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THE BLACK KNIGHT  作者: じゃみるぽん
七章・起源戦争
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【7章・紫電】4

〜アトランティスとエストの国境付近〜



 撤退し、国境付近まで追いやられた第二、第三師団は自分達の作戦失敗以前に師団の内訳や、その役割等の詳細な情報を相手が知っていたという事に苛立ちを覚え、間者が紛れ込んでいるのではないかという無駄な言い争いさえしていた。



「このままでは何れ捕まり、ただ殺されるのを待つのみではないかッ!」


「そう熱くなるな。この師団の痛いところを突かれただけだろ」


「だけぇ…? 大問題だぞッ! 陛下の受け取り方次第では第二、第三師団の解体……エードリッヒ、お前と私が責任を負い処される可能性だってある!」



 声を荒げるのは第三師団を任されている将軍の男。


 声を荒げる男を宥める様に喋る男こそエードリッヒ侯爵家当主であり、第二師団を任された将軍の一人でもあるヴィンセント=セーズ=エードリッヒだ。



「うむ……取り敢えず救援を待とう。敵は思ったより出来る奴等だ、素直に退いて正解だっただろう?」


「私は認めんぞ。敗北など……」



ダンッ



 勢い良く扉を開ける音はその大きさとタイミングでその場に居た軍部の高官達の注目を集めた。



「急に入って来るとは、一体何処の誰だ?」


「アナスタシア=セーズ=エードリッヒです、エードリッヒ将軍に緊急のお話があり参りました」


「アナスタシア…………何の話だ?」


「ですから緊急で、どうかお時間を頂けないかと!」


「それならば私以外にも聞こえる様に今此処で話せ」


「はっ、では申し上げます。此処から北に数キロ先で隊列を組み、馬で進むエスト神聖王国軍の斥候らしき先遣隊を発見。悪天候で進軍速度は遅い様ですが明日には此処まで到達するかと思われます」



 戦時中でも輝きを忘れないアナスタシアの金髪は照明を出来るだけ減らしたこの室内でも美しく見えるもの、そして魔法学園を卒業して二年という短い月日を感じさせないその所作は生徒会長をやっていた事を想起させる洗練されたものだった。



「随分と手が早いな………本国に救援要請は届いているのか? 援軍は?」


「落雷で死なない限り届いていると思われます。一日、二日の辛抱といったところでしょうか」


「この戦線の近くに直ぐに駆けつける事の出来る様な基地は無い……王城からの派遣でも数が限られる上に時間が無い。最も近い基地は何処だ?」


「私の知る限りでは此処から東に百五十キロ程離れた場所にある基地が一番近い基地で尚且つ一番力強い援軍が望めるものかと」


「-----予定通りであれば駐屯しているのは………青薔薇騎士団か。一時的なものとはいえ戦況次第では数ヶ月は留まると聞いた事がある。しかし彼処は場所が場所だ……」



 アナスタシアの進言に深い頷きを見せたエードリッヒ侯爵は顎髭を撫でて中央のテーブルに乗せられた周辺地図に目を落とす。



「平野続きならば可能性があったが、間にあるこの谷と山を越えるとなると二日以上掛かってもおかしくない……救援に来る可能性は限りなく”ゼロ”に近いな」


「ゼロ………」



 その呟きは学生時代を思い起こさせるもので、隣国との小競り合いに身を投じている男を脳裏に映した事による追想だった。そして片隅にはあの男も。



「望みが無いならば抗戦するまで。第二師団は斥候の殲滅と本隊を迎え撃つ為に北に向かう」


「英雄気取りか? エードリッヒ」


「何だと?」


「いや、相手は強いんだろう? 我々第三師団もその作戦に参加する」



 二人の将軍は笑った。当然余裕がある訳では無く、少しばかりの意気投合に喜び高揚しているだけだ。


 苟も騎士であるアナスタシアだ。自身の腕を疑い萎縮していてはこの窮地を脱する事は出来ないと理解していた。魔法銃を用いた新しい騎士であるアナスタシアは魔法が込められた弾の数に限りあるという特性故に長期戦が厳しい傾向にある。



「エードリッヒ将軍、私は?」


「分かっているだろうアナスタシア。お前は長期戦には向いていない、そして補給物資も援軍も見込めない今の状況では斥候の殲滅を行うにしても厳しいだろう」


「はっ…」


「落ち込むな、まだ機会はある。-----きっとな」



▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢



王国軍の基地に斥候の連絡が届く数時間前。


 第二、第三師団が居る基地から北に数十キロ程進んだ所に小さな村があった。その村は戦争をしている王国と神聖王国に挟まれ怯える日々を送っていたのだが、遂に神聖王国軍が占領して食糧の備蓄を奪うまでになっていた。


 一応はエスト神聖王国領土内で、神聖王国軍の騎士達はあくまで”協力”を申し出ているつもりなのだがその所業は悲しいもので、一方的な奪取と村の防衛を謳った占領でしかなかったのだ。



