【7章・アルターエゴ】2
事件起きてますわ、PVが凄く増えていて驚きました笑
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〜オニキス共和国、王都〜
勇者が冒険者仲間を率いて出国した先での戦争。相手がエストという事もあり多くの神聖王国騎士が王城を含め皇邸に圧をかけていたのだがそれも数日前までの話。
現在の騎士の数は明らかに戦力不足を想起させるもので、本来進軍予定の無い騎士達が戦場に駆り出されているのが見て取れた。
「アトランティス王国……ここまで強かったか?」
「あのガリウスから聞いた話では大した事ないと思っていたのだが、エストの焦り様は中々だ。全く…気分が良い」
共和国王都にある屋敷。勇者一族が住まうその屋敷の中では数少ない神聖王国の圧力から逃れ談笑していた共和国王エバランス=オニキスと先代勇者慈温=皇が居り、最近の世界情勢を語り合っていた。戦争に直接介入していない共和国だが国内にその影響が波及しているのは確かで今後の身の振り方など決めておく必要があったのだ。
「それにしても聞きましたか陛下」
「何をだ?」
「イルム・カルテルですよ。あのギルデイン=アーカイルムの屋敷に鳥人族の泥棒が入ったとか」
「初めて聞いた……本当に人騒がせな奴だな、アーカイルム」
「しかも相当被害が大きい様でイルム・カルテルから多くの暗殺者が放たれていると部下から報告が。一体何を盗られたのでしょうね……」
「奴の事だ、異世界の武器やら訓練された奴隷やらだろう。まぁ、大事になると闇ギルドの奴等がすっ飛んで来るから心配は要らない」
「闇ギルド。本当の名前すら我々は知りません……そろそろ本気で捜索を始めるべきですっ!」
「……」
「陛下!」
鬼気迫る顔で迫る慈温に口を固く結び深呼吸するオニキス国王。額に滲む汗を拭い、口元に添えた手は少し震えており決断を出すのに相当渋っているのが窺えた。
「――まだその時では無い。奴等が我を含めこの国に害意を示さない限り泳がせておくべきだ」
「この国がリンドベルンの様になってからでは遅いのですよ」
「《リンドベルンの悪魔》の話か、生き延びた奴が精神的にやられて”黒”としか喋らなくなったそうだが正体を探るのには十分だ。アトランティスにはあの黒い神槍ゲイボルグを持つ男が居る。近衛騎士団に縛られている奴が何の理由も無くこの国に攻め入る事は無いだろう?」
「本当にフロイド=セーズ=トランツェルでしょうか、国王の側近が前線に立つなんて有り得ないと思うのですが……」
王国騎士団の団長であるバジウッド=サンク=デルドリアンが前線に立つ事はあっても、近衛騎士団の団長が前線に立つ事なんて普通有り得ない事だ。
慈温の真っ当な呟きに固まるオニキス国王、そして重くなる空気感。完全に和を捨て洋で固められたこの部屋の中に居る数人の使用人も同じく固まってしまう。
誰が最初に喋り出すか、この空気感をどう解消するのか、他責的に目配せをする使用人の中の一人が突如小さな悲鳴と共に後退り、後ろに置かれていた壺とぶつかり地面に落として盛大な破壊音を部屋中に響かせた。
「――やはり俺は悪魔と呼ばれているのか」
バリンッ
突然したその声の方へ目を向けると黒い鎧を着た状態でソファに腰掛ける不審者が居た。その存在は見るからに危険で目視と同時に片腕で剣を抜き飛び掛かる慈温の剣戟は頑丈な結界一枚をあっという間に粉砕してしまう。
「何者だッ!?」
「先代勇者慈温=皇。片腕でもその膂力、凄いな」
感心する様に頷く黒騎士は片手を振って再び結界を張ると魔力をそのまま放出し、部屋を出ようとする使用人達を吹き飛ばして再起不能にする。
「慈温ッ! そして其処の侵入者よ、一旦落ち着いて武装を解くんだ」
「くっ……何故……」
「フッ…感謝します」
元から剣を抜いていない黒騎士は腕を下げるのみで、慈温は剣を躊躇いながらゆっくりと鞘に戻す。元々戦闘をする気では無かった黒騎士は勿論だが素直に剣をしまう慈温のその忠誠の高さは中々なもの。
「二度聞く様で悪いが何者だ? 我はエバランス=オニキス。この国の王である」
「私は先程話題に上がっていたリンドベルンの悪魔です。名前は明かせませんが”害意”を持って此処に来た訳ではありません」
害意という単語を引用した辺り相当前からこの場に潜んでいたのだろうと青ざめる使用人達。口では害意が無いと言うものの行動が行動で、今にも逃げ出してしまいたい気持ちを王の御前というだけの理由で抑えている。
「黒……黒騎士だという事か、にしても自ら正体を明かす理由が分からないな。神聖王国、若しくはアトランティス王国に指名手配される事は視野に入れていないのか?」
「はい。自分アトランティスの人間なので」
「そこまで言うのに名前は明かさないのか?」
