【5章・従順】3
〜王立魔法学園、生徒会室〜
「申し訳ありません……」
一言目に謝罪から入ったのはマリー=トロワ=アイゼンドルフ。生徒会室の机を挟んだ向かいに座る男は苦笑いを浮かべ肘を机に突く
「問題無い、彼が言葉の一つ二つで貶められる人間では無いのは既に知り得ている事だ」
「ですが……」
「大丈夫だ。まだ手札は残っている」
そう言うのは生徒会長のレクト=セーズ=ヴェルディ。柔らかく座り心地の良いソファに座り込んでいるのは平民ながら副会長となったビクター。積まれた書類を整理しているジェイコブ。今年は会計も平民から選出され、一人だ
「手札……?」
「あぁ、世界最高の組織に仕事を頼む」
”大陸一”と言った方が正しいのかもしれないが、レクトは外の大陸を知らず今住むこの大陸が全てだと思っている為に”世界最高”と形容しており、その組織の息子に組織を仕向けるというのだからもしアルスがこの話を聴いていたら爆笑している事だろう
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〜王立魔法学園、二年男子寮、アルスの部屋〜
「笑えないぞ、本当に笑えない。もう一度聞くが二人のその会話、組織に出す依頼の詳細は言っていなかったんだよな?」
「はい、お伝えした情報が全てです。仮に生徒会室外で話が進められていた場合は別ですが」
「分かった。もし、その依頼次第で俺や周りの友人達に被害が及ぶのならば……………人を捨てた決断をしざるを得ないな…」
何故ヴァイオレットがこの情報を知り得てアルスに報告出来ているのかと言うとヴァイオレットの持つ【光魔法】の応用である。自身の魔力を用いて周囲の”光”を操るこの魔法は空間の光を屈折させて対象の目に自身を認識させないという変わった使い方も可能なのだ
しかし問題点が幾つか有り、姿が見えないだけで音、存在、匂い、はそのままとなってしまう
故に対象を追跡する事は難しく、動く事すら難しい
「その時はお任せを」
「あぁ、だが…あくまで”手伝い”だぞ」
「承知しております」
そう言いながらアルスは肌に布地が密着している特殊な服を着用し、アロンダイトを鞘ごと掴み持つと”行ってくる”とだけヴァイオレットに言い残し、その場を『空間移動』で去った
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まだ陽の光が眩しく、都市部や郊外の人通りが盛んである頃
エルロランテ邸にある庭ではヴィオラとユリスのメイド二人が剣を握りフォトゥンヘルムと対峙しており、激しく土埃を舞い上がらせる激戦を繰り広げていた
少しアルスの使うアヴァロン式攻性鏖殺剣術をその動きの要所要所に加えたかの様な動きにフォトゥンヘルムは首を傾げて急に剣を止めた
「若が使っていた剣術と同じ”もの”を感じる。同じものか?」
「いえ、違います。私達はあの剣術を使う事が出来ません、少し真似ているだけです」
「それにしては完成度が高い。-----ウルグか?」
「はい、旦那様から御指南を頂きました」
小さく頷きながら空を見上げ何か考え込んだフォトゥンヘルムだが、一分経たぬ内に二人の方へと意識を戻し鍛錬用の鉄剣を構える
「二人には若と戦える程度になってもらうぞ」
「「それは……」」
上、下から高速で迫る二人の剣を軽く弾き踏み込んだユリスの足を払う。顔面間際まで伸びたヴィオラの突きを後ろへと逃がすと同時に柄頭で腕、こめかみ、そして軽くローキック
基本近接武器である剣だが、三人の距離は”超”が付く程近いもので、その中で行われた剣捌きには”見事”以外の言葉は見つからず二人の倒れたメイドに手を差し伸べる剣聖にウルグは拍手を送っていた
「ウルグ、君の家のメイドは恐ろしいね。剣士であそこまで近距離に持ち込む人間なんてゼファー以来だ」
「まぁ、彼女達に剣やら何やら戦う術を教えているのは私です。私の父から教えられた事を教えている訳ですから、当然ですよ」
「そうだったな。記憶が共有されているというのは面白い」
「辛い記憶の方が多いのですがね」
「良いじゃないか。ゼファーはゼファーで、ウルグはウルグ、若は若で色々と似通ってはいる部分はあるものの”それぞれが歩む道”に違いがあり、その分の記憶は共有される。楽しくても辛くても沢山の記憶を有していれば見識が広がるというもの。ゼファーとウルグが闇の世界の王として静かに君臨していた記憶、若は………語るにはまだ先が長過ぎるか」
「確かにそうですね、言わんとしている事は理解出来ます」
そう言いながらフォトゥンヘルムは傍にあった木剣を掴み、一つは右手で握りもう一つはウルグに向かって投げた
「私に剣聖と戦えと?」
「それ以外無いだろう、若から君の事は沢山聞いたが随分と強いらしいな……」
