【幕間・船から艦へ】
戦争という大きな騒動に積み重なっていく数々の謎は隠れ蓑となるべくしてある様な戦争を差し置いて注目されつつあった。そう、王室にである。
正直、王室が気付くのは時間の問題だとアルスを含めアポカリプスの組織は受け入れていた。だが組織以外に向けられた疑惑の視線が突如として自分達の組織に矛先が向く事など予測出来ない。
現に取引をしたナルコス子爵が保有する”装甲艦”を巡って子爵の所有する港に王国騎士と財務大臣直轄の文官達が訪れる予定が入った、と港に潜入させている組織の人間から報告を受けているのだ。
二時間前の報告とは言え何時頃出立して到着するのかが不透明な現在では報告を受け取った本人の即断が望まれる事だろう。
「死神さん、どうしましょう? 依頼では無いですが掃除屋を見繕う事は今直ぐにでも可能ですよ」
「そうだな……掃除屋を十人借りる。それと白金貨を五十枚頼む」
「了解しました。では、馬車を直ぐに用意させますので彼方に腰掛けてお待ち下さい。必要であればお飲み物もお持ち致しますが、何か御希望はありますか?」
「ドライマティーニ、オリーブ三つで」
「了解しました」
先程の詳細が軽く纏められた一枚の紙を受付嬢から受け取る。指示通りそこから離れたグロウノスは豪華なソファに腰掛け、地下なりに明るく調整されている豪華なシャンデリアを眺めて時間を潰していた。
「……」
その独特な行動にこの場の誰もが注目するかと思いきや、”慣れ”というものなのか全くせずにそれぞれがそれぞれの仕事に没頭していたのだ。
「こちらドライマティーニ、オリーブを三つ入れたもので御座います。また…何か考え事ですか?」
「ありがとう。-----言う程の事じゃ無いが、そうだよ」
「何かお困りでしたらこの組織に依頼を出してみるのもありかもしれませんよ? まぁ解決するのは貴方や劫火、骸などの見知った仲間になるでしょうけど」
面白い皮肉だ。
受付嬢の言葉に小さく笑ったグロウノスは差し出されたグラスを手に取って軽く上げた。
「後五分で馬車と白金貨の用意が整いますが、他に追加の要件等はありますか?」
「では………財務大臣直轄の文官、その名簿を見せてくれ」
「了解しました。今お待ち致しますね」
(用意済みか……流石だな)
▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢
〜王国、王城〜
騎士達が壁際で向かい合い、剣先を上に向けて立つその間を進む男が二人。両者共赤髪で片方は色が深く、アルス達と馴染みの深い人物だ。
「長過ぎる廊下だと思った事は無いか?」
「小さい頃に克服しましたよ。それに馬車での移動が多い我々にとって歩くというのは良い運動になるでしょう?」
「フッ……去年まで学生で体を絶え間無く動かしていた奴がよく言う」
近衛騎士が立ち並ぶその先で、一際目立つ格好をした人間が仁王立ちで二人が近付いて来るのを眺めていた。軍服を身に付けていないのは勿論、鎧もアトランティスでは類を見ない独特な装飾が施されているものを着ており、”此処の人間”では無い事が窺える。
「急な願いだと言うのに受けてくれた事感謝する。剣聖フォトゥンヘルム殿よ」
「アトランティス王、私はエルロランテ家に仕えている人間です。エルロランテ家がこの国に忠誠を誓っているからこそウルグもアルス殿も私が此処に赴く事を許可してくれたんです。ですから感謝は彼等に頼みますよ」
「かの剣聖が何処にでも居る様な侯爵家の”犬”となった訳か」
「犬? 出来れば狂犬と言って欲しいものだな。私は目的の為ならば天使でも悪魔にでも何にでもなるつもりだ」
「陛下、フォトゥンヘルム殿、此処で長話はおやめ下さい。-----誰が聴いているか…分からない…!」
カルセインの最もな意見に二人は無言で頷き、三人並列になって再び歩き始める。
この三人は一体何処に向かっているのか。
初めはカルセインの疑問から始まった。それも根源に迫るとても小さな疑問。
通称”闇ギルド”と呼ばれる組織の目的は何なのか。只の金稼ぎが目的なのか、王家を潰して玉座に座る事なのか、それすらも違う様に思えて仕方が無いのだ。
数多の貴族を葬り去ってきたその手腕は狡猾だが王族を葬った事は一度たりとも無いと過去の記録が示している。そして恐ろしく“手広い”。
というのも王宮に出入り出来る限られた人間しか知り得ない様な情報や王家が把握していない地方貴族の資産等々、実情既に王国は奴等に掌握されていると言っても過言ではないのだ。
「カルセイン、今回の作戦をフォトゥンヘルム殿に話せ」
「はっ。先ず初めにナルコス子爵が軍議で発した言動の説明から………」
数分後、概要を話すカルセインに対して適度に頷きながら王城の外へと出たフォトゥンヘルム達。
”適度に頷く”というのは既に知っている話の内容をまるで初めて聞いたかの様に演出しているだけで、剣聖なりの優しさであった。
「という訳でフォトゥンヘルム殿にはこの騎士達を率いてナルコス子爵の持つ港へと事前報告無しの調査に赴いてもらいます」
「うむ。了解した」
「旅費は全て王家が負担します。このジョン=トロワ=バラムトレスとディーン=バラムトレスに任せて頂いて構いません」
「バラムトレス……ウルグの甥か? 中々強そうだ」
フォトゥンヘルムの呟きが嬉しかったのか頬が緩む二人を視線で咎めるカルセイン。