「う〜ん……中々信じられないな」


「何がだソロモン」



 第三分隊長のエドワードと第四分隊長のソロモンが豪雨の中、目を窄めてその村を少し高い崖の上から眺めていた。人が豆程度にしか確認出来ない距離だが、小さな灯りは時間帯にしては忙しなく動いており、騎士達が松明を持って走り回っている事くらいは確認出来るのだ。そして雷鳴の合間に聴こえる笑い声は神聖王国軍のものだろうか、だとしたら相当粗暴さが表れていると言える。


 神の信仰に篤い人間が多く住む国とは思えないそれらの振る舞いは、例え敵国の人間であるエドワード、ソロモンでも信じたくないものであった。



「あれただの酒飲みだろ、神聖さが全く感じられないぞ。聖女様みたいに神々しく振る舞えないのか………」


「まぁ、それはそうだな。神聖王国と言っても”あんなもん”なんだよ」


「何だよその言い方……」


「分隊長、残り十五分です!」


「-----ああ、分かった」



 二人木の下で雨宿りをしながら見ていたその背後で、馬を縄で木に固定する部下達は度々懐に壊れない様に大事に入れてある懐中時計を取り出し暗い中、月の光に晒してその時刻を確認、隊長であるエドワードとソロモンの二人に報告するという事をしている。


 第一、第二分隊も別の地点から同じ作業を行なっており、本隊を見つけた現在は”約束の時間”が来るまで敵本隊の行動、人数、兵種をある程度把握しようと闇に潜んで目を光らせていた。



「あれは……遂に動いたわね、斥候かしら……エドワードとソロモンに伝えて”敵に動きあり、少数で南方へと向かった”と」


「はっ!」



 特別護衛小隊が移動した丘から近くの崖に到着して僅か十五分の出来事だ。


 アルスの命令は味方の捜索と援護。よっぽどの事が無い限り暇な任務だ。そして敵の本隊が潜む村を見つけてからというもの先遣隊や斥候が出るのを今か今かと待ち望んでいた小隊の面々はレイラの言葉を受けて無自覚に口角を上げていたのだった。


 それも狂人や悪魔などと称された事もあるあのアルスの様に。



▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢



 百メートル先をも見渡せない様なこの平原で駆けるエスト神聖王国の先遣隊。横殴りの雨に目を窄め、口に入る土混じりの水滴を吐き出す。


 雷は至る所に落ちており、乱立している木々の三割程は焼け焦げている状態。それも雨と風で気にならないのだが一度目に入ったら不安になってしまう。それ程に落雷の被害は大きく出ていたのだ。



「この先にアトランティスの基地があります! どうしますか、一度報告する為に戻るのも……「戻れない」……もど、え? 戻れない…ですか?」



 上官に意見具申した騎士だが、予想の真反対をいった意外な返答に馬上で固まってしまう。


 何か裏があるのではないかと勘繰る騎士も、特筆するべきものは思い付かず多少の困惑を抱えたまま綱を強く振った。



「-----因みに、戻れないとは……?」


「敵だ。-----尾行されている」


「「「そんなァッ!?」」」


「距離は一定、此方に仕掛けて来る様子も無い……何故だ……」


「ど、どうしましょう!?」


「このまま敵の基地まで駆け抜けるっ!」


「「「はっ!」」」



 それから一時間後。敵の基地が目視で確認出来た辺りで姿が一切見えなくなった尾行者達に喜んだ一向は突如として泥濘に足を取られ、馬ごと横転してしまい、先遣隊が丸ごとその場に倒れ込んでしまった。


 確かに天候は悪く、気を付けなければいけなかったのは事実だが、明らかな地面の歪みと局所的な泥化は誰かしらの土魔法が影響していると思わざるを得なかった。



「がぁっ……! 」


「うぐッ!!」


「ぎャぁぁぁぁ」


「ん”……ん”ん”ん”」



 突然の奇襲攻撃に困惑する騎士達だが満足にその場に立つ事も、槍を構える事も叶わず、一方的且つ無慈悲に刺されていった。


 這いつくばって泥に塗れた騎士達が見上げると居たのは王国軍の騎士、それも精鋭と名高い近衛騎士であった。剣や槍で泥濘に縫い付けられた様に伏した神聖王国の先遣隊は王国軍の目の前にその姿を見せる事はおろか、本部である自分達の基地に何一つとして情報を届けられないまま、その生涯を終えたのだった。


 悔やんでも悔やみ切れない決断。泥濘は次の日には更に深くなり、騎士達の死体は日に日に沈んでいく事だろう。当人達が王国軍の基地に向かっていた先遣隊を道中で刺殺した事実をその基地にて話さない限り、彼等は存在しないも同然の様に忘れ去られてしまう。



「あ”ぁ”ぁ”ぁぁぁぁぁぁッ!!!」



 一本の腕が泥濘から飛び出て仲間の一人を刺していた槍を五本指でがっしりと掴み、這い上がろうと自分の方へと引き寄せながらゆっくりと動いていた。

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