突然始まったエルロランテ家当主ウルグ=シス=エルロランテと元帝国最終兵器、剣聖フォトゥンヘルムの闘い
両者敢えて木製の剣を持つのは周辺被害を極力抑える為と互いの安全の為だと推測出来る
ウルグは上着を脱ぎセバスに渡すとフォトゥンヘルムと対面して静かに構える
「私は一族の中でも知的探究心が強い方でね、次男であるにも関わらず家督を継ぐ事が出来たのもこのお陰だと思っているんです」
「何の話だ?」
「この構えに疑問を抱いているだろう?」
「まぁ…そうだな」
「一族の剣術を基礎に獣人の身体能力を取り入れた歩法、幾星霜の歴史で天才と謳われた剣聖達を模倣した剣筋……改良したのさ。アルスはまだ使いこなしていないが私は違う」
「それは……楽しみだ」
力というより、技だろうか
飾り気の無い木剣が両者の激しい剣戟に耐えているのがメイド二人には信じられなかった
上腕に激しい一撃を喰らいながらも怯む様子無くフォトゥンヘルムに迫り、剣を振るう
頬を掠め鮮血が舞った
木剣が頬を掠めた程度で出血を引き起こした事など一瞬の驚きでしか無く、片目瞑った不利な状態でも畳み掛けるのを止めないフォトゥンヘルムとそれを舞う様に躱し的確に剣を合わせていくウルグに驚きと敬服の念を抱いていた
「-----凄いな、流石父上」
突然の軽快な台詞に闘っていた二人の剣は互いの顔面間際で止まり、ヴィオラとユリスのメイド二人も最近少ししか顔を見せないアルスの帰宅に微笑んでいた
「授業は既に終わった時間帯か…どうした?」
「嫌な予感がしまして先手を打とうと思い帰って参りました」
「嫌な予感……? フォトゥンヘルム様は何か御存知でしょうか?」
顔に付いた血液を拭うフォトゥンヘルムにウルグは尋ねた
「首狩りが帝都に居たり、帝国軍務卿の息子が”盗み”をしたとか……か?」
「えぇ、加えて本日組織に依頼を出そうとしている人物を確認しました」
「それは……確かに先手を打つ必要があるな。何か考えているのか?」
「はい。調べたい事もありますのでこれからの話は屋敷でお願いします」
ウルグとフォトゥンヘルムは頷き、先を歩くアルスに着いていく。何処から嗅ぎ付けたのか分からないがユリアーナが玄関先で待ち構えており、アルスとユリアーナは軽い抱擁を交わし別に久しく無い再開を味わっている
アルスの黒い鎧が飾られた大広間を通過し、向かうはウルグの執務室
事情が変わりアルスが家の秘密を知った現在、黒づくめの服装を身に纏った組織の人間が出入りしておりウルグの呼び掛けに応じて執務室まで数名が追従する
「アルス、知っていると思うが劫火、死神、骸は依頼遂行の為に居ないぞ?」
「えぇ、それも含めて多少話し合う必要があると踏んで向かっているんです」
「ほう」
重厚な両開き扉を開けて執務室に入る一行、扉横に控える組織の人間を見ると謎の安心感があり、アルスやユリアーナ、フォトゥンヘルムがソファに座る中一人豪華な椅子に腰掛けるウルグ程目に馴染んだ光景は無い
「それでは嫌な予感という事で先手を打つ訳ですが、現在帝国オークションで落札した商品が盗まれた件、どうなっているのでしょうか?」
「骸の報告ではアジトを見つけ、そこに出入りする人数と手を組んでいると思われる貴族は洗い出した様だ」
「分かりました。先ずそこから潰し、魔剣と魔石を確保します。彼処には鳥人族族長の娘が居る筈なので慎重に行きますが……」
”えっ?”と声を上げたのはユリアーナ。どうやら最近ドゥルーズ獣王国の国境付近で鳥人族の動きが活発だとエーデガルド辺境伯から報告が挙がっていた様でこの件と結び付いたのだろう
「族長のオウルは比較的温厚だが、ミーシャの事となると私より性格が悪くなる傾向にある。もし彼女に何かあれば……」
「とてもまずい事態になるでしょうね。現在ミーシャはリリスという偽名を用いていますが、政治的に利用される前に回収したいところです」
「一応指輪を通して概要は掴んでいるが、念の為に聞く。落札は出来なかったのか?」
恐らく聞かれているのは気持ちの問題だろう。出来るか出来ないかでは無く、やるかやらないかというアルスにしか分からない気持ちの問題
「はい。ですが落としたのは《イルム・カルテル》のギルデイン=アーカイルム。最悪彼にならば渡しても問題無いかと思い」
「まぁ、そうだな。回収出来たとして奴に返却するつもりなのか?」
「少し対価は求めますが、そのつもりです」
「良し。ならいい」
それからアルスは首狩りの件や今日学園で起こった一件を全員に話した。どうやらウルグも今年の生徒会長については分からない事が多いらしく真剣に現状を整理し出されるであろう依頼内容をパターンで予測し、一つ一つに対策案を提示していく
「-----で、アルス。調べたい事とは?」
「チャーチル家のミスリル鉱山が再起した様ですので、色々と」




