアルスの持つ王族の護衛権くらいだろうか。未だに所属を言ってもポカンとした表情を浮かべられる事が多い部隊なのだ。
でも一つ。そんな部隊を率いるアルスにとっても小さな歓び。
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思い緊張感を宿した核を何重にも重ねて包み込む明るいベールの様に。決め込んだ衣装で玉座の間に並び立つ今回の主役達は表面上笑顔で取り繕って誰も居ない玉座を眺めて立ち尽くしていた。
「――リンドベルンの悪魔か、随分と悪意のある二つ名だとは思わんのか?」
沈黙を破って最初の一言を発したのはオーギュスト=ネルマンディー。
「思いません。その方が敵がビビってくれるでしょうから」
「ハハハ、楽観的だな。自国の評判は顧みず、か」
この場に序列が仮存在するならば、このオーギュスト=ネルマンディーとフロイド=セーズ=トランツェルがトップに位置するだろう。アルスなんて新進気鋭と言われは良いが、若く、貴族としてはあくまでも次期当主扱い。軍人としては少佐と昇格したは良いものの、誰一人として指図出来るような位の人間は此処に存在しない。
悲しくも、首を縦に振りながら笑顔で会話を交わす以外、何も出来る事が無かった。
「自分ってそこまで悪い事してますかね?」
「敵国からすれば当然恨むに値する人間だろう。これから先、命を狙われるのが当たり前になるぞ」
「嫌ですね」
「……ハハハ、誰だって嫌さ」
皺の入った笑みに頷いたアルスはこの玉座の間に近付く一人の人間を感知して背筋を伸ばした。とは言っても足元は休めの体勢のままで、腰から上を少し伸ばした程度の簡易的なもの。
「――待たせたな。急用が入って遅れた」
「いえ」 「いえ」 「いえ」 「それは……」
横に並び立つ面々から冷たい視線が突如発せられて話を折られた勇者祠堂=皇。唯一と言っていい味方のアルスでさえ『何をやっているんだ』と口パクで叱責を飛ばしている始末。流石に此処の皆んなにならって『いえ』とでも言っておけば良かったのだろうか。
「何だ、勇者よ」
「え、え……えーっと、急用というのが気になってしまいまして……!」
まぁ、そうだろうな。と案外納得気に頷く国王の反応は悪いものでは無さそうだと。頭の中で展開されていた言い訳、弁明リストを畳んだアルスは安全を確保する為に『空間知覚』を新しく展開する。
「此処で詳細は言えない。だが、大枠は伝えられる。そうだな……簡単に言うと……裏切り者が居る」
鋭い眼光でアルス達を見回す国王。
気を抜けば目を背けてしまいそうで、後ろで組んだ指先を強く握り締めて痛みと共に耐え凌ぐ。
「この場に居る者達では無い事は確かだ」
その言葉にどれ程安心した事か。心当たりのあり過ぎるアルスにとって投げ入れられた救命道具というより、その海自体が消失してくれたかの様な絶対的で圧倒的な安心感だった。
「陛下」
「何だ」
人間の持つ五感の大半を代償に神器という武器を手にした近衛騎士団長が口を開いた。
「此処の者達は皆信用に足る者達です。話したところで陛下のお気を悪くする事は無いかと」
「うむ……」
アルスは知っていた。
此処に集まっている者達は来るエスト神聖王国との戦争で指揮を執るブレイン達であり、その手先、アルスであれば特別護衛小隊、ベルジュは白虎騎士団、オーギュストならば青薔薇、それぞれは既に戦地に向かっているのだと。
煌びやかな礼服で着飾っても数時間後には鎧を纏うなんて、不満を訴えられても仕方ないものだが、案外そういった不満は無く、そそくさと用意された馬車に乗って去って行った部下達を脳裏に浮かべて思い出す。ガーネットの護衛という事で駆り出された部下達だが、本来指揮官であるアルスが居ない状態であると指揮権はガーネットに移ると思いきや、実は母体の
「裏切りが確定したのは今日の事だ。それぞれの師団長に戦闘配備の詳細を送った後に一人の師団長から離反の報告がほぼ同時刻に送られて来ていたのだ」
「し、師団長がですか……?」
「いや、幸いにも師団長が中心では無い様だ。中心人物の特定は困難と記されていたものの、師団の大半がエスト神聖王国への亡命を決断し、基地から抜け出したらしい」
あの時、庭園で銃という異色の武器を持ったメイドをこの手で殺した時に話かけてきた騎士が確か第四騎士団に所属していた。今では裏切り者と言われているガリウスを案じている素振りも見られたが、そこまで肩入れしていたという事なのだろうか。
それにしても、大規模な衛生部隊である第四師団が減るというのは王国にとって相当な痛手だ。
「師団長はこの件に関して何と?」
「死を以てして償うとか言っていたが、それでは何も解決しないが為に止めた。全く……軍人というのは命を何だと思っているんだか……」