「オホンッ。まぁエルロランテ家とバラムトレス家は近い存在ですし、色々と親睦を深める事が出来るかと思い人選しました。それに姉上に捕まっていた二人もそろそろ外へ出たいと思い始める頃だったでしょうから」
無言で頷くジョンとディーンの二人だが直ぐに辺りを見回し、その”姉上”ことミネルヴァが見ていないかどうか、そしてその部下であるミハイル=オルギウスを探した。
「凄い警戒様だな、私はフォトゥンヘルム。装備は整っている様だからこの続きは馬車で話そう」
「「はっ」」
▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢
〜馬車の中〜
「帝国の剣聖殿と言えばやはりあの一騎当千を体現化したとされる戦い振りが有名ですよね!」
「大昔の話だがな、新人ばかりの騎士で固められた私の部隊は当然動きが悪く当時戦っていた革新派の貴族軍に追い詰められていた。剣を振り足を動かす事が出来たのが私一人だけだった。-----それだけだ」
「素晴らしいです! 正に英雄……何故エルロランテ家に?」
「言っただろう、彼等ならば私の夢が叶う。-----現に半分叶っているのだ」
その言葉に当然興味を示したジョンとディーンの二人だがこれ以上踏み込むな、とフォトゥンヘルムの顔が言っている様に見えて追求する事が出来なかった。
「ところで、金髪のメイドが専属という形でアルスの傍に付いた様ですけど上手くやっているんですか?」
「うむ、言いたい人物の想像は付く。初めてアルス殿と邂逅したあの時からアルス殿と共に行動しているぞ。隣に居ないのを見るのは特別護衛小隊が戦場に駆り出されている今くらいだな」
「そうですか……」
ヴァイオレットが無事にアルスの元で生活していると聞いて安心した顔を浮かべる二人。
四騎の馬で引く馬車と後続の騎兵達はあっという間に王都を出てナルコス子爵の持つ港がある南方へと向かって行くのだった。
▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢
「何だ何だ……!?」
地面を揺らす様な轟音と共に港町に流れ込んで来る王国騎士達。
先頭に見える馬車にはこの部隊を率いる人物が乗っているのだろう、馬車に金色と赤色で鳳凰を模した紋章が付いているのが見えて相当な人物がそこに乗っている事を暗示するのと同時に何処と無い不安に襲われる。
「閣下っ! 王国騎士です!!」
「そんな事は見たら分かる! こんな大事な時期に何の用で此処までの大所帯で来るのだ!?」
「取り敢えず彼処に向かいましょう、きっとあの装甲艦関係ですよ……」
外に出ると待ち構えていた王国騎士達。装備を整えているところを見る限り決して温厚な用件ではないのだろう。部下の言う通り装甲艦の件ならば製造手段や入手手段を探りに来たという線が浮かぶが、書類等は既に破棄しており、闇ギルドとの関係が露呈する様な書類も無い。
冷や汗を拭い馬車から出て来る人物を待つナルコス子爵は何故か強気でこの事態を乗り切ろうとしていた。
「ん? 誰だ?」
あからさまに目を擦り馬車から降りて来る人物を眺めるナルコス子爵。剣を提げた中年の男性は軍人では無い様に見えるが武人である事は確かに感じ取れる。
「閣下、あの御方が剣聖フォトゥンヘルム様ですよ! 年齢は今年九十六になると聞きました。あの様に若く見えるのは不明ですが、王家がその存在をひた隠しにする事から何か裏があるのではないかと噂好きの貴族の間で話題になっています…」
「あの見た目で九十六歳だと!? 人間では無いのではないか?」
「-----誰が人間では無いと?」
顔を伏せて体の向きを部下の方へと向けていたナルコス子爵の視界にフォトゥンヘルムの靴が映り、上から男性の声が聴こえた。
見上げると先程馬車から降りる姿を見たその相手であるフォトゥンヘルムが目の前で腕を組み見下ろしていた。百八十はあるその身長で見下されるナルコス子爵の額には再び冷や汗が滲む。
「まぁ、いい。私とて元帝国の人間だ。多少の不満や怒りはあるだろう。-----当然だ」
「い、いえ、私は決して馬鹿にしたのでは無く……」
「だから大丈夫だと言っている。それに貴公は王国軍の中将なのだろう? 護衛の質から港の設備までその権力が窺えるが、王命だ。この港と軍議で話題になった装甲艦を彼処に居る文官達に調べさせる」
「は、はっ!」
「それにしても良い街だ。少々此処まで距離はあったがその疲れも癒される」
「剣聖殿のお気に召された様で光栄です! どうです? 我がナルコス家が誇る艦隊を見ては?」
褒めるフォトゥンヘルムに顔色を変えて詰め寄るナルコス子爵からは喜びの感情が全身から放出されており、フォトゥンヘルムの後ろに居たジョンとディーンはその変わり様に口角を微妙に上げて小さく笑った。
「艦隊か……帝国でも昔、船での戦いに興味を示して大量生産しようとしていたな……」
「昔ですか? 確か……過去に船の設計図を帝国に送った当主が居たと記憶していますね」
「あぁ、今はそれどころじゃないからな。陸での戦いの方が重要だと考えてしまうのは仕方の無い事だろう」
帝国は一度海戦に興味を示したがエストとの敗北で生まれた戦力の穴を埋めるのに精一杯であり、他の事業に多く国家資金を割く事は出来ないのだ。
「なるほど……しかし、これまでの小さい船とは素材も大きさも全然違うので各国の海戦に対する意識を変える事が可能かと!」
「そこまで言うか」
「えぇ!」
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