【7章・初陣】2
馬に股がった大勢の騎士が列を成し、進む先に見えるのは先頭が見えない長蛇の列と遠くからでも確認出来る大きな砦だった。只の遠征で無い事は勿論、所属を表す大きな旗を背負い長槍を地面に突きながら進んでいる事からそれが侵攻で、砦という最前線へと向かっている事は誰が見ても明白だった。
早朝だからか、肌寒い外気温で人の気配や動物、魔物の気配は感じない。
「静かだな……」
「ああ、少し怖いな」
「怖いって……ハハハ、此処はまだアトランティス王国内だろ?」
乾いた笑いに、疑問符を浮かべた騎士。
「いや……でも、国境が近いし近くに敵が潜んでいるかもしれないだろ?」
「心配するだけ無駄だよ。斥候は既に俺達を見張っているだろう、そして本部か何処かに報告するのさ。敵は侵攻中ってね」
歩兵である騎士二人は軽い会話を交わしながら前を進む騎士達に続いて行く。これは周りに居る騎士達にも共通して言える事だが、とても静かで笑顔が見られなかった。しかし、士気が下がっているという訳では無く、逆に士気は上がっていると見て良いだろう。何故ならば歩兵も騎兵も荷車を操る騎手でさえも不安を抱いていなかったからだ。闘志に燃え、自信を持って砦へと進んでいるのだ。
▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢
一方その頃、砦を通過した集団は国境線に沿うように並び立ち、僅か数キロ前方に見える神聖王国側の砦を眺めていた。
「動きはありませんね、まるで無人だ」
「うむ……その様だな、斥候の帰りを待とうか」
その集団を率いているのはウルグとエーデガルド辺境伯、二人の将軍だった。
知っている者ならば思わず連想しざるを得ないアルスの黒い鎧に似た黒塗りの鎧を着ているウルグと特徴的な長槍を持つエーデガルド辺境伯。目を凝らして神聖王国側の砦を睨む二人だが、狼煙や松明等の光は全く確認出来ず、不気味さを覚えていたのだ。
「今の内に野営地を遠くに設営させましょう。即座に側面攻撃が可能になる場所が好ましいですね」
「了解した。丁度私の部隊に側面攻撃を主な任務とする者達が居るのだが、其奴等に任せよう」
ウルグは頷くと、後ろを振り向き、何かを見つけた様で微笑んだ。一旦国境線ギリギリのこの場で落ち着いた第七旅団と第一師団に後続は居らず、砦から此処まで来る騎士というのは本来居ない筈。だというのに現在進行形で二人の騎士が此方へ駆けて来ていたのだ。平野を駆けているせいかとても目立ち、注目を集めている二人の騎士に気付いたエーデガルド辺境伯は首を傾げながらウルグに尋ねた
「遅刻か……?」
「いえいえ、遅刻ではありませんよ。寧ろ早い位でしょうかね。あの二人には特別な任務を与えていただけですから」
「特別な任務ねぇ………」
「-----只の連絡任務ですよ」
アルシェラとエリスが乗っている馬の足音が直ぐ傍まで近付き、止まる。
「旦那様」
「ああ、向こうで話そう」
三人はその場を離れ、アルシェラとエリスはアルスからの伝言を伝えた。無言で頷くウルグは全てを予測していて、了承しているのか特に反対する様な反応を見せず二人の話を聞いている。
「その……準備というのは?」
「既に整っている筈だ、それなのに動かないのは時期を見定めているからだろう。只の鏖殺では歴史に記録されてしまう、普遍的な物語の流れとして世界を変えるのだ。アルスにしか出来ない事を私が口出しするのは違うであろう?」
「アルス君…アルス様しか出来ないのなら確かに違うのかもしれないですね……」
「”様”を付けているのか?」
「え……まぁ、旦那様の御子息ですし……一応の上司なので……」
「アルスは嫌がらないのか?」
「最初の頃はたいそう嫌そうでしたが、配属が決まると………ね?」
「そうね。仕方が無いか、と言っていましたよ」
多少話は脱線したものの、ウルグがアルスを信用しているという事は二人に伝わり、計画に差し支えないという言質は取れた。
「因みになんだが、特別護衛小隊としては此処に来ると思うぞ。何せあの王女だ……必ず来る」
「了解しました。この後私達は?」
「向こうを抜け出した時、アルスが何か言い訳をして誤魔化したのだろう?」
「はい」 「でも、私達はその内容を知りません」
「恐らく二人が元冒険者である事を理由にするだろう、王国冒険者の情報か神聖王国の冒険者の情報か………何方かだ。此処に残れ、アルスが来たらまた指示を仰げば良い」
「「はっ!」」
睡眠を取っていないとは思えない程明るい声と軽快な足取りでその場から離れて行くアルシェラとエリスをその場で見送ったウルグは少しざわつき始めた騎士達の方へと顔を向ける。
ざわつく騎士達は皆一様にある方向を眺めており、ウルグもその方へと視線を移した。
「あれは……」
数分前までは火や光すら灯っていない砦からぞろぞろと何かが出てくるのが見えた。
距離故に軽く造形が分かる程度で、人型というのが辛うじて分かった。
「戦闘配置につけッ!」
朝、進軍時にその通達を行った魔法大隊が到着するのは早くて一時間後だろうか、第一師団や第七旅団にも魔法を得意とする者は居るが、統率の執れていない複数種類の単発魔法は集団戦において有効手段と言えない。寧ろ味方への被弾で自滅する確率の方が高いのだ。
「エーデガルド卿……いや、将軍。始まりましたね」
「ああ、気を引き締めて行くぞ」
「はっ」
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