直ぐ保身に走る貴族と、国の為に命を賭ける軍人の違いは異世界転移者であるアイザック・サヴィンの世界、北方の某大国とも一致するらしい。
「我々にとっても衛生部隊の減少は看過し難いものです。私は計画の変更を望みます」
青髪の少女、肩に掛かりきらない程度の髪の長さで、杖を携えているのはアビゲイル=エーベルシュタイン。軍での階級は持っていないが、時期元帥という飛躍し過ぎな昇格が数時間前から噂されている渦中の人物である。
三大公爵家の内、白虎騎士団を持つエーベルシュタイン家の養子として迎えられた”天才”。
『洗礼の儀』において同期であるセレスティーナ、アルス、ガーネット、カルセインという”濃い”メンバーに話題は持っていかれたものの、決して霞む様な者ではなかった。なんて言ったって彼女は水の精霊魔法スキルに恵まれている本物中の本物であるから。事情があり時期が少し外れているセレスティーナを除いて当時、精霊魔法士という強力な魔法士が誕生したのは多くの人間を驚かすと共にアトランティス王国に対する警戒心を一層高めたものになっていたに違いない。
「では、止めるか?」
「いえ」
「どうするつもりだ?」
「我々が今回向かうルートの変更を申請します。第二師団との合流を早めて首都の制圧に向かいたいと思っております」
突然の提言に、若干引き気味なのはアビゲイルがあくまでオーギュストの補佐でしかないというので困惑しているからだろう。静かに見守るアルスの先には同い年とは思えない程スラスラと国王の前で自分の意見を躊躇いも無く喋る勇敢な女性が居た。自分には出来るだろうか、少し不安が残るというのが正直なところだろう。王族護衛という肩書きがあるから国王からも認知されているものの、本来ならば関わる事すら無かったかもしれない間柄。
「合流を早めるか……青薔薇騎士団に影響するというより、第二師団を案じての提案だな。却下する」
「な、何故でしょう」
アビゲイルの表情から国王の返答が予想外のものであったという事は瞬時に理解出来た。却下という単語の威力に、ベルジュ、ミロクなんかは苦笑いを漏らしている。
「青薔薇騎士団と王国軍全般の合流は認めない。第四師団内での離反という事実があった以上、王国騎士団及び近衛騎士団…此処では王国軍と括るが、首都の制圧前に味方同士の衝突は避けなければならない。故に却下だ」
「はっ……」
「オーギュスト殿もそれで良いか?」
「はっ」
まさか国王が他にも裏切りがあると予想しているとはこの場の全員も思っていなかった事だろう。
「青薔薇と白虎は予定通り進んでもらう。だがしかし救援はあまり期待出来ないであろう」
「「はっ」」
味方の裏切りは士気に関わる。
第四師団という多くの衛生部隊で構成されている組織で裏切りが発生すれば治療は勿論受けにくくなり、援護も信じられなくなってしまう。もしかしたら青薔薇や白虎騎士団の中でも王国軍を疑う声が上がっているかもしれない。
そんな他人事の様な感想を脳内で展開するアルスの視界に、複数の近衛騎士と王国外務大臣ダン=セーズ=ヴェルディが控えているのが見えた。
「少し話はズレるが、今回こんな直前に呼んだのには理由がある。ヴェルディ外務大臣、前に」
顔に深い皺の入った老人という印象だが、国と国を巡る外交において様々な偉業を成し遂げたと学園で習う優秀な貴族らしい。ヴェルディ家は侯爵家で、讃える為に少し過剰な評価になっているのかもと当時は思っていたが、今も獣王国と友好な関係を築けているのは彼のお陰と言っても過言では無い。
彼が外務大臣に抜擢されてから獣人の被害は半減、年々獣人の冒険者がアトランティスに流れ込んで来る事が増えている。
「我々アトランティス王国は既にエスト神聖王国の各都市へ攻撃を開始しており、各都市で自治権の放棄が確認されております。領主が去り、冒険者ギルドが統治する事でなんとか成り立っている都市が二つ、都市内で戦闘が続いている都市が二つある状態です」
(凄いな……)
外務大臣がスラスラと述べる都市の名前には聞き覚えのある有名都市の名前もあった。法王を殺した事が明るみになったのか、気付いてしまったのか、徐々に国力が落ちて来ているのは明確で、それから暫く話を聞く限り辺境地や、少し独立気味な港湾都市が陥落しているらしい。
「しかし、各都市での交戦は勢いを増して次々と我が王国軍にも被害が出ております。この場に居る方々には是非! 一刻も早く首都の制圧をお願いします。――――制圧地域の自治権を不定期で確約しますので」
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