「何れ分かりますよ、時間の問題です。といっても援軍はいくら待っても来ませんがね」
息を呑む音が聞こえる程の静寂が生まれ、誰かの荒い鼻息と逃げようと動かす靴と地面の擦れる音が不安を増長させていく。
「――外には共和国の先鋭に加えてSランク冒険者も居るんだぞ」
「でもまぁ此処に辿り着いていないという事は私の部下に敵わなかったという事ですよね?」
そう黒騎士が言う部下というのが剣聖フォトゥンヘルム。通称英霊で、【自己再生】と魔剣の力で顔を知られていないのを良い事に勇者屋敷を護衛する数多くの騎士や冒険者を無力化していたのだった。
ただでさえ攻撃が当たらず、味方諸共巻き込んだ範囲攻撃で与えた傷も呼吸を整えている内に完治してしまう。
現場の騎士達冒険者達に驚く暇は無かった。
今か今かと教会の行列に並んで待つ様に、内腿や肩、脇腹など致命傷にならない部位を抉られ組み倒されていくのを目を開き茫然と、或いは愕然と待つのみだった。
「何が望みだ?」
「これを」
華やかな香りが漂う一室に現れた生臭い一つの塊。滴る赤い液体の正体を分からないなんて者はこの場には居らず、更にはその詳細までも分かってしまうのは時事的なものが深く関わっているのだろう。
「法王リクス=エスト……」
「「又の名をウルスニドラ」」
アルスと慈温の言葉が重なり、それに驚いた慈温が再び鬼気迫る顔で歩み寄る。もはやオニキス国王の制止など耳に入っていない様にアルスの鎧を掴んだ慈温はヘルムの奥を覗く勢いで顔を近付けて”何故知っているのか”と怒号に近い質問をしながらアルスの体を大きく揺らした。
「下を御覧下さい」
アロンダイトに手を添えたアルスは若干引き抜く事でその花紺青色の刃を見せつける。ニヤついた顔をしているもののヘルム越しでは当然伝わらない。
「何だ? やるのか?」
「――え?」
「その声からして若いと見た。たかが三十年も生きていない様な餓鬼が私に勝てるとでも? 片腕を失くした程度で舐められたものだ」
「いやこれ神器です」
固まる慈温と予想以上の薄い反応に困るアルス。ゆっくりと引き抜いたアロンダイトを慈温に渡すと信じられないといった表情で奪い取り、グリップの端からブレードの端まで舐める様に眺めてアルスに無言で返した。
「これが魔剣アロンダイトか。確かにこの刃毀れの無さと精巧なグリップ、ガードは人の手では造る事の出来ない精密性を感じる。――しかし神器というのは存在感が強い代物だ、何処にどう隠し持っていた?」
「鞘にはシークレットカメレオンの素材を用いています。それに人前であまり剣は抜かない様に心掛けていましたし、大前提この剣の事を誰も知らない」
「―――チッ、お前が法王を殺したのは理解した。だが何故首を差し出す?」
敵国元首の首を差し出すという異様な展開に疑いの目をアルスに向ける慈温。振り返りオニキス国王の判断を仰ごうとするも当の本人も困惑している様子で目の動きで判断を任される始末。
「私は元々目立ちたく無い性格なんです。盛りの時期に功績を挙げるとなると恨み嫉みを買いますから避けたいのです。ですからこれは勇者一族の誰かが討ち取ったものだと公表して頂きたい――それに見合う返礼は考えておりますので」
「――内容は?」
「イザベラ=オニキスの奪還」
「そ、それは……「良いだろう」……陛下!?」
「慈温、目の前の彼はそれを成し得る能力を有しているだろう。ここは彼に合わせて踊るのが共和国の為、そしてイザベラの為になる……!」
オニキス国王の欲が出る。この発言と自分の持つ勇者一族としてのプライドが混ざり合い、慈温は煮え切らない自分の気持ちを抑えようと拳を強く握った。
「……っ!」
顔を歪めて勢い良く部屋を出て行った慈温をアルスは止めようとせず、唖然とする使用人達は自分達も逃げる事が出来るというのを忘れて一連のやり取りの終末を見届けようと立ち尽くす。
「契約は成立だろうか?」
「――ああ」
「それでは二日後、イザベラ=オニキスを誘拐して城まで送り届ける」
「二日後だとッ!?」
「ああ、方法は問うな」
指を立てて口元へと運んだのと同時に空間が歪む。
「我はお前をどう呼べば良いっ!?」
「黒騎士と」
見た目そのままだが覚え易く、印象に深く残る単純な名前。鎧の各部位に施された鋭い装飾やヘルムに付いている二本の鋭い突起は異名通り悪魔を連想させるのだった。
二日後、宣言通り黒騎士は気絶しているイザベラを連れて共和国の王城前に現れた。地面にイザベラを降ろした直後に斬り掛かる慈温の重過ぎる十の剣戟を何重もの結界で防いだ後に魔力波で近付く騎士達を吹き飛ばした黒騎士は数秒間慈温と睨み合い、時空の歪みに踵を返して消えて行ったのだった。
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